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2006年3月

2006/03/31

ヴェニスの商人

製作年:2004年
製作国:アメリカ/イタリア/ルクセンブルグ/イギリス
監 督:マイケル・ラドフォード

16世紀のヴェニス。ゲットーに隔離されたユダヤ人たちは金貸し業を営み、キリスト教徒から蔑まれて暮らしていた。ある時、貿易商のアントーニオは、親友のバッサーニオが美しい女相続人ポーシャと結婚するのに必要な資金を借りるため保証人を買って出る。バッサーニオはユダヤ人のシャイロックと話をまとめるが…。

シャイロック(アル・パチーノ)は、復讐心が大勢を占め、慈悲の心をなくしてしまった。そして、引き返せる境界線を踏み越えてしまう。復讐の刃は相手だけでなく自分をも貫く。

無論、シャイロックにも同情する。日頃、ユダヤ人ということで差別を受け、金貸し業を営むことからつばを吐きかけられる屈辱を味わい、最愛の娘ジェシカ(ズレイカ・ロビンソン)はキリスト教徒と駆け落ちしてしまう。その際、娘はお金と共にトルコ石の指輪を持ち出してしまう。湯水のようにお金を浪費し、指輪は一匹の猿と交換してしまったと聞かされ、怒りが頂点に達するシャイロック。同じユダヤ人である最愛の娘から自分の生き方を否定されてしまったのだ。

だが、この風説は誤りであった。ラスト・シーンで娘の指にその指輪が映される。シャイロックは間違った情報に踊らされてしまったのだ。憎しみの炎が燃え盛ったとき、情報の正確性を確認する術はない。ここが真の悲劇の始まりであった。

何故、アントーニオ(ジェレミー・アイアンズ)はバッサーニオ(ジョセフ・ファインズ)のために借金を背負うのか。ただの友情というだけは無かったはずだ。そこには同性愛的関係があったと思わせる。そのことが、二人に隠微な雰囲気を漂わせる。

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2006/03/30

THE 有頂天ホテル

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:三谷幸喜

大晦日を迎えた“ホテルアバンティ”では、ホテルの威信がかかった年越しカウントダウンパーティーの準備で大忙しだった。これを無事終えることが副支配人の新堂に課せられた責務であった。ところが、思いも掛けないトラブルが次々と発生。新堂は機転を利かせて対応するのだが…。

“謹賀新年”の垂れ幕が“謹賀信念”と誤って書かれるエピソードが冒頭に出てくる。この“信念”が揺れている人物たちが本作品の中にたくさん出ている。最も目立つのは歌手の道を諦め故郷に帰ろうとするベルボーイ憲二(香取慎吾)であるが、副支配人新堂(役所広司)、客室係ハナ(松たか子)、国会議員武藤田(佐藤浩市)たちも自分の人生に迷いを生じていた。この誤字が本作品のテーマになっている。

三谷幸喜の作品をすべて見ているわけではないが、概ねその世界の秩序を乱す者と正す者との攻防を笑いの本筋にしていることが多いと思う。本作品で特徴的だと思えるのは、秩序を正す側であると思わせる新堂が、別れた元妻(原田美枝子)と再会したことで秩序を乱す側に突如変転していくところだ。この意外性が可笑しい。

ひとつのシーンでメインとなった登場人物の後ろ側で、別の誰か行動したりしている。それが後々の伏線となっていて、非常に奥深い作品に仕上がっている。2度、3度観ると、初見では気付かない発見がたくさんあることであろう。

個人的には「みんなのいえ」(2001)の八木亜希子と田中直樹のコンビが分らなかったので、2回目を見るときにはこの二人に注目したい。

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2006/03/27

スタンドアップ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ニキ・カーロ

ジョージーは何故戦い続けたのか。家族を養うために仕事を失うことは出来なかった筈なのに。そこで、彼女の過去が重要になっている。のぞまない妊娠。暴力を振るう夫。身持ちの悪い女という評判。彼女の人生は理不尽な行為にいつも侵食されていた。

どん底まで追いつめられた者の反逆心の強さを感じる。裁判と通して彼女の隠された過去が明らかにされていく展開も傑出している。そのことでマイナス面をすべて出し切り、人生がプラス面へと反転していく。隠すことによって生じていたネガティブな感情が一掃されてしまったのだ。

本作品で心が揺さぶられたのは、父親ハンク(リチャード・ジェンキンズ)が娘のためにスピーチした場面であった。それまで娘のことを恥辱だと感じて冷たい態度をとっていたのに、自分の誇りだと話す。この気持ちの変化に気付くきっかけとして、母親アリス(シシー・スペイセク)の行動も効果的であった。

息子サミー(トーマス・カーティス)とカイル(ショーン・ビーン)のエピソードも感銘深い。「母親を憎むのは自由だが、何故、憎むのかそこを考えた方がいい」というアドバイスは非常に的確なものだった。一つの考えを押し付けるのではなく、選択肢を提示する話し方も良かった。彼の言葉が息子の感情を整理させることになった。

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2006/03/26

永遠の片想い

製作年:2003年
製作国:韓国 
監 督:イ・ハン

ある時、ジファンのもとへ差出人不明の一通の手紙が届く。その封筒の中には“逢いたい”と一言だけ記された1枚の写真が入っていた。それを見ると5年前の夏の思い出が蘇ってくる。その当時、彼はバイト先の喫茶店で親友同士の女の子スインとギョンヒと出会った。ジファンはスインに一目惚れするのであるが…。

どうして、三人は離れ離れになってしまったのか。この疑問がうまくストーリーを引っ張っていく。そして、手紙やネガフィルム写真などが巧みに重用されている。これらのアナログアイテムの素朴さが、回想シーンと現在をうまく繋ぎ合わせ、時間軸を崩した構成にも無理がない。Eメールやデジカメなどのデジタルアイテムでは出せない味わいだ。

時計を巻き戻すエピソードにしても、それ単体ではあまり気の利いたものとは言えないが、後半にもう一度使われることによって、観る者に深い哀しみを伝えることになる。脚本がとても丁寧だ。

「私の頭の中の消しゴム」(2004)や「四月の雪」(2005)などで活躍を続けているソン・イェジン。「スカーレットレター」(2004)を最後に自殺してしまったイ・ウンジュ。眩しいほどの笑顔を見せてくれた二人のその後を思うと、あまりにも対称的で切なくなってくる。

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2006/03/24

ウィンブルドン

製作年:2004年
製作国:イギリス/フランス 
監 督:リチャード・ロンクレイン

かつては世界ランキング11位まで登り詰めたこともあるイギリス人テニス選手ピーター。いまでは119位まで低迷し、ウィンブルドン選手権を最後に引退する覚悟だった。彼がホテルの部屋に着くと、優勝候補でもあるアメリカ人の新人選手リジーがシャワーを浴びていた。フロントがキーを間違えて渡したのであったが…。

さすが「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001)や、「ラブ・アクチュアリー」(2003)などを作ってきたワーキング・タイトル社の作品だ。作品の雰囲気がとても似ている。それは、ドラマの本筋とは別に、魅力的な傍役がたくさん登場しているからであろう。ピーター(ポール・ベタニー)が負ける方ばかり賭けている弟。優しく励ましてくれる選手仲間。活躍しはじめると近付いてくるエージェント。本作品でも、それぞれユニークで温かな存在感を発揮している。

話の構図として同社の「ノッティング・ヒルの恋人」(1999)を思い出す。冴えない中年男が偶然出会った世界的スーパースターの女性と恋に落ち、再生していく話だ。違う価値観に刺激を受けていく二人。

ボールボーイが何度も登場してくる。不遇の時も、センターコートのファイナリストとなっても、少年はピーターを眩しそうに見つめている。この憧憬のまなざしが印象深い。この少年が次のピーターになっていくのかもしれない。スポーツの伝承性を感じる。

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2006/03/23

あらしのよるに

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:杉井ギサブロー

ある嵐の夜、ヤギのメイは壊れた山小屋に避難した。そこへ同じように一匹の“仲間”がやってくる。小屋の中は真っ暗でお互いの姿は見えない。心細かった二匹は言葉を交わし次第に仲良くなっていく。そして、“あらしのよるに”を合い言葉に翌日の再会を約束し、それぞれ小屋を後にするのだが…。

自分と同じ経験をしている。自分と同じ考え方をする。自分と同じ感情を抱く。その事の重みである。そうしたことが大いなる共感となって、種族を超えて二人を結びつけたのだ。

何故、あらしのよるに二人は勘違いしてしまったのか。その詳しいディティールが雷を巧みに使って丁寧に作られているのもいい。ドラマが自然に流れていく。

一つのコミュニティーを守ることは排他的にならざるを得ない。食べる、食べられるの敵対する両種族であるが、メイやガブをスパイに使おうとする思考方法が全く一緒であった。そのことが実に興味深い。

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2006/03/22

輪廻

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:清水崇

昭和45年。群馬県のホテルで11人が惨殺される事件が起こる。35年後の現代。この事件を題材にした映画の製作に映画監督の松村は執念を燃やしていた。「記憶」と名付けられたこの映画のヒロインには新人女優の杉浦渚が大抜擢された。彼女は撮影が近付くと不思議な少女の幻覚に悩まされていくのだが…。

自分が間違った方向に進んでいる時って、体が正直に反応し警告を発する。杉浦渚(優香)もその警告を感じていた。だが、女優としての成功を手に入れるため、彼女はそれを無視することにした。そして、・・・ということになっていく。日頃から理屈では割り切れないこうした感覚をもっと大切にしたいと思う。

何故、彼らは襲われるのか。恐怖の源泉に輪廻転生を選んだところがユニークだ。「ノロイ」、「奇談」に続き一瀬隆重プロデューサーのホラー映画はモチーフの使い方が実に興味深い。そして、一体誰が誰の生まれ変わりなのか。渚と弥生(香里奈)はどこで繋がっていくのか。35年前の事件の真相とは。いくつもの魅惑的な謎が提示され、ミステリー的興趣も尽きない。

ずっと一緒だよ。何度となく繰り返させる少女の言葉。とても効果的でラスト・シーンに重い意味を持たせる。

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2006/03/20

ディック&ジェーン 復讐は最高

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ディーン・パリソット

ディックはIT開発企業グローバダイン社に勤務。愛する妻ジェーンと息子ビルとともに幸せな毎日を送っていた。部長への昇進も決定し、順風満帆な人生だった。ところが、ジャック社長が自社株を売り払い自分だけ大儲けする一方、会社は倒産、社員全員失業という事態に陥ってしまうのだが…。

ブッシュ大統領のニュース映像が2度映る。富めるものは益々富んでいき、貧しきものは益々貧しくなっていくアメリカ資本社会。その象徴がブッシュ大統領であり、映画製作者の批判精神が感じられる。

BMW。ワイド薄型テレビ。芝生やプール。アメリカ消費社会のシンボルがディック(ジム・キャリー)の家に彩られている。これらがひとつずつ彼の家から消えてゆくことで、生活レベルが落ちていくことが視覚的に伝わっていく。それらを取り戻すためにディックが選んだのは強盗という非合法手段。不条理な社会をどこか風刺しているようだ。

子供のスペイン語の使い方など、ちょっとした伏線になっていて、なかなか楽しい脚本であった。

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2006/03/19

世界で一番パパが好き

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:ケヴィン・スミス

ニューヨークに暮らすオリーは、華やかな音楽業界で凄腕宣伝マンとして大活躍していた。だが、最愛の妻が出産直後に急死してしまう。娘の面倒をみながら仕事を続けようとするが、ストレスが募りマスコミの前で顧客の悪口を爆発させ職を失ってしまう。仕方なく父のいるニュージャージーの実家に戻ってくるが…。

都市は眠らない街とも呼ばれる。昼も夜もなく買い物や食事ができる環境は、自分のしたいことを時間の制約を受けずにこなしたいという者には理想郷であろう。オリー(ベン・アフレック)は、広告の仕事に復帰したいだけでなく、都市生活を謳歌する自由を追い求めているのだ。その自由は本当に掛け替えのないものなのか。そう本作品は問いかけている。そして、何かを諦めることは一つの成長であることも教えてくれる。

プロット自体、特別に珍しいものでなく、結末も最初から分っているようなドラマだ。しかし、個々のエピソードがかなりユニークで面白い。この辺りはさすがケヴィン・スミス監督らしい。キャットやスウィーニー・トッドなどのミュージカル劇の使い方も絶妙だ。

オリーの人物造形も見事。広告屋として心にもないことが考えなしで口に出来るのは一つの才能かもしれないが、激怒すると取り返しのつかない事までしゃべってしまい、2度も失敗してしまう。この辺にキャラクターの一貫性が見られ、映画が奥深くなっている。

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2006/03/17

男たちの大和 YAMATO

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:佐藤純彌

2005年4月、鹿児島県枕崎の漁港。老漁師の神尾のもとに内田真貴子と名乗る女性が訪ね、60年前に沈んだ戦艦大和が眠る場所まで船を出してほしいと懇願される。一度は断った神尾だが、彼女が大和の乗組員・内田二兵曹の娘と知り、目的の場所へと走らせることになった。神尾もまた大和の乗組員だったのだ…。

大和の沈没地点へ向かう船上に神尾(仲代達矢)と内田真貴子(鈴木京香)の他に少年が加わっていたのがポイントだった。ストーリーを追うだけなら、二人だけでも支障はなかった筈だ。この少年の存在こそ次世代に戦艦大和の物語を伝えたいという映画製作者のメッセージが込められていると思う。

“死ニ方用意”には万感胸迫るものがあった。死んでいくしか選択肢の残されなかった男たちが何を思っていたのか。この言葉に凝縮されている。「日本の新生にさきがけて散る、まさに本望じゃないか」という若者たちの精神的指導者となった臼淵大尉(長嶋一茂)の言葉が重々しく響く。

その死ぬべき運命にあったはずなのに、なんの因果か生き残ってしまった者がいる。記念式典の出席など断り、心の傷として一人じっと耐え忍んできた神尾。仲間とは連絡を一切絶ち、孤児を11人も育て上げる内田。彼らの戦後の生き方が対称的で際立っている。その二人の人生が再度交差する神尾と真貴子の出会いはまさに宿命的だった。

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2006/03/16

キングダム・オブ・ヘブン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:リドリー・スコット

12世紀フランス。妻子を失い悲しみに暮れる鍛冶屋バリアンの前に十字軍の騎士ゴッドフリーが現われる。バリアンが自分の実の息子であると告白する。ゴッドフリーはキリスト教徒とイスラム教徒の聖地が共存しているエルサレムを守るため赴く途上にあり、バリアンに同行を誘う。一度は拒絶するバリアンだったが…。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざを思い出す。クライマックスのエルサレムを巡るイスラムの指導者サラディン(ハッサン・マスード)との攻防戦でのことだ。圧倒的な兵力の差にすくむことなくバリアン(オーランド・ブルーム)は戦いを選ぶ。自暴自棄でもない。狂信的でもない。しっかりとして計算と策略で戦いを進める。そして、歴史的な和議を勝ち取っていくのだ。この感慨がひとつ。

そのバリアンが「エルサレムにどれほどの価値があるのか」とサラディンに尋ねる。「無だ」とサラディンは答える。そして、笑顔になって「だが全てだ」と続ける。このやりとりも興味深い。エルサレムを巡る戦いは今なお終結していない。聖地とは何か改めて考えさせられる。

「王のために行動したという言い訳にするな。自らの信念で行動せよ」というエルサレム王ボードワン4世(エドワード・ノートンが演じていたのですね。鑑賞中は全く気が付かなかった)の言葉が、そのまま本作品のテーマになっている。国家のため、神のためにという盲目的信条で行動を起す愚かさをここでは執拗に描かれている。それらの対極な立場にいるのが、バリアンであり、ボードワン4世であり、サラディンであろう。

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2006/03/15

シルミド SILMIDO

製作年:2003年
製作国:韓国 
監 督:カン・ウソク

1968年1月、北朝鮮特殊工作部隊による韓国大統領襲撃未遂事件が発生する。同年4月、韓国政府はその報復として仁川沖のシルミド(実尾島)に死刑囚ら31人の男たちを集め、極秘に金日成暗殺指令を下した。彼らはその時の年月から名付けられた684部隊の特殊工作員としてチェ准尉の下、過酷な訓練を開始するが…。

文字通り帰る場所をなくしてしまった男たち。あまりに過酷で無残なものだ。無論、そもそも死刑囚となるくらいの犯罪をしたものに過剰な同情は不要との意見もあるだろう。だが、既にないものとしていた希望を与えられえ、また簡単に奪われてしまう。人間としてではなく、機械のような扱いだ。人間の尊厳を傷つける行為として観るものに、彼らの怒りと哀しみが伝わってくる。

国家というものがいかに信用できないものなのか痛感する。担当者が変わってしまえばそれまでの命令になってしまう。それが国家と言われても一貫性はない。あまり理不尽である。

なぜ、684部隊訓練兵に対して好意的な発言をしてきた上官が、部隊の抹殺命令を受けて先頭に立っていくのか。一方、苛烈な訓練を指導してきたもう一人の上官は最後まで部隊を守ろうとする。この二人の対立が興味深い。優しい言葉は誰にでも口にすることができる。心底から親身となって気にかけるものは、逆に厳しい言葉を投げかけるものかもしれない。

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2006/03/13

キング・コング

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ピーター・ジャクソン

1933年ニューヨーク。野心家の映画監督カールはかつてない冒険映画を撮ろうとし、出資者の反対を押し切って危険な航海に乗り出す。そこには脚本家ジャックや美しい女優アンも参加していた。やがて幻の孤島“髑髏島”へ辿り着く。さっそくカールは撮影を開始するが、何者かにアンがさらわれてしまうのだが…。

何故、コングはエンパイア・ステート・ビルに登っていったのか。髑髏島でアン(ナオミ・ワッツ)と一緒に見た夕日がコングには掛け替えの無い記憶になっているのであろう。その体験を再体験したい。その思いがすべてなのであろう。

コングはそこで襲撃を受けた際に、アンを安全なところに置こうとするのだが、アンはそれに構わずコングの後を追いかける。二人の間には言葉に言い表せないような絆が生まれている。彼らは磁力のように惹かれあい、ニューヨークで再会したのであった。

そのエンパイア・ステート・ビルの前でコングとアンが氷上で遊ぶシーンもある。それがおどけたコングが堪らないほど切なく感じるのは、二人の時間が限られたものでいつまでも続かないことがわかっているからであろう。

「野獣は美女によって滅ぼされた」とカール(ジャック・ブラック)はコングについて語るが、それはそのまま彼にも当てはまる。映画の成功という美女に目が眩まされ、周囲の状況もお構いなく突っ走る。そして、その栄光を掴んだと思われた瞬間に、すべてが崩壊していく。コングとカールは照応している存在だ。

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2006/03/12

サヨナラ COLOR

「サヨナラ COLOR」★★★★
(盛岡フォーラム1)2004年日本 
監督:竹中直人
出演:竹中直人 原田知世 段田安則 内村光良

医師・佐々木が勤める海の見える病院に、高校時代の同級生で彼の初恋の人・未知子が入院する。彼女は子宮ガンを患っていた。独身生活を謳歌している佐々木だが、実は20年以上も一途に未知子を想い続けていた。そんな気持ちとは裏腹に、未知子は佐々木のことをまるで覚えていないのであった…。

ファースト・シーンが海岸で始まり、ラスト・シーンも海岸で終わる。それだけでなく、劇中、何度も海岸が登場する。彼岸と此岸を分ける境界線として海岸は存在しているのだろう。生と死の間で悩む登場人物たちはいつも海岸に向かっていく。

その海岸でガラス片を集め、ランプを作る未知子(原田知世)。それランプもどこか詩的である。このランプは生命力の象徴なのか。禁じられている病室でも、ランプを使用しているのはそういうことなのかもしれない。

ミュージシャンや俳優達が多数ゲスト出演しているのだが、名前は知っていても顔を認識していなかったりして、その興趣を十分に味わうことが出来なかった。折に触れ、何度か見直して、その都度発見を楽しめる作品になるであろう。

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2006/03/10

アルフィー

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:チャールズ・シャイア

極上の女性たちを射止めようとイギリスからニューヨークへやって来たアルフィーは、リムジンの運転手に就く一方で様々な境遇の女性たちとアバンチュールを楽しんでいた。人妻のドリー、シングルマザーのジュリー、親友マーロンの彼女であるロネット、リッチな年上のビジネスウーマンであるリズらと関係を持つのだが…。

軽快な恋愛コメディを期待していると大いに失望するであろう。“SERCH”とか“WISH”などさりげなく壁に書かれた文字が繰り返し描写されている。これらが本作品のテーマを明確に表している。人生の岐路に立った男が何を捜し求めていくのか。その葛藤が延々と続く。

世界はすべて自分の掌中にあるように過信したアルフィーは、あるときから、強烈なしっぺ返しを食らう。自分の常識がいつの間にか非常識となって通用しなくなってしまうのだ。そのことをなかなか認めることができない。軽いスランプとしか思っていないが、事態はどんどん悪化していく。その理由は何か。スーザン・サランドンの言葉に答えがあった。年齢である。彼の生き方が通用するのは若いときだけなのである。

こういう男をジュード・ロウがまさに彼しかないというはまり役で演じている。なんともチャーミングなものだ。

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2006/03/07

ポーラー・エクスプレス

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:ロバート・ゼメキス

クリスマスイブの夜。クリスマスを信じないと思いながらベッドに入った少年がいた。真夜中目前の11時55分、少年の耳に地鳴りのような轟音が響く。驚いた少年が窓辺から見たものは、雪の中を走っている巨大な蒸気機関車だった。少年は家の前で停まった機関車に駆け寄っていくが…。

「ポーラー・エクスプレスの行き先が問題ではない。乗り込むと決意したことが大切なのだ」。最後に車掌が少年に語るこの言葉が重く響く。サンタクロースを信じる、信じないとのありきたりなドラマでなく、より普遍性を感じるのはこのためであろう。夢。理想。可能性。なんでもよいのであるが、それを信じるからと言って全てが叶うとは限らない。大事なのはそれを信じて行動することなのだ。

少年が少女に「それは確かかい」と問い掛ける場面が繰り返し登場する。少年の他者を信頼できない性格がこのことで分ってくる。少女はその問い掛けを最初に受けたときに、大いに迷うのだが、二回目の時には力強く「間違えない」と答える。この質問の反復の中で少女のリーダーとしての資質が大いに高められたことも分ってくる。この辺がなかなか巧い。

乗車券もなかなか印象深く使われている。子供達のそれぞれに足りないところ、この旅を通して学んだものの象徴になっている。

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2006/03/06

ダンシング・ハバナ

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:ガイ・ファーランド

1958年、18歳のケイティは父親の転勤により、家族でキューバのハバナに引っ越してくる。大学進学を目指す彼女は勉学に時間を忘れ学校から帰宅するバスに乗り遅れてしまう。仕方なく歩いて戻る途中、キューバ音楽に合わせて踊る人々に目を奪われる。その中に彼女の住む高級ホテルで働くハビエルを見つけるが…。

なりたい自分になる。それは簡単なようで実は難しいことなのだ。自分がそれまで安住してきた世界を捨てなければならないという岐路に立たされるからだ。その一歩を踏み出すことは恐怖である。それを乗り越えられるかどうか、本作品はダンスに託して描いている。

ケイティ(ロモーラ・ガライ)は父の転勤によって望まぬハバナで生活することになる。そこで彼女は不機嫌に家族と接することで自分の気持ちを表そうとする。本当にハバナで生活したくないなら、もっと積極的な行動をとるべきであろう。こうした彼女の幼さを見せてドラマはスタートする。

そんな彼女の成長を促す契機となったのはダンスであった。それまで見てきた父と母の社交ダンスとは全く違う情熱的なダンス。異文化に接して彼女の殻が音を立てて壊れていく。ハビエル(ディエゴ・ルナ)とダンスすることで、彼女の生きているアメリカ人社会と地元で生活するキューバ人社会が交差していく。異文化の衝突はかくも激しく美しい。

本作品で特徴的なのは、ケイティの家族が問題を生じても深刻なトラブルにならず許し合う関係であるところだ。彼女と父、妹、母が謝る、謝れるという場面が反復される。ケイティの家族の絆がいかに強いか感じる。

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2006/03/05

SAYURI サユリ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ロブ・マーシャル

貧しい漁村に生まれた千代は9歳で花街の置屋に売られる。そこには売れっ子芸者、初桃がいた。下働きの辛さと初桃の執拗ないじめに千代は希望を見失いかけていた。そんなある時、“会長”と呼ばれる立派な紳士が優しく声を掛ける。いつか芸者になって会長さんに再会したいと千代は願うのだが…。

水のような生命力を持つ瞳。例え障害が遭っても別の道を見つけ出し、力強く前進することを止めることができない。千代(チャン・ツィイー)の生涯はまさに水のようである。

興味深いのは、彼女が能動的に行動すると、悉く失敗してしまうのだ。置屋を抜け出し姉のところに向かおうとしたり、延(役所広司)の求愛を断るために一芝居を打ったりしようとすると、手痛い失敗に見舞われてしまう。といって、ずっと不遇の境遇が続くというわけでなく、どこからか救いの手が差し伸べられるのだ。必死に行動すれば必ず上手くいくわけでない。

だが、諦めないで生きていけば別の道が待っているかもしれない。望んだ形とは違うかもしれないが、彼女は幸福を手にしていくのだ。そのためには、喪失や挫折を認めることが必要であろう。会長への想い、それぞれをはっきり断ち切って彼女は前進していく。そのけじめの儀式として終盤での岬の場面が切なく残り続ける。

「ラスト サムライ」(2003)では侍を美化した日本の描写が我慢できなかったが、本作品の芸者を美化させた日本は不思議と許容できた。あれは本来の侍ではないという思いの残る「ラスト サムライ」に対して、こんな芸者が居てもおかしくはないという「SAYURI」。私の認識するリアリティーの違いがここに現れている。確かに日本語と英語が混ざった台詞が飛び交い、日本であって日本でない不思議な異界ではあるが、そこで生活する人物たちの情念は普遍性を帯びていると思う。

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2006/03/03

巴里の恋愛協奏曲

製作年:2003年
製作国:フランス 
監 督:アラン・レネ

1925年、パリ。美しいジルベルトは実業家のジョルジュと理想的な結婚生活を送っている。彼女は専業主婦には収まりきれず、新進気鋭の芸術家シャルレと火遊びを楽しんでいた。ある時、ジルベルトの元夫でアメリカ人のエリックが彼女の自宅に現れる。彼女はジョルジュに離婚歴があることを隠していたのだが…。

第29回セザール賞でダリー・コールの助演男優賞、音響賞、衣装デザイン賞を受賞。

まずなんと言っても楽曲の楽しさ。伸びやかな歌声。軽快なメロディ。ユーモアたっぷりの歌詞。全編、楽曲の魅力に満ち溢れ、大いに聴き惚れる。

ここで疑問になるのは、アメリカ人の前夫エリック(ランベール・ウィルソン)の存在である。別れた妻を取り戻そうとするのはあまりに無策すぎるし、彼女の幸福を邪魔しようという悪巧みもない。キーパーソンとしてはあまりに中途半端な存在。

では、どういう男なのであろうか。彼は幼少の体験がトラウマとなっていて、女性と正常な関係性を築けずに苦悩していることが劇中で明らかになっていく。幸福を手にしたいけれど、その手段を知らないでいる男。迷いの中にいるものだから、曖昧な振る舞いを続けるのだ。

だが、そんな彼も変わっていく。幼少のトラウマを告白することによって、結果的に開放されていく。苦しみをはっきり認識することによって、その苦しみを克服することができる。そんなエリックが、愛を得られないのであれば、別の人を探せとフランス人に助言するのが興味深い。彼の行動は当初、正反対だと感じさせるが、結果として自分の言葉通りになって幸福を手中する。

やはり、妄執は悲劇しか生まない。何かを捨て去ることから別の何かを得ることができるのだ。

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2006/03/02

Mr.&Mrs.スミス

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ダグ・リーマン

南米のホテルで偶然に出会い情熱的な恋に落ちた建築業のジョンとプログラマーのジェーンは友人達の反対を押し切って結婚する。その5~6年後、夫婦に倦怠感が生まれていた。ある時、お互いの「裏の顔」を知ってしまう。二人は敵対する組織のトップクラスの暗殺者だったのだが…。

ファースト・シーンのセラピーの場面が秀逸だ。結婚生活は何年かとの質問に、ジョン(ブラッド・ピット)は5年と答え、ジェーン(アンジェリーナ・ジョリー)は6年と言う。それを受けてジョンは5~6年と言い直す。これが繰り返されるのだが、ここに二人の関係性が凝縮されていて興味深い。その後のシーンでは、ジェーンの負けず嫌いが徹底していて可笑しいし、それをジョンが仕方なく譲ってしまうところがまた微笑ましい。

元々、現実味に乏しい設定とドラマ展開であるが、夫婦感の微妙な感情や日常風景がリアルなので、作品の世界に引き込まれる。新しいカーテンとかテーブルでの食事のシーンなど大いにありえそうだ。

そして、なんといってもキャスティングが絶妙である。当初はニコール・キッドマンが予定されていたというが、これはA・ジョリーで正解。アクション・シーンの野性味と高級レストランなどのゴージャス性を同時に体現しまさに適役だ。なにより画面の中で活き活きと存在している。

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2006/03/01

歌え ジャニス★ジョプリンのように

製作年:2003年
製作国:フランス/スペイン 
監 督:サミュエル・ベンシェトリ

保険会社に勤めるパブロは車庫に入れたまま運転しない高級車の掛け金を着服していた。しかし、その車が盗難に遭い事故を起し乗り捨てられる事件が起る。50万フラン支払わなければならなくなったパブロは、最近100万フランの遺産を相続したいとこのレオンから金を騙し取ることを画策するが…。

「世界を相手に戦っているつもりだが、世界は最初から相手していない」。キャノン(ジャン=ルイ・トランティニャン)の言葉が重く響く。パブロ(セルジ・ロペス)のように業務上横領を働くものは、自分の世界を完全に把握しコントロールしているつもりである。だが、些細なことで簡単にその世界からほうり出されてしまう。予想もしなかったことは日常的に起きる。その事態に驚くのでなく、それが当たり前として最善策を考えることが必要だ。

それなのにパブロは判断ミスを繰り返す。遺産を相続したレオン(クリストファー・ランバート)の財産に目をつける。彼はまだ世界をコントロールできると過信しているのだ。最初から彼の計画は穴だらけなのだが、うまくいくと思い込んでいる。ここからコメディ要素が強まるが、重い教訓も含まれている。

ジャニスの歌を唄うことによって自分の人生に自信が持てず日常生活に埋没していた主婦ブリジット(マリー・トランティニャン)が再生されていく。ここでポイントなのは、単に歌を唄う行為ではなく、自らの創造性を発揮することがいかに大切なのかということである。常に新しい何かを生み出そうと生きるものは、つまらない時間を送る暇などないのだ。

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