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2010年2月

2010/02/27

白夜

製作年:2009年
製作国:日本
監 督:小林政広

偶然、遠い異国の街で出会った男と女。列車の出発までの限られた時間を二人の会話だけで進む物語は、リチャード・リンクレイター監督の「恋人までの距離(ディスタンス)」(1995)を連想させる。しかし、小林政広は、そんな甘い恋愛ドラマを撮るような監督ではない。異質感あふれる作品になっている。

例えば、終盤の一場面。冒頭から続く喧嘩ごしのやり取りが収まり、やっと心が通じ合ったと思われる二人。それなのに木島立夫(眞木大輔)は相沢朋子(吉瀬美智子)を待たずに出発してしまう。何故、木島は待つことができなかったのか。看病を続けていた病気の母を置き去りにしてヨーロッパへ旅立ってしまった過去と重なるエピソードだ。彼の身勝手な行為はさらなる悲劇を呼ぶのにである。

人との関係をきちんと構築できない脆弱な精神を厳しく見据えた作品だと感じました。

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2010/02/25

ゴールデンスランバー

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製作年:2009年
製作国:日本
監 督:中村義洋

「アヒルと鴨のコインロッカー」(2006)、「フィッシュストーリー」(2009)と、伊坂幸太郎原作の小説を見事に映画化してきた中村義洋監督であるが、その監督にしてもこの原作はなかなか難しかったようだ。膨大な登場人物たちの背景が描ききれていない。

首相暗殺犯に仕立てられた青柳(堺雅人)。特別に技能もない普通の宅配ドライバーが厳重な警備体制の中、逃走を続けられたのは、様々な市井の人々に助けられたからである。何故、彼らが青柳を助けようとしたのか。昔の仲間たちや同僚という直接、青柳とつながりのある者だけなら分かる。だが、キルオ(濱田岳)や保土ヶ谷(柄本明)という縁のない人たちが、当たり前のように手を貸すのはどうかと思ってしまう。終盤の花火の場面にしてもそうだ。

当然、時間的制約もあり、削らなければならないエピソードもあったのだろうが、完成版を見てしまうと、なんとも腑に落ちない。相対的に悪い作品とは思えず、エピローグでも大いに泣かせてもらえるが、完成度は低いと言わざるをえない。

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2010/02/24

Dr.パルナサスの鏡

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製作年:2009年
製作国:イギリス/カナダ
監 督:テリー・ギリアム

パルナサス博士(クリストファー・プラマー)がテリー・ギリアム監督自身に思えてならなかった。秘められた欲望を鏡の向こうの世界に創り出す装置は、監督の映画そのものだ。どんな困難な状況になっても映画を作り続ける不屈の意志は、悪魔のMr.ニック(トム・ウェイツ)と契約して手に入れたのかもしれない。

本作品が一筋縄ではいかないのは、Mr.ニックは契約通り16歳になったヴァレンティナ(リリー・コール)を問答無用で連れ去ってしまえばいいのに、パルナサス博士へ救済できる賭けを提案したりすることだ。博士のもがき苦しみ姿を楽しみたいということだろう。それとて、主演俳優の急死という事態に対応するテリー・ギリアム監督と重なって見えてくる。

いずれにしても、ヒース・レジャーの哀悼の意を込めて、観賞できて良かったです。

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2010/02/23

ハプニング

製作年:2008年
製作国:アメリカ
監 督:M・ナイト・シャマラン

突然、ニューヨークで自殺に誘発する病気が発生する。またたく間にアメリカ全土に蔓延し始めるが、何故、そんな事態になったのか、全く解明されない。ミツバチがいなくなるという異常現象は現実にも発生したことであり、それがどう関連しているのか興味を募らせていたので、フラストレーションが溜まる一方であった。

M・ナイト・シャマラン監督のフィルモグラフィーから言えば、「サイン」(2002)に似ている作品だと思う。こちらも何故、ミステリーサークルが出来たのかさっぱり説明されなくて、私はその年のワースト作品にあげたものであるが、監督の描きたかったものはそこにないのであるから仕方ない。思えば、「シックス・センス 」(1999)の頃から、超常現象に遭遇した主人公たちが、自分たちの抱えている問題に向き合い、どう再生していくかというテーマは一貫している。

とは言え本作品では、エリオット(マーク・ウォールバーグ)が妻アルマ(ゾーイ・デシャネル)との関係性を取り戻すエピソードがあまりに脆弱なので、作品としてはあまり感銘を受けなかった。

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2010/02/22

BANDAGE バンデイジ

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製作年:2009年
製作国:日本
監 督:小林武史

近年、これだけ巧みに作られた予告編はないと思う。予告編で流れる印象深いシーンが、自分で予想した場面と全くかけ離れたところに登場する。その驚きと共に、ありきたりな物語とは違う方向へずれていく展開も心地よい。既に観賞していた信頼すべき目利きの評価に釣られて見に行ったが、逆に言えばあの予告編だけでは食指が動かされなかっただろう。そう考えてしまうと、あまりいい予告編と言えなくなってしまう。なんとも微妙な感じ。

さて映画としては、表現者と観賞者の違いを巧みに描いた作品と感じました。マネージャーになる前に“LANDS”のCDを聴いて涙を流すアサコ(北乃きい)の場面が印象深い。自分の事を歌っているんだという共感は、自分だけの幻なのだ。表現者たちの思惑を越えて、鑑賞者は新たなドラマを作り上げていく。音楽に限らず、アートというものはそうして生き続いていくのだと思う。

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ランボー 最後の戦場

製作年:2008年
製作国:アメリカ
監 督:シルヴェスター・スタローン

「無駄に生きるか、何のために死ぬか」。ロマンティシズム溢れるジョン・ランボー(シルヴェスター・スタローン)の台詞であるが、戦争行為を盲従させるまやかしであると思う。またも虐待を受ける捕虜を奪還すべく戦場に赴くランボー。戦いの神のごとく無敵の活躍ぶりでミャンマー軍を叩き潰し、ひそかに想いを募らせたサラ(ジュリー・ベンツ)を救出する。

それで、良かった、良かったとなるなら、どこにでもあるようなB級映画だ。だが、シルヴェスター・スタローン監督は違う。どんなショットを加えたのかは記さないが、その虚無感ぶりには圧倒された。戦争はこれからもなくなっていかないだろう。ランボーのような兵士も消えてなくなることはない。だからこそ、“大義ある戦い”などという言葉に騙されてはいけないのだ。

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2010/02/21

ICHI

製作年:2008年
製作国:日本
監 督:曽利文彦

往年の勝新版座頭市を念頭に置いて見てしまうと、最初から分かっていることとはいえ、あまりのイメージの違いぶりに戸惑いを隠すことができない。“座頭市”という概念を捨て、生身のまま映画を見れば、また違う感想を抱くことになると思う。

例えば、父性を失くした市(綾瀬はるか)と、母性を失くした十馬(大沢たかお)が出会うことにより、心の傷痕を補完していく物語ととらえることができる。二人が当てのない旅を続けているのは、失くしたものを取り戻したいという心情からである。さすれば、不自然に出番の多い十馬のエピソードも理解できる。剣が抜けないまま、誤解されて虎次(窪塚洋介)の用心棒になっていく十馬。極限状態まで追い詰めて、精神的枷を打ち破りたいという思いを秘めているからであろう。

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2010/02/15

かいじゅうたちのいるところ

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製作年:2009年
製作国:アメリカ
監 督:スパイク・ジョーンズ

この“かいじゅうたちのいるところ”は、一体、どこにある島なのだろうか。私は黄泉の世界ではないかという解釈をします。島に到るまでの海。白骨化した前の王。隙あればマックス(マックス・レコーズ)を食べようとする“かいじゅう”たち。彼らは閻魔の一種と考えられないだろうか。マックスの生前の罪を裁く存在だと思う。“かいじゅう”の姿をしているのは、マックスの心象風景だからだ。それぞれの“かいじゅう”が、シングルマザーの家庭で、愛情に満たされないマックスの感情を表現している。

そうした“かいじゅう”たちの王様という立場に立って、マックスは何かに気付く。他者への思いやりという視点ではないだろうか。気付いたことで、マックスは現世に帰ることが出来た。そうでなければ、“かいじゅう”に食べられてしまい、地獄へ堕ちていくことになったであろう。気付くということは、成長するということだ。マックスは子供から大人へ変わっていった。

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誰がため

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製作年:2008年
製作国:デンマーク/チェコ/ドイツ
監 督:オーレ・クリスチャン・マセン

本当に他所の国の歴史など知らないものなのだと痛感する。本作品を見るまで、ナチス・ドイツにデンマークが占領されていたことすら知らなかった。地下抵抗組織の一員としてナチ協力者の暗殺に身を投じた実在の2人の男たち。彼らの存在を知るだけでも、本作品を見るべき価値はあると思う。どんな崇高な目的のためとは言え、暗殺という手段を選ぶということは実行者の心を蝕んでいくことになる。それでも、正しい成果が得られるならば、まだ救われることもあるだろう。

だが、本作品のフラメン(トゥーレ・リントハート)やシトロン(マッツ・ミケルセン)はどうであろう。正義のための暗殺が、いつしか変質していってしまうのだ。なんという理不尽。暗殺という排除の論理は、一時しのぎでしかなく、根源的な問題解決には繋がらないと感じました。

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(500日)のサマー

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製作年:2009年
製作国:アメリカ
監 督:マーク・ウェブ

運命の恋などない。人は限られた時間の中で、出会いと別れを繰り返していく。偶然の積み重ねを通して、自分の中でドラマを作るだけのこと。

本作品の中で、もっとも痛烈だったのは、トム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が、サマー(ゾーイ・デシャネル)に、何故、自分と別れることになったのか、その理由を問い質す場面だった。その答えをここでは記さないが、理不尽といえばあまりに理不尽、だか、得てしてこういうものなのかもしれないと思った。

恋の甘い魔法は消え去り、憂鬱な現実が見え始めてしまう。それは、決して人格の否定ではないと思う。人と人との相性は、誤解から始まり、時間を経て正されていくものなのだろう。大切なのは、次の出会いのチャンスを逃さないことだと思った。

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2010/02/11

カティンの森

製作年:2007年
製作国:ポーランド
監 督:アンジェイ・ワイダ

きっとこの映画を見て、“カティンの森事件”を初めて知る人も多いのだろう。私自身は、そのタイトル自体思い出せないでいるのであるが、何かの映画でこの事件が取り上げられたことがあり、知っておりました。こんな局地的戦争悲劇は、学校の歴史の授業では取り上げられることもなく、一般生活の中では知り得ないことの方が多い。映画を見たり本を読んだりすることは、こうした事実を主体的に学ぶ機会であることでもあり、とても重要であると改めて感じました。

ポーランド映画界の巨匠、アンジェイ・ワイダ監督だからこそ描ける入魂の一作。一つの作品としてはエピソードにまとまりがなく、決して完成度は高くないとは思う。だが、そんなことなど超越し、描いておきたい想いが全編に溢れ出ているように感じる。歴史は繰り返される。だから、忘れてはいけないことがある。映画は作り続けられ、私たちは追い駆け続ける。

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私は猫ストーカー

製作年:2009年
製作国:日本
監 督:鈴木卓爾

ハル(星野真里)が街で出会う猫たちと接するマナーを鈴木(宮崎将)に教える場面が面白い。本当に猫好きであれば、そんなことは自明のことである。ただ、ハルに想いを寄せている鈴木は彼女と一緒に過ごす時間が楽しくてたまらない様子であった。こうして恋愛初期には、無理なく自然に相手の好みと合わすことができる。だが、付き合いが深まっていけば、自分の好みと相手の好みの違いが明らかになり、自然と距離を置くようになるのであろう。

ハルが自分で栽培した林檎を送る元の恋人と別れてしまったのか明らかにされていないが、おそらくそんな理由ではないだろうか。猫は極めてマイペースな生き物。自分勝手に手を伸ばしても身体に触らせてはくれない。猫と上手に付き合えるならば、人間関係の悩みも克服できるのでないか。

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牛の鈴音

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製作年:2008年
製作国:韓国
監 督:イ・チュンニョル

本作品はドキュメンタリーであるけれど、並みの劇映画では足元に及ばない程、十二分に演出が施されている。ただ映像をつなぎ合わせているような作りではないところが凄い。確かに21世紀になっても老牛を使って耕作を続けている老農夫の生き方はそれだけでも感銘深いが、それをいかに伝えるかが大切なのである。

ありがちな監督と被撮影者との対話と通して状況を説明するのではなく、延々と続く老妻の愚痴によって何が起きているのか教えてくれるアイディアも秀逸。微笑ましくもあり、切実でもあり、微妙に交錯する心情が見る者へ伝わってきました。我を張り通していたが、病には勝てず、コンバインでの収穫を余儀なくされた老農夫。時代に勝てない苦みを感じさせるエピソードでありました。

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2010/02/03

動くな、死ね、甦れ!

製作年:1989年
製作国:ロシア
監 督:ヴィターリー・カネフスキー

映画とは何も知らないで見た方がいい場合と、あらかじめ前情報を入手してから見た方がいい場合と二つに分けられると思います。本作品は後者に属するでしょう。ヴィターリー・カネフスキー監督の名前だけに惹かれて見始めましたが、冒頭から時代背景も登場人物も分からなく、画面を追いかけていくのがやっとの状態。しかも、何の前触れもなく、日本語で“よさこい節”が流れたりして、あっけに取られてしまいました。

観賞後に色々な解説を読んで、なんとか映画世界を再構築できました。どれだけ沢山の映画を見ていても、こういうことがあるから、観賞する際は常に真剣勝負だと改めて痛感いたしました。本作品の舞台は第二次大戦直後のソ連極東収容所。日本兵も収容されていたから、日本の歌も繰り返し登場するのでありました。

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アバター

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製作年:2009年
製作国:アメリカ
監 督:ジェームズ・キャメロン

過去も現在も未来も、略奪する論理は変わらない。手付かずの資源を入手するために先住民を追い出しにかかる。暴力的手法を選ぶのは経済的にもっとも安易であるからだ。さらに、マイルズ・クオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)のように、破壊行為に魅了されてしまった人物もいる。共存共栄を図るというのは理想でしかない。圧倒的武力の前に、先住民たちは為す術もなく略奪を止めることが出来なかったのが人類の歴史である。

それで良いのかという問い掛けが本作品のテーマであると思う。ナヴィ族のために戦うことを選んだジェイク(サム・ワーシントン)。弓と矢で対抗するのは無謀としか言えない。どう対抗するのか注目しておりましたが、「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」(2002)を想起させる展開でありました。三部作を予定しているとも聞きましたので、これで終わりなのではないかもしれませんが、非常におさまりの良いラスト・シーンでありました。

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チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室

製作年:2008年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・ポール

チャーリー・バートレット(アントン・イェルチン)は、頭脳明晰で、家も裕福。ただ、父親が金融犯罪で収監されており、母親も精神的に不安定。背景としてはプラス面もマイナス面もある。その中で、人気者になりたいという潜在願望を抱く。しかし、免許書を偽造するとか、薬物を密売するなど自滅行為を繰り返すのか何故か。それはどう考えても犯罪行為であり、その事で喜ばれるのはごく一部。人気者となる道ではないはずだ。これを矛盾とするか、少年時代の思考錯誤とみるかで、本作品の受け止め方が違ってくるだろう。

人気者になるということは、意外に形で実現される。それでもチャーリーにとって満足できるものではなかった。その根源は自己肯定にあるのではないか。他者によってではなく、自分自身で自分を認める。そこから新たな道が始まるのではないか。

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