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2007/05/28

胡同(フートン)のひまわり

製作年:2005年
製作国:中国
監 督:チャン・ヤン

何故、父親(スン・ハイイン)は、異常とも思えるほどにシャンヤンを画家の道へ歩ませようと固守するのか。無論、文化大革命による強制労働中に腕を負傷して画家の夢を絶たれた無念な思いを、息子に託したということは分かる。だが、本当にそれだけであろうか。

もう一つ、気になることがある。マンションに移りたいと懇願する妻と別れても、頑なに胡同の街で暮らし続けることだ。そこに、直接的で分かりやすい理由があるのなら、気持ち良くドラマに酔いしれることができる。だが、異国の地で暮らす私には、腑に落ちないのだ。

もっとも驚いたのは最後に父親の選んだ行動だ。そんなことを望んでいたのかと知ったとき、誤った価値観を持って適切でない判断を繰り返してきたことも分かる。哀しいというより虚しくなってしまう。ひまわりを育てるように、家族と接しれば良かったのに。ありきたりな人情ドラマではない分、心に残るものはある。

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