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2006/12/19

グエムル 漢江の怪物

製作年:2006年
製作国:韓国
監 督:ポン・ジュノ

ポン・ジュノ監督の演出手腕に魅了された。緩急を自由自在に操り、一瞬も目を離せなくなる優美な映像。ありきたりなドラマを拒否するような登場人物達の意外な行動。極限な状況下においてこそ生じてくる滑稽な動き。

とにかく、こちらが予想する展開をことごとく覆していくのだ。その最たるものは、いかに怪物を退治するかという議論が全く起こらずに、ウィルス騒ぎの方へ話が傾いていくことだ。そこには情報を握るものと従属するものの大きな隔たりを感じさせる。

有毒物質の廃棄、ウィルス発生の報道、ウィルス破壊兵器の強攻など、アメリカの黒い影が全編を覆っている。最初から最後まで韓国住民はアメリカによって踊らされていたと言ってもよい。ここにポン・ジョノ監督の熾烈な批判精神を感じ、ただの怪獣映画に留まらせない所以を感じさせる。

人生の勝者ではなかった3兄弟が最後の最後まで粘りに粘って娘を救出するため戦い続ける姿に圧倒される。クライマックスの流れるようなシークエンスは神話的にも思える名場面。思わず歓声をあげたくなる。

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コメント

>熾烈な批判精神

同感です。
南北問題も、大国の都合によって起こったのですから、こういう作品をどんどん出して欲しいものです。

投稿: マダムクニコ | 2007/01/05 20:43

tbありがとう。
この映画そのものの責任ではないんだけど、なんで、日本で興行が大コケしたのか、考えてみたいところです。

投稿: kimion20002000 | 2007/01/15 22:08

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