製作年:2005年

2008/06/27

いのちの食べかた

製作年:2005年
製作国:ドイツ/オーストリア
監 督:ニコラウス・ゲイハルター

かつて観たキューブリックやタルコフスキーのSF映画のようであった。無機質な世界のように感じられるのが、本作品の傑出したところである。だが、現実にはそうであるまい。それぞれの現場には臭いがある筈だ。その臭気の中では、様々な感情が巻き起こっていることだろう。大規模な機械化。効率的な生産。管理された現場。世界的な食糧需要のために、その過程はさらに進化していくのであろう。

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2008/05/28

この道は母へとつづく

製作年:2005年
製作国:ロシア
監 督:アンドレイ・クラフチューク

実母を求めて旅を続ける物語は、さほど珍しいものではない。出色の作品となっているのは、少年ワーニャを演じたコーリャ・スピリドノフによるものだ。単に、可愛く感じるとか哀れみを誘うだけでなく、判断力の高さと行動力の素早さが、群を抜いているのだ。孤児院を抜け出してから、数々の危機に見舞われる。その判断が正しいかどうかは別にして、その瞬時の決断が結果として功を奏している。時には命までも投げ打って。この迷いの無さに瞠目する。

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2008/05/03

ハイジ

製作年:2005年
製作国:イギリス
監 督:ポール・マーカス

人は可能性の追求を自ら閉じている。そんなことはできない。そんなものは必要ない。そんな行動は失礼にあたる。そう無意識に思い込んでしまい、いつの間にか閉塞感に苦しむ。本作品の登場人物たちは、そうした思いにさいなまれている。ハイジ(エマ・ボルジャー)はアルプスの暮らしを懐かしみ、都会の生活に適応できない。おじいさん(マックス・フォン・シドー)は人殺しの汚名に傷つき、山奥で孤高の道を選ぶ。ペーター(サム・フレンド)は羊飼いに勉強の時間は要らないと思う。クララ(ジェシカ・クラリッジ)は自分が歩けないと信じ込む。それぞれの頑な思いが、人と人との繋がりでほぐれていく瞬間。それが見る者の感動を呼ぶ。

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2008/05/01

ディセント

製作年:2005年
製作国:イギリス
監 督:ニール・マーシャル

本作品で一番怖かったのは、冒頭の交通事故シーン。幸せに過ごしていたサラ(シャウナ・マクドナルド)たち親子3人の生活が、一瞬のことで崩壊してしまう。本編の洞窟で未知なる生物から受ける襲撃は、確かに恐怖映画のパターンを踏襲し、それなりにショッキングではある。だが、彼女たちは冒険心で地下洞窟探検に出掛けていったのだ。全員が前人未踏の洞窟であることを知らなかったにしても、危険と背中合わせであることは承知しておかねばならなかったのだ。彼女たちの受けた被害を我々が実際に体験すること。その可能性がきわめて低い。だが、交通事故は別だ。一瞬の注意ミスで、すべてを無くしかねない。それが本当に怖い。

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2007/09/01

ローズ・イン・タイドランド

「ローズ・イン・タイドランド」★★★★
2005年イギリス/カナダ
監督:テリー・ギリアム
原作:ミッチ・カリン「タイドランド」
脚本:テリー・ギリアム トニー・グリゾーニ
出演:ジョデル・フェルランド ジェフ・ブリッジス
   ジェニファー・ティリー ジャネット・マクティア

空想力を持つことの甘美と残酷さ。父も母も麻薬中毒で亡くして、一人ぼっちで廃屋になりかけている荒野の一軒家に暮らすローズ(ジョデル・フェルランド)。悲惨極まりない状況である。

だが、彼女にはイマジネーション豊かに世界を見る能力があった。その力を使って、ローズは新しい発見と冒険の日々の中で生きている。それは幸福なことかもしれないが、現実の世界と向き合うことができなくなった逃避の日々でもあるのだ。

彼女の一人ぼっちの冒険はやがて終わりを迎えるが、それは決してハッピーエンドではない。

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2007/05/28

胡同(フートン)のひまわり

製作年:2005年
製作国:中国
監 督:チャン・ヤン

何故、父親(スン・ハイイン)は、異常とも思えるほどにシャンヤンを画家の道へ歩ませようと固守するのか。無論、文化大革命による強制労働中に腕を負傷して画家の夢を絶たれた無念な思いを、息子に託したということは分かる。だが、本当にそれだけであろうか。

もう一つ、気になることがある。マンションに移りたいと懇願する妻と別れても、頑なに胡同の街で暮らし続けることだ。そこに、直接的で分かりやすい理由があるのなら、気持ち良くドラマに酔いしれることができる。だが、異国の地で暮らす私には、腑に落ちないのだ。

もっとも驚いたのは最後に父親の選んだ行動だ。そんなことを望んでいたのかと知ったとき、誤った価値観を持って適切でない判断を繰り返してきたことも分かる。哀しいというより虚しくなってしまう。ひまわりを育てるように、家族と接しれば良かったのに。ありきたりな人情ドラマではない分、心に残るものはある。

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2007/05/21

アンジェラ

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:リュック・ベッソン

問題解決の第一歩は、現状を正しく認識することだと思う。

人生に行き詰まり自殺しようとした男の元に、美しい天使が現れ助けてくれるという寓話性に満ちた作品であるが、印象深い描写があった。

アンドレ(ジャメル・ドゥブーズ)は借金取りに追い詰められて言葉多く嘘を並べるが、何の解決にもならない。嘘をつくことは、現実の否定であることを感じさせる。

アンジェラ(リー・ラスムッセン)との不思議な冒険を続ける中で、じっと鏡を見つける場面がある。ここで、彼は偽りのない自分の姿を認識するのであろう。彼の再生はここから始まったと感じる。

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2007/02/10

クライング・フィスト

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:リュ・スンワン

失意の主人公が人生の再起を掛けて、もう一度試合に望んでいく。そんな主題にボクシングはぴったりだ。「ロッキー」(1976)や「シンデレラマン」(2005)など、秀作も多い。

こういうドラマをオーソドックスに作っても、それなりの感動を呼ぶが、新奇性には乏しくなる。本作品の特徴は、こうしたありがちな話を、若者と中年男と並列に描いていくところだ。このアイディアがなんといっても秀逸。

それは、どちらにも感情移入を呼び込み、一体、どちらを応援していいか分からなくなってしまう趣向となっている。全く接点を持たない二人が初めてリングでぶつかり合うとき、最高の盛り上がりを見せる。

シナリオを拝して文字通り死闘を繰り広げた二人。感情を大いに揺さぶられる。

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2007/01/05

メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:トミー・リー・ジョーンズ

こんなはずではなかった。マイク(バリー・ペッパー)とルーアン(ジャニュアリー・ジョーンズ)の若き夫婦が、口にこそ出さないが、お互いの胸で響いている言葉はそうではないか。

都市部からメキシコ国境の寂しい街に移り済んだ二人は、少しずつ気持ちに翳りが生じてくる。そこで起こった悲劇。マイクにとってはピート(トミー・リー・ジョーンズ)に拉致される前から彼は不幸への道を突き進んでいたように感じる。

どこで間違ってしまったのだろうか。結婚したこと、国境警備隊の仕事を選んだこと、家庭生活を大切にしてこなかったこと。

それは、殺害されたメルキアデスにも感じる。埋葬への旅の果てにピートが知る事実によって、彼の虚しい生涯が鮮明に浮かび上がってくる。それがなんとも哀しい。

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2006/12/27

アサルト13 要塞警察

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:ジャン=フランソワ・リシェ

過去の捜査の失敗から心に深いダメージを受け、立ち直れないまま第一線から退き、地方警察で覇気のないまま日常業務を過ごす男。

この最初の設定は、ブルース・ウィリス主演の「ホステージ」(2005)に類似している。彼の管轄で凶悪事件が発生し、再生へのきっかけになっていくところもそうだ。「ホステージ」に限らず、冒険アクション映画のひとつの定型と言ってもよい。

で、あるとすれば、注目されていくのは、ひとつひとつのエピソードの仕上り具合である。主演のイーサン・ホークを始め、ローレンス・フィッシュバーン、ジョン・レグイザモ、ガブリエル・バーンらの存在感は抜群で非常に目をひくが、ドラマ展開がいささか安易すぎるのではないか。

襲撃と防御の駆け引きに、もう一捻り欲しい。署内にスパイがいるかもしれないという疑惑も、いまひとつ効果を発揮していない。

そして、最後まで署内で戦い続けるエピソードのアイディアが尽きてしまい、外に出てしまったことも減点であると思う。「こうなったら戦うしかない。守りを固めて夜明けまでもちこたえるんだ」という勇ましい台詞もしぼんでしまう。

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2006/12/26

ピーナッツ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:内村光良

日常生活の中でいつの間にか閉塞感に覆われてしまう。一つの正しい道を進んでいる筈なのに、進むスピードが落ちてしまったり、道を間違えてしまう。

物事を成し遂げる能力があっても、それをやろうとする意欲が欠けてしまうのだ。そして、決断力まで鈍ってしまう。そうしたことで心の中で自由が消えていく。そのような状態をいかにして脱却するか。本作品では一つの回答が示されている。

ここで重要なのは試合に勝つことではなく、戦おうとする気概を発揮させたことだ。彼らがこの試合で得た昂揚は、時が流れてしまえばまた消えてしまうかもしれない。

それなら、また戦う場所を見つければいいのだ。スポーツの存在意義を強く感じる。

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2006/12/21

埋もれ木

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:小栗康平

特別に起伏のあるドラマではないのに、画面に魅了され陶然となる。絵画のように厳格な構図を保つ映像は、前作「眠る男」(1996)で確立した作風をより一層純化させている印象を持つ。

ひとつの物語が生まれるとき、虚構である筈のディティールが現実社会と重なる瞬間の驚き。虚実一体となり、夢幻の世界を彷徨することになる。それが心を静めさせて、ゆったりとした心持ちにさせてくれる。

地方社会が徐々に徐々に都市生活の波を浴びて、効率化の名のもとに変革を余儀なくされる。それでも、変わらずに残っていくものがある。埋もれ木が象徴するのは、存在することの意義深さではないだろうか。変わっていくものと変わっていかないもの。その差は一体なんであろうか。

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2006/12/18

君とボクの虹色の世界

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ミランダ・ジュライ

人はどこで出会い、どこで繋がっているのか分からない。多彩な年齢や男女が次々と登場してくる群像ドラマであるが、不思議な縁でサークルが出来ている。その繋がりがユニークで、とても興味深い。

特にインターネットという顔が見えないコミュニケーション手段は、思いもよらない者同士が会話をしていることに驚かされる。本作品ではそのことが突出した形で提示している。それは、犯罪を呼び起すような暗い側面もあるが、想像を絶するような出会いが生まれるかもしれないのだ。

本作品の登場人物たちは、愛を求めながらもコミュニケーションがうまくとれずにいる。それでも、無理に行動を続けようとし、本人はいたく真剣であればあるほど、周囲から見れば奇妙で不可思議な行動になる。それが面白くもあり、とても哀しい。

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2006/12/16

ラストデイズ

製作年:2005年
製作年:アメリカ
監 督:ガス・ヴァン・サント

ガス・ヴァン・サント監督作品ということを頭に入れてみていかないと、本作品は退屈なだけであろう。ロックミュージシャンが麻薬中毒の果てに死んでいく最期の日々を描くというわりには、あまりに淡々としている。

彼を探しに探偵がやってくるとか、取り巻き連中との交流など、もっと劇的になるはずのエピソードも点在しているのに、そうはならない。最初から最期まで映像詩になっている。もの哀しく、どうにも切ない。そういう感情が呼び起される。

時系列もバラバラにし、意味不明の台詞を散りばめ、森林を歩く。ブレイク(マイケル・ピット)は既に亡くなっており、霊的存在が彷徨い続けているような感じを受ける。

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2006/12/12

RENT レント

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:クリス・コロンバス

エイズにかかっているロジャー(アダム・パスカル)は、ミミ(ロザリオ・ドーソン)の求愛を拒絶する。彼も彼女に惹かれてはいるのだが、過去の傷跡や将来への悲観から、彼女を受け入れることができない。

それはミミを救うことにはならず、麻薬中毒の泥沼へ向かわせる。一方で、同じエイズを患っているエンジェル(ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア)は、自然体のまま、トムとの愛を貫き、死んでいく。この二組のカップルが見事な対比となっている。

例え、病気や使命のため自らの命に限りがあると知っていても、愛を拒んではいけない。その至福の時間がわずかであったとしても、自分の心に嘘をつくことは、周囲を暗然とさせるだけだ。この4人からそのことを教えられる。

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2006/12/10

ブロークン・フラワーズ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジム・ジャームッシュ

だいたい、「あなたの息子が会いに行くかもしれません」という手紙が届いたのであるから、じっと家に居て待っていればいいのではないか。それを、隣人のウィンストン(ジェフリー・ライト、絶妙の存在感!)に煽られたにせよ、母親かも知れないかつての恋人達へ会いにいく必然性はなかった筈だ。

だが、ドン(ビル・マーレイ)は旅に出る。彼も現在の生活に閉塞感を覚え、何かを変えなければならないと感じていたのだろう。じっと待っている訳にはいかなかったのだ。

この旅を通して何かを学んだかどうかはわからない。ドンという男は基本的に変わっていないのではないか。だが、何かに気付き、何かを思いやる心を抱いてはいる。それで、ほんの少しだけ軌道修正してみる。それでうまくいくかどうかはわからないが、こうして人生は進んでいくのだと思う。

やっぱり、ジム・ジャームッシュ監督の作品であると思う。独特の脱力感やエピソードの省略術、バックに流れる音楽など、一連の監督作品に通じるところが多く、それがとても心地良かった。

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2006/12/09

最後の恋のはじめ方

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:アンディ・テナント

ロマンティック・コメディの王道を行くような作品であるのはいい。不満なのは、起承転結の“結”のエピソードが弱いところである。

ヒッチ(ウィル・スミス)が仲違いしたサラ(エヴァ・メンデス)といかにして恋を成就させるかというクライマックスでの行動があまりにストレート過ぎる。

仮にも恋愛の指南役として高給をとっている男ではないか。いかにあっと言わせるような手腕を発揮してくれるのかとワクワクしながら待っていたが、あれでは。がっかりしてしまう。

小手先でない身体を張った行動で、洗練されたそれまで彼とは違うところを強調させたかったのかもしれないが、やはりそれでは恋愛コンサルタントという特異性が弱まることになった。

いい台詞がひとつ。「人生は何年生きるではなく、至福の瞬間を知ることだ」。そうありたいものである。

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2006/12/05

ダニー・ザ・ドッグ

製作年:2005年
製作国:フランス/アメリカ
監 督:ルイ・レテリエ

首輪を取ると殺人マシーンに変身する。その設定の妙味が仰々しいばかりの登場人物やドラマ展開によって、生かされなかった。それが大いに惜しまれる。

その理由をひとつ、ひとつあげていけばきりがないのであるが、もっとも引っ掛かるのは、あまり一流とは言えない借金取りバート(ボブ・ホスキンス)が、その取り立ての手段として、ダニー(ジェット・リー)に尋常ではない格闘技を習得させるものか。

その過程は省略されているが、うまく想像できないでいる。最初からバートが闇格闘技界のフィクサーであった方が自然に感じる。どうもドラマの出発点がいびつであり、著しく映画的リアリティを削ぐことになった。

ふとしたことを知り合うダニーと盲目のピアノ調律師サム(モーガン・フリーマン)のやりとりはいい。「自己発見が少年を大人にする」という台詞には唸らされた。

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2006/11/29

戦場のアリア

製作年:2005年
製作国:フランス/ドイツ/イギリス/ベルギー/ルーマニア
監 督:クリスチャン・カリオン

冒頭での英仏独3人の子供たちの暗誦が効いている。戦争において、自国が絶対的正義であり、敵国は絶対的悪として殲滅しなければならないと盲目的に教育されていく。その怖さである。

だが、所詮戦争とは為政者たちの損得勘定から生まれるものである。何のために戦い、命を賭けるのか、最前線の兵士たちには気がつかれないように、敵は自分達とは違う人間であると信じ込ませている。

幸か不幸か、この戦場の三カ国の兵士たちは、同じ人間であることに気付いてしまった。同じキリスト教を敬い、同じ音楽を愛し、同じ酒を飲む。何より人を思い遣る心があるのである。

だが、彼らの振る舞いは上層部にとって許されるものでなかった。戦争の本質が揺らいでしまうからだ。彼らのその後は、本作品では明らかにされていないが、不遇であっただろうと想像される。

そうであったとしても、彼らにとって、このクリスマスは神聖な出来事としていつまでも心を温めていただろうと思いたい。

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2006/11/24

ぼくを葬る

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:フランソワ・オゾン

ここで気になるのは、何度も少年時代のロマンが登場することだ。劇中でその理由が語られることはない。だから、余計に気になるのだ。

死期の近いロマン(メルヴィル・プポー)が祖母(ジャンヌ・モロー)のところへ訪ねていく場面が見どころの一つであるが、これも少年時代に過ごした森や遊び場に行ってみたいという思いがあったからではないか。姉との不仲も、ゲイであることも、この少年の時に起こったことが原因なのであろうと想像させられる。

もう一つ、ファースト・シーンとラスト・シーンが海岸で繋がっているところ。フランソワ・オゾン監督の作品にとって、海は重要なモチーフになっているが、本作品も果たしてそうであった。海は生命の象徴であり、そこでは何かが生まれ、何かが消えていく。

夕日を詩的に描いた幕切れは、深い余韻を残すことになる。

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2006/11/20

妖怪大戦争

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:三池崇史

真っ白な嘘をついた。この印象深いモノローグから本作品は始まっていく。ここで少年タダシの成長ドラマであることが窺える。

不思議な戦いに巻き込まれたタダシは、嘘にも2種類あることに気付く。自分のためにつく嘘と、相手のためを思ってつく嘘だ。

ここで気になってくるのは、タダシの祖父(菅原文太)のことである。認知症で、タダシと故人となっている息子と区別がつかなくなっている。だが、タタシが妖怪にまつわる騒動に巻き込まれるとき、常に祖父の存在がある。偶然ではないであろう。

タダシの成長を導いてくれる守護天使のようである。とすれば、認知症のように見える振る舞いも、実は祖父の真っ白な嘘だったのかもしれない。

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2006/11/17

阿修羅城の瞳

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:滝田洋二郎

歌舞伎役者としての市川染五郎の魅力が遺憾なく発揮されている。現実世界から遠く離れてしまった特異な舞台設定の中で、ケレン味たっぷりの台詞や動作が魅力的に映る。

殺陣の捌きも美しくていい。渡辺篤郎や樋口可南子もエキセントリックな演技に終始し存在感を発揮するが、染五郎を引き立てるものに過ぎない。

クライマックスの出門(市川染五郎)とつばき(宮沢りえ)の艶っぽい剣戟は、大いに見応えあるものだった。だが、二人の悲恋にいまひとつ同調できない。あまりにも設定が不確かであり、宿命の二人には見えないのだ。

鬼御門と鬼の戦いの推移もいささか不明瞭。なぜ、鬼御門があんなに強いのかも不自然に感じる。

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2006/11/15

マンダレイ

製作年:2005年
製作国:デンマーク/スウェーデン/オランダ/
     フランス/ドイツ/アメリカ
監 督:ラース・フォン・トリアー

グレース(ブライス・ダラス・ハワード)の誤算は何か。彼女がマンダレイの黒人たちに行おうとしてきたことは決して間違いではない。正論である。理想である。善意に溢れたものである。それを絶対的なものとして、一方的に武力を使って押し付けたこと。

相手の表面だけを見て、相手の裏側にある本音を知ろうとしなかったこと。それが間違いであった。グレースは自由を尊ぶ指導者になろうとするが、自由よりも安定を選ぶ者がいると気付かなかった。

この彼女の姿を見れば、アメリカの象徴であるとも感じられるが、それは短絡的ではないか。アメリカという国は、民主主義を掲げながら、その裏側で自国の権益を増やそうとしていることが根底にある。本音と建前の乖離が際立っている国なのだ。

少なくとも、グレースはこの行為によって何の利益も得ていないのである。逆にいえば、それも失敗の一因であったかもしれない。

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2006/11/14

大停電の夜に

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:源孝志

人は常に正しい選択をするとは限らない。その時は、いちばん良いだろう判断したことでも、年月を経て改めて振り返ると、別の道があったのではないかと思えてくる。

生じてくる苦い悔恨。もう一度やり直したいという熱望。だが、そう気付くことの方が、何より大切なのではないか。SFドラマでもない限り過去へ戻ることができないが、未来へ進むことは誰にでもできる。

失敗や後悔に裏打ちされた現時点のベストを選択すればいいのではないかと考える。

ロウソクに火を灯すときにのぞみ(田畑智子)が言う「あなたにいいことがありますように」という台詞が印象深いが、いいことを起こすのは本人の選択からだ。

本作品の中では、特異の状況下でそうした選択を迫られた登場人物たちが描かれている。個々のエピソードに出来、不出来はあるものの、それぞれが前向きに進んでいくことで、とても清々しい気分で映画は終わっていく。

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2006/11/13

あおげば尊し

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:市川準

この作品の中で気になるのは、葬式に紛れ込む少年の苦情を斎場が学校の担任に告げることである。こうした子供の道徳責任をどこまで学校が負うべきなのか。

クレームをつけるのであれば親の方に言うべきなのではないか。どうもこの辺りの境界線が非常にあいまいである。

現場の先生には欲求基準が年々高まっていると聞く。目先の仕事に振り回され、全く余裕が持てないでいる。その中で、先生は子供たちに何を教えていけばいいのだろうか。

本作品では、死に取り付かれた少年の本心が明らかとなる過程が感動的に描かれているが、ここまで生徒と向き合える先生がどこまでいるのだろうか。そうした呟きも止まらない。

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2006/11/11

グッドナイト&グッドラック

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョージ・クルーニー

本作品の中でもっとも特徴的なのは、マッカーシー上院議員役に俳優を起用せず、ニュース映像を使って本人そのものが登場していることだ。このためにモノクロで全編撮影したのだろう。

ここで気付くのは、「赤狩り」やマッカーシーのことは知識として知っていても、マッカーシー本人の顔写真や映像をきちんと見たことがないということである。こういう人物だったのかという感慨がひとつ。

そして、エド・マローへの反論で、長いインタビューが収録されているが、その論旨の破綻には唖然とする。共産主義への漠然とした恐怖を煽る手法は、決して過去の話ではない。共産主義をテロリストに置き換えれば、そのままブッシュ政権の閣僚の発言としても、遜色ないものだった。

国家権力と対決することでの緊迫感に欠けるという印象もあるが、漠然とした恐怖に支配されることへの異議申し立てとしては、なかなか秀逸な作品であった。

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2006/11/09

転がれ!たま子

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:新藤風

たま子(山田麻衣子)が幼少だった頃のエピソードが効いている。海で溺れたこと。段ボールの中に隠れたかくれんぼ。このことで、周囲は危険に満ち溢れ、安全な自分の殻の中へ閉じこもって生きるようになった現在の姿に納得がゆく。

だが、永遠に続く安全な場所など、この世の中にはないのだ。ここで、気になるのは、道路の穴から現れた謎の少年である。彼女を穴に落としたことから始まり、たま子に数々の試練を課す。

彼女はこの少年と一緒のとき、事態を打破するひらめきを得る。この少年は彼女の守護天使なのであろうか。ここで大事なのは、そのひらめきを実行することができるか、どうかである。

たま子だけない。彼女の家族もそれぞれのひらめきを受けて、新たな道を切り開いていくのだ。守護天使のささやきを大事にしたいものだ。

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2006/11/06

カサノバ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ラッセ・ハルストレム

稀代のプレイボーイが真実の愛を見つけ出すという在りがちなテーマであるが、それでも飽きさせず見られるのは、脚本がしっかりしているからである。

さりげない台詞や小道具がとても大切にされていて、後の展開がスムーズに動いていく潤滑油のような働きをしている。嘘が嘘を呼んでいくところはシェイクスピア喜劇のような味わいがある。

ただ一つ気になったのは、ヴァチカンからの追及に、ヴェネチア総督が何故、カサノバ(ヒース・レジャー)の事を助け出そうとするのかということ。二人の関係性がよく分からなかった。当時のヴェネチアとヴァチカンの歴史的関係を認識していると、より興趣が深まったのかもしれない。

それぞれのキャラクター造形も巧みで、個性豊かに存在感を発揮している。特に敵役プッチ司教役のジェレミー・アイアンズが印象深い。憎々しい中にもユーモアを滲ませており、楽しげに演じていた。

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2006/11/05

蝉しぐれ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:黒土三男

文四郎とまきの間には必ず凶事が起る。冒頭での蛇に噛まれたまきを介抱する文四郎のエピソードが象徴的だ。二人が気持ちを近付けようとすると、喧嘩や斬り合いに巻き込まれてしまう。結ばれない宿命の二人であることを示唆する。

丹念に四季折々の風景を撮影し、エピソードの切り替え時に挿入されている。人物描写もズームアップしたカットと遠景でとらえたショットを巧みに使い分けている。

映像の構図も、絵画のようにしっかりとしたものだ。その場の勢いではなく、細かな計画に基づく撮影であることが推察される。

問題は、クライマックスの文四郎(市川染五郎)とふく(木村佳乃)の対面の場。これほどまで映像へこだわってきたのに、それぞれの心情をどうしてあそこまで台詞で語らせてしまうのか。

確かに観客に分かり易く演出することは大切であるが、二人の回想シーンを見せるだけでも充分過ぎる筈だ。言葉にすることで詩情が削がれ、半減されしまう余韻。大いに惜しまれる。

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2006/10/31

8月のクリスマス

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:長崎俊一

元作であるホ・ジノ監督の「八月のクリスマス」(1998)とほとんど同じドラマ展開で、エピソードもそのまま踏襲されている。それだけに、違ったエピソードが際立つ。

その最大なものは、手紙の扱いであろう。元作では投函されなかった手紙を、本作では妹によって投函されてしまっている。製作者のリメイクした思いがここに反映されているのだろう。

寿俊(山崎まさよし)の想いとその死を由紀子(関めぐみ)、そして我々観客にもしっかりと受け止めて欲しかったということか。この違いは、再訪した写真館で自分の写真を見つめるヒロインの感慨も全く別なものにしている。

だから、手紙を出す、出さないの是非は問わない。だが、その手紙を「君は神様がくれた最高のプレゼントでした」なんて、寿俊に音読させてしまったことは問題。

それは映像からだけでも十二分に伝わってくるのに、言葉にしてしまうことで、それまで保ってきた詩情を失わせてしまう。由紀子からの手紙の内容が伏せられていたことと呼応する方がずっと素晴らしくなったはずだ。

山崎まさよしと関めぐみの存在感と空気感が抜群に素晴らしい。二人が一緒にいるところをずっと見ていたかった。

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2006/10/29

ダンサーの純情

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:パク・ヨンフン

本作品の見どころは、主演の若手女優ムン・グニョンが見事にダンスを踊っているところだ。プロの視点から見て、どこまでのレベルであるか分らないが、一般人の自分が見て違和感を覚えることはない。

ドラマ的にはあまりに作為的で現実味に欠けるものであるが、それはそれでよい。あれって思うのは、序盤、空港でのホタルの検閲シーン。この検査をいかにして乗り換え韓国に持ち込むことができたかである。

「この虫は悪いことはしません」というチェリン(ムン・グニョン)の言葉まで映し、その後が全く切られている。このホタルが二人の気持ちを繋いでいく重要なアイテムとなっていくので余計に気になるのだ。

別にドラマの本筋には関連しない些事かもしれないが、物語の整合性を保つには、切ってはいけない場面であると感じさせる。

また、あまり葛藤なく偽装結婚を引き受けるヨンセ(パク・コニョン)の行動にも疑問。大きなドラマの嘘を成り立たせるのは、リアリティーのある小さなディティールの積み重ねだ。

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2006/10/21

ニライカナイからの手紙

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:熊澤尚人

映画においてファースト・シーンはとても重要なものだと思う。優れた映画であればあるほど、その作品のメッセージやテーマが僅かな場面の間に凝縮されている場合が多いからだ。

ここをしっかりと見ていれば、その後のドラマ展開がある程度予想することができる。本作品もこれに相当する。

浜辺で遊ぶ母娘のシークエンスが続いていくが、この浜辺が注目だ。海と海の間にあるように撮影されており、母娘以外に誰も登場されていないことから、一種の異界であると感じさせるのだ。

東京に行ったまま戻ってこない母。誕生日ごとに届く手紙。頑固に20歳まで島を離れるなとしか言わない祖父。それが何を意味するかは、このファースト・シーンからおおよそ伝わってくる。

風希(蒼井優)が画面に登場すると、太陽やライトが逆光になって映されることが多い。彼女が常に見守られているということを示唆しているのではないか。

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2006/10/20

トランスポーター 2

製作年:2005年
製作国:フランス-アメリカ
監 督:ルイ・レテリエ

荒唐無稽の極み。こんなことは現実には在り得ないアクションシーンの数々。だが、その在り得ないような場面は考えに考えぬいて作られている。そのアイディアに心底感嘆する。なかなか巧い。

主人公フランク(ジェイソン・ステイサム)のクールな佇まいも魅力的だ。どんな苦境に陥っても慌てることなく、瞬時にベストの選択をしようとする。その一方で、子供に親の喧嘩を見せないようにする細やかな気配りを見せる。彼の存在感が抜群にいい。

ただ、終盤の展開で、ドラマに致命的欠陥があるのが惜しまれる。そんなことなら、フランクが必死に敵役を追いかける必然性がなくなってしまのだ。ここはもっと作り様があったと思う。

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2006/10/16

アメリカ,家族のいる風景

製作年:2005年
製作国::ドイツ-アメリカ
監 督:ヴィム・ヴェンダース

ここで気になるには、スカイ(サラ・ポーリー)の母親について、パソコンの中の画像で登場するくらいで、全く触れられていないことである。

自堕落な俳優生活に嫌気をさしたハワードが家族を求める話だけなら、ドリーン(ジェシカ・ラング)とアール(ガブリエル・マン)の親子だけで良かった筈だ。

スカイの母親の死去とハワードの逃亡が同時期であったこと。ハワードとスカイがこの街へ同時にやってくること。スカイがハワードとアールを結びつける働きをすること。これには、亡きスカイの母の見えざる意志が働いているのではないかと感じさせる。

個々のキャラクター造形も秀逸だった。独りで毅然と生きているハワードの母(エヴァ・マリー・セイント)、ハワードを探し求める保険会社の調査員サター(ティム・ロス)、蓮っ葉なようでどこかしっかりしているアールの恋人と、それぞれが魅惑的な存在感を発揮している。

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2006/10/14

明日の記憶

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:堤幸彦

お腹が目立つくらい妊娠した娘の結婚式で行った主人公佐伯(渡辺謙)の挨拶が素晴らしかった。「恥ずかしい気持ちよりも、(49歳の若さで)孫ができることを感謝したい」。

若年性アルツハイマー病が進行し、大切なものを次々となくしていく佐伯であるが、見方を変えれば、別の大切なものを得ていくことにもなるのではないか。そうした意識の持ち方が大切だと思う。

仕事をやめるまでの前半には大いに惹き付けられたが、後半の展開が気になった。それは、介護する枝実子(樋口可南子)があまりに美化されて描かれていることだ。

様々な葛藤も描写されているが、それでは足りないと思う。家庭を守るということが生きがいであったにしろ、介護生活の中で暴力という行為まで発生したとき、それでも我慢できるのかという事。

無論、こんなにまで献身的な女性はいないことはないが、一般的ではないであろう。観る者に感動を与える見どころではあるが、ここまでいくと現実味が薄れてしまうのではないか。

吉田医師(及川光博)や得意先の河村課長(香川照之)、かつての部下達が主人公を励ます言葉が、静かに胸を打つもので心に残る。

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2006/10/05

GOAL ゴール

製作年:2005年
製作国:アメリカ-イギリス
監 督:ダニー・キャノン

どんなに優れた才能を有していたとしても、それだけで成功に結びつくとは限らない。夢を実現させるべく絶え間ない努力を続けること。だが、それは最低条件。まだまだ足りない。

大切なのはその夢に対して周囲からいかに応援してもらえるか。これである。自分の夢が周囲の夢となったとき、大きな飛躍がのぞめるのだ。その事を本作品では丁寧に描いている。

主人公サンティアゴ(クノ・ベッカー)はプロサッカー選手になる夢に向かって懸命に頑張るが、挫折の危機が何度も訪れる。自分独りだけであったら乗り越えならない壁。

だが、祖母、自分をスカウトしてくれたゲレン(スティーヴン・ディレイン)、スター選手ガバン(アレッサンドロ・ニヴォラ)らが親身になって行動してくれることにより、ギリギリのところで次のステップへ進むことができたのだ。

物語はスポーツ映画の王道をゆくものであるが、本作品に惹かれたポイントはここにある。

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2006/09/30

蝋人形の館

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジャウム・コレット=セラ

キッチュな魅力に満ち溢れていた「TATARI タタリ」(1999)が大好きだったので、同じ「ダーク・キャッスル社」が手掛けているといえば本作品を見ないわけにはいきません。

その期待には充分に応えてくれる出来栄え。独特の味わいは健在でありました。クライマックスでの蝋人形館の崩壊シーンでは、独自の美学が感じられる。

だが、どうしても気になってしまうのは、襲撃者から逃げるのに、退路が限定されてしまう二階や地下室へ向かってしまうことだ。それに突っ込みを入れながら見るということがこの種のドラマの定石と言ってしまえばそれまでである。パニックに陥ったものが正常な判断ができないという事もあるかもしれない。

しかし、そうしたことが続くとある種のフラストレーションがたまり、映画の世界と自分の心に距離ができてしまう。そうした違和感をつぶし現実味を増やしていけば、恐怖感はさらに高まっていくだろう。

そして、兄妹や学生たちの微妙な人間関係がドラマに反映されていないのも惜しまれる。

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2006/09/08

イントゥ・ザ・ブルー

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・ストックウェル

映画にどこまでリアリティーを求めるか。明らかにこんなことは現実世界では起らないだろうと感じてしまったとき、映画の世界から分離されてしまう。それを自分の心の中で調整し、うまく折り合えがつけばいいのだろうが、本作品ではそれが叶わなかった。

一番気になったのは、普通の若者たちがそんな簡単に人を殺すことができるのかということだ。いかに相手が悪人とは言っても、迷いなく殺害を行ってしまうことに違和感を覚える。

そして、偶然に発見した麻薬密売に手を出すかどうかの決断は、主人公ジャレッド(ポール・ウォーカー)が行うべきなのに、トラブルメイカーの二人組に引き摺り込まれる形となり、主題がぼやけてしまった感もある。これでは慎ましい生活でいいとするサム(ジェシカ・アルバ)の価値観が活かさせてこないではないか。

そもそも、借金に追われた弁護士ブライス(スコット・カーン)は麻薬を見つけたとき、もっと早く行動するのが本当ではないか。そこまでのもたつきも減点だ。同じ話でも構成を変えればより面白くなったと感じさせ、大いに惜しまれる。

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2006/08/02

Vフォー・ヴェンデッタ

製作年:2005年
製作国:イギリス/ドイツ

本作品では明らかにされていないが、気になるのはV(ヒューゴ・ウィーヴィング)とゴードン(スティーヴン・フライ)の関係だ。数々の類似性が示されている。

禁止された美術品の収集、トーストの焼き方、芝居がかった台詞。そもそもVとイヴィー(ナタリー・ポートマン)の出会いも偶然とは言いがたいものがある。何故、ゴードンへ会いに行くイヴィーを助けることができたのか。

そして、アダム・サトラー議長(ジョン・ハート)を笑いものにするゴードンのテレビ番組。いかにVの活動により、規制が揺れているとはいえ、あそこまで行なえば、身に危険が及ぶのは明らかな筈だ。それを平然と部屋で待ち受けていたのは何故か。すべてを偶然と片付けることはできない。

同一人物ではないかと最初は考えたが、それを否定するような映画的事実もある(例えば、腕の火傷など)。ここで気になってくるのはゴードンの隠し部屋にあった写真である。

この二人には何か繋がりがあり、同志関係となって計画を練ってきたのではないか。この二人の関係を見極めるためにも、もう一度見直してみたい。

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2006/07/28

セブンソード

製作年:2005年
製作国:香港/中国
監 督:ツイ・ハーク

本作品の最大の魅力はスタイリッシュな映像美にある。一つの美意識に貫かれ、俳優や風景をダイナミックにとらえている。ファースト・シーンの殺戮では、次々と頭や腕、足がスパッと切り離されていく。これを見れば、製作者はリアリズムよりクールな映像に主点を置いていることが分る。

問題は153分という決して短くない上映時間を使っても、登場人物たちの背景や7つの剣の由来などがさっぱり理解できず、ドラマに深みが生じてこないことだ。

ヤン・ユンツォン(レオン・ライ)やチュウ・チャオナン(ドニー・イェン)の過去が語られる場面にしても、あまりに唐突で構成の悪さばかり目立ってしまう。

そして、敵方の異能な剣士たちが簡単に倒されていくのも、物語に弾みがなくなっていく。

いかに黒澤明監督の「七人の侍」(1954)が傑作であるか再認識させてくれることになる。

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