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2006年7月

2006/07/28

セブンソード

製作年:2005年
製作国:香港/中国
監 督:ツイ・ハーク

本作品の最大の魅力はスタイリッシュな映像美にある。一つの美意識に貫かれ、俳優や風景をダイナミックにとらえている。ファースト・シーンの殺戮では、次々と頭や腕、足がスパッと切り離されていく。これを見れば、製作者はリアリズムよりクールな映像に主点を置いていることが分る。

問題は153分という決して短くない上映時間を使っても、登場人物たちの背景や7つの剣の由来などがさっぱり理解できず、ドラマに深みが生じてこないことだ。

ヤン・ユンツォン(レオン・ライ)やチュウ・チャオナン(ドニー・イェン)の過去が語られる場面にしても、あまりに唐突で構成の悪さばかり目立ってしまう。

そして、敵方の異能な剣士たちが簡単に倒されていくのも、物語に弾みがなくなっていく。

いかに黒澤明監督の「七人の侍」(1954)が傑作であるか再認識させてくれることになる。

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2006/07/26

マディソン郡の橋

製作年:1995年
製作国:アメリカ
監 督:クリント・イーストウッド

公開当時、アクション映画のイメージが強かったクリント・イーストウッド監督が、一大ブームを巻き起こしロバート・ジェームズ・ウォーラーの原作を映画化したことは大きな驚きであった。イーストウッドと純愛ドラマが結びつかなかったのだ。

しかし、その危惧はいい方に外れ、抑制の効いたドラマ展開に深い感銘を受けた。こうして時間を置いて再見してみても決して色褪せることはない。

「何を選択するかが、人生」という、フランチェスカ(メリル・ストリープ)の言葉が深く心に刻み込まれる。屈指の名場面となった雨中での別れのシーンも、この台詞があるからより哀感を高めることになる。

好きだったら何をしてもいいというマイク・ニコルズ監督の「卒業」(1967)とは対極の世界であり、それが鮮烈に感じられる。簡単に世間の目などと関係ないと言えるのは人生の辛酸を何も知らないからであろう。

世間の目の前で、諦めなくてはならないこともある。辛くても何かを選択しなければならない人を描くということで、「ミスティック・リバー」(2003)や「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)などと繋がっていく。

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マンハッタン・ラプソディ

製作年:1996年
製作国:アメリカ
監 督:バーブラ・ストライサンド

相手に相応しい自分を作り上げるのではない、自分に相応しい相手を探すべきであった。ローズ(バーブラ・ストライサンド)が最後に気付いていくこの言葉が重く響く。

つまり、自分というものを否定するのではなく、肯定していくことを重視していくことだ。無論、何かを目標に努力していくことは大切であるが、その出発点を逃避にしてはならない。

もっとも印象深いのは、母(ローレン・バコール)がローズに自分の胸の内を語る場面である。ここでこの母子の抱えてきた長い間の確執を乗り越えることができる。

一緒に住んでいても、心に秘められた思いが伝わるとは限らない。以心伝心というは間違った概念かもしれない。本音を話すことがいかに大切か感じさせる。

ローズが鏡を見る場面は何度も挿入されている。鏡を見るというのは、自分のアイデンティティーが揺れていることを表しているのであろう。

エンド・クレジットでの路上のダンスシーンはいささかくどいようであるが、これもそれまでずっと抑えてきた胸のうちを正直に発揮させることができるようになった変化を表現したものではないか。

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2006/07/25

白バラの祈り

製作年:2005年
製作国:ドイツ
監 督:マルク・ローテムント

何度もゾフィー(ユリア・イェンチ)が視線を送る窓から差し込む光。その光は彼女の待ち望むドイツの自由を象徴するものであろうか。それを室内から見るという構図もなかなか絶妙である。彼女にはそれを手にすることはできなかったのだ。

ずっと昔、「白バラは死なず」(1982)を見た時に、ヒトラー政権下で反ナチスを掲げ抵抗運動を行なった学生グループがいることを初めて知り、深い感銘を受けた記憶があります。だが、細部はほとんど忘れてしまっているので、本作品によって詳しく補えることになった。

文字通り命を賭けてまで大切な何かのために戦おうとする姿が深く心に焼き付く。

終始、冷静で気高い雰囲気を崩さないゾフィー。感情を剥き出しにする尋問官や裁判官と対比させて、それが際立つ演出となっている。そんな彼女が死刑と決まったときに一度だけあげる悲痛な叫び。それが観る者の胸を突き刺します。

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2006/07/24

カミュなんて知らない

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:柳町光男

オマージュというにはあまりにも露骨な形で登場する「アデルの恋の物語」と「ベニスに死す」。映画のタイトルだけでなく、登場人物の名前から行動まですっかりなぞらえている。

本作品のプロットを考えれば、ここまで分りやすい形でなくても良かったはずだ。それをこんな形にするからには、製作者の計算があってのことだろう。本作品のテーマとリンクさせ、映画的強調になっている。

もう一つ突出しているのは、クライマックスの映画撮影現場だ。最後まではっとさせられる。どこまでが現実で、どこまでが現実でないのか、その境界線が曖昧になったままラストまで続くのだ。

映画というフィクションの世界はもちろん現実ではないが、全くの作り事と言い切ることはできない。現実であり、現実でない。そのことを終始描いているのが本作品であると感じる。

その中で、「これは映画なんだから」という言葉で思考を止めてしまう松川監督(柏原収史)が途中退場してしまうのは必然の流れと言ってよい。とことん映画と現実を融合させていく真情がなければ、映画の神は微笑んでくれない。

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2006/07/23

アイス・エイジ2

「アイス・エイジ2」★★★★
(盛岡フォーラム1)2006年アメリカ
監督:カルロス・サルダーニャ
脚本:ピーター・ゴールク ジェリー・スワロー
日本語吹替版声の出演:山寺宏一 太田光
               竹中直人 優香

詳しくはこちらで・・・
アイス・エイジ2@映画生活

主要キャラクターにそれぞれ克服すべきテーマが設けられている。

マンモスのマニーには種族で最後の一匹かもしれないという孤独。ナマケモノのシドには周囲から尊敬を集めたいという願望。サーベルタイガーのディエゴには溺れるかもしれないという水への恐怖。

温暖化による大洪水から避難するという旅を通して、それらが克服されていく展開。仲間たちから直接的にしろ、間接的にしろ、アドバイスを受けて、それらを乗り越えていくところに感心する。

もう一つ特徴的なのは、エリーが自分をマンモスと自覚していないところ。この意外性に惹かれる。彼女がいかにマンモスと気付いていくのか、そこには意外と深い孤独と哀しみが見受けられる。

コミカルに描いたファミリーアニメ作品であるが、それぞれの感情描写にはっとさせられる。

ドングリを追い求めるスクラットが何度も登場し、いいリズムで幕間を楽しませてくれる。往年のカトゥーンアニメのおかしさを継承している。

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2006/07/22

チェケラッチョ

「チェケラッチョ!!」★★★★
(盛岡東宝)2006年日本
監督:宮本理江子
脚本:秦建日子
出演:市原隼人 井上真央 平岡祐太 柄本佑

詳しくはこちらで・・・
チェケラッチョ!!@映画生活

市原隼人といえば「リリイ・シュシュのすべて」(2001)の暗い情念を抱えた少年の姿がまず思い起こされる。本作品のように突き抜けた明るさを持つキャラクターを演じると、合う、合わないという評価とは別にホッとするものを感じる。

恋の為に全力投球する少年って、今の時代どこまで現実性があるのかという疑問も残るが、やりきれない少年犯罪ばかり起る中で、絵空事でもいいから、こうした明るさを見続けていたいという思いがまずある。

ハートがないと酷評された最初のライブ演奏。その言葉が透(市原隼人)の胸に突き刺さり、ハートのある演奏とは何か気付いていく心の成長。それが遺憾なく発揮されたのが、クライマックスでの演奏であろう。自分のためでない、誰かへ真剣に届けたいと願った想い。

こうした少年時代から遠く離れてしまった自分にも、共感深く見ることができるのは、親の世代も的確に描写されているからだろう。少年達の成長を優しく見守ることができる構成だ。

後出しジャンケンなど繰り返し登場することで、ふっと笑えるようなユーモアを生じさせている。

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2006/07/21

イン・ディス・ワールド

製作年:2002年
製作国:イギリス
監 督:マイケル・ウィンターボトム

つい先日、真保裕一の小説「黄金の島」を読んだばかりです。この本の中ではベトナムから日本を不法入国しようとする話でありましたが、共通して感じるものは、そこまで命の危険を冒して入国を目指す価値があるのかということです。

難民キャンプで生活することの絶望感。新天地を目指す夢。実現するべく励む絶え間ない努力。しかし、無事到着しても決して彼らの夢見るような生活は実現しないことが分っているだけに非常に切なく感じます。

パキスタンからロンドンへ向かう風景と人物描写が興味深い。イラン、トルコとあまり見ることのない庶民の生活ぶりが詩情豊かに映し出されている。彼らの移動する乗り物の窓から、それらをながめているだけでも興趣が尽きない。

一つ一つのエピソードが淡々と終わっていく。短い上映時間の中で、サッカーの興じる場面が何回も挿入されているのが特徴的である。言葉や生活環境が違ったとしても、難なく一緒に遊ぶことができる。サッカーというスポーツの奥深さを思う。

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メルシィ 人生

製作年:2000年
製作国:フランス
監 督:フランシス・ヴェベール

冒頭の記念写真の場面と「僕はいままで透明人間でした」というピニョン(ダニエル・オートゥイユ)の台詞がうまく結び付いている。ゲイ騒動によって、今まで経験したことのない注目を彼は集めることになる。そして、彼はそれまでの自分に何が足りなかったのか気付いていく。

最後に記念写真をもう一度持ってきて、そのことが分る仕掛けだ。人生、遠慮ばかりしていてはいけない。ここぞというところではしっかりとアピールしなければ、何も掴むことはできない。

興味深いのは、人間、レッテルひとつ貼られるだけで、どんな風にも見られてしまうということ。同じ言葉、同じ挨拶、同じ仕草であっても、レッテルひとつで違うように感じられてしまう。

本作品の中では、ゲイという分りやすい例で示されているが、これは普遍的なことであると思う。周囲の目は関係ないと粋がるのは簡単であるが、それによって生き易くも生き難くなることを自覚しておくべきだ。

もうひとつ面白かったのは、差別的言動を繰り返していたサンティニ(ジェラール・ドパルデュー)の変貌であろう。同僚の悪戯からとは言え、徹底的に差別用語を禁じられると、精神的に参ってしまうくらい自己をなくしてしまう。

これは何故か。差別する心とは恐怖の裏返しであるからであろう。激しく罵倒する言葉の裏側で、無意識のうちにも取り込まれてしまうことを恐れているのだ。

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リトル・チュン

「リトル・チュン」★★★★
(BS)1999年香港/日本
監督:フルーツ・チャン
脚本:フルーツ・チャン
出演:ユイ・ユエミン マク・ワイファン
   ゲイリー・ライ チュ・スーヤウ

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リトル・チュン@映画生活

少年チュンを巡る様々な人物関係が興味深い。それまで存在も知らなかった兄。同じ名前を持つ香港の人気スター“ブラザー・チュン”。大陸から不法移民の少女ファン。それぞれが香港と対比する何かの暗喩となって存在していると感じさせる。

少年チュンは現在の香港の象徴となっているだろう。兄は民主主義、ブラザー・チュンは香港の歴史や伝統、少女ファンは中国と置き換えてみることができ、興味深かった。

香港の猥雑な雰囲気を醸し出す街の描写も秀逸だった。そこに息づく人々の温もりと力強い生命力が感じさせる。

強制退去させられるファンをどこまでも自転車で追いかけていくチュンの姿を見ていると、小栗康平監督の「泥の河」(1981)を思い出しました。

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2006/07/20

綴り字のシーズン

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スコット・マクギー/デヴィッド・シーゲル

例えば、飲酒やギャンブルに溺れるとか、不倫が発覚して喧嘩が絶えないとか、犯罪行為が発覚し世間から糾弾を受けるというような分りやすい原因があるのなら、家庭崩壊もある種必然だと感じさせる。

だが、このナウマン家の場合はどうであろう。イライザ(フローラ・クロス)がスペリング・コンテストに勝ち残っていくのに比例して、家族の間がおかしくなってくる。

それまであまり関心を持っていなかったと推測される父親ソール(リチャード・ギア)がイライザに付きっきりになったとき、母と長男は自己を見失うように極端な行動に走っていき、家族はバラバラになってしまう。これは一体なんなのか。

父親が周囲のことをよく見ていないマイペースな男であるということを原因であるとするのは容易い。だが、それは表面的なことに過ぎないだろう。問題は個々の思いを抑圧し、父親の期待する姿を無意識のうちに演じていたことに気付いてしまったからではないか。

父親の視線がイライザに集中したとき、それが叶わないと自覚してしまった。そして、彼らのアイデンティティが大きく揺らいでしまったのではないだろうか。

最大のポイントはイライザの最後の決断。通俗的な感動ドラマであれば、まず逆になっているはずだ。それが、この物語を難解にしている一因でもある。

だが、この決断によって、家族再生を願う少女の想いが観る者に伝わり、清々しい余韻が残る。

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2006/07/19

春が来れば

製作年:2004年
製作国:韓国
監 督:リュ・ジャンハ

まずポイントなのはコンクールの結果をはっきり映さないことであろう。ここでありがちな感動ドラマと一線を画することになる。そのことで製作者のテーマがより鮮明に浮かび上がってくる。

ヒョヌ(チェ・ミンシク)が生徒たちに語る音楽は結果ではなく楽しめという言葉。それは、彼が悩み続けていた答えでもある。音楽家としての本分は何かということも考えさせられる。

音楽活動で生活できるかどうかが基準ではないであろう。自分の作曲した音楽が、自分の恋人や教え子へ伝わり、そのことで新たな共鳴を呼び起していく。これに勝る喜びはないのではないか。ヒョヌは自分で卑下するような音楽家では決してないのだ。

いい場面は、坑道から出てくる炭鉱労働者たちのために土砂降りの雨の中、子供達が演奏するシーン。あんなに雨で濡れてしまったら全員風邪を引いてしまうとか、楽器も駄目になってしまうだろうとか、現実的にはありえないことかもしれない。

だが、現実を越えた映画表現の妙味が遺憾なく発揮されていると私は感じる。クラブ活動を反対する父と音楽を愛する息子の思いが雨の中で通じ合い、詩情あふれるエピソードとなっている。

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2006/07/18

灯台守の恋

「灯台守の恋」★★★★★
(盛岡フォーラム1)2004年フランス
監督:フィリップ・リオレ
脚本:フィリップ・リオレ エマニュエル・クールコル
   クリスチャン・シニジェ クロード・ファラルド
出演:サンドリーヌ・ボネール フィリップ・トレトン
   グレゴリ・デランジェール エミリー・ドゥケンヌ

詳しくはこちらで・・・
灯台守の恋@映画生活

思いもよらず亡き母の悲恋を記した書物の存在を知り、母の隠されていた表情に感銘を受けるという構成は、クリント・イーストウッド監督の「マディソン郡の橋」(1995)を想起させます。一番身近である筈の親子でされ、知られることのない秘密を抱えて生きているところに人生の趣がある。

ありふれた不倫ドラマに終っていないのは、イヴォン(フィリップ・トレトン)が際立った存在感を発揮しているからであろう。最初は強面でアントワーヌ(グレゴリ・デランジェール)に冷たく当たっているが、一緒に業務をこなしていく内に、友情を深めていく。

灯台で過ごす時間の中、誰も望まぬ椅子を作り続ける心情とは何か。ちょっとした仕草や表情に、心の隅でくすぶっている不満や失望を滲ませるところが秀逸でありました。

クライマクッスの暴風雨の夜も素晴らしかった。イヴァンが陥る魔の刻。抑えられない感情。踏み止まる良心。緊迫感に満ちた一場面でした。

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2006/07/17

純愛中毒

製作年:2002年
製作国:韓国
監 督:パク・ヨンフン

この愛の形を純愛と言っていいのか。根本的な疑問はここにある。彼の選んだ手段を肯定することはできない。純粋な愛情であるなら、何の欺瞞もなくただ真っ正直に愛を貫くべきだ。何も見返りを求めず、自分が破滅しようとも怯まず、愛し続けるのが純愛だ。

こうした結末を用意してくるなら、辻褄の合わないところも多々感じられる。最大の疑問は、コインの置き場所を彼がどうして知りえたかである。そこをフォローする伏線があってしかるべきである。どうしても無理のある設定と感じさせる。

それに、ラスト・シーンの長台詞と涙は興醒めだ。何も語らず映像だけでとらえていた方が、もっと余韻が残ったであろう。

最後にすべてヒックリ返えてしまったことで台無しになってしまった感もあるが、それまでの雰囲気はなかなかであった。前半のこれ以上ないというくらい幸せな夫婦の描写が、後半の不幸を否が応でも予感させる。

妻のために愛情細やかに料理や家事を行う夫ホジン(イ・オル)の姿が残り続ける。

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2006/07/16

旅するジーンズと16歳の夏

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ケン・クワピス

ティビー(アンバー・タンブリン)と白血病の少女との病室での会話が心に残る。「私って、人の見る目がない」、「でも、今は気付いているでしょう」。

いち早く理解することができるかどうかは、その人の能力によって差がつく。それを悔やんでみても仕方ないではないか。時間がかかったとしても大切な何かに気付くことができることの方がはるかに重要だ。

実に巧い構成だ。一人一人のドラマは特別に目新しいものでないが、4人の悩みが平行に描かれていることで深みが増し、情感豊かな作品となっている。カットの切替も走っている場面を繋いでいくなど、丁寧に編集されている。

幼なじみ4人にとって、この夏は互いの心の絆を確認する時間になった。それまでいつも一緒だったのに、初めて一人となって過ごす夏の時間。それぞれが新しい出会いや事実に直面し、心が大きく揺れる。

だが、彼女達は心の拠り所をしっかりと自覚し、不安を踏み越える勇気を発揮させた。辛いときにはいつでも駆けつけてくる友達がいるのだ。これらのことはその後の人生においても何度も繰り返されるだろうが、彼女達は大きく飛躍していくに違いない。そんな明るい希望に満ちている幕切れだ。

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ファストフード・ファストウーマン

製作年:2000年
製作国:アメリカ/フランス/イタリア/ドイツ
監 督:アモス・コレック

孤独を恐れ愛する人を求めているのに、心を素直に開けない。その関係を失ってしまうことを恐れ、一歩前に踏み出す勇気を持てないでいる。

だが、新しい何かを手にするには、何か行動することが必要なのである。その典型的な事例を体現しているのがヒロインのベラ(アンナ・トムソン)。出来過ぎの強運を手にするが、それも彼女がある行動から導かれたもので、棚からぼた餅のような話ではない。

彼女が全裸でバルコニーに立つ場面が反復されているが、決断できない自らの心をリセットさせている感情を表しているものではないだろうか。

大切なのは、その強運がきっかけとなって、彼女は自らの人生を大きく展開させたことである。不思議な魅力を持った群像ドラマである。

淡々とエピソードが重ねられ、軽妙な会話劇で進んでいく。その狭間に陰影深く登場人物の表情を捕らえたカットが挿入され、彼らの生涯が胸に刻み込まれていく。そして、最後は温かな感情を呼び起し幕切れとなる。

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2006/07/15

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ニルス・ミュラー

本作品が興味深いのは失敗していく思考法を見せてくれるからだろう。サム(ショーン・ペン)という男の生涯を見て、ダメ男と言って切り捨てるのは容易い。

だが、うまくいかないのは何故か。そこにはうまくいく筈のない要因ばかり揃っているのだ。出発点も方法も間違いで、この結果は意外でもなんでもなく、ある種必然と言ってもいい。

もう一度、家族と一緒に暮らす。事業を成功させる。その夢は正しいが、それをどうしたら実現させるか、その手段が適切でない。すべては結果しか見ていないのだ。だが、この男にはそれが分っていない。

狭い価値観。嘘を嫌う潔癖性。激しい思い込み。極めて狭い視野で物事を見ている。そして、うまく行かない原因を自分ではなく他者に求めてしまうことの愚かさ。これでは何をやってもうまくいくはずはない。

そんな彼と対比させる形で、別居している妻マリー(ナオミ・ワッツ)、黒人の友人ボニー(ドン・チードル)、事務機具店の上司ジャック(ジャック・トンプソン)らが配置されている。彼らに共通しているのは理想よりもまず生活するために稼ぐことを当然としていることだ。

彼らは常識ある社会人として、サムに色々と話をするが、彼は全く耳を貸さない。素直に話を聞くことができれば、違う道も開けてきただろうに。

この種のドラマで思い浮かべるのは「タクシードライバー」(1976)である。同じ狂気を抱きながらトラヴィスに共鳴できたのは、戦争による心の傷ということがあるからだろう。

そして、結果的に彼の行為が一人の少女を救ったのに対し、サムはただ自滅に終ってしまった。その違いがある。

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2006/07/14

オアシス

「オアシス」★★★★★
(DVD)2002年韓国
監督:イ・チャンドン
脚本:イ・チャンドン
出演:ソル・ギョング ムン・ソリ
   アン・ネサン チュ・グィジョン

詳しくはこちらで・・・
オアシス@映画生活

とにかくストーリー展開が巧妙に練られている。前科者で本気になって人生に向き合うことを避けているジョンドゥ(ソル・ギョング)を見ていて、およそ共感など呼ばないであろう。反発心を覚え、こんな男が回りにいたら非常に迷惑だろうと思わせる。

だが、物語の後半で、ある事実を知るとき、彼に対する見方ががらりと一転する。表面には現れない彼の心情に胸が締め付けられる。逆に、彼を邪魔者扱いにする家族の非情さが腹立たしく感じられる。ここで、人は見た目では分らないというテーマが浮かび上がってくる。

後半の展開でコンジュ(ムン・ソリ)が健常者の姿となって何度も登場してくるが、このことに賛否両論分かれているようだ。ここで大切なのは、コンジュが最初に登場する場面。彼女は手鏡の光で遊ぶところが描かれている。ここで、彼女は空想を楽しめることが示されているので、私には唐突には感じられない。コンジュの心象風景として秀逸であると感じます。

そして、ラスト・シーンもほのぼのとした希望と明るさに包まれて魅了された。第三者には理解されない二人の関係というと、往年の名作「シベールの日曜日」(1962)を思い浮かべるが、あんな哀しい結末にならなくて良かった。

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2006/07/10

天空の草原のナンサ

製作年:2005年
製作国:ドイツ
監 督:ビャンバスレン・ダヴァー

本作品に惹かれるのは、モンゴル遊牧民の暮らしぶりを興味深く知ることができるからであろう。ゲル(遊牧民のテント)の解体やチーズを作る過程など初めて学ぶことも多い。

それらはありがちな牧歌的郷愁を誘うものでなく、現在の社会状況と呼応しながら、いかに今の時代を暮らしているのかが克明に描かれているから一層心に強く残る。

犬についての話題も、遊牧民たちの生活が大きく変わってしまっている実情の一端である。単に、犬を飼いたい、飼わせないという問題だけではないのだ。

そして、主人公ナンサ(ナンサル・バットチュルーン)がなんと愛らしく存在していることか。母親から家事の手伝いを言いつけられても、素直に働く姿がとても好ましい。両親の情愛もヒシヒシと伝わってくる。

どこまでも続くモンゴルの大草原をとらえた映像も秀逸だった。

プロローグの輪廻転生の逸話で、天と地の境界線を暗示させる山の描写が胸に強く焼き付く。

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2006/07/07

ナニー・マクフィーの魔法のステッキ

製作年:2005年
製作国:アメリカ/イギリス/フランス
監 督:カーク・ジョーンズ

ナニー・マクフィー(エマ・トンプソン)とは一体何物であったのか。しつけを終えるごとに消えていく身体的ウィークポイントは、魔法によって試練を課されたものなのだろうか。何故、彼女は亡き妻の椅子に向かって頭を下げたのだろうか。本作品中では何も明かされていない。

だが、そのことにより、味わいを深めることになった。彼女がブラウン家にやってくるまでに壮大なドラマがあったと感じさせる。

問題が起きたとき、単に魔法のステッキで解決させるのではなく、子供たちにどうしたらいいのか考えさせるのが秀逸だった。原因と結果を見据えることによって、子供たちは見る見るうちに成長を遂げていく。それは子供たちだけでなく父親セドリック(コリン・ファース)も含まれている。

製作会社がワーキング・タイトル社というのも特徴的だ。ロマンティック・コメディーの秀作を数々世に生み出しているが、そのテイストがここでも生かされている。クライマックスでの雪の結婚式には幻惑的な美しさがあり、温かな余韻が残る。

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2006/07/04

ホテル・ルワンダ

製作年:2004年
製作国:イギリス/イタリア/南アフリカ
監 督:テリー・ジョージ

西欧諸国の無関心さをなじるのは容易い。フツ族の残虐を怒るのは簡単だ。だが、そんなことを続けていても何も状況は変わらない。ポール(ドン・チードル)の姿に感銘を受けたのは、ひたすら生き延びるべく知略をもって行動続けたところにある。

冒頭ではこんな過酷な状況になるとは予断できず、義理の姉夫妻を救うことができなかった。自らの地位を過信しすぎた誤りもあった。だが、そうした失敗を踏まえて、さらに前進させていく。そこに心が揺さぶられる。

もっとも感心したのは、自分たちが関係した西欧人たちに別れの電話を入れるエピソードである。そこで、あからさまに助けを求めるのではなく、別れを告げるというのだ。

さよならを言いながら、相手の心から手を離すなという。そうすることで相手に憐れみの心を呼び起し、自発的に行動することに繋がっていくのだ。こうした心理戦に舌を巻く。

フツ族がツチ族をゴキブリに言い換えているところが怖い。何故、こんな虐殺が行われるのか。それは歴史的背景もあるだろうし、一種の狂騒状態に陥って理性が働くことができなかったこともあるだろう。

それを助長させたのが害虫扱いにしたことではないだろうか。同じ人間ではない、自分達に害をもたらす厄虫だと思い込んでしまえば、殺害行為に良心を痛めることはない。

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2006/07/01

甘い人生

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:キム・ジウン

携帯電話をかけるかどうかの葛藤。この些細な行為によって運命が大きく変わってしまう。それまで自分が築き上げたしまった人生が崩壊し窮地に追い込まれる。

非情を売り物にしてきたはずなのに、ひとりの女性の笑顔によって、違う自分を見つけてしまったのだ。この場面が泣かせる。

しかし、そこからの展開が大いに疑問。かつての部下からの援助。あまりに無策な銃器調達。簡単に接近できてしまう仇。どれも非現実的であまりに都合が良すぎると感じさせる。

このまま終ったら、かなり評価が厳しくなるところでしたが、最後になって覆される。これはソヌ(イ・ビョンホン)の白日夢であったのか。ひとつの破滅願望を描いているものであれば納得できる。

それは、ソヌ(イ・ビョンホン)が窓ガラスに映る自分を見る場面の反復からも感じられる。これが普通の鏡ではないところがポイント。自分の存在の不確定さが切実に伝わってくる。

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