★★★★作品

2006/10/06

三年身籠る

「三年身籠る」★★★★
(盛岡フォーラム3)2005年日本
監督:唯野未歩子
原作:唯野未歩子
脚本:唯野未歩子
出演:中島知子 西島秀俊 奥田恵梨華 塩見三省

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三年身籠る@映画生活

冬子(中島知子)も緑子(奥田恵梨華)も、父の不在がその生涯に多大な影響を及ぼしている。届く事のない手紙を書き続ける。父親と同年代と思われる年齢差のある男性と付き合う。

そんな彼女たちとは対照的に、祖母(丹阿弥谷津子)も母親(木内みどり)も男性のいない生活に特別不自由も感じていない。困るのは缶の蓋が開けられないことぐらいだ。

このマイペースな生活ぶりを姉妹二人は何故送ることができないのか。おそらく、姉妹二人は父の不在の欠落感を埋めようとして行動するが、決して埋めることができず不安定な感情のままなのであろう。

欠落は欠落のままで置いておき、橋をかけて渡るくらいの気の持ちようで構わないのではないか。ここで思い出すのはファースト・シーン、道路のゴミ拾いを延々と続ける冬子の行動。いくら集めても、集めても終わりは見えてこない。待っているのは不毛な砂漠だ。

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2006/10/02

ダ・ヴィンチ・コード

「ダ・ヴィンチ・コード」★★★★
(盛岡フォーラム1)2006年アメリカ
監督:ロン・ハワード
原作:ダン・ブラウン
脚本:アキヴァ・ゴールズマン
出演:トム・ハンクス オドレイ・トトゥ
   イアン・マッケラン ジャン・レノ

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ダ・ヴィンチ・コード@映画生活

冒頭、ラングドン教授(トム・ハンクス)の宗教象徴学の講演会が興味深い。見た目の印象と事実がかけ離れている事例がいかに多いことか。その誤認を生み出しているのが歴史ということになる。

我々が学校の授業で学び、常識としている事例が、常に正しいとは限らないということ。歴史ミステリーの興趣は、我々の常識を打ち破る真実を提示させるかにかかっていると思う。

そうした意味で本作品はかなり満足できる内容である。キリスト教の教義をあまり把握していない自分にも、ラングドンとリー(イアン・マッケラン)の質疑応答から明らかにされていく真実の開示には惹き付けられた。

原作は未読ながら盛んに一般ニュースでこのネタが取り上げられていたので、これがクライマックスにくるかと予想していた。それが割と早く中盤に構成されていたことから、もう一つ違うサプライズがあるだろうと思っていたが、果たしてその通りだった。

長編小説の映画化ということで、予想どおり賛否両論分かれている。原作を離れ一つの作品として見た場合、様々な弱点を抱えていることは間違いない。

だが、細かいショットに伏線を張り巡らせたロン・ハワード監督の演出は、2度、3度見直すことで評価が変わってくるような気がします。

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2006/09/21

寝ずの番

「寝ずの番」★★★★
(名劇2)2006年日本
監督:マキノ雅彦
原作:中島らも
脚本:大森寿美男
出演:中井貴一 木村佳乃 長門裕之 富司純子

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寝ずの番@映画生活

誰もが簡単に見られる表芸だけでなく、限られた者たちが密かに楽しむ裏芸が存在する世界は奥深いと思う。そこには賭けが行われるボクシングや格闘技などの非合法なものから、料理人のまかない食などの非公開なものまで様々な形が混在している。

そんな世界を一度覗いてみたいという直接的な欲求と共に、それを意識することで表芸にも複雑な色合が生じてくるようになる。

本作品は落語の世界の裏芸をよくぞここまで映像化したという感慨をまずおぼえる。こうした芸の数々はどこまで継承されていくのだろうか。現在のようなテレビ中心の演芸界において、こうした徒弟制度が維持されるのだろうか。

私自身はこうした艶歌に興趣を感じるわけではないが、こうして映画として後生に残すことの意義は強く感じる。

通夜噺三題で、大きな盛り上がりの際中に故人がそれぞれ戻ってくるところがポイント。普通に見れば不謹慎極まりない形かもしれないが、それらが故人を送り出す最高のシチュエーションであろうと感じさせる。

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2006/09/17

美しき運命の傷痕

「美しき運命の傷痕」★★★★
(京都シネマ3)2005年
フランス/イタリア/ベルギー/日本
監督:ダニス・タノヴィッチ
脚本:クシシュトフ・ピエシェヴィッチ
脚色:ダニス・タノヴィッチ
出演:エマニュエル・ベアール カリン・ヴィアール
   マリー・ジラン キャロル・ブーケ

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美しき運命の傷痕@映画生活

タイトル・バックに流れる鳥の巣のシークエンスが強烈なインパクトを持って観る者に迫る。一人を助けようとする行為が、他者には災いになることを辛辣に伝える。この過酷な自然の摂理をなぞるように、痛手を追った人物が多数登場してくる。

前半のミステリアスな展開には、固唾を飲みように魅了され、その謎が少しずつ明らかになってくると趣が増してくる。22年前の事件が3人の娘へ影響を与えて、無意識の内にも過去をなぞるような行動に出るのだ。

長女ソフィ(エマニュエル・ベアール)は母親と同じように夫をアパートから締め出す。次女セリーヌ(カリン・ヴィアール)は父親に迫った男子学生セバスチャンと同様に全裸になって報われない愛を求める。大学教授フレデリック(ジャック・ペラン)との不倫に固守する三女アンヌ(マリー・ジラン)の姿はセバスチャンと重なる。彼女たちの苦悩の日々はこの事件から始まっていたのだ。

そして、最後に唖然とする仕掛けが用意されている。さすがヨーロッパ映画だ。簡単に救いを与えず、女性の情念を厳しく残す。

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2006/09/12

僕のニューヨークライフ

「僕のニューヨークライフ」★★★★
(盛岡フォーラム1)2003年
アメリカ/フランス/オランダ/イギリス
監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
出演:ジェイソン・ビッグス クリスティーナ・リッチ
   ウディ・アレン ダニー・デヴィート

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僕のニューヨークライフ@映画生活

優柔不断で悩みつづける主人公と言えば、これまでのウディ・アレン映画ではそんなに珍しい存在ではない。特徴的なのは、ドーベル(ウディ・アレン)がジェリー(ジェイソン・ビッグス)を導くように対話を続けて、物語が進められていることだ。

この設定が興味深いのは、見た目どおり2人の意表を付く会話劇となっているだけでなく、ジェリーの自問自答であるとも感じさせることだ。

エージェントと契約更新をしない。恋人と別れる。ニューヨ-クから離れる。ドーベルに引っ張れるようにして人生の岐路に直面していくが、それらはジェリーの隠れた願望であった。決断できない弱さを乗り越えるべく、ジェリーの理想とする人格を体現しドーベルは存在している。

わがままなクリスティーナ・リッチに振り回されるジェイソン・ビッグスといえば、エーリク・ショルビャルグ監督の『私は「うつ依存症」の女』(2001)を思い出す。タイプの違う作品で、同じような人間関係を演じるのは珍しいことではないだろうか。

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2006/08/01

ニュー・ワールド

「ニュー・ワールド」★★★★
(名劇2)2005年アメリカ
監督:テレンス・マリック
脚本:テレンス・マリック
出演:コリン・ファレル クオリアンカ・キルヒャー
   クリスチャン・ベイル クリストファー・プラマー

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ニュー・ワールド@映画生活

タイトルの“ニュー・ワールド”という言葉が重く響くのは、イギリス人が新大陸を発見したことで新世界を知るという話だけでなく、ポカホンタス(クオリアンカ・キルヒャー)たち現地人にとってもイギリス人たちとの接触は新世界の始まりであることを描いているからである。

もう一つ、ポカホンタスとジョン・スミス(コリン・ファレル)との恋愛話だけかと思えば、ジョン・ロルフ(クリスチャン・ベイル)との結婚、出産に至る展開となり、とても意外だった。ポカホンタスの変貌が、もう一つの“ニュー・ワールド”を示唆する。

陽光で風景をとらえた「天国の日々」(1978)の映像美に魅せられて以来、待ち望んでいるテレンス・マリック監督の新作。前作「シン・レッド・ライン」(1998)を撮るまで20年かかったことを考えれば、7年間というのは短い方であろう。

使用される映像、音楽、効果音と期待に違わぬ出来栄えであった。独特のボイス・オーバーも、絶妙な効果を上げている。ひとつの完成された美しさに酔いしれる。

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2006/07/23

アイス・エイジ2

「アイス・エイジ2」★★★★
(盛岡フォーラム1)2006年アメリカ
監督:カルロス・サルダーニャ
脚本:ピーター・ゴールク ジェリー・スワロー
日本語吹替版声の出演:山寺宏一 太田光
               竹中直人 優香

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アイス・エイジ2@映画生活

主要キャラクターにそれぞれ克服すべきテーマが設けられている。

マンモスのマニーには種族で最後の一匹かもしれないという孤独。ナマケモノのシドには周囲から尊敬を集めたいという願望。サーベルタイガーのディエゴには溺れるかもしれないという水への恐怖。

温暖化による大洪水から避難するという旅を通して、それらが克服されていく展開。仲間たちから直接的にしろ、間接的にしろ、アドバイスを受けて、それらを乗り越えていくところに感心する。

もう一つ特徴的なのは、エリーが自分をマンモスと自覚していないところ。この意外性に惹かれる。彼女がいかにマンモスと気付いていくのか、そこには意外と深い孤独と哀しみが見受けられる。

コミカルに描いたファミリーアニメ作品であるが、それぞれの感情描写にはっとさせられる。

ドングリを追い求めるスクラットが何度も登場し、いいリズムで幕間を楽しませてくれる。往年のカトゥーンアニメのおかしさを継承している。

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2006/07/22

チェケラッチョ

「チェケラッチョ!!」★★★★
(盛岡東宝)2006年日本
監督:宮本理江子
脚本:秦建日子
出演:市原隼人 井上真央 平岡祐太 柄本佑

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チェケラッチョ!!@映画生活

市原隼人といえば「リリイ・シュシュのすべて」(2001)の暗い情念を抱えた少年の姿がまず思い起こされる。本作品のように突き抜けた明るさを持つキャラクターを演じると、合う、合わないという評価とは別にホッとするものを感じる。

恋の為に全力投球する少年って、今の時代どこまで現実性があるのかという疑問も残るが、やりきれない少年犯罪ばかり起る中で、絵空事でもいいから、こうした明るさを見続けていたいという思いがまずある。

ハートがないと酷評された最初のライブ演奏。その言葉が透(市原隼人)の胸に突き刺さり、ハートのある演奏とは何か気付いていく心の成長。それが遺憾なく発揮されたのが、クライマックスでの演奏であろう。自分のためでない、誰かへ真剣に届けたいと願った想い。

こうした少年時代から遠く離れてしまった自分にも、共感深く見ることができるのは、親の世代も的確に描写されているからだろう。少年達の成長を優しく見守ることができる構成だ。

後出しジャンケンなど繰り返し登場することで、ふっと笑えるようなユーモアを生じさせている。

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2006/07/21

リトル・チュン

「リトル・チュン」★★★★
(BS)1999年香港/日本
監督:フルーツ・チャン
脚本:フルーツ・チャン
出演:ユイ・ユエミン マク・ワイファン
   ゲイリー・ライ チュ・スーヤウ

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リトル・チュン@映画生活

少年チュンを巡る様々な人物関係が興味深い。それまで存在も知らなかった兄。同じ名前を持つ香港の人気スター“ブラザー・チュン”。大陸から不法移民の少女ファン。それぞれが香港と対比する何かの暗喩となって存在していると感じさせる。

少年チュンは現在の香港の象徴となっているだろう。兄は民主主義、ブラザー・チュンは香港の歴史や伝統、少女ファンは中国と置き換えてみることができ、興味深かった。

香港の猥雑な雰囲気を醸し出す街の描写も秀逸だった。そこに息づく人々の温もりと力強い生命力が感じさせる。

強制退去させられるファンをどこまでも自転車で追いかけていくチュンの姿を見ていると、小栗康平監督の「泥の河」(1981)を思い出しました。

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2006/05/17

県庁の星

「県庁の星」★★★★
(中劇1)2006年日本
監督:西谷弘
原作:桂望実
脚本:佐藤信介
出演:織田裕二 柴咲コウ 佐々木蔵之介 石坂浩二

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県庁の星@映画生活

気付くことの大切さを明確に訴えかけている作品だ。例え、気付くことに時間がかかったとしても問題ではない。大切なのは気付くことができるか否かである。同じ事象を見ていても、気付く者と気付かない者に分れてしまうのが現実だ。本作品では気付くことにより、一歩前に踏み出す勇気を称賛している。

行動を起したからといって、全てが上手くゆくとは限らない。周囲には気付かない者で満ち溢れている。世界は簡単に変わらない。だからこそ、小さなことを少しずつ積み重ねることが大切なのだ。そのことを強く訴えかけている幕切れのエスプレッソマシーン。

ほぼストーリー展開の読める映画であるが、それでも飽きさせず見せるのは脚本がしっかりしているからであろう。キーとなる台詞や小道具を繰り返し使用することで絶妙の効果をあげている。

主演の織田裕二と柴崎コウの存在感もいいバランスとなっている。織田裕二は前半の傲慢で嫌な男を無理なく演技していく。土砂降りの中、どん底に落とされてから緩やかに上昇していくところもいい。柴崎コウも「メゾン・ド・ヒミコ」(2005)に続き、言われたら言い返す強さを秘めた女性を創造している。つくづく瞳に力のある人だと思わせる。

この水と油のような二人の関係が少しずつ変わっていく。それがドラマの醍醐味だ。

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2006/05/16

亀も空を飛ぶ

「亀も空を飛ぶ」★★★★
(盛岡フォーラム3) 2004年イラク
監督:バフマン・ゴバディ
脚本:バフマン・ゴバディ
出演:ソラン・エブラヒム
   ヒラシュ・ファシル・ラーマン
   アワズ・ラティフ アブドルラーマン・キャリム

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亀も空を飛ぶ@映画生活

イラク辺境の地の不毛な風景が切々と胸に刻み込まれる。朽ち果てた戦車の残骸が転がっている土地。そこで生活する老人と子供たち。成人した大人があまりに少なく、ひとつの社会としては異質さが際立っている。ニュース映像では知りえないイラクの現実がここにある。

その情景が当たり前であるという自然な感じで、子供たちはたくましく生きている。失ってしまったものを嘆いたりせず、生活のために真面目に働いている。その中心にいるサテライト(ソラン・エブラヒム)が颯爽としている。彼の名前が英語名であるのがポイント。彼には確固たる夢と信念を胸に秘め、その社会をまとめあげている。

だが、難民の3人と出会ってから彼の心に影がよぎる。両腕をなくした兄。視力をなくした乳児。笑いをなくした妹。自分達よりも深い戦禍を被った彼らに衝撃を受ける。いつしかサテライトは彼らを救いたいと感じるが、とうとう守ることができなかった。その深い挫折が嗚咽となって現れる。

同時に、アメリカへの幻想も打ち破れ、彼は立ち尽くすしかない。哀切感が残り続けるラスト・シーンでありました。

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2006/04/11

さよなら子供たち

「さよなら子供たち」★★★★
(BS)1987年フランス 西ドイツ 
監督:ルイ・マル
出演:ガスパール・マネス ラファエル・フェジト
   フランシーヌ・ラセット
   スタニスタス・カレ・ド・マルベール

1944年ナチス占領時代のフランス。戦災のパリからカトリック寄宿学校に疎開している12歳の少年カンタン。ある時、ボネという少年が転入してくる。初めはどこか打ち解けない2人だったが、次第に連帯感が生まれてくる。だが、ボネは偽名を使って転入してきたユダヤ人であることを知ってしまう…。

第44回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。第13回セザール賞で作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、音響賞、編集賞、美術賞の6部門を受賞。

パリを離れる汽車の前、母の前で俯くカンタン。このファースト・シーンで、自分で状況をコントロールできない少年の無念な気持ちがよく伝わってくる。そのことで素直さを欠き、どこかひねくれた態度を取る。

そんな時、彼の前に現れたボネ。勉学にも音楽にも優秀なボネに最初は辛く当たるが、彼がユダヤ人と知って少しずつ変わっていく。ボネは自分以上に喪失したものがあることに気付いていくのだ。両親に会えない寂しさより辛い現実があることを知る。

淡々とカンタンの日常が綴られている。感傷にひたることなく、ひとつひとつのエピソードが進められていく。ラスト・シーンの「さよなら子供たち、また会おう」というゲシュタポに逮捕された校長先生の言葉。もう二度と会う事のない先生と生徒たち。劇的な場面にしていないため、この別れの言葉が余計に重く響く。

ピアノ教師役の女性はどこかで見たことがあると思っていたら、イレーヌ・ジャコブだったのか。この映画が彼女のデビュー作であった。これをクシシュトフ・キエシロフスキー監督が見て、「ふたりのベロニカ」(1991)や「トリコロール/赤の愛」(1994)に繋がっていくと思うと感慨深い。

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2006/03/12

サヨナラ COLOR

「サヨナラ COLOR」★★★★
(盛岡フォーラム1)2004年日本 
監督:竹中直人
出演:竹中直人 原田知世 段田安則 内村光良

医師・佐々木が勤める海の見える病院に、高校時代の同級生で彼の初恋の人・未知子が入院する。彼女は子宮ガンを患っていた。独身生活を謳歌している佐々木だが、実は20年以上も一途に未知子を想い続けていた。そんな気持ちとは裏腹に、未知子は佐々木のことをまるで覚えていないのであった…。

ファースト・シーンが海岸で始まり、ラスト・シーンも海岸で終わる。それだけでなく、劇中、何度も海岸が登場する。彼岸と此岸を分ける境界線として海岸は存在しているのだろう。生と死の間で悩む登場人物たちはいつも海岸に向かっていく。

その海岸でガラス片を集め、ランプを作る未知子(原田知世)。それランプもどこか詩的である。このランプは生命力の象徴なのか。禁じられている病室でも、ランプを使用しているのはそういうことなのかもしれない。

ミュージシャンや俳優達が多数ゲスト出演しているのだが、名前は知っていても顔を認識していなかったりして、その興趣を十分に味わうことが出来なかった。折に触れ、何度か見直して、その都度発見を楽しめる作品になるであろう。

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2006/02/19

私は「うつ依存症」の女

「私は「うつ依存症」の女」★★★★
(GyaO)2001年アメリカ ドイツ 
監督:エーリク・ショルビャルグ
原作:エリザベス・ワーツェル
出演:クリスティーナ・リッチ ジェシカ・ラング
   アン・ヘッシュ ミシェル・ウィリアムズ

1986年。リジーは晴れてハーバード大学の入学が決まる。彼女は教育熱心な母の過度な期待や音信不通の父との関係など精神的負担を抱えている。ルームメイトのルビーと仲良くなり、ローリング・ストーンズ誌から執筆を依頼されるなど大学生活を順調に送っていたのだが…。

うつ病というのは特殊な病気ではないと思う。どうしようもなく無気力になってしまい、どこにも出かけたくない、電話にも出たくない、片付けなければならない用事も放り出してしまう。昔を振り返ると、そういうことが私にもあった。その頻度と深度の違いだけなのであろう。私自身、最近はそんな無気力状態になることも少なくなったが、これも経験の積み重ねであろうか。

ラスト・シーンで原題にもなった“プロザック”という抗うつ剤の使用量がアメリカ社会の隠れた側面を浮き彫りにする。彼女が症状を悪化させていくのは、両親の不和、母親の過剰な期待、父への慕情ということもあるのであろうが、自分の存在意義を把握しきれていないからでないであろう。

文才があると思っているのに全く書けなくなってしまうことでリジー(クリスティーナ・リッチ)は病気を悪化させてしまう。自分独りでは物事に対処しきれず他者に救いを求める依存性と、そんな弱さに憐れみをかけられたくないという頑迷性が拮抗し、より一層彼女を孤独にしている。

ファースト・シーンが印象深い。ハーバード大学へ旅立つ日、全裸のままベッドに呆然と腰掛けている娘と、娘の前途ある未来を嬉々として語る母親。この異質さが突出している。二人の関係が尋常なものでないことが最初から分かってくる。

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2006/01/21

コースト・ガード

「コースト・ガード」★★★★(盛岡フォーラム2)
2001年韓国 監督:キム・ギドク
出演:チャン・ドンゴン キム・ジョンハク
   パク・チア ユ・ヘジン

南北境界線を監視する海兵隊のカン上等兵は北朝鮮のスパイを打ち倒すことに血眼となっていた。ある夜、立ち入り禁止となっている海岸に不審な人物を見つけ即座に射殺する。だが、その男は恋人との情事を楽しんでいた地元住民だった。カン上等兵はショックを受ける。上層部は任務に忠実だったと表彰するのであるが…。

境界線にまつわる物語に魅了されるのは、そこにアイデンティティーに対する切実な問い掛けが隠されているからだろうか。生と死、男と女、国と国、正常と異常、日常と非日常。その境界線がぼやけてしまうとき、様々なドラマが生まれ、自分とは何か改めて考えさせる起点となる。そうした意味で分断国家として今なお存在している朝鮮半島は、数々の物語を生み出すことが宿命づけられているのかしれない。

本作品が興味深いのは様々な境界線が設定されていることだ。時代背景は現代に近いと推測されるが、朝鮮戦争から十数年経ち緊張が緩んでしまった北朝鮮との関係がまず一つ。立ち入り禁止となった海岸線。軍隊を統率すべき規範と上下の関係。地元住民と海兵隊。加害者と被害者。それぞれの境界線が曖昧になったとき、思いもかけない事態が次々と発生する。

さすがキム・ギドクの映画だと唸らせてくれるのは、カン上等兵(C・ドンゴン)が襲撃するときに、顔をぼかしていることだ。単にひとりの狂人の犯行ではない、加害者は誰にでもなりうることを表現していると解釈しました。やはりキム・ギドクの映画は見逃せないなぁと確信させる。

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2006/01/15

ソウ

「ソウ」★★★★(盛岡フォーラム2)
2004年アメリカ 監督:ジェームズ・ワン
出演:ケアリー・エルウェス リー・ワネル
   ダニー・グローヴァー モニカ・ポッター

浴槽の中で溺れそうになってアダムは目覚める。暗闇に包まれていたがすぐに電灯がつけられる。そこは薄汚れた広いバスルームで片足が太い鎖で繋がれていた。反対側ではゴードンと名乗る男も同じ状態でいた。そして、部屋のほぼ中央には頭部を撃ち抜いた自殺死体が転がっていたのだが…。

2004年にロードショー公開されたときから、その評判の高さにずっと見たかった作品。既にDVDも発売されているのが、なかなか観る機会に恵まれずにいましたが、「ソウ2」の公開に合わせて盛岡フォーラムで上映してくれたので、喜び勇んで劇場に駆けつけました。しかし、ウムム・・・。残念ながらその過大な期待に対し充分に応えてもらえなかった内容でした。

不満の一点は、この朽ち果てたバスルームに舞台を限定せず、別のところでカーチェイスや脱出劇が盛り込まれてしまったところにあります。アダムとゴードンの回想シーンでバスルーム以外の場面が出てくるのは構わないのですが、同時進行で彼ら以外のドラマが進んでいくので焦点がぼやけてしまう印象を受ける。限定した空間の中でいかにして危機を切り抜けていくのか、そこにサスペンスの醍醐味があると思います。

とは言え、ジグソウという悪役は凄まじい存在感を発揮している。「羊たちの沈黙」(1990)のレクター博士、「セブン」(1995)のジョン・ドゥに並ぶような特異性がある。犯行動機も大いなる示唆を観る者に与える。何かを得ようとすれば、何かを捨てなければならない。それを極端な形でゲーム化しているのが本作品だ。この事件の真相、この犯人の正体を知り、いかにして「ソウ2」続いているのか。興味は尽きません。

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2006/01/12

ヒトラー~最期の12日間~

「ヒトラー~最期の12日間~」★★★★
(盛岡フォーラム3)2004年ドイツ 
監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
原作:ヨアヒム・フェスト「ヒトラー 最期の12日間」
   トラウドゥル・ユンゲ
   「私はヒトラーの秘書だった」
出演:ブルーノ・ガンツ アレクサンドラ・マリア・ララ
   コリンナ・ハルフォーフ ユリアーネ・ケーラー

1942年。ユンゲは数人の候補の中からヒトラー総統の個人秘書に抜擢される。1945年4月20日。ドイツ軍はソ連軍に追い詰められていた。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲもあとに続く。正常な判断力を失ったヒトラーは惨状をさらに悪化させてゆくのだが…。

いかにして敗北を認めるのか。いかにして戦争を終結させるのか。その困難さ。同じ第二次世界大戦の敗戦国である日本の状況は岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」(1967)に詳しい。現実的な状況を認識することなく精神論で対抗しようとする様は愚かしい。

ヒトラーの為政者として失格だと思うところは、市民や負傷兵を全く顧みなくなったところだ。大儀の前で市民の犠牲もやむなしと言い始めたりするのは、危険な兆候だと思う。こうした犠牲の上に築かれたものは何も意味がない筈だ。

最後の呟かれる「若さは理由にはならない。きちんと目を開いていれば分かって居た筈だ」というユンゲの言葉が重く響く。そして、あれだけ権力の中核にいて、ユダヤ人虐殺のことを知らなかったのか。そのことに改めて驚嘆する。

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2006/01/05

CODE46

「CODE46」★★★★(DVD)
2003年イギリス 
監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:ティム・ロビンス サマンサ・モートン
   オム・プリ ジャンヌ・バリバール

環境破壊が進み地球全体が砂漠化した近未来。人々は安全が保たれている都市部に密集して暮していた。都市間の移動は厳しく限定され、パペルという滞在許可証を発行された者のみに許されていた。シアトルに暮す調査員ウィリアムはパペル偽造事件の捜査を依頼され、24時間の許可を得て上海に渡るのだが…。

高速道路。地下鉄。船。様々な乗り物で移動する描写が執拗に続いている。その一方で、滞在許可書パペルを持っていなかれば都市部への移動することはできない描写も繰り返される。その対比によって、自分の意志によって移動できるということも自由の一つであるが浮かび上がってくる。

近未来の状況をあまり説明的に描いていないが、さりげない描写からその状況が分かってくる作りになっている。上海の空港から都市部に自動車で移動するときにトンネルを潜るが、濡れたように見える。特殊な何かで消毒されているのだろうか。監視カメラから撮ったような映像が何度も挿入されているが、これが「スフィンクス社の調査」というものであろう。個人のプライバシーなど存在していない社会。この種のドラマであれば管理者が徹底した悪役として存在することが定番であろう。だが、本作品ではそう単純には描写されていないのが特徴的ある。

滞在許可書パペルの発行を制限していること。“CODE 46”の存在。それぞれに正当な理由がある。問題はその理由を個人へ通知されていないことだ。不正な移動を望むものが後を絶たず、命を落としてしまう悲劇が続く。相応しくない記憶をなくしてしまうなど高度な医療体制も取られているのが、そこに個人の幸福への追求は一切認められない閉塞を感じる。汚染された外部から都市を守るという体制に間違いはない。だが、その運営には血の通った対応が必要であることを、高度に管理された情報社会の入り口にいる我々は知っておかねばならないであろう。

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2005/12/25

ヒューマンネイチュア

「ヒューマンネイチュア」★★★★(DVD)
2001年アメリカ フランス 
監督:ミシェル・ゴンドリ-
出演:パトリシア・アークエット リス・エヴァンス
   ティム・ロビンス ミランダ・オットー

異常に毛深い体質の女性ライラはマナーに異常な関心を示すネイサン博士と出会い恋に落ちる。ネイサンは礼儀正しい文明社会こそが人類を救うと信じていた。ある時、二人は森へ出かけると、自分を猿だと思い込んでいる男に出会う。ネイサンは彼を“人間”として再教育しようと研究所へ連れ帰るが…。

三人三様の証言で物語が進んでいく。しかも、一人は死者ということで黒澤明監督の「羅生門」(1950)を連想させる作りになっている。何故、ネイサン(ティム・ロビンス)は死んでしまったか。その疑問と共に、最後まで画面にひきつけられる。

マナーとは何か、皮肉的に描かれている。マナーが類人猿と人間を分ける違いの象徴になっている。マナーを身に付けることで、ありのままの自分を捨てて、世間一般の理想的人物に変わって登場人物たち。その姿はどこかぎこちない。そうかといって、“ありのままの自然が一番だ”というような単純な落ちでも終らない。この中途半端の浮遊感こそ、さすがチャーリー・カウフマンのシナリオだと思わせる。

「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでエオウィン姫を演じていたミランダ・オットー。彼女がネイサンを誘惑する研究所助手として出演していたことが発見。

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2005/12/24

Mishima

「Mishima:A Life in Four Chapters」★★★★
(ビデオ)
1985年アメリカ 監督:ポール・シュレイダー
出演:緒形拳 沢田研二 佐藤浩市 永島敏行

1970年11月25日。自衛隊市谷駐屯地で自決した三島由紀夫。その自決当日の行動を追いながら、「金閣寺」、「仮面の告白」、「鏡子の家」、「奔馬」などの代表作を使って三島由紀夫の幼年期からの現在までを描く異色作。日本では未公開、ビデオも発売されていない。
第38回カンヌ国際映画祭で芸術貢献賞を受賞。

シネマファンの知人からアメリカ版のビデオを借りて観る。当然ながら日本語字幕などないので、どこまで理解できるのか不安であった。だが、ナレーションだけが英語で、役者の台詞は全て日本語だったので、興味深く鑑賞できた。

まず、日本人俳優の豪華さに驚嘆する。この当時の主役を張れるようなスター俳優がずらりと並んでいる。彼らが三島文学ならではの美意識を体現させている。特に「鏡子の家」に出演している沢田研二だ。「あなたの肌があまりにきれいだから、切りたくなったの」と女性に言わせるような男を、身を切るような殺気を持って演じている。この頃の沢田研二の素晴らしさが凝縮されている。

石岡瑛子がデザインした美術セットにも大いに感嘆する。最初から死へ向かってゆくことが分かっているので、緊迫感あふれるフィリップ・グラスの音楽が胸に迫ってくる。

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王は踊る

「王は踊る」★★★★(BS)
2000年ベルギー フランス ドイツ
監督:ジェラール・コルビオ
出演:ブノワ・マジメル ボリス・テラル
   チェッキー・カリョ コレット・エマニュエル

5歳で国王となったルイ14世。14歳になった今も政治の実権は母とその愛人に握られていた。ルイは音楽とダンスに情熱を傾け、音楽家にして舞踏家のリュリの創り出す音楽に魅せられていた。リュリも聡明で美しいルイに特別な感情を抱き始める。そして、彼のために3000曲ものの音楽をつくりあげるのだが…。

自分以外の何者かに依存して生きることの虚しさ。それが神であろうと王様であろうと、同じことである。無私に生きることは尊いことであるが、本作品の音楽家リュリは違う。心血注いで音楽を生み出してきたのはルイ14世を喜ばせたかったのが最初だったのに、次第に王の寵愛を維持するためへと変節していく。そこに腐敗を感じさせる。あくまで自分の創作の喜びが第1でなければならないのだ。

太陽王と呼ばれたルイ14世の生涯。宮廷内部での権力闘争。絶対王政下での権力者と芸術家の関係。17世紀のフランス宮廷社会を興味深く観る。

舞踏家としても一流だったルイ14世をブノワ・マジメルが見事に演じている。彼のダンスシーンが本作品のポイントになっている。

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2005/12/23

ライフ・アクアティック

「ライフ・アクアティック」★★★★(DVD)
2005年アメリカ 監督:ウェス・アンダーソン
出演:ビル・マーレイ オーウェン・ウィルソン
   ケイト・ブランシェット
   アンジェリカ・ヒューストン

海洋冒険家として世界的名声を得てきたスティーヴ・ズィスー。彼が率いる“チーム・ズィスー”の先の航海で、チームの長老・エステバンが幻の怪魚“ジャガーザメ”によって喰い殺されてしまう。その冒険を記録した新作映画は散々な酷評を受け、次回作の契約も打ち切りになってしまうのだが…。

独特の世界観と映像センス。コメディーと呼ぶには爆笑するほどのネタでなく、記録映画の撮影秘話にしたはあまりに現実離れしている。特定のジャンルには収まらない魅力。この辺はウェス・アンダーソン監督の前作「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)と共通するものが多い。

自分の才能は枯れてしまったのか。かつて海洋記録映画の秀作を作り続けていたスティーヴ(ビル・マーレイ)。しかし、この5年ほどスランプが続く。資金は枯渇し、古くからの仲間を亡くし、製作パートナーでもある妻は去っていく。状況はどんどん悪化する一方で、ズィスーの息子と名乗る青年ネッドや妊娠中の女性記者ジェーンらが加わり、航海は進んでいく。血のつながりのない擬似家族が彼を再生させていく。クライマックスで“ジャガーザメ”を探して海中へもぐるシーンが感動的なのは、彼らの絆が強固に感じられからであろう。

エンド・クレジットにかかるデヴィッド・ボウイの「クイーン・ビッチ」がクール。ブラジリアン・ソウルのカリスマと言われるセウ・ジョルジがポルトガル語でカバーしたデヴィッド・ボウイのヒット・ナンバーも魅力あふれるものだった。音楽のセンスも秀逸だった。

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2005/12/20

バッド・エデュケーション

「バッド・エデュケーション」★★★★
(盛岡フォーラム3)
2004年スペイン 監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル フェレ・マルチネス
   ハピエル・カマラ レオノール・ロトリング

詳しくはこちらで・・・
バッド・エデュケーション@映画生活

本当にイグナシオは幼馴染なのかどうかというミステリー展開を期待していると、あっけなく裏切られてしまう。アルモドバル監督はフィルムノアールを意識して作ったと言っているが、そんなジャンル映画には収まらないところがこの監督らしいと思う。

ガエル・ガルシア・ベルナルの女装ぶりが素晴らしい。このところたくさんの映画に出演しているが、そのたびにキャリアを充実させていることがよく分かります。

赤を基調した映像のコントラストが秀逸。そして、コラージュ風のタイトルバックと音楽だけでも、この映画を観た甲斐はあった。ここだけでも何度も観直したくなるくらい、とてもクールだった。

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2005/12/13

受取人不明

「受取人不明」★★★★
(盛岡フォーラム2)2001年韓国 
監督:キム・ギドク
出演:ヤン・ドングン キム・ヨンミン
   パン・ミンジョン チョ・ジェヒョン

1970年末の在韓米軍部隊が駐屯している村。米兵との混血児であるチァングクは母と村の外れにある赤いバスで暮している。小さい頃片目をけがしたウノクは、コンプレックスのためいつも前髪で顔の半分を隠していた。米軍基地前の肖像画店で働く気弱なジフムはウノクに好意を抱くが…。

紛れもないキム・ギドク監督の作品だ。あまりに痛烈で胸がかき乱される。逃れる術のない苦しみを抱き、罪を重ねてしまう人たち。「受取人不明」というタイトルが彼らと重なってくる。

アメリカの軍用機の描写が繰り返されているが、今も朝鮮戦争の影響下にあることを暗示させている。戦争で片足を負傷した父。戦死したと思われていて実は北に亡命していた父。アメリカに帰国したまま音信不通になってしまった父。主人公三人の家庭は朝鮮戦争によって傷つき、そのことが息子、娘に暗い情念を抱かせている。そうした元凶をアメリカにあるとして非難するのであれば、少女ウノクに近付くアメリカ兵ジェームズをもっと悪く描いていただろう。米軍の中で異端であり続ける彼も戦争によって傷ついているアメリカ社会の象徴である。

本作品では目に関わるエピソードが執拗に続く。幼い頃ウノクはおもちゃの拳銃で右目を負傷する。ジフムの目はウノクの部屋を覗きみる。犬商人ケヌンはチァングクに「犬に負けない目を持て」と教える。ウノグを襲った二人組に復讐するために自家製の拳銃を向けるがジフムだが暴発し右目を負傷する。ウノクの目を直すことで彼女に接近するジェームズ。見事に連鎖していくのだ。それは不条理な世界に振り回され、適えたい思いは打ち砕かれ、コントロールできない社会への苛立ちを象徴しているのではないか。

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2005/12/11

恍惚

「恍惚」★★★★(盛岡フォーラム2)
2003年フランス 監督:アンヌ・フォンテーヌ
出演:エマニュエル・ベアール ファニー・アルダン
   ジェラール・ドパルデュー
   ウラディミール・ヨルダノフ

ある時、カトリーヌは夫ベルナールの浮気を偶然に知ってショックを受ける。翌日、彼女は会員制のクラブで妖艶な魅力を持つマルレーヌと出会う。カトリーヌは彼女にベルナールを誘惑し、その内容を逐一報告してほしいという仕事を依頼する。マルレーヌはナタリーという偽名を使いベルナールに接近するが…。

エマニュエル・ベアールとファニー・アルダン。ニ大女優の迫真の演技に魅了される。二人の間に流れる微妙な感情が絶妙に表現されている。

二人は“ナタリー”という別の人物を作り上げていく作業に熱中することで、いつしか再生されていく。日常生活から離れ、フィクションを作り上げていくということは、どこか人を元気にさせていく効果があるのだろうか。ストーカーと脅迫された女性の間で別の女性像を作り上げていく塚本晋也監督の「六月の蛇」(2002)を思い出した。

カトリーヌ(F・アルダン)は、ベルナール(J・ドパルデュー)のこともマルレーヌ(E・ベアール)のこともどこまで理解していたのか。何もかも知っているつもりで実は何も知らないということだ。その皮肉さが蕭然とした余韻を残す。

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2005/12/09

岸辺のふたり

「岸辺のふたり」★★★★(盛岡フォーラム3)
2000年オランダ イギリス 
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

自転車に乗った父親と幼い娘が川の岸辺へとやって来る。やがて父親はボートに乗り込むと、娘を岸に残したまま行ってしまった。そしてそのまま戻ってくることはなかった。その日以来、娘は雨の日も風の日も、父親の帰りを待って岸辺を訪れ続けた。やがて月日は経ち、娘も少女から大人へと成長していくのだが…。
第73回アカデミー賞で短編アニメ賞を受賞。

この川の岸辺は生と死の境界線であろう。旅立っていく父親は黄泉の国に行き、女の子はただ父親の帰還を待っているのではなく、父のことを追悼していたのではないか。やがて、年を重ねるごとに海が干上がって草原になっていくのは、彼女自身の死期が近付いていることを表していると思いました。

台詞もなく自転車だけで一人の女性の生涯が浮かび上がる描写が見事である。微妙な体の動きで彼女の年齢が伝わってくる。陰影深い影の表現も美しかった。

哀愁を帯びたアコーディオンの響きも画面によく合っている。

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頭山

「頭山」★★★★(盛岡フォーラム3)
2002年日本 監督:山村浩二

けちん坊の男がサクランボを食べていたが、種を吐き出すのがもったいなくてそのまま食べてしまう。すると不思議なことに頭の上に桜の木が生えてきてしまう。やがてそこが桜の名所となり人々が集まるようになった。あまりのうるささに腹を立てた男は桜の木を引き抜いてしまうが…。

アニメーション作家・山村浩二の作品集「ヤマムラアニメーション図鑑」の中で「カロとピヨブプト」や「どっちにする?」などと一緒に鑑賞する。2002年第75回アカデミー賞短編アニメ賞にノミネーションされた時からずっと観たかったので、ようやくその思いが適いました。

最大の注目は落語の語りの中で成立するシュールで不条理な世界を、いかにして映像化しているのかという点です。遠近感をなくし、頭の上と男の世界が違和感なく存在しています。なるほどアニメーションならではの異界となっております。この味わいは実写では難しいものでしょう。

その他の短編もそれぞれ楽しかった。自由な発想で作り上げられ、のびのびとした感じが良かった。音楽に合わせた編集も見事でテンポよく見せられる。「カロとピヨブプト」はチョコアニメの「クルテク」に似た味わいを持つ。

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2005/12/07

隣人13号

「隣人13号」★★★★
(盛岡フォーラム3)2004年日本 
監督:井上靖雄
原作:井上三太
出演:中村獅童 小栗旬 新井浩文 吉村由美

村崎十三は小学校でクラスメートの赤井にいじめられた記憶を10年たった今でも引きずっている。ある時、十三は古びたアパートの13号室に引っ越す。同じ日にその真上の23号室に引っ越してきたのは暴走族を引退し今では妻子持ちの赤井だった。十三は赤井の勤める建築会社に就職するが…。

もっとスプラッタ度の高い復讐のドラマかと思っていたら違っていた。赤色に彩られた映像でバイオレンスシーンもたくさん出てくるのであるが、清々しい感じで終る幕切れになっていたのが意外だった。この驚きがまず一つ。十三と13号との戦いこそがメインプロットだったのだ。

トイレの場面が徹底して繰り返し登場してくる。冒頭で出てくる荒野の一軒家と共に、閉じ込められた自我という象徴なのであろう。

ゲスト出演している三池崇史監督が可笑しい。「地球で最後のふたり」(2003)の時もそうだったが、俳優として参加する時も自身の監督作品のようにアイデア豊富でまともでないアブノーマルな感じの役柄を好んで選択しているのであろうか。

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2005/12/04

故郷の香り

「故郷の香り」★★★★(盛岡フォーラム2)
2003年中国 監督:フォ・ジェンチイ
原作:モォ・イエン「白い犬とブランコ」
出演:グオ・シャオドン リー・ジア 香川照之

北京の役所に勤め、妻と生まれて間もない息子と暮すジンハーは高校時代の恩師が抱えた問題を解決するため10年ぶりに帰郷する。そこで思いがけず初恋の女性、ヌアンと再会する。薄汚れていて見るからに生活に疲れている様子だった。10年前とはまるで別人のような姿にジンハーは激しく動揺するのであるが…。

「誰か他の人はいなかったのかい?」。耳と口が不自由な幼馴染のヤーバと結婚し6歳になる娘が持つヌアンにジンハーはそう訊ねる。この言葉でジンハーが徹底的に嫌いになった。都市生活になじみ、故郷の恋人ヌアンを捨ててしまったことは責められない。それまでのヌアンがジンハーに対してとってきた姿勢にも問題はあった。二人の別れは、ある種仕方がないとも言える。しかし、10年ぶりに会ってこの言葉はないだろう。あまりにも無責任で無神経ではないか。橋ですれ違った時に、ジンハーのことを気付いていたのに、知らない顔で通り過ぎたヌアンの気持ちが痛々しく伝わってくる。

溌剌としていたヌアンがなぜ現在のようになっていったのか。まるでミステリー劇のように、その答えを探して物語は進んでいく。そして、二人の恋話に単なる粗野な男としか思われていなかったヤーバ(香川照之)の陰が色濃く反映されていく。後半に入ってくると彼のひとり舞台だ。ヤーバの一途な思いが画面へ見事に浮かび上がってくる。この辺りが絶妙に巧い。本当の主役は彼であったということが意外性を持って迫ってくる。

雨、池、川と映画全体が水に彩られている。湿った農村風景の描写が素晴らしかった。

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2005/12/02

マシニスト

「マシニスト」★★★★(盛岡フォーラム2)
2003年スペイン アメリカ 
監督:ブラッド・アンダーソン
出演:クリスチャン・ベイル
   ジェニファー・ジェイソン・リー
   アイタナ・サンチェス=ギヨン
   マイケル・アイアンサイド

機械工として働くトレバーは極度の不眠症に陥り1年間も眠っていない状態だった。身体は痩せ衰え、誰もが心配する中、毎日工場に向かい黙々と働いていた。ある時、彼は自宅の冷蔵庫のドアに不気味な張り紙を見つける。それと前後して、彼の周囲では不可解な出来事が次々と起こり始めるのだが…。

謎が謎を呼ぶ展開に魅了される。彼は何故不眠症になったのか? 何故、1:30になるとコーヒーショップから出てきてしまうのか? 繰り返し登場するY字型の分岐点の意味は? それらの謎がどんどん膨らんでいき、ミステリー的興趣を増していく。私は、別の答えを推理していたが見事に外れてしまった。

映画的文法に沿った画面作りも評価したい。何度も鏡を見るということは、自分のアイデンティティーを求めている表現。謎の男アイヴァンが初めて登場するときには雷雨となっている。雷は不穏な事件、不可思議な出来事などが起こる時の前兆として表現されるものだ。

ヒッチコック作品を意識したという音楽。くすんだ色調の映像。そして何より、異常な程にやせこけたクリスチャン・ベイルの幽鬼的な肉体の圧倒的存在。サスペンスの雰囲気作りにも趣向が凝らされている。

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2005/11/29

オペレッタ狸御殿

「オペレッタ狸御殿」★★★★(ルミエール1)
2004年日本 監督:鈴木清順
出演:チャン・ツィイー オダギリジョー
   薬師丸ひろ子 平幹二朗

“がらさ城”城主の安土桃山は美も富も名声も全て一番を追求していた。ある時、切支丹の予言者、びるぜん婆々から城主の世継ぎである彼の息子、雨千代が間もなく父の美しさを凌ぐという予言を聞く。唖然とした安土桃山はかつての妻と同様に迷えば生きて帰れないという霊峰・快羅須山へ雨千代を棄てようと決意するが…。

相変らず鈴木清順監督の世界は面白い。狩野派、ダ・ヴィンチ、ダリ、歌舞伎、能など、あらゆるな芸術を無節操に融合させており、何も考えずきらびやかな映像を見ているだけで楽しい。最初は違和感の残った書割風の背景もやがて自然に感じてしまうところが不思議だ。

チャン・ツィイーの踊りがやはり素晴らしい。踊りに入る前の形の良さがが「LOVERS」(2004)の太鼓打ちの場面を想起させる。

薬師丸ひろ子の声の響きが「セーラー服と機関銃」(1981)や「探偵物語」(1983)の頃と変わっておらず、感慨深く聴き入る。

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2005/11/28

ザ・インタープリター

「ザ・インタープリター」★★★★
(盛岡フォーラム3)2005年アメリカ 
監督:シドニー・ポラック
出演:ニコール・キッドマン ショーン・ペン
   キャサリン・キーナー アール・キャメロン

アフリカのマトボ共和国出身のシルヴィアは現地のクー語の通訳として5年前からニューヨークの国連本部で働いていた。ある時、彼女はマトボの独裁的なズワーニ大統領暗殺計画にまつわる会話を偶然聞いてしまう。ズワーニは民主化を目指す多くの活動家を虐殺した罪に問われて国連本部で演説することになっていたが…。

久々にポリティカル・サスペンス映画の醍醐味を味わう。細部が丁寧に作られている。シドニー・ポラック監督の端正な演出が素晴らしい。クー族の復讐に関する逸話が効果的であり、見事にクライマックスへの伏線となっている。気候の表現も絶妙。風は遠い記憶を呼び起こし現在へ運んでくれるものだし、雷雨はシルヴィア(N・キッドマン)を暗殺しようとする凶事を予感されるものとして登場してくる。

アカデミー賞主演賞獲得者であるN・キッドマンとS・ペンの演技力は期待通りのものであった。二人の距離感の取り方がいい。最初は川の対岸にいるように正反対の価値観を持つ二人だったが、対立しながらも互いに共感し合っていく感情の移り変わりを繊細に演じている。特にシルヴィアの自宅と彼女を反対側のビルから監視するケラー(S・ペン)とで行う電話の場面はうっすらとした官能性を漂わせ大いに感心する。

唯一惜しまれるのは、ケラーを支えるトッド捜査官役のキャサリン・キーナーに活躍の場が少なかったことである。せっかくの存在感が惜しまれる。

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