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2006年11月

2006/11/30

ユナイテッド93

製作年:2006年
製作国:アメリカ
監 督:ポール・グリーングラス

ひしひしと哀しみが伝わってくる。いつもと変わらない空港の情景。同僚との世間話。搭乗まで続けられる携帯電話。飛行機に乗り込んだ彼らは、二度と戻ってくることはなかったのだ。それがわかっているだけに、一人、一人の会話や仕草が哀感をもって迫ってくるのだ。

何故、この飛行機だけが目的地にたどり着くことなく、途中で墜落したのか、その原因が克明にしるされている。出発時間の遅れ。通信機器による情報の流動。制御できなかった乗客たちの行動。

この飛行機に乗り合わせたことは宿命であったかもしれない。だが、そこから何ができるか思考し行動することで運命を変えることが出来た。その尊さがいつまでも心に焼き付いて離れない。

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2006/11/29

戦場のアリア

製作年:2005年
製作国:フランス/ドイツ/イギリス/ベルギー/ルーマニア
監 督:クリスチャン・カリオン

冒頭での英仏独3人の子供たちの暗誦が効いている。戦争において、自国が絶対的正義であり、敵国は絶対的悪として殲滅しなければならないと盲目的に教育されていく。その怖さである。

だが、所詮戦争とは為政者たちの損得勘定から生まれるものである。何のために戦い、命を賭けるのか、最前線の兵士たちには気がつかれないように、敵は自分達とは違う人間であると信じ込ませている。

幸か不幸か、この戦場の三カ国の兵士たちは、同じ人間であることに気付いてしまった。同じキリスト教を敬い、同じ音楽を愛し、同じ酒を飲む。何より人を思い遣る心があるのである。

だが、彼らの振る舞いは上層部にとって許されるものでなかった。戦争の本質が揺らいでしまうからだ。彼らのその後は、本作品では明らかにされていないが、不遇であっただろうと想像される。

そうであったとしても、彼らにとって、このクリスマスは神聖な出来事としていつまでも心を温めていただろうと思いたい。

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2006/11/28

日本沈没

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:樋口真嗣

小松左京の原作も読んだこともなく、1973年のオリジナル版も見ていない。樋口真嗣監督が何を残し、何を変えて、何を削ったかという点も興味深いのだが、キネ旬などを読んで補完するしかない。

映画のリアリティーという点ではいくつか首をかしげるところがある。玲子(柴咲コウ)や珠江(吉田日出子)などに会いにいくのに小野寺(草なぎ剛)はどのような移動手段を使ったのかとか、田所教授(豊川悦司)が政府関係者を前に暴力まで振るうのかとか、玲子がどうして旅立つ小野寺や被災した家族の所にたどり着けるのかなど、あれって思ってしまう。

だが、そうしたところに気にならないくらい、様々な問題提示がなされて、深く心に響く。

なぜ、ひとつの命を賭けてまで何かを守ろうとするのか。なぜ、自分だけ幸福になることができないとして渡航する道を拒絶するのか。なぜ、他国で生きることなく日本の国土と共に滅ぶ道を選ぶのだろうか。

未曾有の危機に対して、登場人物それぞれの価値観が浮き彫りにされ、何かを捨てて決断する過酷さを感じる。

だが、最後のツバメが再生の希望を象徴し、明るい余韻を残して映画は終わっていく。

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2006/11/27

パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト

製作年:2006年
製作国:アメリカ
監 督:ゴア・ヴァービンスキー

3作目のために様々な伏線がちりばめられたまま終わっている。そして、1作目の主要登場人物たちが再登場してくるので、中途半端な記憶のままでは、興趣を減らしてしまう。無論、単体で見てもしっかりとした娯楽作にはなっているが、3部作を通して見るのが、正しい見方であろう。

本作品のキーパーソンはエリザベス(キーラ・ナイトレイ)であった。何故、彼女はあんな行動に出たのか。彼女の心に迷いが生じたからに相違ない。

ジャック(ジョニー・デップ)が彼女の言葉を受けて英雄的な行動を見せる。彼女は元々意志の強い女性だ。ジャックへ気持ちが傾いていくことを、無意識のうちに遮断しようとしたのではないか。

全体的に粗っぽいドラマ展開であるが、エリザベス、ジャック、ウィル(オーランド・ブルーム)の微妙な関係は良く描かれていたと思う。

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2006/11/26

ラブ★コン

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:石川北二

人は見た目をいかに気にするものなのか。主人公たち二人の身長差だけでなく、臼井先生(温水洋一)のカツラのエピソードも効いている。幕間を繋げる笑いだけでなく、本作品のテーマと連動し、より深く心を動かす。

結末は最初から分かっているような話であるが、それでも心地良く楽しむことができたのは細部が充実していたからであろう。

テンポの良い場面展開。寺島進や畑正憲、田中要次など少ない場面ながら強烈な印象を残す傍役たち。伏線となる小道具の使い方。

ギャクにしても単発だけでは笑えないものもあるが、2回、3回と繰り返されることによって、効果的な笑いを生じることになる。

小泉リサ(藤澤恵麻)と大谷敦士(小池徹平)の二人にあまり身長の違いを感じられなかったのは、映像的にインパクトを弱める結果となった。だが、二人の勢いある台詞の応酬は、なかなか小気味良く、味わいあるものになっている。

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2006/11/25

おわらない物語 アビバの場合

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:トッド・ソロンズ

自分の望む未来を、周囲の反対に負けず貫き通すことの困難さ。例え、家族といえども、個々の人間の意志をぶつけ合う関係であることに変わりはない。

アビバには子供をたくさん持ちたいという明確な夢があったのだが、母の説得によって潰えてしまう。その苦さがひとつ。

8人の女性が演じるアビバは様々な挫折や苦難に見舞われるが、新たな出会いを重ねることによって安らぎを取り戻していく。

ここで気になるのは、自殺した従姉の葬儀で挨拶するマーク(マシュー・フェイバー)の姿。そして、不思議な旅の末にたどり着いたママ・サンシャイン(デブラ・モンク)の家で出会う様々な障害や虐待を受けた子供たちの存在。

この二者の対比によって、挫折や困難に直面したとき、孤独では押しつぶされてしまい、仲間がいれば笑顔を取り戻せることを訴える。

アビバに中絶を促す母(エレン・バーキン)の異様な迫力や中絶医師を射殺するアール(スティーヴン・アドリー=ギアギス)の不確かな心情など、人物造形が複雑で奥深い。

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2006/11/24

ぼくを葬る

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:フランソワ・オゾン

ここで気になるのは、何度も少年時代のロマンが登場することだ。劇中でその理由が語られることはない。だから、余計に気になるのだ。

死期の近いロマン(メルヴィル・プポー)が祖母(ジャンヌ・モロー)のところへ訪ねていく場面が見どころの一つであるが、これも少年時代に過ごした森や遊び場に行ってみたいという思いがあったからではないか。姉との不仲も、ゲイであることも、この少年の時に起こったことが原因なのであろうと想像させられる。

もう一つ、ファースト・シーンとラスト・シーンが海岸で繋がっているところ。フランソワ・オゾン監督の作品にとって、海は重要なモチーフになっているが、本作品も果たしてそうであった。海は生命の象徴であり、そこでは何かが生まれ、何かが消えていく。

夕日を詩的に描いた幕切れは、深い余韻を残すことになる。

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2006/11/23

サイレントヒル

製作年:2006年
製作国:アメリカ
監 督:クリストフ・ガンズ

ありきたりなホラー作品で終わっていないのは、画面に散りばめられた様々な仕掛けがミステリアスな効果を生んでいるからだろう。

何故、シャロン(ジョデル・フェルランド)が夢遊病で苦しんでいるのか。サイレントヒルで一体何が起こっていたのか。何故、ローズ(ラダ・ミッチェル)たちは異界に迷い込んでしまったのか。数々の謎が提示されるが、究明は急がれていない。一層画面に引きつけられることになる。

ローズがシャロンのためにサイレントヒルに向かう展開が、いささか急ぎ過ぎているかもしれないが、ローズとクリストファー(ショーン・ビーン)の考え方の違いを突出した形で表現したものであろう。この二人の境界線が最後までドラマを引っ張っていくことになる。

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2006/11/22

間宮兄弟

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:森田芳光

江國香織の原作を未読なので、元々原作にある設定なのか分からないが、鑑賞前に予想していた話と微妙に違っていて、実に興味深かった。

女性に縁がない兄弟が、一念発起して意中の女性達をカレー・パーティーに誘うのかと思ったが、弟徹信(塚地武雅)はどちらの女性にも特別な感情を抱いていなかったのだ。兄明信(佐々木蔵之介)のためにパーティーを企画したようなのである。そして、彼は意外な女性に惚れてしまうのだ。

さらに、予想外に存在感を増していくのが、直美(沢尻エリカ)の妹夕美(北川景子)。次第に彼女が本作品のキーパーソンになっていくのだ。次々と、こちらの読みを外していく意表を付いた展開が続き、画面に惹きつけられてしまう。こうしたところがいかにも森田芳光監督だと感じさせる。

ズレ具合といえば、間宮兄弟のこだわりが、トランプやゲーム盤、MDプレーヤー、膨大な書籍や模型作成など、現代の趣向と違っているところにも一貫性がある。パソコンがあまり使われていないのが象徴的だった。

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2006/11/21

リトル・イタリーの恋

製作年:2003年
製作国:オーストラリア/イギリス
監 督:ジャン・サルディ

コンプレックスの固まりのようであったアンジェロ(ジョヴァンニ・リビシ)は、常に自分のことばかりしか考えていなかった。だが、今回の結婚騒動で、弟ジーノ(アダム・ガルシア)、ロゼッタ(アメリア・ワーナー)、コニー(シルヴィア・ドゥ・サンティス)と周囲にも気を配れるようになる。

そのことで、自らの孤独を開放できるようになったのだ。自分を捨てることによって、豊かな何かを得ることができる。

こうして弟が兄を引っ張っていた関係が、はっきりと逆転してしまう。これが本作品のポイントだ。

ここで気になるのは、よそ者で喋ることができない絵描きの存在だ。カフェの壁に描いた絵がロゼッタの島と酷似していたこと。老人の願いで一度は描いた船を消してしまったこと。

ラスト・シーンで、カフェを覗くが、入らずに行ってしまうこと。彼はこのイタリア移民のコミュニティーに幸福を運ぶ天使のような存在ではないのか。

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2006/11/20

妖怪大戦争

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:三池崇史

真っ白な嘘をついた。この印象深いモノローグから本作品は始まっていく。ここで少年タダシの成長ドラマであることが窺える。

不思議な戦いに巻き込まれたタダシは、嘘にも2種類あることに気付く。自分のためにつく嘘と、相手のためを思ってつく嘘だ。

ここで気になってくるのは、タダシの祖父(菅原文太)のことである。認知症で、タダシと故人となっている息子と区別がつかなくなっている。だが、タタシが妖怪にまつわる騒動に巻き込まれるとき、常に祖父の存在がある。偶然ではないであろう。

タダシの成長を導いてくれる守護天使のようである。とすれば、認知症のように見える振る舞いも、実は祖父の真っ白な嘘だったのかもしれない。

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2006/11/19

カーズ

製作年:2006年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・ラセター

巧みな脚本だ。細かい伏線が絶妙に効いて後半を盛り上げる。さすがにピクサー作品であると感心させられる。見事な成長を遂げたライトニングが見せるラスト・シーンの気配りにも大いに泣かされた。それはいい。

だが、気になったのは、ラジエーター・スプリングスの住民達の触れ合いで、いかに彼の価値観を変えていったのか、その必然性が感じられないところ。

スピード重視の効率化社会の結果、寂れてしまった街の住民たち。彼らが真にスローライフを受け入れて楽しく生活しているようには見えない。

ドックの挫折、サリーの過去、親友と呼んでくれたメーターの優しさと、ライトニングの心を揺さぶるエピソードは点在している。だが、ライトニングのそれまでの生き方を変えさせる決定的要因としては、いささか弱いのではないか。

気持ち良く進行していくドラマであるが、鑑賞後、振り返って見れば腑に落ちぬ思いが残り続ける。

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2006/11/18

M:i:3

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:J・J・エイブラムス

非情な敵と戦う特殊工作員に幸福な結婚生活を送ることができるのか。本当の事を話してと迫る婚約者に、自分の事を信じてくれとしか言えない男。この時点で二人の関係は終焉していても、おかしくはない。

無論、そういう彼を信じてついていく女性もいるであろうが、その結果、誘拐されてしまい、命の危険にさらされるのである。彼女はそれでも彼を信じるのか。

真に彼女との生活を選ぶのであれば、かつての教え子とはいえ、当初の奪回作戦には参加することを断らなければならなかったのだ。つまり、今回の危機は自ら招いたことである。

ドラマ進行としてここで断ってしまうことは在り得ないことではあるが、敵を憎むと同時に、自分の判断も悔いるシーンも必要なのではないか。確かに、超人的な活躍を見せるイーサン・ハント(トム・クルーズ)は魅力的なヒーローであるが、彼の心情描写は大いに甘いと言わざるを得ない。

ラスト・シーンの団らんも違うと感じさせる。何かを捨てなければ、大切な何かを守ることはできない。

不満な点もいくつかあるが、アクション場面の迫力はさすがと感じさせる。

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2006/11/17

阿修羅城の瞳

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:滝田洋二郎

歌舞伎役者としての市川染五郎の魅力が遺憾なく発揮されている。現実世界から遠く離れてしまった特異な舞台設定の中で、ケレン味たっぷりの台詞や動作が魅力的に映る。

殺陣の捌きも美しくていい。渡辺篤郎や樋口可南子もエキセントリックな演技に終始し存在感を発揮するが、染五郎を引き立てるものに過ぎない。

クライマックスの出門(市川染五郎)とつばき(宮沢りえ)の艶っぽい剣戟は、大いに見応えあるものだった。だが、二人の悲恋にいまひとつ同調できない。あまりにも設定が不確かであり、宿命の二人には見えないのだ。

鬼御門と鬼の戦いの推移もいささか不明瞭。なぜ、鬼御門があんなに強いのかも不自然に感じる。

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2006/11/16

リバティーン

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ローレンス・ダンモア

プロローグでの「初めに断っておく。諸君は私を好きになるまい」というロチェスター伯爵(ジョニー・デップ)の言葉。逆に言えば、私のことを嫌いにならないで欲しいという真摯な訴えではないか。

この伯爵が何故に放蕩の限りを尽くすのか。ひたすら破滅の道を歩んでいくには、現実社会の深い絶望があることが窺えるが、詳しく描写されていないため、彼に感情移入することはできない作りになっている。

チャールズ二世(ジョン・マルコヴィッチ)の政治的危機を救った演説。本作品の見せ場になっているが、唐突な感じが否めない。それまで国王の期待を裏切り続けていたのはなんだったのか。

彼は人々の驚きの顔を見たいという刺激をどこまでも追い求めていたのか。酷評されていた若い女優バリー(サマンサ・モートン)に、ひとり目をかけて熱心に演技指導することも、恋愛感情よりその性癖からだろう。

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2006/11/15

マンダレイ

製作年:2005年
製作国:デンマーク/スウェーデン/オランダ/
     フランス/ドイツ/アメリカ
監 督:ラース・フォン・トリアー

グレース(ブライス・ダラス・ハワード)の誤算は何か。彼女がマンダレイの黒人たちに行おうとしてきたことは決して間違いではない。正論である。理想である。善意に溢れたものである。それを絶対的なものとして、一方的に武力を使って押し付けたこと。

相手の表面だけを見て、相手の裏側にある本音を知ろうとしなかったこと。それが間違いであった。グレースは自由を尊ぶ指導者になろうとするが、自由よりも安定を選ぶ者がいると気付かなかった。

この彼女の姿を見れば、アメリカの象徴であるとも感じられるが、それは短絡的ではないか。アメリカという国は、民主主義を掲げながら、その裏側で自国の権益を増やそうとしていることが根底にある。本音と建前の乖離が際立っている国なのだ。

少なくとも、グレースはこの行為によって何の利益も得ていないのである。逆にいえば、それも失敗の一因であったかもしれない。

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2006/11/14

大停電の夜に

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:源孝志

人は常に正しい選択をするとは限らない。その時は、いちばん良いだろう判断したことでも、年月を経て改めて振り返ると、別の道があったのではないかと思えてくる。

生じてくる苦い悔恨。もう一度やり直したいという熱望。だが、そう気付くことの方が、何より大切なのではないか。SFドラマでもない限り過去へ戻ることができないが、未来へ進むことは誰にでもできる。

失敗や後悔に裏打ちされた現時点のベストを選択すればいいのではないかと考える。

ロウソクに火を灯すときにのぞみ(田畑智子)が言う「あなたにいいことがありますように」という台詞が印象深いが、いいことを起こすのは本人の選択からだ。

本作品の中では、特異の状況下でそうした選択を迫られた登場人物たちが描かれている。個々のエピソードに出来、不出来はあるものの、それぞれが前向きに進んでいくことで、とても清々しい気分で映画は終わっていく。

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2006/11/13

あおげば尊し

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:市川準

この作品の中で気になるのは、葬式に紛れ込む少年の苦情を斎場が学校の担任に告げることである。こうした子供の道徳責任をどこまで学校が負うべきなのか。

クレームをつけるのであれば親の方に言うべきなのではないか。どうもこの辺りの境界線が非常にあいまいである。

現場の先生には欲求基準が年々高まっていると聞く。目先の仕事に振り回され、全く余裕が持てないでいる。その中で、先生は子供たちに何を教えていけばいいのだろうか。

本作品では、死に取り付かれた少年の本心が明らかとなる過程が感動的に描かれているが、ここまで生徒と向き合える先生がどこまでいるのだろうか。そうした呟きも止まらない。

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2006/11/12

タイヨウのうた

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:小泉徳宏

太陽光線にあたることができない病気のために朝日と共に活動を止める少女と、サーフィンをするために朝日と共に活動を始める少年。この対照的な二人が恋を成就する場として、踏み切りの中の線路上を選んだところは、なかなかのアイディアであった。

だが、この境界線が巧く機能しておらず、ドラマに深みを感じられなかったことが惜しまれる。確かにXP(色素性乾皮症)という特殊な病気が少女の特異性を際立たせるが、普通の人生という少年の対立軸では今ひとつ物足りない。

他にもいくつか気になる点があるものの、手堅くまとめられた作品になっていることは間違いない。ドラマ展開が鮮やかで、希望と絶望のコントラストがしっかりしている。ひとつの夢が潰えても、別の夢を見つけ出せば、また希望が生まれることができる。

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2006/11/11

グッドナイト&グッドラック

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョージ・クルーニー

本作品の中でもっとも特徴的なのは、マッカーシー上院議員役に俳優を起用せず、ニュース映像を使って本人そのものが登場していることだ。このためにモノクロで全編撮影したのだろう。

ここで気付くのは、「赤狩り」やマッカーシーのことは知識として知っていても、マッカーシー本人の顔写真や映像をきちんと見たことがないということである。こういう人物だったのかという感慨がひとつ。

そして、エド・マローへの反論で、長いインタビューが収録されているが、その論旨の破綻には唖然とする。共産主義への漠然とした恐怖を煽る手法は、決して過去の話ではない。共産主義をテロリストに置き換えれば、そのままブッシュ政権の閣僚の発言としても、遜色ないものだった。

国家権力と対決することでの緊迫感に欠けるという印象もあるが、漠然とした恐怖に支配されることへの異議申し立てとしては、なかなか秀逸な作品であった。

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2006/11/10

クライシス・オブ・アメリカ

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ジョナサン・デミ

不利益をもたらす政治家を暗殺という手段で排除してきた歴史。しかも、暗殺の実行犯として報道される人物には数々の疑問が残されている。そこには、陰謀を企てる巨大な闇の勢力を感じさせて、得体の知らない薄気味悪さが残る。

本作品には、そのアメリカ的思考が色濃く反映されたものになっている。洗脳という手段がどこまで実現性のあるものなのか、素人の自分には判断はつかない。

だが、それに実用性があるとすれば、進んでそれを利用しようとする勢力がいることは大いにあり得ることだと感じさせる。

メリル・ストリープの悪役ぶりが圧巻。単に憎々しいというだけでなく、自分の理想の実現に手段を選ばない非情ぶりや、息子を支配化において愛するという異形ぶりが混在する複雑な人物像を造形している。

洗脳の後遺症に苦しむデンゼル・ワシントンやリーヴ・シュレイバーに対することで、より鮮明に存在感を発揮させる。

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2006/11/09

転がれ!たま子

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:新藤風

たま子(山田麻衣子)が幼少だった頃のエピソードが効いている。海で溺れたこと。段ボールの中に隠れたかくれんぼ。このことで、周囲は危険に満ち溢れ、安全な自分の殻の中へ閉じこもって生きるようになった現在の姿に納得がゆく。

だが、永遠に続く安全な場所など、この世の中にはないのだ。ここで、気になるのは、道路の穴から現れた謎の少年である。彼女を穴に落としたことから始まり、たま子に数々の試練を課す。

彼女はこの少年と一緒のとき、事態を打破するひらめきを得る。この少年は彼女の守護天使なのであろうか。ここで大事なのは、そのひらめきを実行することができるか、どうかである。

たま子だけない。彼女の家族もそれぞれのひらめきを受けて、新たな道を切り開いていくのだ。守護天使のささやきを大事にしたいものだ。

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2006/11/08

そして、ひと粒のひかり

製作年:2004年
製作国:アメリカ-コロンビア
監 督:ジョシュア・マーストン

恋人との抱擁の中、見上げる空。彼女の家に行こうと誘う彼に対して、建物の屋上に一人登っていくマリア(カタリーナ・サンディノ・モレノ)。この場面が象徴的だ。彼女は現状に甘んじることなく、強い上昇志向を持っている。

だが、マリアの希望を叶える手段など、この村にはない。母や姉との価値観の相違。望まぬ妊娠。バラ農園での上司との軋轢。未来のない村を離れるために、麻薬の運び屋の仕事を選んでしまう。

その克明なディティールの描写が凄まじい。あまりの過酷さに言葉を失う。見ているだけで、心の内面が傷つけられているようだ。

その後のマリアが選択した行動。理性的というよりは直感的に行動を続ける。その行動の末には不幸な出来事が待ち受けているのかもしれない。だが、産婦人科の検査でお腹にいる子供を見たときの輝くばかりの笑顔。それが一つの希望になっていると感じる。

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2006/11/07

デスノート 前編

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:金子修介

何故、デスノートというものが生まれ、空から落ちてきたのか。その辺の経緯には全く触れられていないが、それはまずいいだろう。特異な能力を得て、夜神月(藤原竜也)がいかに変質していくのか。その過程が興味深い。

法では裁けない犯罪者を始末して、理想の社会を作るはずだったのに、いつしか自分の保身のために捜査官を始末していくようになる。そのことを死神リュ-クが指摘しても、修正されることはない。巨大な権力を持つ者が、いかに危険であるか感じさせられる。

原作のコミックを読んだことがないので、どこまでが原作の力なのか判断できないが、ミステリーとしてなかなか面白いものに仕上がっていた。L(松山ケンイチ)が様々な手法を使って、容疑者を絞り込んでいく展開に知的興奮を味わう。Lと夜神の緊迫した攻防も見応えのあるものだった。後編に期待が高まる。

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2006/11/06

カサノバ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ラッセ・ハルストレム

稀代のプレイボーイが真実の愛を見つけ出すという在りがちなテーマであるが、それでも飽きさせず見られるのは、脚本がしっかりしているからである。

さりげない台詞や小道具がとても大切にされていて、後の展開がスムーズに動いていく潤滑油のような働きをしている。嘘が嘘を呼んでいくところはシェイクスピア喜劇のような味わいがある。

ただ一つ気になったのは、ヴァチカンからの追及に、ヴェネチア総督が何故、カサノバ(ヒース・レジャー)の事を助け出そうとするのかということ。二人の関係性がよく分からなかった。当時のヴェネチアとヴァチカンの歴史的関係を認識していると、より興趣が深まったのかもしれない。

それぞれのキャラクター造形も巧みで、個性豊かに存在感を発揮している。特に敵役プッチ司教役のジェレミー・アイアンズが印象深い。憎々しい中にもユーモアを滲ませており、楽しげに演じていた。

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2006/11/05

蝉しぐれ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:黒土三男

文四郎とまきの間には必ず凶事が起る。冒頭での蛇に噛まれたまきを介抱する文四郎のエピソードが象徴的だ。二人が気持ちを近付けようとすると、喧嘩や斬り合いに巻き込まれてしまう。結ばれない宿命の二人であることを示唆する。

丹念に四季折々の風景を撮影し、エピソードの切り替え時に挿入されている。人物描写もズームアップしたカットと遠景でとらえたショットを巧みに使い分けている。

映像の構図も、絵画のようにしっかりとしたものだ。その場の勢いではなく、細かな計画に基づく撮影であることが推察される。

問題は、クライマックスの文四郎(市川染五郎)とふく(木村佳乃)の対面の場。これほどまで映像へこだわってきたのに、それぞれの心情をどうしてあそこまで台詞で語らせてしまうのか。

確かに観客に分かり易く演出することは大切であるが、二人の回想シーンを見せるだけでも充分過ぎる筈だ。言葉にすることで詩情が削がれ、半減されしまう余韻。大いに惜しまれる。

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2006/11/04

初恋

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:塙幸成

終始、降り続く雨。この雨こそがみすず(宮崎あおい)の心象風景であるのだろう。終わることない永遠の哀しみ。「哀しみには時効はない」というナレーションが重々しく響く。

母親に捨てられ、愛のない叔母の家で暮らすみすずが見つけ出す「ジャズ喫茶B」の仲間たち。ここで違和感を覚えるのは、実の兄妹がみんなの前でその事を公表しないことだ。

ずっと別々に暮らしてきた二人が素直に話をしづらいこともあるだろうが、親の世代への反発心で一杯の彼らは、特殊な仲間意識で結ばれており、肉親の情を発露しにくい環境であったのだろうか。そして、みすずの関心は兄(宮崎将)から岸(小出恵介)へと移っていく。

未解決の3億円強奪事件の真犯人は女子高生だったという大胆なプロットは、呆気ないほどインパクトがない。犯行準備や犯行シーンにあまり時間を割いておらず、盛り上がりなく平板に過ぎていく。ただ孤独な少女の思いが真っ直ぐに伝わってくるばかりだ。

みすずは終盤にある発見をする。この辺りは岩井俊二監督の「Love Letter」(1995)を思い出す。この事実を知って彼女は、力強く歩み出していく。

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2006/11/03

深呼吸の必要

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:篠原哲雄

ファースト・シーンが印象深い。小学校の競泳大会。スタート前に大きく深呼吸する少女。遅れるスタート。必死に泳ぐ姿。最後にたどり着くゴール。溢れんばかりの笑顔。この場面が本作品のテーマを凝縮していると感じる。

我々は競争社会の中におり、勝利を目指すことが必然となっている。その競争の中にとは、世間一般の常識、倫理観から逸脱してはならないというもサバイバルゲームも含まれている。

問題は、その競争を義務感のため嫌々ながら行っているのか、自分のために楽しみながら行っているのかということである。キビ刈り隊に参加した5+2名は、それぞれの心の中に暗い影が差し込んでいる。それが何なのか、本作品の中では全て明らかにはされていない。

競争社会に敗れたか、あるいはその競争に疲れ果てているのではないかと窺える。そこから逃れるように渡ってきた沖縄の離島であるが、このキビ刈りの仕事にも納期という目標が設定されており、やはり競争社会からは逃れることはできない。

ここで、特徴的なのは、雇い主のおじぃとおばぁの存在。何かあるごとに「なんくるないさ」という言葉が繰り返される。そうした言葉に触れて、彼らは競争社会を楽しみながら生きていく術を取り戻していく。

そういう彼らの姿を篠原哲雄監督は優しくとらえ、清々しい気分で映画は終わっていく。

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2006/11/02

インサイド・マン

製作年:2006年
製作国:アメリカ
監 督:スパイク・リー

ミステリー的興趣を求めるなら、マデリーン・ホワイト弁護士(ジョディ・フォスター)が事件へ介入してくる経緯を伏せておくべきであろう。彼女とアーサー・ケイス(クリストファー・プラマー)との会話の中で、事件の本質が早々に開示されてしまっている。こうしたところに、スパイク・リー監督のありきたりなサスペンス劇にしないという意志が感じられる。

では、主たるテーマは何か。物事は見た目どおりであると限らない、そういうことではないか。このことは国際政治の推移を見ているとより痛感する。

国家的権力者の発言は表面的な意味の裏側に別な意図が隠されていると思っていた方がいい。その発言とは違う結果を期待していることもあるのだ。本作品では様々な仕掛けによって、そのことが強く伝わってくる。

犯人役のクライヴ・オーウェンが魅惑的な存在感を発揮している。彼の悪戯心が明らかになるラスト・シーンによって、洒落た余韻が残り続ける。

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2006/11/01

トリック 劇場版2

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:堤幸彦

2006年上半期だけで、3本もロードショー公開されている堤幸彦監督。ホラー、ヒューマン、コメディーと全てタイプも違い、職人的技能の高さに感服します。その堤監督の資質が遺憾なく発揮されている本シリーズ。

前作「トリック 劇場版」(2002)は見ているが、テレビシリーズを全く見ていない自分には、その世界観をどこまで理解しているか分らない。それでも、仲間由紀恵と阿部寛という美男美女コンビを、ここまで徹底してコミカルなキャラクターに仕立てているという意外性が痛快である。

意外性といえば、あれだけ奇術のトリックに精通し、敵役の仕掛けを悉く看破する山田奈緒子(仲間由紀恵)が、実生活では奇術師として全く売れないでいると設定が皮肉になっており、とてもおかしい。

徹底した小さなギャクの積み重ね。一つ一つはさほど面白いものではないが、その繰り返しのテンポが馴染んでくると、シニカルな笑いを生む。チープといえばチープであるが、大いに楽しむことができた。

問題は、如何せん筐神佐和子(片平なぎさ)と奈緒子の対決の行方が弱すぎること。凝った設定にドラマが追いついていない感じがする。

スケジュールが合わなかったという理由もあったようだが、生瀬勝久や野際陽子らのレギュラー陣が主演二人に絡んでこなかったのも残念だった。

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