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2006年1月

2006/01/31

カーテンコール

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:佐々部清

東京の出版社に勤める香織は新鋭女優のスキャンダルをスクープして喜ぶが、そのことで女優が自殺未遂を起してしまい福岡のタウン誌に異動を命じられる。彼女はそこで“懐かしマイブーム”を担当することになった。下関の映画館に出演していた幕間芸人について書かれた読者のハガキを香織は見つけるが…。

拭い去れない後悔。その時はベストと思った判断も、時間が経てば間違いではという思いが募ってくる。それが知らぬ間に心の奥底に散り積もっていく。香織(伊藤歩)はこの取材を通して過去と向き合い、散り積もった後悔に改めて気付く事になる。もし、東京で仕事を続けていれば、それに触れることもなく一生を過ごす事になったかもしれない。左遷と思えることも、見方を変えれば彼女にとっては幸運とも言えるであろう。

ドラマの展開が中盤から後半にかけて間延びしているように感じる。これは香織のジャーナリストとしての未熟さからくるものであろう。彼女の取材方法、時間の使い方などもっと違う形があるのでは思わせるのだが、その回り道が彼女の成長に繋がっていく。

現代の安川修平を誰が演じているのか、エンドクレジットを見るまで分からなかったが、井上堯之だったのか。このキャスティングが絶妙であった。唄う歌の味わい深さ。笑顔の温かさ。プロの俳優では出しえない素朴な存在感。画面の中で際立っている。

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2006/01/30

親切なクムジャさん

7581

製作年:2005年
製作国:韓国 
監 督:パク・チャヌク

クムジャはペク先生と一緒に営利目的の幼児誘拐事件を起す。だが、ペクは幼児を殺害してしまう。彼はクムジャの幼い娘を人質に取り、彼女に殺人の罪を背負わされて投獄させる。刑務所では誰に対しても優しい笑顔を絶やさず人の世話を続け、“親切なクムジャさん”と仲間から慕われていたが…。

もっとシンプルな復讐ドラマかと思っていたが、後半の展開に唖然となった。こういう話を考える発想に驚嘆する。このクムジャの行為は、単に無実の罪を被された恨みを晴らすものではない。犠牲になった少年への贖罪のためであった。獄中でのキリスト教への帰依は、収監時間を短くするための計算もあったであろうが、本当に罪を償おうとする心情もあった筈だ。出獄後も赤いロウソクを絶やさずにいたのはその表れに違いない。

本作品はクムジャの出獄シーンから始まるが、そこから彼女の二面性が現れて一気に引き込まれる。先に出獄している受刑者仲間が彼女の姿にみな驚きを抱く。赤いルージュがそれを強調させている。そして、復讐の行為への協力にそれぞれ一部分しか関わらせないようにしているのが興味深い。彼女たちの生活へさほど負担をかけないようにしている配慮が感じられ、そういうところが“親切なクムジャさん”と言われる所以であろう。

韓国映画と言えば、雨が付き物であるが、本作品では雪が絶妙に使われていた。罪を償って真っ白な心を取り戻したいというクムジャの心情と巧く呼応している。なかなか良い。

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2006/01/28

PTU

製作年:2003年
製作国:香港
監 督:ジョニー・トー

香港九龍半島の尖沙咀。ある夜、ホー隊長率いるPTU(香港警察特殊機動部隊)が夜の繁華街をパトロールしていた。同じ頃、組織犯罪課のサァ刑事はマフィアのボスの息子が率いるグループと乱闘を起し、拳銃を紛失してしまう。ホー隊長はサァ刑事の窮地を救うため一緒に拳銃を探すことになるが…。

何故、ホー隊長はサァ刑事を助けようとしたのか。それが本作品のポイント。サァ刑事はどう見ても悪徳刑事としか感じられず、彼を助けたいという気にはなかなかなれない。ホー隊長とサァ刑事は同期というような間柄なのかもしれないが、詳しい説明もなく彼らの結び付きがよく理解できない。それだけにホー隊長の行動が異質に感じられるのだ。

そこで冒頭のトラックでのPTU隊員たちの会話が重要になってくる。未明に発生した強盗事件で殉職した警官の話をしていて、茶化すような発言が出たときに、ホー隊長は重厚な言葉で皆をいさめる。ここに同僚を守るという彼の信条が表れる。このために例え職務を離れても全力でサァ刑事を救おうとするのだ。彼の意志は明確で強固。異を唱える隊員がいても微動ともしない。だが、私はこの仲間意識を素直に肯定できない。確かに格好良く見えるが、それによる馴れ合い、腐敗の危険性を感じてしまう。

この夜はサァ刑事の他にも、拳銃を落としてしまうものがいる。特捜課CIDのチョン刑事だ。銃撃戦のさなか思わぬ恐怖心を覗かせ車外に拳銃を落としてしまう失態。それまでのクールで強引な捜査を行った者とは思えないものだ。冷静なホー隊長にしても、参考人のチンピラに暴力を加えすぎて、心拍停止状態まで追い込んでしまう。不本意な事態に遭遇し大いに慌てる者たちが強調されている。自分の抱いている確信や自信は些細なことで簡単に崩壊してしまうのだ。

サァ刑事が拳銃を紛失する切っ掛けは、バナナに滑って転ぶという古いコメディのようなシチュエーションである。それが反復されているのが興味深い。運命の替わり際で、この滑りが重要なディティールになっている。そうしたことで本作品は現実性よりも悪夢に覆われた寓話性が強く感じられる。

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2006/01/27

ウィスキー

製作年:2004年
製作国:ウルグアイ/アルゼンチン/ドイツ/スペイン
監 督:フアン・パブロ・レベージャ/パブロ・ストール

ウルグアイの町で、初老の男ハコボは父親から譲り受けた靴下工場を細々と経営している。そこでは控えめで忠実な中年女性マルタが働いている。ある時、1年前に亡くなった母親の墓石建立式のため、弟エルマンが訪れてくることになる。ハコボは弟が滞在する間だけ夫婦のフリをして欲しいとマルタに頼み込むのだが…。

変われない男の悲劇。マルタはこの偽装夫婦の時間の中で、胸の奥底に秘められていた感情に気付いてしまう。その感情に従って行動を起していく。だが、ハコボはその感情のざわめきに気が付かないふりをして、自分の日常を守ることを優先させる。自分を変えたくないという頑迷さは大切なものを失わせてしまう。その苦さが鑑賞後に広がる。

シャッターの鍵を開ける。電灯をつける。ラインの電源を入れる。着替える。お茶を入れる。当初、淡々とした朝の作業が繰り返し映される。ただ、工場の日常を紹介するのであれば一度でも構わない筈だ。何かあるなぁと予想していると、果たしてこの反復した描写がクライマックスで見事に活かされている。

日本で初めて一般公開されたウルグアイ映画であるが、この成熟した演出ぶりに驚嘆する。登場人物たちの台詞も少なく、設定も極力省略されている。だが、それでいて登場人物たちの振る舞いや反応で、彼らの性格や過去がそれとなく伝わってくる。こうしたところも実に巧い。

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2006/01/26

TAKESHIS'

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:北野武

ある時、芸能界で成功を収めたタレント“ビートたけし”は、売れない役者の中年男“北野”と出会う。北野はオーディションに落ちてばかりで、コンビニの店員をしながらなんとか生計を立てている。北野はビートたけしからサインをもらうが、これをきっかけに夢とも現実とも分からない不思議な世界が広がっていくが…。

かなり難解な映画であるという前評判を聞いていたが、そのつもりで観ればそんなに頭を悩ませる話ではなかった。どう解釈しようと正解であり、正しい答えなどないのであろう。私の解釈は冒頭の日本兵が今際に観た一瞬の幻想というもの。第二次世界大戦の最中と思われるので、彼の生まれ変わりがビートたけしになっており、後生の姿を予知したものではないだろうか。オーディションを繰り返す金髪の北野はビートたけしの幻想で、二重の入れ子状態になっている。北野はビートたけしの世界へと入り込んでいくという解説もあるが、私は逆だと思う。

その幻想を抱く契機となったのはピエロであるところが興味深い。スター俳優になっても落ち着くことができない心情と負い目。ピエロが変身願望の象徴なのかもしれない。叱責を続ける岸本加世子。あざけり続ける寺島進。怒声を浴び続けるラーメン屋の店主。ビートたけしのストレスが様々な姿となって反復されている。

そして、たけしのパフォーマンス好きが色濃く反映されている。タップダンス。少年舞踊。美輪明宏の歌と続いていく。彼らの芸が独立したものとしても大いに楽しめる趣向である。

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2006/01/24

ヴェラ・ドレイク

製作年:2004年
製作国:イギリス/フランス/ニュージランド
監 督:マイク・リー
出演:イメルダ・スタウントン フィル・デイヴィス
   ピーター・ワイト エイドリアン・スカーボロー

1950年。ロンドン。ヴェラ・ドレイクは自動車修理工場で働く夫と二人の子どもたちとで貧しいが幸せに暮らしている。家政婦として働く一方で、近所で困っている人がいると身の回りの世話も行っていた。笑顔を絶やさず心優しい彼女の存在はいつも周囲を明るく和ませていたのだが…。

第61回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞とイメルダ・スタウントンが主演女優賞を受賞。

観客に感情移入させ悲劇を共感させるなら、ヴェラ・ドレイクが堕胎を始めることになったきっかけをもっとしっかり説明しているはずである。だが、本作品では全くそれには触れられていない。そもそもこの話は単に世話好きで面倒見のいい女性が、善意で手を貸していたというものではない。あれっと思ったのは、彼女が堕胎の処理を済ませると、急いで帰ってしまうこと。それまでの近所の人との付き合い方と全く違っているのだ。処置後で不安におびえる女性ともう少し一緒に時間を過ごしてもおかしくないのに。そして、警察に逮捕されたときに素直に罪を認めてしまう。自分の行為に信念があればもっと毅然としているだろう。間違いなく彼女はその行為に罪悪感を抱いていた。

彼女の過去の何かに対しての贖罪として堕胎を行ってきたと思う。推測するに、彼女自身が堕胎の経験をしたということでなく、彼女自身は昔から堕胎行為を肯定していなかった。そのために彼女の大切な女性が堕胎行為をできずヴェラも力を貸すことができないで、とても不幸な結果を迎えたということではないだろうか。そのことが彼女の罪悪感として残り、堕胎を始めることになったのだろう。警部から尋問を受けたとき、困っている娘を助けたかったと繰り返すことからも、そう確信する。

沈黙の食卓の幕切れから、決して明るい希望を見出すことは出来ない。彼女の家庭は一度崩壊してしまうのだろう。だが、かつてマイク・リー監督は「秘密と嘘」(1996)や「人生は、時々晴れ」(2002)で、壊れてしまった家庭が再生される話を撮り続けているのだ。ヴェラが出所したときに、きっとこの家族も暖かな微笑みを取り戻す。その希望のサインは娘の婚約者が呟く「こんな最高のクリスマスはない」という言葉であろう。彼が中心になって家族が再生されるように気がする。

堕胎という行為はアメリカで今なお宗教観に基づいて合法化か非合法化で激しい論争を呼んでいる。だが、望まない妊娠ということはどこにでも起り得ることなのだ。堕胎を法律で禁じていてもお金さえあれば巧妙な抜け道が存在するエピソードが挿入され、またヴェラが刑務所に入ったときに堕胎の罪に収監されている受刑者の存在を映している。常に堕胎はなくならないことを強く印象付ける。

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2006/01/23

ALWAYS 三丁目の夕日

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:山崎貴

昭和33年。東京の夕日町三丁目。ある時、鈴木則文が営む鈴木オートに集団就職で上京した六子がやってくる。その鈴木オートの向かいにある駄菓子屋の店主・茶川竜之介は売れない小説家であった。彼はひょんなことから、身寄りのない少年・淳之介の世話をすることになるのだが…。

いつか自動車修理工場を立派に発展させたいという夢。いつか作家として成功させたいという夢。鈴木も茶川も常に希望を抱いている。それが時代背景とうまく符合している。冒頭に飛び立った模型飛行機はその象徴であると思う。

そんな彼らの家庭に六子と淳之介が同時期にやってくる。彼らのエピソードが交互に重ねられ、バラバラになりそうな話を巧みにまとめられている。ありがちな人情話であるが、意外な展開を用意しており、どんどん映画の中に惹き込まれていく。例えば、盗作が知ってからの淳之介の反応、茶川がヒロミに結婚を申し込むときの指輪の顛末など、私が次はこうなるだろうと読んでいた展開を鮮やかに裏切ってくれる。そうしたことが続き、大いに唸らせてくれた。六子の母に対する温かなエピソードと対比させるように、淳之介を捨てた母の一場面が痛烈に残る。

捨てられた冷蔵庫を見つめる氷屋のまなざし。狸に化かされて見る宅間医師の家族との団らん。幻の指輪に涙を流して喜ぶヒロミ。厳しい現実を見据えた逸話も散在させ、物語を陰影深くさせている。人生にはいいことも悪いことも起こりえるから、クライマックスの「50年先だって夕日はきれいだよ」という台詞が重く響いてくるのであろう。

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2006/01/22

ベルンの奇蹟

製作年:2003年
製作国:ドイツ
監 督:ゼーンケ・ヴォルトマン

1954年ドイツの工業地帯エッセン。サッカーの大好きな11歳のマチアスは地元のサッカー選手ヘルムートの荷物持ちをしている。ある時、先の大戦でソ連軍の捕虜となり消息不明だった父リヒャルトが11年ぶりに帰還する。リヒャルトは戦後の新しい価値観になじめず厳格な態度で家族と接するが…。

1954年という時代背景。まだまだ帰還兵がいて、不況で失業者もたくさんいる。敗戦国として暗い影が覆っている。今の我々からすれば、ドイツはサッカーの強国として認知されているが、この頃のワールドカップの状況ではハンガリーが無敵の勝者であったことが興味深い。ドイツ国民ですらこんなに勝ち進めるとは思っていなかった。そうした暗い状況での優勝がどれだけドイツ国民を勇気づけたものなのか、容易に想像がつく。

不在であった父親の突然の帰還。家族たちはバー、音楽、サッカーと未来に向かって生きているが、父は戦争で負った心の傷が癒えず過去に囚われたままでいる。彼らは最初から大きな溝があって、容易に埋めることができないでいる。家族たちに不協和音が鳴り響くのは必然なのだ。この父親が傑出しているのは、周りの助言に聞く耳を持っていたことだ。家族も仕事もうまくいかず自分自身の身の置き場所を見つけることができない。こうした状態が続けば、身を持ち崩してしまっても不思議ではないだろう。だが、彼は神父や妻のアドバイスに従って行動を起す。彼が変わったことで家族は再生するのだ。自分の弱さ、苦しみを認めてしまうことから新しい何かが始まっていく。

家族。記者夫婦。サッカーチームと3つのドラマが平行して進んでいく展開も秀逸だ。記者夫婦の会話がいいアクセントになっている。最初はサッカーに興味がなかった妻の変貌がおかしかったし、そのことによって三者が結びつくになる。

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2006/01/21

コースト・ガード

製作年:2001年
製作国:韓国
監 督:キム・ギドク

南北境界線を監視する海兵隊のカン上等兵は北朝鮮のスパイを打ち倒すことに血眼となっていた。ある夜、立ち入り禁止となっている海岸に不審な人物を見つけ即座に射殺する。だが、その男は恋人との情事を楽しんでいた地元住民だった。カン上等兵はショックを受ける。上層部は任務に忠実だったと表彰するのであるが…。

境界線にまつわる物語に魅了されるのは、そこにアイデンティティーに対する切実な問い掛けが隠されているからだろうか。生と死、男と女、国と国、正常と異常、日常と非日常。その境界線がぼやけてしまうとき、様々なドラマが生まれ、自分とは何か改めて考えさせる起点となる。そうした意味で分断国家として今なお存在している朝鮮半島は、数々の物語を生み出すことが宿命づけられているのかしれない。

本作品が興味深いのは様々な境界線が設定されていることだ。時代背景は現代に近いと推測されるが、朝鮮戦争から十数年経ち緊張が緩んでしまった北朝鮮との関係がまず一つ。立ち入り禁止となった海岸線。軍隊を統率すべき規範と上下の関係。地元住民と海兵隊。加害者と被害者。それぞれの境界線が曖昧になったとき、思いもかけない事態が次々と発生する。

さすがキム・ギドクの映画だと唸らせてくれるのは、カン上等兵(チャン・ドンゴン)が襲撃するときに、顔をぼかしていることだ。単にひとりの狂人の犯行ではない、加害者は誰にでもなりうることを表現していると解釈しました。やはりキム・ギドクの映画は見逃せないなぁと確信させる。

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2006/01/20

私の頭の中の消しゴム

製作年:2004年
製作国:韓国 
監 督:イ・ジェハン

建設会社の社長の娘スジンは職場の上司と不倫の関係にあった。二人で駆け落ちしようとするが、相手は待ち合わせの駅に現れなかった。その夜、彼女は放心状態のままコンビニでコーラを買い求めるがレジに置き忘れてしまう。途中で気が付いて取りに戻ったコンビの入り口でスジンはコーラを手にした男に出会うのだが…。

病気が発覚するまでの前半が秀逸。後半へ結びつく伏線が巧妙に張りめぐらされている。二人の出会いとなったコンビニでのコーラ。路上に撒き散らされたボールペン。トランプのカード当てゲーム。直接的な若年性アルツハイマー症の話の他に記憶にまつわるエピソードがたくさん散りばめられている。印象深い逸話も二つある。不倫した娘スジン(ソン・イェジン)をもう忘れてしまったと言って許す父親。捨てられた過去を忘れることが出来ず今も母親を許す事ができないチョルス(チョン・ウソン)。忘れる、忘れないという事が親子の問題で対称的に使われて物語に深い陰影を与えている。

チョルスとスジンが交際を開始してからの台詞がいい。「許すということは心の部屋を開け放つことだ」「人生に自信過剰だね。どんなに恐ろしいことが待っているかの知らないのか」「自分は責任をとれない。いや、取りたくない」。それらが反復して使われ、段々と重みを増していくところも絶妙だ。

最初に登場してときにスジンがしていたメイクの似合わないことといったら。不倫の末の駆け落ちという選択が彼女の人生に相応しくないことを視覚的に表現したものであろう。

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2006/01/19

春の雪

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:行定勲

大正初期。侯爵家の嫡子・松枝清顕は幼少の頃、行儀作法を学ぶため名門華族の綾倉家に預けられ、その令嬢・聡子とともに育った。時が経ち、清顕は久しぶりに聡子に再会するが、聡子への恋心を素直に表せずにいた。やがて聡子に宮家の洞院宮治典王との縁談話が持ち上がるのだが…。

身勝手。へそ曲がり。自業自得。本作品の主人公・松枝清顕(妻夫木聡)へ素直に感情移入できる観客は少ないのではないか。純愛メロドラマの主人公としてはかなり偏った性格を持っている。逆説的に言えばそういうドラマとして観てはいけないということではないか。本作品を面白く観るためには、主人公たちの価値観を尊重し彼らが何故そんな行動を取ったのか注意深く思考することが必要である。

松枝は単に自分の気持ちを素直に伝えられないという朴訥とした男ではない。大正という時代が自由な恋愛を許さないということがあるにしろ、ほんの少しでも努力していれば自然に聡子(竹内結子)との幸福を手にした筈である。彼は障壁を設けないと愛することができない男だったのだと思う。空想の遊郭通いや友人の本多(高岡蒼佑)を聡子と結びつけようと画策するところから始まり、宮家の婚約、聡子の出家、自分の病気など壁の高さがどんどん増していくに比例して、彼の恋心も高まっていく。彼は決して悲恋に生きたのではない。彼にとっての理想的な恋愛を堪能したということだ。

一方、聡子もそれに応えてしまう異端の人であった。注目なのは最初のシークエンスの庭園で犬の死体を発見するところ。そこで、その死体に手を触れるという常識的な若き女性がしないような行為をさらりとして、あれっと思わせる。“瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞおもふ”という百人一首が幼少の頃から好きだという設定も活きている。現世では一緒になれなくとも、来世で添い遂げたいという美意識に彼女は突き動かされているのだ。そういう特殊な価値観を持つ二人が起こす運命のドラマであったのだと思う。

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2006/01/18

青空のゆくえ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:長澤雅彦

東京の三軒茶屋。一学期も残りわずかとなった西原中学。三年生でバスケ部のキャプテンを務める高橋正樹が今学期限りでアメリカへ転校することが告げられる。誰からも好かれ、信頼も厚い正樹の突然の転校という事態にクラスメイトたちは動揺する。こうして皆で過ごす最後の夏休みが始まっていくのだが…。

青空の描写が何度も続く。快晴の空ばかりでなく雲の混じりぐらいが登場人物たちの心情をよく代弁している。この辺は犬童一心監督の「タッチ」(2005)とよく似ている。

人を好きになるという気持ちを自分の心の中でどう認識し、どう決着させるのか。その葛藤の具合が丁寧に描かれている。そんな中学生という多感な時期はすぐに消えていく。その終わりのセレモニーは通常であれば卒業式ということになるであろう。だが、本作品では突然の転校という事態によって、彼らの転機が一気に訪れる。その引っ越しの時期を1ヶ月にした設定が絶妙だ。1週間でもなく、1年でもない。この微妙な期限が彼らのざわついた心を静めさせないのである。

今の時代、引っ越ししたとしても全てを失うことにはならない。インターネットやEメールなどの通信手段の発達によって、容易にコミュニケーションをとることができる。最後に携帯電話で写真を撮るところが印象深い。彼らの交流がこれからも続いていくことを予感させる。

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2006/01/16

ソウ2

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ダーレン・リン・バウズマン

エリック刑事は離婚をして別れた息子ダニエルとの関係がうまくいっていなかった。ある時、女刑事ケリーに呼び出され殺人現場に立ち会う。被害者はエリックの使っていた情報屋マイケルだった。その残忍な手口から猟奇的連続殺人犯ジグソウの犯行と思われる。天井にはエリックを挑発する言葉が書かれていたのだが…。

本作品で感心したのは前作の世界観を踏襲しさらに拡大させているところにある。悪しき続編になっていないところが凄い。前作の謎を解明させる描写もさりげなく置かれている。時間を置かず続けて観られた私は、一つ一つ確認できて一層興味深かった。そういう意味でも前作よりも面白かったという印象です。

唯一気になったのが、今回のゲームのルールとして出てくる「虹にかなた」を8人の間でほとんど話題になっていないこと。その意味するところは後付でいろいろ解釈はできるのだが、少なくても1人くらいは謎の究明にあたって欲しかった。拍子抜けの感じは拭えない。

エリック刑事役のドニー・ウォールバーグって、元ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックでマーク・ウォールバーグのお兄さん。似ていると思ったらやっぱりそうだった。あとで確認してみたら「ドリームキャッチャー」(2003)で成人したダディッツ役を演じていたとか。全く気が付かなかった。

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2006/01/15

SAW ソウ

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ジェームズ・ワン

浴槽の中で溺れそうになってアダムは目覚める。暗闇に包まれていたがすぐに電灯がつけられる。そこは薄汚れた広いバスルームで片足が太い鎖で繋がれていた。反対側ではゴードンと名乗る男も同じ状態でいた。そして、部屋のほぼ中央には頭部を撃ち抜いた自殺死体が転がっていたのだが…。

2004年にロードショー公開されたときから、その評判の高さにずっと見たかった作品。既にDVDも発売されているのが、なかなか観る機会に恵まれずにいましたが、「ソウ2」の公開に合わせて盛岡フォーラムで上映してくれたので、喜び勇んで劇場に駆けつけました。しかし、ウムム・・・。残念ながらその過大な期待に対し充分に応えてもらえなかった内容でした。

不満の一点は、この朽ち果てたバスルームに舞台を限定せず、別のところでカーチェイスや脱出劇が盛り込まれてしまったところにあります。アダムとゴードンの回想シーンでバスルーム以外の場面が出てくるのは構わないのですが、同時進行で彼ら以外のドラマが進んでいくので焦点がぼやけてしまう印象を受ける。限定した空間の中でいかにして危機を切り抜けていくのか、そこにサスペンスの醍醐味があると思います。

とは言え、ジグソウという悪役は凄まじい存在感を発揮している。「羊たちの沈黙」(1990)のレクター博士、「セブン」(1995)のジョン・ドゥに並ぶような特異性がある。犯行動機も大いなる示唆を観る者に与える。何かを得ようとすれば、何かを捨てなければならない。それを極端な形でゲーム化しているのが本作品だ。この事件の真相、この犯人の正体を知り、いかにして「ソウ2」続いているのか。興味は尽きません。

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2006/01/13

バタフライ・エフェクト

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:エリック・ブレス/マッキー・J・グラバー

幼い頃から奇妙な行動を繰り返すエヴァンはその時の記憶を失っていた。治療のため日記を付け始めることになる。13歳の頃、彼は幼なじみのケイリーたちと悪戯をして何か大事故をひき起こしたようだが、その記憶も空白だった。やがて、大学生となったエヴァンは記憶を失うこともなくなっていたのだが…。

常人には持ち得ない特殊な能力を有しているといっても、それだけでは決して自分の思い通りの世界を作り上げることはできない。要はその力をいかにして使いこなせるか、ということである。下手に使用すると、その力に振り回せてしまって、自分自身に破滅をもたらすことになる。まずそのことを本作品は見事に描かれている。

エピソードの構成も見事である。幼児期の記憶喪失の場面がジグソーパズルのようにピタピタで当てはまっていく。その符合も素晴らしい。特に特殊能力を正しく使いこなせなかった父と再会する場面がいい。悪戦苦闘するエヴェンの将来の姿か、それとも乗り越えていくのか。どちらに転んでいくのか、固唾を呑んで見守りました。

そして、刻々と変わっていく現在の描写も秀逸だった。主要な登場人物がそれぞれに変わっていく境遇を巧みに演じ分けている。その趣向にも感服した。最後に選んだエヴェンの行動にも涙。切ない。

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2006/01/12

ヒトラー 最期の12日間

製作年:2004年
製作国:ドイツ 
監 督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル

1942年。ユンゲは数人の候補の中からヒトラー総統の個人秘書に抜擢される。1945年4月20日。ドイツ軍はソ連軍に追い詰められていた。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲもあとに続く。正常な判断力を失ったヒトラーは惨状をさらに悪化させてゆくのだが…。

いかにして敗北を認めるのか。いかにして戦争を終結させるのか。その困難さ。同じ第二次世界大戦の敗戦国である日本の状況は岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」(1967)に詳しい。現実的な状況を認識することなく精神論で対抗しようとする様は愚かしい。

ヒトラーの為政者として失格だと思うところは、市民や負傷兵を全く顧みなくなったところだ。大儀の前で市民の犠牲もやむなしと言い始めたりするのは、危険な兆候だと思う。こうした犠牲の上に築かれたものは何も意味がない筈だ。

最後の呟かれる「若さは理由にはならない。きちんと目を開いていれば分かって居た筈だ」というユンゲの言葉が重く響く。そして、あれだけ権力の中核にいて、ユダヤ人虐殺のことを知らなかったのか。そのことに改めて驚嘆する。

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2006/01/11

ドミノ

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:トニー・スコット

名優ローレンス・ハーヴェイの娘としてロンドンに生まれ、何不自由ない恵まれた生活を過ごしてきたドミノ。しかし、父が幼いときに亡くなり、上流階級の生活に空虚さばかりを感じてしまう。やがて美しく成長しトップ・モデルとしても活躍する。しかし彼女の心が満たされることはなかったが…。

現代の賞金稼ぎを主人公した映画というとスティーヴ・マックィーンの「ハンター」(1980)やロバート・デ・ニーロの「ミッドナイト・ラン」(1988)などがすぐに思い出される。本作品では、モデルの経験もある若くて美しい女性で、しかもハリウッドスターを父に持ち、されに映画公開直前に謎の急死を遂げたという三重の驚きを持った賞金稼ぎであるというところが鮮烈である。これで実在していた人物ということがなければ、設定に凝りすぎたと思わせるくらいである。

不満に感じるのは、ドミノが行われてきていた賞金稼ぎの仕事があまり描かれていないところ。この種の仕事では、若い女性であるということはやはりハンディーキャップになると思う。それをいかに克服していったのか、そのディティールをもっともっと見たかった。本作品は現金輸送車強奪事件に巻き込まれてしまった顛末がメインプロットになっている。これはこれで面白いのだが、それなら別に賞金稼ぎでなくてもいいと感じさせる。

いつもながら凝りに凝ったトニー・スコット監督の映像処理。前作「マイ・ボディガード」(2004)ではうるさく感じられたが、本作品ではなかなか合っていたと感じる。画面に文字の入るところがいいアクセントになっている。

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2006/01/10

ティム・バートンのコープス ブライド

製作年:2005年
製作国:イギリス 
監 督:ティム・バートン マイク・ジョンソン

19世紀のヨーロッパにある小さな村。お金はあるものの家柄が悪く上流社会に憧れるヴァン・ドール家。由緒正しい家柄なものの破産状態にあるエヴァーグロット家。両家の思惑が一致してビクターとビクトリアの婚約が決まった。だが、明日の結婚式のリハーサルでビクターは緊張のあまり失敗ばかりしてしまうのだが…。

最初と最後に出てくる蝶。それは大切な人を誠実に想う愛の象徴であろうか。ビクターが蝶を結婚のリハーサルの前に逃がしてやる場面がポイント。クライマックスの伏線になっている。

一番の見所は死者の世界でのミュージカルシーン。骸骨たちの歌と踊りのなんと魅力的であることか。大いに魅了された。生者の世界が灰色にくすんでいるのに、死者の世界がど派手に明るいというところが逆説的で面白い。この場面だけでも本作品を観た甲斐はある。

だが、ドラマ的には物足りなさが残る。誤ってビクターがエミリーに求婚してしまうくだりまで軽快な語り口であったが、その後が少し急ぎ過ぎたのではないか。何故、ビクターがビクトリアのことを諦めて、エミリーと死者の世界に生きることを選んだのか。それを決めるエピソードが不足しており、唐突に感じてしまう。

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2006/01/09

リンダ リンダ リンダ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:山下敦弘

高校最後の文化祭を目前にして、ギターの萌が指を骨折、その対応を巡ってボーカルの凛子と恵が喧嘩となり、バンドは空中分解してしまった。残った恵、響子、望の3人は部室でブルーハーツを聴き「リンダ リンダ リンダ」を演奏することに決めた。ひょんなことから韓国からの留学生ソンをボーカルに加えるのだが…。

文化祭ビデオを作成している監督。部員を心配する顧問の先生や部長。喧嘩別れしたバンドメンバー。自分の気持ちを伝えきれないもどかしさを抱えている人が本作品の中でたくさん登場してくる。不器用でうまくいかないのだけれど、それでも何とか伝えたいという思いが画面に滲み出ている。まず、その感じが愛しい。

孤独な韓国留学生ソンの精神的成長が話を引っ張っていく。最初に日韓交流企画の教室でぽつんと佇む姿は、彼女の寂しい心を見事に暗喩している。思わぬことから新造バンドのボーカルを担当することになるのだが、その過程で彼女はどんどん輝きを増していく。「ほえる犬は噛まない」(2000)、「がんばれグムスン」(2002)などで彼女の走る姿が絵になることを知っていたが、本作品でも雨の中、最初に飛び出していく走りっぷりが実に爽快だった。最後のライブシーンが期待に違わず素晴らしい。「リンダ~、リンダ~」と続くところから開放感で一杯になる。

だがその一方で、仲たがいをしたままステージに上がれなかった元メンバーのボーカル凛子のことも寂しく残り続ける。ここにドラマの光と影があった。

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2006/01/08

メゾン・ド・ヒミコ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:犬童一心
出演:オダギリジョー 柴咲コウ
    田中泯 歌澤寅右衛門

塗装会社で働く沙織は借金を抱えお金に困っていた。ある日、春彦という男が会社へ訪ねてくる。彼は沙織が幼いときに家を出ていった父の恋人であった。父はゲイバー“卑弥呼”の二代目として成功した後、ゲイのための老人ホーム“メゾン・ド・ヒミコ”を建て運営していた。だが、癌にかかり死期が近付いていたのだが…。

オダギリジョーの声の響き。柴咲コウの強いまなざし。横たわってだけでもひしひしと感じる田中泯の風格。この三人の存在感が傑出している。彼らの姿が鮮烈で画面から目を離せなくなる。

ずっと不機嫌で怒った表情の沙織が溢れるばかりの笑顔で輝くクラブでのダンスシーンが素晴らしい。孤独の中に沈む彼女が、彼らと文字通り手を取り合って擬似家族を形成していくことになる。その直前にゲイをバカにした男を激しく罵るところがポイント。この昂揚が、次のドラマの起点となっていく。

エンド・クレジットで音楽が細野晴臣だったのを知ってビックリ。しかも本作品の音楽といえば、先のクラブシーンでかかる尾崎紀世彦の「また逢う日まで」とか、お盆の時にみんな歌う唱歌など強く焼き付いているのだが、いわゆる映画音楽としては全く印象に残っていない事にも改めて気が付く。こんな事も珍しい。よほど画面と音楽が調和されていたのではないか。

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2006/01/07

ラヴェンダーの咲く庭で

製作年:2004年
製作国:イギリス
監 督:チャールズ・ダンス

1936年。イギリスのコーンウォール地方。初老の姉妹ジャネットとアーシュラは、穏やかな日々を過ごしていた。ある朝、嵐の去った浜辺に一人の青年が打ち上げられているのを発見する。二人は彼を自宅へ連れ帰り看病する。彼の名前はアンドレア。ポーランド人で渡米途中に船が難破してしまったのだが…。

報われることのない恋心。決して成就しないことは最初から分かっている。だが、それでも愛さずにはいられない。そんな心情をジュディ・デンチが見事に演じている。観る者に共感を呼ぶのは、彼女の確かな演技力があってこそである。それを見守るマギー・スミスも素晴らしかった。

2006年にはイギリスで謎のピアニスト事件が起った。それが強く印象にあったので、設定を全く取り違えていた。このアンドレアは別に記憶喪失ではなかったのだ。ただ、不得意なドイツ語での会話だったので意志の疎通が図れなかった。説明不足も確かにあるので一層誤解に拍車がかかり、記憶を巡る話がなかなか出てこないことに違和感をおぼえていた。

彼に嫉妬する老医師の存在が悪役として中途半端で消化不良なものであった。これなら最初からいらない。彼と姉妹を引き裂く存在はナターシャ・マケルホーンだけで充分。

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2006/01/06

Dear フランキー

製作年:2004年
製作国:イギリス
監 督:ショーナ・オーバック

何故、フランキーは女の子をダンスに誘わなかったのか。少年が父性を求める中で精神的成長を遂げていくドラマであるならば、フランキーは女の子に声をかけるのが重要なエピソードとなる筈だ。本作品は懸命に生きてきたリジーにギフトが与えられる話なのである。ジェラルド・バトラー扮する臨時の父親との会話の中で、「自分は本当のことを話せないひどい母親だ」というリジーに、「君は立派にフランキーを守ってきたんだ」と返されて、観る者をほろっとさせるのはそういう事であろう。

フランキーの聡明さも光る。あの最後の手紙の伏線は、最初から散りばめられている。彼は小高い丘から港全体を見たり、ペットショップで魚をじっとみつめたりと、観察力に卓越していることを感じさせる。そういう彼は父のいない寂しさを手紙に託しているのだが、虚構は虚構として認識しているのが切なくなる。

ラストシーンもいい。この種のドラマにありがちな結末にしてしまわない。母子、二人が並んで海を見つめる。そこに彼らの新たな関係性を予感させて、胸が熱くなる。

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2006/01/05

CODE 46

製作年:2003年
製作国:イギリス 
監 督:マイケル・ウィンターボトム

環境破壊が進み地球全体が砂漠化した近未来。人々は安全が保たれている都市部に密集して暮していた。都市間の移動は厳しく限定され、パペルという滞在許可証を発行された者のみに許されていた。シアトルに暮す調査員ウィリアムはパペル偽造事件の捜査を依頼され、24時間の許可を得て上海に渡るのだが…。

高速道路。地下鉄。船。様々な乗り物で移動する描写が執拗に続いている。その一方で、滞在許可書パペルを持っていなかれば都市部への移動することはできない描写も繰り返される。その対比によって、自分の意志によって移動できるということも自由の一つであるが浮かび上がってくる。

近未来の状況をあまり説明的に描いていないが、さりげない描写からその状況が分かってくる作りになっている。上海の空港から都市部に自動車で移動するときにトンネルを潜るが、濡れたように見える。特殊な何かで消毒されているのだろうか。監視カメラから撮ったような映像が何度も挿入されているが、これが「スフィンクス社の調査」というものであろう。個人のプライバシーなど存在していない社会。この種のドラマであれば管理者が徹底した悪役として存在することが定番であろう。だが、本作品ではそう単純には描写されていないのが特徴的ある。

滞在許可書パペルの発行を制限していること。“CODE 46”の存在。それぞれに正当な理由がある。問題はその理由を個人へ通知されていないことだ。不正な移動を望むものが後を絶たず、命を落としてしまう悲劇が続く。相応しくない記憶をなくしてしまうなど高度な医療体制も取られているのが、そこに個人の幸福への追求は一切認められない閉塞を感じる。汚染された外部から都市を守るという体制に間違いはない。だが、その運営には血の通った対応が必要であることを、高度に管理された情報社会の入り口にいる我々は知っておかねばならないであろう。

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2006/01/04

ビヨンド the シー 夢見るように歌えば

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:ケヴィン・スペイシー

ブロンクスの貧しい家庭に生まれて、心臓病で15歳までの命と診断された少年ボビー。義兄チャーリーからピアノをプレゼントされ、むかし歌手だった母ポリーから音楽の喜びを教えてもらう。病気を克服し青年となったボビーは本格的にプロの道を目指す。苦労の末にトップスターの仲間入りを果たすのだが…。

「五線譜のラブレター」といい「Ray/レイ」といい、20世紀のアメリカで大活躍した音楽家の伝記映画が2004年に続いて製作されているのは、興味深い符合だ。本作品もそうであるが、ただ音楽家の生涯を劇的に描いているのではなく、セクシャリティーや幼児期のトラウマなど人間心理を奥深く追及しており見応えのある映画になっている。

本作品のテーマはアイデンティティーの追求である。それが様々な趣向を凝らしてダイナミックに描かれている。子供時代の自分の幻との会話。青年期まで父性を求めている事。音楽家としての成功は母の夢の実現が根底にあること。どんなに成功を収めても真の達成感を得ることはない。その象徴的なエピソードが、アカデミー賞にノミネートされただけでも大変な名誉であるのに落選すると尋常ではない怒り方をする場面。すべて、自分とは何か、一体何をしたいのは、分からないまま過ごしてきたことを表している。

後半になると自己発見への展開となっていくが、そのエピソードの配列も秀逸。クライマックスのステージで心が大いに揺さぶられる。腕時計の使い方も巧い。その時計がボビー・ダーリンの命の象徴になっている。

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2006/01/03

誰がために

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:日向寺太郎
出演:浅野忠信 エリカ 池脇千鶴 小池徹平

東京の下町で父から受け継いだ写真館を営む民郎は、幼なじみのマリが連れてきた亜弥子とひと目で惹かれあう。欠落した互いの心を埋めあうように二人は愛しあい結婚する。妊娠を知り幸せに包まれていたが、突然悲劇が襲う。亜弥子は本屋から跡をつけてきた見ず知らずの少年に殺害されてしまったのだ…。

第9回みちのく国際ミステリー映画祭で新人監督奨励賞を受賞。

第9回みちのく国際ミステリー映画祭で鑑賞。

映画祭の中で、しかも監督まで来場されているのであれば、上映後に拍手が起こることは決して珍しいことではない。だが、本作品の拍手は、より長くより力強いものでありました。カンヌやヴェネチアのように観客総立ちで5分間も拍手が鳴り止まなかったという程ではないにしろ、明らかに通常のものとは違っておりました。観る者に強い感銘と深い余韻を残した証であったと思います。

ニケの石像と様々な風に関する描写の積み重ね。このディティールのこだわりが圧巻だった。マリが追い続けた風は、失ってしまった石像の頭部と符合すると感じました。そして、あのラストシーン。まさに固唾を飲みました。日向寺太郎監督は賛否両論あるとおっしゃっていましたが、あれで間違いないと思います。鑑賞後も強く目に焼き付いて離れません。

音楽を担当しているのが矢野顕子というのも特筆もの。静かなピアノの音色がこの映画の世界と合致しており、相乗効果をあげております。久々にサントラ盤を購入いたしました。

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2006/01/01

2005年度ベストテン

新年明けましておめでとうございます。

2006年のスタートは2005年度ベストテンです。

日本映画
1位 パッチギ!
2位 誰がために
3位 運命じゃない人
4位 フライ,ダディ,フライ
5位 ALWAYS 三丁目の夕日
6位 リンダ リンダ リンダ
7位 メゾン・ド・ヒミコ
8位 火火
9位 青空のゆくえ
10位 サヨナラ COLOR

外国映画
1位 ミリオンダラー・ベイビー
2位 シンデレラマン
3位 プライド 栄光への絆
4位 ネバーランド
5位 Ray/レイ
6位 イン・ハー・シューズ
7位 きみに読む物語
8位 エレニの旅
9位 Dear フランキー
10位 ウィスキー

裏ベストテン
1位 カンフーハッスル
2位 セルラー
3位 マシニスト
4位 ソウ2
5位 バタフライ・エフェクト
6位 サマータイムマシーン・ブルース
7位 キング・コング
8位 ボーン・スプレマシー
9位 ダーク・ウォーター
10位 香港国際警察

表のベストテンは“INNOCENCE&GROWING UP”という私のベストテン基準に則って選んだものです。映画の中で無垢なる心を取り戻し、精神的に成長をしていくドラマを私は最も評価いたします。

裏のベストテンは、映画本来の楽しみである、ハラハラドキドキ、ワクワクするようなアクションやミステリー、ホラーなどを対象として選びました。良かった映画が表のベストテン、面白かった映画が裏のベストテンになると言ってもいいでしょう。

日本映画では、上位3本どれを1位にするか大いに迷いました。韓流ブームに沸いている昨今、日本と朝鮮は一体どういう関係にあったのかを再考させてくれた「パッチギ!」を1位に据えました。井筒監督の集大成とも言える仕上がりぶりにも評価したい。クライマックスで流れる「イムジン河」を思い出すと、今も感情が大いに揺さぶられます。

外国映画では、アメリカ映画に秀作が多かったと印象付けられるベストテンになりました。ありきたりなスポーツドラマと思わせておいて、中盤で物語がガラリと転調する驚きの強さから「ミリオンダラー・ベイビー」を1位に。C・イーストウッド監督の円熟極まる演出にも感銘を受けました。ダーティー・ハリーの頃からの大ファンとして大いに喜びたいです。

2005年の映画鑑賞本数は、映画館で141本、DVD、衛星放送、Gyaoなどで140本となりました。特別に意識したわけではありませんが、いいバランスになっていたようです。このペースで2006年もシネマライフを充実させていきたいと思います。

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