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2007年8月

2007/08/29

ボルベール 帰郷

製作年:2006年
製作国」スペイン
監 督:ペドロ・アルモドバル

気付いてもらえない。その痛み、その哀しさ、その辛さ。自分一人だけが苦しんでいるように感じてしまう。だが、人は生きている中で、大なり小なり苦悩をみな抱えているものなのだ。

時に自分の苦悩が大き過ぎて、周りのことなど、目に入らないこともある。もっとも気付いて欲しい人に分かってもらえず、相手を攻める気持ちを生じてしまう。

本作品の中の母娘は、互いが一番辛いときを気付くことができなかった。そのための不和である。相手の心情に思いを巡らせるようになれば、気持ちは通じ合える。

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2007/08/28

オーシャンズ13

製作年:2007年
製作国:アメリカ
監 督:スティーヴン・ソダーバーグ

どんな難事が起こっても、顔色を変えず平然とやり過ごす。心の裏側では、衝撃や混乱が巻き起こっているのかもしれないが、少なくともそれを表には出さない。適度なジョークや仕草で、さっと流していく。そんな男たちが本作品の中にいる。

仲間を欺いたホテル王への復讐ドラマでありますが、深刻な感じは受けず、計画実行へのサスペンス感も弱いかもしれない。それでも、大いに惹きつけられてしまうのは、クールな感じが一貫しており、ドラマテンポも軽快に刻まれているからでしょう。

過去の名作と比べて、足りないところをあげていけばきりが無いかもしれない。そうして本作品を批判するのは簡単である。だが、どうも違うような気がする。終始、過剰でない分、余裕が感じられ、洒脱を楽しめる作品になっている。

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2007/08/20

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

製作年:2007年
製作国:イギリス/アメリカ
監 督:デヴィッド・イェーツ

シリーズ5作目にして、もっとも感心した映画になった。ハリー(ダニエル・ラドクリフ)自身が劇中で語っていたとおり、これまでピンチに陥っても、ハリー自身の力というより周囲の仲間に助けられてきた。そのため、物語にカタルシスを感じられず、すっきりしない思いが残り続けてきた。

だが、本作品は違う。クラマックスの攻防は、ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)が直接的に戦っていたのだが、勝敗を決したのは、ハリーの精神力と決断力によるものであった。これが本作品の主題と見事にリンクしている。

善悪を単純に2極化した戦いでないグレイゾーンを設けたために、とてもスリリングで奥深く感じられた。冒頭から続くハリーの苛立ちは、善悪の境界線を彷徨し続けるために起ってくるのだ。

こうしたところは過去の優れたファンタジーシリーズであるスター・ウォーズやロード・オブ・ザ・リングの各場面を重なって見える。

もっとも印象深いのは、ハリーの父親が学生時代、セブルス・スネイプ(アラン・リックマン)を苛めていたことが明らかになったことだ。人は最初から善でも、悪でもないのだ。生きていく中で、何かに出会い、そのことでどちらかの道へ進まざるを得なくなるのだ。

ハリーにとっては、ヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)との戦いがそれに当る。ハリーには知らないことがまだまだたくさんある。戦いの中に掴んでいく真実は、彼をどちら側に進ませるのか。

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2007/08/15

怪談

製作年:2007年
製作国:日本
監 督:中田秀夫

互いを深く愛し合いながらも、親世代の因果応報によって男女が迎える恐ろしい悲劇という話であるが、どうも最後までしっくりこない。

新吉(尾上菊之助)が父・深見新左衛門(榎木孝明)の非道によって苦しめられるというのは分かる。本人の行いによるものでない因縁というところに、ぞっとするような恐怖心が生まれるのだ。

だが、豊志賀(黒木瞳)の方はどうなのだろうか。新左衛門に惨殺された皆川宗悦(六平直政)は、恨みを果たすために実の娘を使ったりするのであろうか。しかも、豊志賀は恋と嫉妬心によって常軌を逸するほどの苦しみを味わうのである。彼女は恨みを晴らす側ではなく、恨みを受けた側のようだ。

勿論、世の中には、自分の思いを最優先にして、自分の子供をその道具としか考えない親もいるだろうから、ありえない話ではない。宗悦が果たしてどんな人物であるか本作品ではほとんど描かれておらず、なんともおさまりが悪い。父の世代の因縁を除いても、充分に愛と裏切りのドラマとして、成り立つように感じられるので、余計にこの前段が余計に感じられるのだ。

尾上菊之助が良かった。さすが歌舞伎役者であり、仰々しく絶叫する場面などでも、品があり説得力があった。視線の動かし方、立ち振る舞い、台詞廻しなど、艶のある演技を見ることができた。

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2007/08/06

河童のクゥと夏休み

製作年:2007年
製作国:日本
監 督:原恵一

井上陽水は「限りないもの、それは欲望」と歌っていたが、本作品を観た後に浮かんできたのは、そのフレーズだった。河童のクゥが現代社会に甦り、様々な事柄に驚いていくのであるが、その時の呟きが痛烈な批評となって見るものの胸に突き刺さる。

クゥの住んでいた時代とは、面影もないほどに変貌を遂げてきた日本。果たしてそれは本当に必要なことだったのであろうか。衣食住という最小限に欠かさせないもの以上に、我々は欲することを止めることができなかった。

その一例が、クゥの存在を知り、暴力としか思えないような好奇の目をクゥに浴びせかける人々。クゥの写真を撮ることが、本当に必要なことなのであろうか。次に珍奇な存在が現れれば、忘れ去れてしまうものなのに。

クゥを助けることになる上原家のみんなも、クゥの苦しみを知らなければ、他の家で同じようなことがあると、好奇心を隠せないでいただろう。そう、こうした欲望は善悪という概念からは外れた根源的なものなのでる。

欲したいという思いは、本当に必要であるかどうかとは関係なく、沸き起こってくるものである。忘れていけないのは、その欲望を叶えることにより、自分以外の何者かを傷つけてしまうということだ。

だから、他者を傷つけてまで本当に必要なものなのか、チェックする機会を持ちたいものである。本作品の中で、クゥや康一が気付いていくものは、それぞれの成長の糧にもなっているが、観る者にも大切なものは何か確認させてくれる。

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