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2006年5月

2006/05/31

ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:アンドリュー・アダムソン

預言によって普通の人間が救世主として祭り上げられるというと、すぐに「マトリックス」(1999)を思い浮かべる。そこで葛藤されるのは、その預言を自分自身で信じられるかということである。

戦う勇気があるのか。戦う能力があるのか。他者を慈しむ心を持てるのか。終始、主人公たちは自問を繰り返す。

本作品はイエス・キリストの贖罪と復活をモチーフとしたアスランの行動などがあり、明らかにキリスト教の世界観に基づいている。では、教徒ではない私には遠いドラマかというとそんなことはない。

なぜなら、日常生活の中においても、我々は思いもかけない使命に直面することがあるからだ。その戸惑い、苦心、迷いなどを経験しているから、登場人物たちに自分の姿を投影し画面に惹き付けられるのであろう。

弟エドモンド(スキャンダー・ケインズ)の消えることがない父への思慕。そのために起る兄ピーター(ウィリアム・モーズリー)との確執。不満から芽生えていく虚栄心。

そうした細かい感情を丁寧に描写していくアンドリュー・アダムソン監督の演出もなかなかいい。

どうしても「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズと比較してしまい、あの重厚感には勝てないかもしれません。だが、ひとつの作品としては充分に堪能できる手堅い作りになっていると思います。

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2006/05/30

シリアナ(1回目)

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スティーヴン・ギャガン

かつて映画のタイトルにもなったことのある“バタフライ・エフェクト”というカオス理論。この言葉が本作品を観ていて頭をよぎる。様々な思惑がぶつかり合い、当事者には予想もつかない影響を他者に及ぼしていく。

だから、世の中のことに興味を持って見ることが大切だと思う。知ったからといって、自分の身に起ることを避けることはできないかもしれない。しかし、何も分らず他者の思惑に自分の運命を委ねることはしたくない。

分り難い。単調。思わせぶり。本作品のレビューに目を通していくとそんな言葉にぶつかっていく。確かにある面で当たっているかもしれない。

だが、「華氏911」(2004)のマイケル・ムーア監督のようにアメリカの非を声高に追求するのではなく、問題を示唆する程度にとどめていることで表現として深みを増しているとも感じる。

全編を通して緊迫したムードに惹きこまれる。もっとも興味深かったのは、いかにして自爆テロを実行する若者が誕生していくのか、その過程がしっかりと描かれているところです。

そして、邪魔するものは排除するアメリカの論理に肌寒くなる。リンカーン大統領。ケネディ兄弟。キング牧師。アメリカは怖い国だと思う。

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2006/05/26

交渉人 真下正義

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:本広克行

「踊る大捜査線 THE MOVIE」(1998)が快作であったのは、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ」という名台詞を生んだことにある。それは当時の社会を痛烈に批判するもので、観客に大いなる共感を生んだ。

そのスピンオフ作となる本作品は、地下鉄指示室という会議室に舞台を絞って展開される。情報化社会の中心のようなその指示室においても、指示を決断する根拠は勘であるという視点は興味深かった。先に挙げた現場というのは、この勘というキーワードで通じていると思う。

ここで大事なのは、その勘を信じられるかどうかである。無論、なんの根拠もない博打的な勘であっては問題外である。緻密なデータや裏打ちされた経験によって導かれる勘によって、様々な選択肢の中、自分の答えを見つけ出す。裏目にでるかもしれない、失敗するかもしれないという薄氷の思いを抱きながら決断することの勇気を称賛している。

飽きさせないで最後まで見せてくれたという点では合格かもしれないが、どこか拍子抜けと感じも歪めない。全体を通して一通りディティールを描いているのだが、観客の意外性をつく驚きに欠けていることが原因ではないか。

例えば、会議室にいる真下と対比する形で現場を担当する木島(寺島進)の存在。柄の悪さなかにも人の良さを滲ませる人物造形は秀逸なものがあるが、犯罪捜査としていまひとつ冴えを見せていない点がひとつ。

また、交渉人という特殊な仕事のディティールが、あるレベルまで描写されているものの、観客を深く感心させるレベルまでいっていない点がふたつ。

三つ目は、犯人が出す映画や小説のヒントに対して、もう一歩深い関連付けがなされていないことだ。4つのヒントの共通点ななんだという台詞があるにも関わらず、その答えがなされていない。これではミステリーとして大いに不満だ。

エンド・クレジットの記念写真の使い方が面白い。最後の最後になって、ドラマが繋がっていくセンスは鮮やかだった。

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2006/05/25

ビフォア・サンセット

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:リチャード・リンクレイター

再会した二人は、一体どんな形で映画から消えていくのか。やり直すのか。別れるのか。前作同様、もう一度再会を約束するのか。最初からドラマの焦点はそこに集まるが、なんとあんな形でラスト・シーンを迎えるとは。その意外性に感服しました。

ここで重要となるのは冒頭の本屋でのティーチイン。ジェシー(イーサン・ホーク)の語った言葉がそのまま使用されていることになります。この伏線があるから、このラスト・シーンが唐突に感じません。シナリオにもクレジットされているイーサン・ホークとジュリー・デルピーの自然な会話も秀逸。話があちこちに飛ぶようで、少しずつ核心に迫っていく。

パリの風景も素晴らしく捕えられている。それぞれの街角や通りに趣を感じます。二人と一緒に歩いてみたくなりました。

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2006/05/24

プルーフ・オブ・マイ・ライフ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・マッデン

自分のアイデンティティーを確立できないと、記憶すら曖昧になってしまうものなのか。亡くなった父ロバート(アンソニー・ホプキンス)と対話するキャサリン(グウィネス・パルトロウ)のファースト・シーンで、彼女が妄想と現実の境目がなくなっていることを強く印象付ける。

自分が精神病かもしれないという恐れで、自分の記憶すら自信が持てずにいる。キャサリンが攻撃的な発言を繰り返すのも、自分というものが確立していないからだ。そのことで自分自身も傷つくことになるのだが、止めることができない。そこが実に痛々しい。

証明を書いたノートを父の引き出しに入れ鍵をかけるキャサリンの行為が興味深い。父親の業績にしたいという思いと自分が成し遂げたいと言いたい気持ちが入り混じり、答えを出せずにいる。

その鍵をハル(ジェイク・ギレンホール)に与えたということは、ひとつの決断であった筈なのに、父の業績だと断定されると自分が書いたものだと言わずにはおれない。このノートが彼女のアイデンティティーの象徴となっている。机に隠されたり、ジェイクの手に渡ったり、彼女の元に戻されたりする。この所在の不安定さが彼女そのものであると感じる。

その状態から逃げるように、姉クレア(ホープ・デイヴィス)に連れられてシカゴからニューヨークへ移住することに同意するが、その出発の直前で彼女は気付く。他者に依存して生きることは間違いだと。そして、もう一度、自分自信が決断して生きることを選ぶ。

再び失敗するかもしれないが問題ではない。駄目なら、うまくいくよう計算し直せばいいのだ。

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2006/05/23

ロード・オブ・ドッグタウン

製作年:2005年
製作国:アメリカ/ドイツ
監 督:キャサリン・ハードウィック

こんなに切なさを秘めた映画だとは思わなかった。かつて当たり前のように並んで滑っていた仲間たち。いつの間に別の道に分れて一緒に笑えなくなってしまった。その苦さが、病気の仲間の家に揃い彼らのスケーティングを生んだプールでもう一度滑ることによって消えていく。

仕事ではなく楽しみとして滑ることが甦ってくる。その溢れんばかりの喜びがこちらまで伝わってきて、心が大いに揺さぶられる。

現在、オリンピック競技となるようなメジャースポーツも、その誕生期には若者たちの偶然の発見と創意工夫の遊び心で生まれたものなのであろう。本作品ではスケートボード創生期が克明に描かれていて実に興味深かった。

少年達の兄貴分としてスキップ(ヒース・レジャー)の配置が絶妙であった。一つの時代の光と影を体現していると思う。

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2006/05/22

歓びを歌にのせて

製作年:2004年
製作国:スウェーデン
監 督:ケイ・ポラック

一見、歌によって閉塞感に喘ぐ村民に大きな勇気を与え、自分も再生していくというありきたりな物語に見える。その期待で鑑賞すると最初から違和感が残る。

心臓の病気のため音楽と離れた生活を送りたいのかと思えば、割と葛藤もなくコーラスの指導をすぐに引き受け、本格的な訓練を行う。最初の内はダニエル(ミカエル・ニュクビスト)の方が村人よりも熱心なくらいだ。かつていじめを受けた男との絡みも、彼が一方的やられてしまい、トラウマの克服とはいかない。家庭内暴力を受けるガブリエラ(ヘレン・ヒョホルム)のために歌を書くにしても唐突の感は歪めない。

この監督は本作品の中で何を見せようとしているのか。これはダニエルの幼年時代を回復する話ではないだろうか。いじめにあって村を離れなくてはならなくなった。そこで置き去りにしてしまった童心。村を出てから音楽一筋に生きてきたが、心臓の病気があり死と見つめ合った時、なくしてしまった子供時代を取り戻したい、その事をなにより望んだことではないか。

買い取って住む小学校。湖にある飛び込み台。何度も転びながら走れるようになる自転車。子供時代の喪失を一つずつ埋めるように日々を過している。そう考えれば、ラスト・シーンにも合点がゆく。

そして、子供の時、純粋に思い描いたのは、音楽によって人の心を開きたいという夢。ダニエルの存在によって、村の人々は大きな変貌を遂げる。10数年もひそかに思いつづけていた思いを吐露する登場人物が反復される。こうして彼の夢が一つ一つ実現していく。

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2006/05/17

県庁の星

「県庁の星」★★★★
(中劇1)2006年日本
監督:西谷弘
原作:桂望実
脚本:佐藤信介
出演:織田裕二 柴咲コウ 佐々木蔵之介 石坂浩二

詳しくはこちらで・・・
県庁の星@映画生活

気付くことの大切さを明確に訴えかけている作品だ。例え、気付くことに時間がかかったとしても問題ではない。大切なのは気付くことができるか否かである。同じ事象を見ていても、気付く者と気付かない者に分れてしまうのが現実だ。本作品では気付くことにより、一歩前に踏み出す勇気を称賛している。

行動を起したからといって、全てが上手くゆくとは限らない。周囲には気付かない者で満ち溢れている。世界は簡単に変わらない。だからこそ、小さなことを少しずつ積み重ねることが大切なのだ。そのことを強く訴えかけている幕切れのエスプレッソマシーン。

ほぼストーリー展開の読める映画であるが、それでも飽きさせず見せるのは脚本がしっかりしているからであろう。キーとなる台詞や小道具を繰り返し使用することで絶妙の効果をあげている。

主演の織田裕二と柴崎コウの存在感もいいバランスとなっている。織田裕二は前半の傲慢で嫌な男を無理なく演技していく。土砂降りの中、どん底に落とされてから緩やかに上昇していくところもいい。柴崎コウも「メゾン・ド・ヒミコ」(2005)に続き、言われたら言い返す強さを秘めた女性を創造している。つくづく瞳に力のある人だと思わせる。

この水と油のような二人の関係が少しずつ変わっていく。それがドラマの醍醐味だ。

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2006/05/16

亀も空を飛ぶ

「亀も空を飛ぶ」★★★★
(盛岡フォーラム3) 2004年イラク
監督:バフマン・ゴバディ
脚本:バフマン・ゴバディ
出演:ソラン・エブラヒム
   ヒラシュ・ファシル・ラーマン
   アワズ・ラティフ アブドルラーマン・キャリム

詳しくはこちらで・・・
亀も空を飛ぶ@映画生活

イラク辺境の地の不毛な風景が切々と胸に刻み込まれる。朽ち果てた戦車の残骸が転がっている土地。そこで生活する老人と子供たち。成人した大人があまりに少なく、ひとつの社会としては異質さが際立っている。ニュース映像では知りえないイラクの現実がここにある。

その情景が当たり前であるという自然な感じで、子供たちはたくましく生きている。失ってしまったものを嘆いたりせず、生活のために真面目に働いている。その中心にいるサテライト(ソラン・エブラヒム)が颯爽としている。彼の名前が英語名であるのがポイント。彼には確固たる夢と信念を胸に秘め、その社会をまとめあげている。

だが、難民の3人と出会ってから彼の心に影がよぎる。両腕をなくした兄。視力をなくした乳児。笑いをなくした妹。自分達よりも深い戦禍を被った彼らに衝撃を受ける。いつしかサテライトは彼らを救いたいと感じるが、とうとう守ることができなかった。その深い挫折が嗚咽となって現れる。

同時に、アメリカへの幻想も打ち破れ、彼は立ち尽くすしかない。哀切感が残り続けるラスト・シーンでありました。

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2006/05/15

ドア・イン・ザ・フロア

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:トッド・ウィリアムズ

どうしても乗り越えられない喪失の苦しみ。この夫婦はこの4年間、なんとか立ち直ろう、再生しようと必死に努力してきたのだろう。それは、映画の中で詳しくは語られていないが、全体的にそう匂わせている。引っ越しをしてみる。新しい子供を作る。生活環境を変えて、新たな人生をスタートさせるが、亡くなった息子たちの空白を埋めることができない。喪失感と共に家族関係を維持できない哀しさが画面にあふれ出ている。

死んだ兄弟の写真が廊下一面に飾られている。異様な情景であるが、その写真に取り付かれたような幼い娘ルース(エル・ファニング)の存在がポイントであると思う。家族がバラバラになることを直感的に分っており、その中心となった亡き兄たちのドラマを聞いたり語ったりすることによってなんとか家族の絆をつなぎとめようとしているのではないか。

原作は未読でありますが、粗筋などを目にすると成長したルースの大河ドラマのようです。原作の前半に焦点を絞り、再生できない喪失の哀しみをエディの淡い恋愛をからめながらまとめたトッド・ウィリアムズ監督の脚色。なかなか出色でありました。

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2006/05/12

恋は五・七・五

製作年:2004年
製作国:日本 
監 督:荻上直子

文系の甲子園ものと言えば「ロボコン」(2003)を思い浮かべる。同じような話の構図となっているが、本作品はリアリズムというよりも誇張した人物設定となっており、コメディー色が強められている。そこは観客の嗜好によって評価の分れるポイントだと思う。映画製作者は意識的にそんな選択をしているので、現実味がないと批判しても仕方がないであろう。

笑いを狙った台詞や行動はそれだけ取り上げると非常にありふれたものであり、正直笑えないものも多々ある。だが、特徴的なのは、それらが2度、3度と繰り返し登場してくることだ。この反復が微妙な味わいを生んでおり、後半になるとすっかりその世界に取り込まれてしまう。

主人公高山治子(関めぐみ)は武道の達人で物事に動じない性格のように一見感じられる。帰国子女として周囲に馴染めず、超然としているのだが、自分に自信が持てないでいる。強制的に俳句部に入部させられ、嫌々ながらも部活動を続けていたのは、自分の中で確固たるものが存在していなかった。それは彼女だけでなく、他の部員4人も同じ事であった。俳句甲子園を通して、確かな何かを見つけていき、活き活きとした人生を歩み始める。

それに呼応する形で、猫を探し続ける認知症気味の老人(柄本明)が配置されているのではないだろうか。

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2006/05/11

オオカミの誘惑

製作年:2004年
製作国:韓国 
監 督:キム・テギュン

父親の死。都会での生活。失恋。ヒロイン、チョン・ハンギョン(イ・チョンア)には辛いことばかり相次いで起る。そのことで心定まらず、茫然としてまま日常を過ごしている。

そんなぱっとしない彼女が、他の女性から喚声が上がるような人気者の男子達から好意を抱かれる。この辺りは、いかにも女性コミックらしさが溢れる展開だ。ひとつの願望が実現されており、男女に関わらず大いに共感を呼ぶのかもしれない。

問題は、それを受けてヒロインが実に優柔不断な態度を取り続けることだ。自分の行動が両者をいかに傷付けているのか。その気配りと想像力がなく、無垢というよりあまりに無責任すぎると感じる。どうも観ていてイライラするのだ。

三角関係。血縁。難病。メロドラマの基本要素がずらり並んでいるが、その使い方に工夫が足りない。血縁も難病も中盤で簡単に披露されてしまう。もっと巧く隠して最後の最後で明らかになる展開にしないと、ドラマが盛り上がってこない。感情が映画に同調せず、泣き続ける登場人物たちに興醒めしてしまう。

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2006/05/10

ウォーク・ザ・ライン 君につづく道

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ジェームズ・マンゴールド

決して多くない不仲の妻ヴィヴィアン(ジニファー・グッドウィン)との会話の場面で、妻が自分の父親の話を持ち出すことに注目したい。父親と深い確執があるジョニー(ホアキン・フェニックス)に対して、妻とその父親は円満な関係を保ち続けている。

父性を拒否するジョニーと父性を求め続けるヴィヴィアン。その事が自分達の家族関係にも多大な影響を与えている。価値観が根底から違っていたのだ。音楽のことやジューン(リース・ウィザースプーン)、薬物中毒など彼らの障害となった問題は幾つもあるが、離婚に至った原因はその価値観の違いがもっとも大きかったのではないか。

ラスト・シーンが感動的だった。ジューンと結婚することができて、父親に空っぽと言われた家に両家族で一杯になる。それまでにも家族が揃う場面もあるが、その時には寒々しく感じられた。それとは対照的に暖かな安らぎに満ちている。父との確執を乗り越え真の家族を手にした喜びがそこにある。

ロックン・ロール創生期の混沌とした状況が興味深かった。エルヴィス・プレスリーやジェリー・リー・ルイスなどヒットヒャートを賑わす大スター達がツアーで回ると言っても自分達で車を運転するなど、ドサ回りに近いものであった。ビック・ビジネスとなった今では考えられないが、その旅の開放的自由さや家族と離れて暮らす虚しさなどをそこに見ました。

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2006/05/09

シムソンズ

製作年:2006年
製作国:日本 
監 督:佐藤祐市

10年後の自分。本作品の中で、その言葉が何度も登場してくる。どんな生活をしていたいのか、どんな職業に就いていたいのか、どんな自分になりたいのか、彼女たちは夢を描けずいる。そのために自信を持てないまま欠落感を抱き日常を過ごしている。そんな時、出会ったのがカーリング。

前半のコメディータッチのくすんだ感じとは対照的に、後半になってくると彼女達はどんどん輝きを増してくる。その姿が実に鮮やかだった。彼女たちをコーチする大宮平太(大泉洋)も再生していくのは、スポーツ・ドラマの王道であるが、それでも良い。

嘘をつけなかった過去、ゲームを楽しめというアドバイスは勝利至上主義の空ろさを浮き彫りにする。その勝利至上主義の犠牲者のような尾中美希(藤井美菜)の過去や加賀真人(田中圭)との関係などもう少し描いてほしかったという思いもあるが、それとなく感じられるから瑕にはならない。

そんな美希が伊藤和子(加藤ローサ)にカナダ留学を止めてシムソンズでオリンピックに行きたいというところが最高の名場面。実際にオリンピックに出場した彼女たちの姿と重なり号泣した。

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2006/05/08

クレールの刺繍

製作年:2003年
製作国:フランス 
監 督:エレオノール・フォーシェ

主人公クレール(ローラ・ネマルク)の人物造形が陰影深く作られている。家族との間に確執があると思われ、家を出て一人暮らしをしている。独立心が強いように見えるが、行動が子供じみていて心は未成熟のままである。そんな彼女が望まぬ妊娠をしてしまう。

親友には打ち明けているが、どう対処していいか一人で悩み苦しみ続ける。その中で、鏡を見つめる場面の繰り返しがポイントだ。彼女は厳しい現実と対峙して精神的成長を遂げていく。

そのクレールと息子を事故で亡くしたメリキアン夫人(アリアンヌ・アスカリッド)との心の交流がメイン・プロットである。彼女たちが親密になっていく過程でメリキアン夫人の自殺未遂を近所にばれないようにしていたという逸話がある。

最初の方で、クレールが妊娠をごまかすために、癌治療をしているとスーパーの従業員たちに嘘をつく場面があった。これだけ見ればなんと子供っぽいことをするなと感じさせるが、実は自殺未遂事件と結びついていたのだ。絶妙な伏線になっていることに気付き、大いに感嘆する。

もうひとつ印象深い場面は、クレールの部屋に突然、訪れた母親がクレールの体型を見ても妊娠と気が付かないところ。クレールのことを心配する気持ちがあっても、彼女の真の姿を見ることができないでいる。クレールと母親の心の距離を感じる。

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2006/05/07

帰郷

製作年:2004年
製作国:日本 
監 督:萩生田宏治

「どうしていなくなってしまうんだ」。神社で姿の見えなくなったチハル(守山玲愛)に晴男(西島秀俊)は激しく怒る。この場面が本作品の白眉だ。

突然の母親の再婚。昔、別れの言葉もなく消えてしまった恋人・深雪(片岡礼子)との再会。そして、またも行方不明。晴男は自分にとって大切なものが喪失していくことを自分のせいだと考えてしまう男である。その内にこもった忸怩たる思いの強さは、締めつかれるばかりで解放されることがない。人と人の間で起ることはどちらかが全て悪いということはないのに。この場面の晴男の怒りは、それまで積もり積もったが一気に噴出したのだと思う。

その怒りを浴びてしまう災難のチハルがまたいい。シングルマザーに育てられた強さと寂しさが、場面場面によって発露されてくる。「心は胸にある。キュンと痛くなるから分るんだよ」という台詞も出てくる。この小さな胸が何度痛んだのだろうかと思うと切ない気持ちにさせられる。

タイトルバックで故郷に帰る電車の中、進行方向に首を曲げていた晴男だが、ラスト・シーンでは、逆に振り返って見せる。ここにも大きな意味がありそうだ。晴男はこの帰郷の時間で何かが変わったのだ。そう強く確信させられる。

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2006/05/06

村の写真集

製作年:2003年
製作国:日本 
監 督:三原光尋

いまどき珍しいと思えるような口より手が早い頑固一徹の父親。言葉で説明するコミュニケーション能力が著しく欠けている。自分の真意を巧く伝えられない苛立ちが暴力となって現れているのであろう。その横暴な態度に目を奪われ、長い間、息子は父親の真の姿に気付くことができなかった。教えられない方も分らないでいる方も、両者正しく、そして、間違っている。

「能率ってなんだ」という問い掛け。一軒、一軒歩いて訪ね回る父に息子は意見するが、こう返される。すると、息子は絶句して答えられない。ここがポイントだ。我々は能率が良いということは、無意識の内にも素晴らしいと感じる。便利になる。無駄がなくなる。たくさんの仕事が出来る。

それを追求していけば、当然ながら田舎生活はいらなくなってくる。はたしてそれが本当にいいことなのであろうか。能率では量れない大切なものが、まだまだたくさんあるのではないかと訴えてくる。

山歩きをするのにネクタイを付けた正装姿。写真を撮り終えたあとに、ありがとうございましたと頭を下げる挨拶。病気の身体を押して続ける撮影。父にとって、この写真集の仕事は命よりも大切な惜別の行為であったと思う。そして、その姿を息子にしっかりと見届けて欲しかったのだ。それを受けて、最後の写真撮影で感涙してしまう。

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2006/05/05

チキン・リトル

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:マーク・ディンダル

「僕には計画があるんだ」。どんな失敗をしても、常に前向きな姿勢を崩さないチキン・リトルの精神力にまず感心する。諦めない者にはチャンスが訪れることがひとつ。

最初の通学シーンも興味深い。意地悪されてスクールバスに乗り遅れたリトルが、いかにして教室までたどりつけるのか、その趣向が楽しい。リトルの機転が効くところが次々と映し出されているが、それが回りには分っていない。一つの型でなく、いろんな角度からその子の才能を見つけることが大切なのだ。

その最たるものが父親だ。「空が落ちてきた」事件以来、リトルの行動を正しく見ることができなくなってしまった。とにかく、大人しくしていろ、目立つな、という言葉ばかり。失敗を恐れてしまっているのだ。失敗して何が悪いのか、失敗を恐れて何も行動できないことの方が問題だ。

リトルの仲間たちも個性豊かで楽しい。最も気に入ったのはフィッシュ。言葉が話せない分、勝手にどんどん行動していく。その憎めない様子に、マルクス兄弟のハーポを思い出しました。

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2006/05/04

空中庭園

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:豊田利晃

「やりなおし。くりかえし」。母・さと子(大楠道代)が呪文のように何度も繰り返す。この場面が印象深い。本作品のテーマはここにある。例え家族といえども、一緒に生活していれば、何かしら問題は起ってくる。その為にどんなひどいダメージを受けたとして、家族ならやり直すことができる。やり直しして、平静な日々が続けば、また何かが起る。人の営みとはこのサークルの中で延々と続いていくのではないだろうか。

「幼稚園の学芸会みたい」とミーナ(ソニン)が絵里子(小泉今日子)の家族を看破する。家族の間に秘密を持たないという極端な設定を用意したことによって、デフォルメされた中から、家族とは何か観客に考えさせる。

いい家族関係を作るには、本来の自分の姿とは別に、家族を演じることも必要なのであろうか。それは虚構的かもしれない。嘘の人間関係でもあるだろう。だが、その事が本当に悪いのか。

人の心にはダークサイドが潜んでいる。それを見せ合っても、それはそれで疲れるだけだ。それなら、学芸会でもいいから明るい家族を作っていってもいいのではないか。本作品はそのことを肯定的に描いていると思う。

いい台詞が一つ。「思い込みが激しいと、本当の事が見えなくなる」。絵里子の生涯をずばりと表現している。

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2006/05/03

PROMISE プロミス

製作年:2005年
製作国:中国/日本/韓国 
監 督:チェン・カイコー

この映画の中で、何度約束が破られたことであろう。信頼し、裏切られる反復は、まず生き残ることを最優先としていることからきている。それは、何も自分のためではない。誰かを守ろうとし、その為に約束を破る。これも人間の業とも言えるのであろう。そういう意味でプロローグの饅頭の逸話が興味深い。

本作品が、もう一つドラマとしてすっきりしないのは、傾城(セシリア・チャン)が光明(真田広之)と昆崙(チャン・ドンゴン)の三角関係の中、どちらに惹かれ、どちらを諦めるのか、その葛藤が巧く描かれていないからであろう。そして、冒頭の「真実の愛は得られない」という運命が、ドラマに反映しきれていない。そのために、傾城に共感できず冷めた気持ちのまま映画が終わってしまうのだ。

心に残る登場人物は鬼狼(リィウ・イエ)であった。かつて仲間を裏切り自分だけ生き残った悔恨。それが、同郷人である昆崙(チャン・ドンゴン)を助ける要因となる。彼にはもう一度、自分の命か昆崙を助けるかの葛藤が用意されている。その選択が尊く、運命は自分で決められることを感じさせる。

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2006/05/02

ジャーヘッド

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:サム・メンデス

アンソニー・スオフォードは18歳となり憧れの海兵隊へ入隊を果たす。しかし、新兵訓練はただの虐待で、自らの選択を後悔し始める。1989年。カリフォルニア州のペンドルトン基地へ配属となる。そこで、スオフォードはサイクス曹長の目に留まり、厳しい訓練の末にわずか8名の斥候狙撃隊に選ばれるが…。

当事者でなければ分らないことがある。1990年に起きた湾岸戦争はハイテクを駆使しビデオゲームのようであると言われていた。その戦場にいた生身の兵士たちは、何を思い何を感じていたのか。10年以上の時間を経て、我々は知ることになる。

例えば、第二次世界大戦を描いた「プライベート・ライアン」(1998)、ベトナム戦争を描いた「地獄の黙示録」(1979)や「プラトーン」(1986)などの過酷な戦闘シーンを見れば、生き残って帰国したとしても以前の生活に戻れないのは仕方ないと実感できる。

だが、この湾岸戦争の兵士は一度も実戦で戦うこともなく帰国してしまう。それでも、以前の自分には帰ることができず苦しんでいる。戦争というものの新たな一面を見た思いだ。戦場の体験ではなく、洗脳ともいえるような人格を壊し戦士として鍛えていくシステム自体に問題があるのではないかということだ。

失ってしまった無垢なる心を取り戻すことができない男達。帰国して戦勝パレードが行われる。そのバスの中に乗り込んでくる男が印象深い。戦勝を祝うその男はかつての海兵隊と思われる。その自分の居場所が定まらない異常な姿に彼らの未来を予感させる。

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2006/05/01

NOEL ノエル

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:チャズ・パルミンテリ

クリスマス・イヴのニューヨーク。出版社で働くローズは認知症の母親の看病に明け暮れ、自分の幸せを諦めていた。結婚を目前に控えたニーナと警官マイク。幸せいっぱいの2人だが、マイクの度を越した嫉妬にニーナは怒り、アパートを飛び出してしまう。ローズとニーナはふとしたことで出会うが…。

ファースト・シーンとラスト・シーンの連動。上下するカメラの動きは天使の飛行軌跡をたどっているようであった。そこに居合わせたローズ(スーザン・サランドン)が天使の飾りに目を留めたとき、奇跡が始まる。ここで思うものは、聖なるものに触れる機会を大切にするということである。

無論、奇跡が起きると言っても、所詮クリスマス映画の作り物であると思ってしまえばそれまでのことである。しかし、奇跡としか思えない不思議な宿命とはありうることだし、それが起きるにしろ起きないにしろ、信じるものの方に確率が高いのではないか。こう書くと不純なようだが、人生は不公平なものだから、少しでもいいことが起るチャンスは逃したくないし、例え信じたとしても何も損することはない。

嫉妬深いのは相手を信じるかどうかではなく、自分自身を信じられないからだ。マイク(ポール・ウォーカー)は、そう最後に気付いていく。これが深い人生訓であった。自信をなくしたとき、様々な悲劇が始まっていく。

アラン・アーキンの演じるカフェで働く老人アーティが、とても意外でユニークであった。予告編で想像して役柄と全く違っている。彼の存在がポールの未来を予言するものだし、ポールでなければアランに許しを与えることができなかった。こういうキャラクターを考え出した作者に感服する。

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