製作年:2005年

2009/10/06

鋼の錬金術師 シャンバラを征く者

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:水島精二

なかなかの秀作であるとの評判を覚えており、期待感を持って見ました。テレビ・シリーズを受けて始まる本作品は初心者的には疑問符ばかりが続き、なかなかその世界観を掴むのに苦労しました。鑑賞後、テレビ・シリーズの粗筋を調べていって、納得する設定でありました。こうしたアニメ・シリーズは大概そうしたものであるので仕方ないけれど、逆に分からない分、その意味を探りながら見ていくのも、想像力を刺激されて面白いものです。欠落感を埋めようと旅を続けるエドワード(声・朴路美)とアルフォンス(釘宮理恵)の兄弟。理想郷“シャンバラ”をめぐる陰謀劇。現実世界と錬金術世界をつなぐ道。

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2009/10/04

ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム

製作年:2005年
製作国:アメリカ/イギリス
監 督:マーティン・スコセッシ

トッド・ヘインズ監督の「アイム・ノット・ゼア」(2007)では、ボブ・ディランのさまざまな側面をイメージさせてくれたが、それを受けて本作品を見ると、さらに興趣が高まると思う。なんと言っても210分という膨大な上映時間でありながら、全く飽きることなく見ることができたのは、ボブ・ディランというアーティストがいかに生まれ、いかに成功していったか、詳細に描かれているからだ。

現在のディランのインタビュー姿からして風格があるのに参ってしまうし、彼の口にするアーティストたちの映像や音楽が次々と挿入されているのが凄い。これだけの資料を集め編集した労を思うと、ただただ感服してしまう。様々な批判にも負けることなく、「でっかくいこう」の声と共にロック・バンドで歌った姿が忘れられません。

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2009/06/14

シリアナ(2回目)

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スティーブン・ギャガン

最初見た時にはよく理解できなかった人物の背景、例えば、ボブ(ジョージ・クルーニー)が誰のために、何の工作をしているのか、2回目となっても良く分からなかった。それで、鑑賞後、様々な背景資料を読んで、なんとか大筋をつかむことができました。説明的でない分、張り詰めた緊迫感を保った映像が素晴らしい。石油利権をめぐるアメリカと産油国との熾烈な駆け引き。邪魔するものは暗殺も辞さない強硬な意志。悲劇が悲劇を生む恐るべき連鎖。アメリカが中東諸国に対して何をしてきたか赤裸々に綴られている本作品。よくこんな内容で作られるものだと感心するが、作られるには作られるだけの理由があるのだろうか。単に正義派という言葉だけでは収まらない、もう一つの強い意志があるのではないかと思わずにはいられません。

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2009/06/09

奥さまは魔女

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ノーラ・エフロン

不自由であれば自由を望み、自由であれば不自由を求める。自分に無いものを欲することがこの世の摂理であろうか。魔女イザベル(ニコール・キッドマン)は魔法を使わず普通の生活をしたいと人間界へ舞い降りる。しかし、最初から魔法なしで生活を過ごすことなど出来ない。ポイント、ポイントで魔法を使い続けるのであるが、この辺りの無制限ぶりがいま一つ物足りなく感じる。なんでも思い通りになるのであれば、ジャック(ウィル・フェレル)のことさえもうまく操ることができる筈なのだ。イザベルにとって何も失うものがないから、何も得るものもないと言える。魔法なしで普通の生活を過ごすという葛藤をドラマに盛り込むべきであった。

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2009/04/15

エンパイア・オブ・ザ・ウルフ

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:クリス・ナオン

夫の記憶だけなくしてしまうという奇病にかかった内務省高級官僚の妻アンナ(アーリー・ジョヴァ-)。パリ10区のトルコ人街で起きた連続猟奇殺人事件。実在しているというトルコの国粋主義組織“灰色の狼”。無関係と思えるそれらが一つに収斂されていく展開は、意外性に富んでおり、もっと面白く感じてもいい筈だ。だが、結果はそうならない。ひとつひとつのエピソードに現実味が乏しく、物語が進むごとに気持は離れていく感じがしました。若手刑事ポール(ジョスラン・キヴラン)と悪徳警官シフェール(ジャン・レノ)のコンビもバランスが悪い。一番気になるのは、ポールが単身“灰色の狼”のアジトへ乗り込んでいくところ。いくらなんでも無防備すぎるであろう。いくら肉親を犯罪で失ったからとはいえ、ここまで暴走するとは思えない。ここからはご都合主義のオンパレード。なんとも残念な作品でした。

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2008/08/18

雪に願うこと

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:根岸吉太郎

学(伊勢谷友介)は何を獲得しようとしていたのか。都市生活への憧れ。自分だけは違うというエリート意識。ジリジリと焼けるような焦燥感。兄、威夫(佐藤浩市)には決して理解できないその思いは、例え東京での事業に失敗しても、兄の元には戻りたくなかった筈だ。それでも帰ってきたのは、母から無心できるかもしれないという甘い期待からであるが、それも外れてしまう。そして、兄に元で働くという屈辱的な道を選ぶしかなくなる。だが、その生活というのは、学が敵対視するようなものだったのだろうか。学の誤りは、自分以外の価値観を認めず、否定することにあった。ウンリュウの世話を通して、他の価値観に気付いていくのである。彼が東京で再起できるかどうか分からないが、これまでとは違う事業の進め方をするであろう。

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2008/08/08

トンマッコルへようこそ

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:パク・クァンヒョン

知り合ってみれば、同じ人間ではないか。何のために敵同士となり、銃を向け合う必要があるのか。トンマッコル村にたどりついた3カ国の兵士たちは当初いがみ合うが、様々な村での活動を通して、兄弟のような関係を築いていく。こうした展開は「戦場のアリア」(2005)に通じるものを感じる。そして、戦いとは、他者を攻撃するものではなく、大切な者を守るために必要であることを強く印象付けるラスト・シーンであった。雪のように舞い落ちるポップコーンのシーンなど幻想的な美しさを持つ映像も素晴らしかった。

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2008/08/01

隠された記憶

製作年:2005年
製作国:フランス/オーストリア/ドイツ/イタリア
監 督:ミヒャエル・ハネケ

衝撃のラスト・シーンという評判を聞いていたので、どんなものだろうかと待ち構えていたが、あっけに取られる。何が凄いのか、さっぱり分からず、映画は終わってしまう。DVDなので、何回も繰り返して見るが、やっぱり分からない。ということで、鑑賞後に色々なレビューを読んでみて、何が衝撃なのかは分かりました。しかし、それが何を意味しているかは、観る者の判断に委ね様々な解釈をさせるようであります。一体、ビデオテープを送った者は誰だったのか。それは何のためであったのか。これも明確な答えが用意されていないのだが、それもこのラスト・シーンに結び付いていると考えるのが、順当であろう。罪を犯した世代から罪を贖う世代への時代の推移ということではないだろうか。

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2008/07/31

三池 終わらない炭鉱(やま)の物語

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:熊谷博子

冒頭、炭鉱跡の施設をカメラはとらえている。もうニ度、使用されることのない建物や機械を見ていると、なんともノスタルジックな気分に陥っていく。しかし、映画が進んでいくと、そうした感情は一変する。三池炭鉱で起こった歴史の数々を知ると、それらが冷徹な表情を浮かべているように思えてくるのだ。そこに関わった人々の悲喜交々を全て見てきた峻厳を感じる。

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2008/07/30

マッチポイント

製作年:2005年
製作国:イギリス/アメリカ/ルクセンブルグ
監 督:ウディ・アレン

ネットに当たったボールが相手側に落ちるか、自分側に落ちるか。その結果で人生は大きく変わってしまう。相手側に落ちれば幸運、自分側に落ちれば不運ということになりそうであるが、果たしてそうであるのか。クリス(ジョナサン・リス・マイヤーズ)にとって、あの結末はけっして幸運ではないような気がする。罰を受ける機会をなくしたということは、果てることのない罪を生涯にかけて背負わなければならないことを意味するのではないか。どんなに社会的成功を収めようとも、罪を償い無垢の心を取り戻せない限り、幸福は訪れてこない。

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2008/07/28

欲望

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:篠原哲雄

第10回みちのく国際ミステリー映画祭で鑑賞。上映後に篠原監督のティーチ・インがあり、色々な裏話を聞くことができました。そのことで、鑑賞中、釈然としない理由も分かる。プロローグで類子(板谷由夏)の回想からドラマが始まっていくのだが、この時代の類子の描写はこの場だけで、エピローグの類子はもっと年を重ねているのだ。回想に次ぐ回想でどこか収まりの悪い構成だと感じていましたが、脚本ではそのプロローグを受けるシーンが存在してあったという。だが、2時間を越える上映時間となってしまい、編集で切ってしまったようなのです。映画を観ていて、どこか辻褄の合わない感じを受けるときは、編集でカットしていることが多いのかもしれません。

そうした事で、完成度は高くないかもしれませんが、乗用車、三島由紀夫の書籍、沖縄の海と正巳(村上淳)にまつわるディティールがブルーの色彩で繋がっているところなど、篠原監督のこだわりが発見でき、心に残る作品であった。

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2008/07/27

美しい人

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ロドリゴ・ガルシア

「彼女を見ればわかること」(1999)と同様に、様々な女性を主人公とした短編を集めたオムニバス映画であるが、単なる続編ではない。本作品ではなんと短編すべてが、ワンシーン・ワンカットで撮られているのだ。これが凄い。ドラマの内容もさることながら、俳優陣たちの凄まじい集中力が迫真の熱演を生んでいる。なにげない一言で感情が揺れていく様を感心して見つめる。他のエピソードの主人公がさりげなく違うエピソードに登場するのも前作同様であるが、とても示唆的だ。生きていれば、一人一人にドラマがある。傍役として現れる冷静な表情の裏側に複雑な感情が感じられ、より強い印象を持つ。

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2008/07/23

トム・ヤム・クン

製作年:2005年
製作国:タイ
監 督:プラッチャヤー・ピンゲーオ

動物園でしか見たことのない我々にとって、象と言えば愛らしくなごみを与えてくれる動物である。だが、神聖なものとして日常の中で当たり前のように共存しているタイ人とって、象の存在意義は大きなものなのであろう。兄弟のように暮らした小象を奪回するためタイからオーストラリアへ向かうというプロットは大袈裟にも思えるが、そうした背景を理解しなければならない。トニー・ジャーの鮮やかなアクション・シーンを楽しみながら、文化の違いを感じる。

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2008/07/21

プルートで朝食を

製作年:2005年
製作国:アイルランド/イギリス
監 督:ニール・ジョーダン

パトリック(キリアン・マーフィ)の人生に対する前向きな姿勢。生まれてすぐに捨て子となるところから始まり、数々の苦難が彼の前に立ち塞がる。それでも、彼は明るさを失わない。一般社会から見れば異物かもしれないが、卑屈にならず胸を張って生きているところが良い。70年代ポップソングの起用も絶妙な効果を上げておあり、この世界に魅了される。

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2008/06/27

いのちの食べかた

製作年:2005年
製作国:ドイツ/オーストリア
監 督:ニコラウス・ゲイハルター

かつて観たキューブリックやタルコフスキーのSF映画のようであった。無機質な世界のように感じられるのが、本作品の傑出したところである。だが、現実にはそうであるまい。それぞれの現場には臭いがある筈だ。その臭気の中では、様々な感情が巻き起こっていることだろう。大規模な機械化。効率的な生産。管理された現場。世界的な食糧需要のために、その過程はさらに進化していくのであろう。

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2008/05/28

この道は母へとつづく

製作年:2005年
製作国:ロシア
監 督:アンドレイ・クラフチューク

実母を求めて旅を続ける物語は、さほど珍しいものではない。出色の作品となっているのは、少年ワーニャを演じたコーリャ・スピリドノフによるものだ。単に、可愛く感じるとか哀れみを誘うだけでなく、判断力の高さと行動力の素早さが、群を抜いているのだ。孤児院を抜け出してから、数々の危機に見舞われる。その判断が正しいかどうかは別にして、その瞬時の決断が結果として功を奏している。時には命までも投げ打って。この迷いの無さに瞠目する。

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2008/05/03

ハイジ

製作年:2005年
製作国:イギリス
監 督:ポール・マーカス

人は可能性の追求を自ら閉じている。そんなことはできない。そんなものは必要ない。そんな行動は失礼にあたる。そう無意識に思い込んでしまい、いつの間にか閉塞感に苦しむ。本作品の登場人物たちは、そうした思いにさいなまれている。ハイジ(エマ・ボルジャー)はアルプスの暮らしを懐かしみ、都会の生活に適応できない。おじいさん(マックス・フォン・シドー)は人殺しの汚名に傷つき、山奥で孤高の道を選ぶ。ペーター(サム・フレンド)は羊飼いに勉強の時間は要らないと思う。クララ(ジェシカ・クラリッジ)は自分が歩けないと信じ込む。それぞれの頑な思いが、人と人との繋がりでほぐれていく瞬間。それが見る者の感動を呼ぶ。

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2008/05/01

ディセント

製作年:2005年
製作国:イギリス
監 督:ニール・マーシャル

本作品で一番怖かったのは、冒頭の交通事故シーン。幸せに過ごしていたサラ(シャウナ・マクドナルド)たち親子3人の生活が、一瞬のことで崩壊してしまう。本編の洞窟で未知なる生物から受ける襲撃は、確かに恐怖映画のパターンを踏襲し、それなりにショッキングではある。だが、彼女たちは冒険心で地下洞窟探検に出掛けていったのだ。全員が前人未踏の洞窟であることを知らなかったにしても、危険と背中合わせであることは承知しておかねばならなかったのだ。彼女たちの受けた被害を我々が実際に体験すること。その可能性がきわめて低い。だが、交通事故は別だ。一瞬の注意ミスで、すべてを無くしかねない。それが本当に怖い。

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2007/09/01

ローズ・イン・タイドランド

「ローズ・イン・タイドランド」★★★★
2005年イギリス/カナダ
監督:テリー・ギリアム
原作:ミッチ・カリン「タイドランド」
脚本:テリー・ギリアム トニー・グリゾーニ
出演:ジョデル・フェルランド ジェフ・ブリッジス
   ジェニファー・ティリー ジャネット・マクティア

空想力を持つことの甘美と残酷さ。父も母も麻薬中毒で亡くして、一人ぼっちで廃屋になりかけている荒野の一軒家に暮らすローズ(ジョデル・フェルランド)。悲惨極まりない状況である。

だが、彼女にはイマジネーション豊かに世界を見る能力があった。その力を使って、ローズは新しい発見と冒険の日々の中で生きている。それは幸福なことかもしれないが、現実の世界と向き合うことができなくなった逃避の日々でもあるのだ。

彼女の一人ぼっちの冒険はやがて終わりを迎えるが、それは決してハッピーエンドではない。

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2007/05/28

胡同(フートン)のひまわり

製作年:2005年
製作国:中国
監 督:チャン・ヤン

何故、父親(スン・ハイイン)は、異常とも思えるほどにシャンヤンを画家の道へ歩ませようと固守するのか。無論、文化大革命による強制労働中に腕を負傷して画家の夢を絶たれた無念な思いを、息子に託したということは分かる。だが、本当にそれだけであろうか。

もう一つ、気になることがある。マンションに移りたいと懇願する妻と別れても、頑なに胡同の街で暮らし続けることだ。そこに、直接的で分かりやすい理由があるのなら、気持ち良くドラマに酔いしれることができる。だが、異国の地で暮らす私には、腑に落ちないのだ。

もっとも驚いたのは最後に父親の選んだ行動だ。そんなことを望んでいたのかと知ったとき、誤った価値観を持って適切でない判断を繰り返してきたことも分かる。哀しいというより虚しくなってしまう。ひまわりを育てるように、家族と接しれば良かったのに。ありきたりな人情ドラマではない分、心に残るものはある。

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2007/05/21

アンジェラ

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:リュック・ベッソン

問題解決の第一歩は、現状を正しく認識することだと思う。

人生に行き詰まり自殺しようとした男の元に、美しい天使が現れ助けてくれるという寓話性に満ちた作品であるが、印象深い描写があった。

アンドレ(ジャメル・ドゥブーズ)は借金取りに追い詰められて言葉多く嘘を並べるが、何の解決にもならない。嘘をつくことは、現実の否定であることを感じさせる。

アンジェラ(リー・ラスムッセン)との不思議な冒険を続ける中で、じっと鏡を見つける場面がある。ここで、彼は偽りのない自分の姿を認識するのであろう。彼の再生はここから始まったと感じる。

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2007/02/10

クライング・フィスト

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:リュ・スンワン

失意の主人公が人生の再起を掛けて、もう一度試合に望んでいく。そんな主題にボクシングはぴったりだ。「ロッキー」(1976)や「シンデレラマン」(2005)など、秀作も多い。

こういうドラマをオーソドックスに作っても、それなりの感動を呼ぶが、新奇性には乏しくなる。本作品の特徴は、こうしたありがちな話を、若者と中年男と並列に描いていくところだ。このアイディアがなんといっても秀逸。

それは、どちらにも感情移入を呼び込み、一体、どちらを応援していいか分からなくなってしまう趣向となっている。全く接点を持たない二人が初めてリングでぶつかり合うとき、最高の盛り上がりを見せる。

シナリオを拝して文字通り死闘を繰り広げた二人。感情を大いに揺さぶられる。

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2007/01/05

メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:トミー・リー・ジョーンズ

こんなはずではなかった。マイク(バリー・ペッパー)とルーアン(ジャニュアリー・ジョーンズ)の若き夫婦が、口にこそ出さないが、お互いの胸で響いている言葉はそうではないか。

都市部からメキシコ国境の寂しい街に移り済んだ二人は、少しずつ気持ちに翳りが生じてくる。そこで起こった悲劇。マイクにとってはピート(トミー・リー・ジョーンズ)に拉致される前から彼は不幸への道を突き進んでいたように感じる。

どこで間違ってしまったのだろうか。結婚したこと、国境警備隊の仕事を選んだこと、家庭生活を大切にしてこなかったこと。

それは、殺害されたメルキアデスにも感じる。埋葬への旅の果てにピートが知る事実によって、彼の虚しい生涯が鮮明に浮かび上がってくる。それがなんとも哀しい。

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2006/12/27

アサルト13 要塞警察

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:ジャン=フランソワ・リシェ

過去の捜査の失敗から心に深いダメージを受け、立ち直れないまま第一線から退き、地方警察で覇気のないまま日常業務を過ごす男。

この最初の設定は、ブルース・ウィリス主演の「ホステージ」(2005)に類似している。彼の管轄で凶悪事件が発生し、再生へのきっかけになっていくところもそうだ。「ホステージ」に限らず、冒険アクション映画のひとつの定型と言ってもよい。

で、あるとすれば、注目されていくのは、ひとつひとつのエピソードの仕上り具合である。主演のイーサン・ホークを始め、ローレンス・フィッシュバーン、ジョン・レグイザモ、ガブリエル・バーンらの存在感は抜群で非常に目をひくが、ドラマ展開がいささか安易すぎるのではないか。

襲撃と防御の駆け引きに、もう一捻り欲しい。署内にスパイがいるかもしれないという疑惑も、いまひとつ効果を発揮していない。

そして、最後まで署内で戦い続けるエピソードのアイディアが尽きてしまい、外に出てしまったことも減点であると思う。「こうなったら戦うしかない。守りを固めて夜明けまでもちこたえるんだ」という勇ましい台詞もしぼんでしまう。

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2006/12/26

ピーナッツ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:内村光良

日常生活の中でいつの間にか閉塞感に覆われてしまう。一つの正しい道を進んでいる筈なのに、進むスピードが落ちてしまったり、道を間違えてしまう。

物事を成し遂げる能力があっても、それをやろうとする意欲が欠けてしまうのだ。そして、決断力まで鈍ってしまう。そうしたことで心の中で自由が消えていく。そのような状態をいかにして脱却するか。本作品では一つの回答が示されている。

ここで重要なのは試合に勝つことではなく、戦おうとする気概を発揮させたことだ。彼らがこの試合で得た昂揚は、時が流れてしまえばまた消えてしまうかもしれない。

それなら、また戦う場所を見つければいいのだ。スポーツの存在意義を強く感じる。

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2006/12/21

埋もれ木

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:小栗康平

特別に起伏のあるドラマではないのに、画面に魅了され陶然となる。絵画のように厳格な構図を保つ映像は、前作「眠る男」(1996)で確立した作風をより一層純化させている印象を持つ。

ひとつの物語が生まれるとき、虚構である筈のディティールが現実社会と重なる瞬間の驚き。虚実一体となり、夢幻の世界を彷徨することになる。それが心を静めさせて、ゆったりとした心持ちにさせてくれる。

地方社会が徐々に徐々に都市生活の波を浴びて、効率化の名のもとに変革を余儀なくされる。それでも、変わらずに残っていくものがある。埋もれ木が象徴するのは、存在することの意義深さではないだろうか。変わっていくものと変わっていかないもの。その差は一体なんであろうか。

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2006/12/18

君とボクの虹色の世界

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ミランダ・ジュライ

人はどこで出会い、どこで繋がっているのか分からない。多彩な年齢や男女が次々と登場してくる群像ドラマであるが、不思議な縁でサークルが出来ている。その繋がりがユニークで、とても興味深い。

特にインターネットという顔が見えないコミュニケーション手段は、思いもよらない者同士が会話をしていることに驚かされる。本作品ではそのことが突出した形で提示している。それは、犯罪を呼び起すような暗い側面もあるが、想像を絶するような出会いが生まれるかもしれないのだ。

本作品の登場人物たちは、愛を求めながらもコミュニケーションがうまくとれずにいる。それでも、無理に行動を続けようとし、本人はいたく真剣であればあるほど、周囲から見れば奇妙で不可思議な行動になる。それが面白くもあり、とても哀しい。

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2006/12/16

ラストデイズ

製作年:2005年
製作年:アメリカ
監 督:ガス・ヴァン・サント

ガス・ヴァン・サント監督作品ということを頭に入れてみていかないと、本作品は退屈なだけであろう。ロックミュージシャンが麻薬中毒の果てに死んでいく最期の日々を描くというわりには、あまりに淡々としている。

彼を探しに探偵がやってくるとか、取り巻き連中との交流など、もっと劇的になるはずのエピソードも点在しているのに、そうはならない。最初から最期まで映像詩になっている。もの哀しく、どうにも切ない。そういう感情が呼び起される。

時系列もバラバラにし、意味不明の台詞を散りばめ、森林を歩く。ブレイク(マイケル・ピット)は既に亡くなっており、霊的存在が彷徨い続けているような感じを受ける。

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2006/12/12

RENT レント

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:クリス・コロンバス

エイズにかかっているロジャー(アダム・パスカル)は、ミミ(ロザリオ・ドーソン)の求愛を拒絶する。彼も彼女に惹かれてはいるのだが、過去の傷跡や将来への悲観から、彼女を受け入れることができない。

それはミミを救うことにはならず、麻薬中毒の泥沼へ向かわせる。一方で、同じエイズを患っているエンジェル(ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア)は、自然体のまま、トムとの愛を貫き、死んでいく。この二組のカップルが見事な対比となっている。

例え、病気や使命のため自らの命に限りがあると知っていても、愛を拒んではいけない。その至福の時間がわずかであったとしても、自分の心に嘘をつくことは、周囲を暗然とさせるだけだ。この4人からそのことを教えられる。

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2006/12/10

ブロークン・フラワーズ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジム・ジャームッシュ

だいたい、「あなたの息子が会いに行くかもしれません」という手紙が届いたのであるから、じっと家に居て待っていればいいのではないか。それを、隣人のウィンストン(ジェフリー・ライト、絶妙の存在感!)に煽られたにせよ、母親かも知れないかつての恋人達へ会いにいく必然性はなかった筈だ。

だが、ドン(ビル・マーレイ)は旅に出る。彼も現在の生活に閉塞感を覚え、何かを変えなければならないと感じていたのだろう。じっと待っている訳にはいかなかったのだ。

この旅を通して何かを学んだかどうかはわからない。ドンという男は基本的に変わっていないのではないか。だが、何かに気付き、何かを思いやる心を抱いてはいる。それで、ほんの少しだけ軌道修正してみる。それでうまくいくかどうかはわからないが、こうして人生は進んでいくのだと思う。

やっぱり、ジム・ジャームッシュ監督の作品であると思う。独特の脱力感やエピソードの省略術、バックに流れる音楽など、一連の監督作品に通じるところが多く、それがとても心地良かった。

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2006/12/09

最後の恋のはじめ方

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:アンディ・テナント

ロマンティック・コメディの王道を行くような作品であるのはいい。不満なのは、起承転結の“結”のエピソードが弱いところである。

ヒッチ(ウィル・スミス)が仲違いしたサラ(エヴァ・メンデス)といかにして恋を成就させるかというクライマックスでの行動があまりにストレート過ぎる。

仮にも恋愛の指南役として高給をとっている男ではないか。いかにあっと言わせるような手腕を発揮してくれるのかとワクワクしながら待っていたが、あれでは。がっかりしてしまう。

小手先でない身体を張った行動で、洗練されたそれまで彼とは違うところを強調させたかったのかもしれないが、やはりそれでは恋愛コンサルタントという特異性が弱まることになった。

いい台詞がひとつ。「人生は何年生きるではなく、至福の瞬間を知ることだ」。そうありたいものである。

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2006/12/05

ダニー・ザ・ドッグ

製作年:2005年
製作国:フランス/アメリカ
監 督:ルイ・レテリエ

首輪を取ると殺人マシーンに変身する。その設定の妙味が仰々しいばかりの登場人物やドラマ展開によって、生かされなかった。それが大いに惜しまれる。

その理由をひとつ、ひとつあげていけばきりがないのであるが、もっとも引っ掛かるのは、あまり一流とは言えない借金取りバート(ボブ・ホスキンス)が、その取り立ての手段として、ダニー(ジェット・リー)に尋常ではない格闘技を習得させるものか。

その過程は省略されているが、うまく想像できないでいる。最初からバートが闇格闘技界のフィクサーであった方が自然に感じる。どうもドラマの出発点がいびつであり、著しく映画的リアリティを削ぐことになった。

ふとしたことを知り合うダニーと盲目のピアノ調律師サム(モーガン・フリーマン)のやりとりはいい。「自己発見が少年を大人にする」という台詞には唸らされた。

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2006/11/29

戦場のアリア

製作年:2005年
製作国:フランス/ドイツ/イギリス/ベルギー/ルーマニア
監 督:クリスチャン・カリオン

冒頭での英仏独3人の子供たちの暗誦が効いている。戦争において、自国が絶対的正義であり、敵国は絶対的悪として殲滅しなければならないと盲目的に教育されていく。その怖さである。

だが、所詮戦争とは為政者たちの損得勘定から生まれるものである。何のために戦い、命を賭けるのか、最前線の兵士たちには気がつかれないように、敵は自分達とは違う人間であると信じ込ませている。

幸か不幸か、この戦場の三カ国の兵士たちは、同じ人間であることに気付いてしまった。同じキリスト教を敬い、同じ音楽を愛し、同じ酒を飲む。何より人を思い遣る心があるのである。

だが、彼らの振る舞いは上層部にとって許されるものでなかった。戦争の本質が揺らいでしまうからだ。彼らのその後は、本作品では明らかにされていないが、不遇であっただろうと想像される。

そうであったとしても、彼らにとって、このクリスマスは神聖な出来事としていつまでも心を温めていただろうと思いたい。

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2006/11/24

ぼくを葬る

製作年:2005年
製作国:フランス
監 督:フランソワ・オゾン

ここで気になるのは、何度も少年時代のロマンが登場することだ。劇中でその理由が語られることはない。だから、余計に気になるのだ。

死期の近いロマン(メルヴィル・プポー)が祖母(ジャンヌ・モロー)のところへ訪ねていく場面が見どころの一つであるが、これも少年時代に過ごした森や遊び場に行ってみたいという思いがあったからではないか。姉との不仲も、ゲイであることも、この少年の時に起こったことが原因なのであろうと想像させられる。

もう一つ、ファースト・シーンとラスト・シーンが海岸で繋がっているところ。フランソワ・オゾン監督の作品にとって、海は重要なモチーフになっているが、本作品も果たしてそうであった。海は生命の象徴であり、そこでは何かが生まれ、何かが消えていく。

夕日を詩的に描いた幕切れは、深い余韻を残すことになる。

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2006/11/20

妖怪大戦争

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:三池崇史

真っ白な嘘をついた。この印象深いモノローグから本作品は始まっていく。ここで少年タダシの成長ドラマであることが窺える。

不思議な戦いに巻き込まれたタダシは、嘘にも2種類あることに気付く。自分のためにつく嘘と、相手のためを思ってつく嘘だ。

ここで気になってくるのは、タダシの祖父(菅原文太)のことである。認知症で、タダシと故人となっている息子と区別がつかなくなっている。だが、タタシが妖怪にまつわる騒動に巻き込まれるとき、常に祖父の存在がある。偶然ではないであろう。

タダシの成長を導いてくれる守護天使のようである。とすれば、認知症のように見える振る舞いも、実は祖父の真っ白な嘘だったのかもしれない。

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2006/11/17

阿修羅城の瞳

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:滝田洋二郎

歌舞伎役者としての市川染五郎の魅力が遺憾なく発揮されている。現実世界から遠く離れてしまった特異な舞台設定の中で、ケレン味たっぷりの台詞や動作が魅力的に映る。

殺陣の捌きも美しくていい。渡辺篤郎や樋口可南子もエキセントリックな演技に終始し存在感を発揮するが、染五郎を引き立てるものに過ぎない。

クライマックスの出門(市川染五郎)とつばき(宮沢りえ)の艶っぽい剣戟は、大いに見応えあるものだった。だが、二人の悲恋にいまひとつ同調できない。あまりにも設定が不確かであり、宿命の二人には見えないのだ。

鬼御門と鬼の戦いの推移もいささか不明瞭。なぜ、鬼御門があんなに強いのかも不自然に感じる。

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2006/11/15

マンダレイ

製作年:2005年
製作国:デンマーク/スウェーデン/オランダ/
     フランス/ドイツ/アメリカ
監 督:ラース・フォン・トリアー

グレース(ブライス・ダラス・ハワード)の誤算は何か。彼女がマンダレイの黒人たちに行おうとしてきたことは決して間違いではない。正論である。理想である。善意に溢れたものである。それを絶対的なものとして、一方的に武力を使って押し付けたこと。

相手の表面だけを見て、相手の裏側にある本音を知ろうとしなかったこと。それが間違いであった。グレースは自由を尊ぶ指導者になろうとするが、自由よりも安定を選ぶ者がいると気付かなかった。

この彼女の姿を見れば、アメリカの象徴であるとも感じられるが、それは短絡的ではないか。アメリカという国は、民主主義を掲げながら、その裏側で自国の権益を増やそうとしていることが根底にある。本音と建前の乖離が際立っている国なのだ。

少なくとも、グレースはこの行為によって何の利益も得ていないのである。逆にいえば、それも失敗の一因であったかもしれない。

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2006/11/14

大停電の夜に

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:源孝志

人は常に正しい選択をするとは限らない。その時は、いちばん良いだろう判断したことでも、年月を経て改めて振り返ると、別の道があったのではないかと思えてくる。

生じてくる苦い悔恨。もう一度やり直したいという熱望。だが、そう気付くことの方が、何より大切なのではないか。SFドラマでもない限り過去へ戻ることができないが、未来へ進むことは誰にでもできる。

失敗や後悔に裏打ちされた現時点のベストを選択すればいいのではないかと考える。

ロウソクに火を灯すときにのぞみ(田畑智子)が言う「あなたにいいことがありますように」という台詞が印象深いが、いいことを起こすのは本人の選択からだ。

本作品の中では、特異の状況下でそうした選択を迫られた登場人物たちが描かれている。個々のエピソードに出来、不出来はあるものの、それぞれが前向きに進んでいくことで、とても清々しい気分で映画は終わっていく。

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2006/11/13

あおげば尊し

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:市川準

この作品の中で気になるのは、葬式に紛れ込む少年の苦情を斎場が学校の担任に告げることである。こうした子供の道徳責任をどこまで学校が負うべきなのか。

クレームをつけるのであれば親の方に言うべきなのではないか。どうもこの辺りの境界線が非常にあいまいである。

現場の先生には欲求基準が年々高まっていると聞く。目先の仕事に振り回され、全く余裕が持てないでいる。その中で、先生は子供たちに何を教えていけばいいのだろうか。

本作品では、死に取り付かれた少年の本心が明らかとなる過程が感動的に描かれているが、ここまで生徒と向き合える先生がどこまでいるのだろうか。そうした呟きも止まらない。

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2006/11/11

グッドナイト&グッドラック

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョージ・クルーニー

本作品の中でもっとも特徴的なのは、マッカーシー上院議員役に俳優を起用せず、ニュース映像を使って本人そのものが登場していることだ。このためにモノクロで全編撮影したのだろう。

ここで気付くのは、「赤狩り」やマッカーシーのことは知識として知っていても、マッカーシー本人の顔写真や映像をきちんと見たことがないということである。こういう人物だったのかという感慨がひとつ。

そして、エド・マローへの反論で、長いインタビューが収録されているが、その論旨の破綻には唖然とする。共産主義への漠然とした恐怖を煽る手法は、決して過去の話ではない。共産主義をテロリストに置き換えれば、そのままブッシュ政権の閣僚の発言としても、遜色ないものだった。

国家権力と対決することでの緊迫感に欠けるという印象もあるが、漠然とした恐怖に支配されることへの異議申し立てとしては、なかなか秀逸な作品であった。

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2006/11/09

転がれ!たま子

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:新藤風

たま子(山田麻衣子)が幼少だった頃のエピソードが効いている。海で溺れたこと。段ボールの中に隠れたかくれんぼ。このことで、周囲は危険に満ち溢れ、安全な自分の殻の中へ閉じこもって生きるようになった現在の姿に納得がゆく。

だが、永遠に続く安全な場所など、この世の中にはないのだ。ここで、気になるのは、道路の穴から現れた謎の少年である。彼女を穴に落としたことから始まり、たま子に数々の試練を課す。

彼女はこの少年と一緒のとき、事態を打破するひらめきを得る。この少年は彼女の守護天使なのであろうか。ここで大事なのは、そのひらめきを実行することができるか、どうかである。

たま子だけない。彼女の家族もそれぞれのひらめきを受けて、新たな道を切り開いていくのだ。守護天使のささやきを大事にしたいものだ。

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2006/11/06

カサノバ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ラッセ・ハルストレム

稀代のプレイボーイが真実の愛を見つけ出すという在りがちなテーマであるが、それでも飽きさせず見られるのは、脚本がしっかりしているからである。

さりげない台詞や小道具がとても大切にされていて、後の展開がスムーズに動いていく潤滑油のような働きをしている。嘘が嘘を呼んでいくところはシェイクスピア喜劇のような味わいがある。

ただ一つ気になったのは、ヴァチカンからの追及に、ヴェネチア総督が何故、カサノバ(ヒース・レジャー)の事を助け出そうとするのかということ。二人の関係性がよく分からなかった。当時のヴェネチアとヴァチカンの歴史的関係を認識していると、より興趣が深まったのかもしれない。

それぞれのキャラクター造形も巧みで、個性豊かに存在感を発揮している。特に敵役プッチ司教役のジェレミー・アイアンズが印象深い。憎々しい中にもユーモアを滲ませており、楽しげに演じていた。

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2006/11/05

蝉しぐれ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:黒土三男

文四郎とまきの間には必ず凶事が起る。冒頭での蛇に噛まれたまきを介抱する文四郎のエピソードが象徴的だ。二人が気持ちを近付けようとすると、喧嘩や斬り合いに巻き込まれてしまう。結ばれない宿命の二人であることを示唆する。

丹念に四季折々の風景を撮影し、エピソードの切り替え時に挿入されている。人物描写もズームアップしたカットと遠景でとらえたショットを巧みに使い分けている。

映像の構図も、絵画のようにしっかりとしたものだ。その場の勢いではなく、細かな計画に基づく撮影であることが推察される。

問題は、クライマックスの文四郎(市川染五郎)とふく(木村佳乃)の対面の場。これほどまで映像へこだわってきたのに、それぞれの心情をどうしてあそこまで台詞で語らせてしまうのか。

確かに観客に分かり易く演出することは大切であるが、二人の回想シーンを見せるだけでも充分過ぎる筈だ。言葉にすることで詩情が削がれ、半減されしまう余韻。大いに惜しまれる。

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2006/10/31

8月のクリスマス

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:長崎俊一

元作であるホ・ジノ監督の「八月のクリスマス」(1998)とほとんど同じドラマ展開で、エピソードもそのまま踏襲されている。それだけに、違ったエピソードが際立つ。

その最大なものは、手紙の扱いであろう。元作では投函されなかった手紙を、本作では妹によって投函されてしまっている。製作者のリメイクした思いがここに反映されているのだろう。

寿俊(山崎まさよし)の想いとその死を由紀子(関めぐみ)、そして我々観客にもしっかりと受け止めて欲しかったということか。この違いは、再訪した写真館で自分の写真を見つめるヒロインの感慨も全く別なものにしている。

だから、手紙を出す、出さないの是非は問わない。だが、その手紙を「君は神様がくれた最高のプレゼントでした」なんて、寿俊に音読させてしまったことは問題。

それは映像からだけでも十二分に伝わってくるのに、言葉にしてしまうことで、それまで保ってきた詩情を失わせてしまう。由紀子からの手紙の内容が伏せられていたことと呼応する方がずっと素晴らしくなったはずだ。

山崎まさよしと関めぐみの存在感と空気感が抜群に素晴らしい。二人が一緒にいるところをずっと見ていたかった。

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2006/10/29

ダンサーの純情

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:パク・ヨンフン

本作品の見どころは、主演の若手女優ムン・グニョンが見事にダンスを踊っているところだ。プロの視点から見て、どこまでのレベルであるか分らないが、一般人の自分が見て違和感を覚えることはない。

ドラマ的にはあまりに作為的で現実味に欠けるものであるが、それはそれでよい。あれって思うのは、序盤、空港でのホタルの検閲シーン。この検査をいかにして乗り換え韓国に持ち込むことができたかである。

「この虫は悪いことはしません」というチェリン(ムン・グニョン)の言葉まで映し、その後が全く切られている。このホタルが二人の気持ちを繋いでいく重要なアイテムとなっていくので余計に気になるのだ。

別にドラマの本筋には関連しない些事かもしれないが、物語の整合性を保つには、切ってはいけない場面であると感じさせる。

また、あまり葛藤なく偽装結婚を引き受けるヨンセ(パク・コニョン)の行動にも疑問。大きなドラマの嘘を成り立たせるのは、リアリティーのある小さなディティールの積み重ねだ。

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2006/10/21

ニライカナイからの手紙

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:熊澤尚人

映画においてファースト・シーンはとても重要なものだと思う。優れた映画であればあるほど、その作品のメッセージやテーマが僅かな場面の間に凝縮されている場合が多いからだ。

ここをしっかりと見ていれば、その後のドラマ展開がある程度予想することができる。本作品もこれに相当する。

浜辺で遊ぶ母娘のシークエンスが続いていくが、この浜辺が注目だ。海と海の間にあるように撮影されており、母娘以外に誰も登場されていないことから、一種の異界であると感じさせるのだ。

東京に行ったまま戻ってこない母。誕生日ごとに届く手紙。頑固に20歳まで島を離れるなとしか言わない祖父。それが何を意味するかは、このファースト・シーンからおおよそ伝わってくる。

風希(蒼井優)が画面に登場すると、太陽やライトが逆光になって映されることが多い。彼女が常に見守られているということを示唆しているのではないか。

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2006/10/20

トランスポーター 2

製作年:2005年
製作国:フランス-アメリカ
監 督:ルイ・レテリエ

荒唐無稽の極み。こんなことは現実には在り得ないアクションシーンの数々。だが、その在り得ないような場面は考えに考えぬいて作られている。そのアイディアに心底感嘆する。なかなか巧い。

主人公フランク(ジェイソン・ステイサム)のクールな佇まいも魅力的だ。どんな苦境に陥っても慌てることなく、瞬時にベストの選択をしようとする。その一方で、子供に親の喧嘩を見せないようにする細やかな気配りを見せる。彼の存在感が抜群にいい。

ただ、終盤の展開で、ドラマに致命的欠陥があるのが惜しまれる。そんなことなら、フランクが必死に敵役を追いかける必然性がなくなってしまのだ。ここはもっと作り様があったと思う。

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2006/10/16

アメリカ,家族のいる風景

製作年:2005年
製作国::ドイツ-アメリカ
監 督:ヴィム・ヴェンダース

ここで気になるには、スカイ(サラ・ポーリー)の母親について、パソコンの中の画像で登場するくらいで、全く触れられていないことである。

自堕落な俳優生活に嫌気をさしたハワードが家族を求める話だけなら、ドリーン(ジェシカ・ラング)とアール(ガブリエル・マン)の親子だけで良かった筈だ。

スカイの母親の死去とハワードの逃亡が同時期であったこと。ハワードとスカイがこの街へ同時にやってくること。スカイがハワードとアールを結びつける働きをすること。これには、亡きスカイの母の見えざる意志が働いているのではないかと感じさせる。

個々のキャラクター造形も秀逸だった。独りで毅然と生きているハワードの母(エヴァ・マリー・セイント)、ハワードを探し求める保険会社の調査員サター(ティム・ロス)、蓮っ葉なようでどこかしっかりしているアールの恋人と、それぞれが魅惑的な存在感を発揮している。

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2006/10/14

明日の記憶

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:堤幸彦

お腹が目立つくらい妊娠した娘の結婚式で行った主人公佐伯(渡辺謙)の挨拶が素晴らしかった。「恥ずかしい気持ちよりも、(49歳の若さで)孫ができることを感謝したい」。

若年性アルツハイマー病が進行し、大切なものを次々となくしていく佐伯であるが、見方を変えれば、別の大切なものを得ていくことにもなるのではないか。そうした意識の持ち方が大切だと思う。

仕事をやめるまでの前半には大いに惹き付けられたが、後半の展開が気になった。それは、介護する枝実子(樋口可南子)があまりに美化されて描かれていることだ。

様々な葛藤も描写されているが、それでは足りないと思う。家庭を守るということが生きがいであったにしろ、介護生活の中で暴力という行為まで発生したとき、それでも我慢できるのかという事。

無論、こんなにまで献身的な女性はいないことはないが、一般的ではないであろう。観る者に感動を与える見どころではあるが、ここまでいくと現実味が薄れてしまうのではないか。

吉田医師(及川光博)や得意先の河村課長(香川照之)、かつての部下達が主人公を励ます言葉が、静かに胸を打つもので心に残る。

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2006/10/05

GOAL ゴール

製作年:2005年
製作国:アメリカ-イギリス
監 督:ダニー・キャノン

どんなに優れた才能を有していたとしても、それだけで成功に結びつくとは限らない。夢を実現させるべく絶え間ない努力を続けること。だが、それは最低条件。まだまだ足りない。

大切なのはその夢に対して周囲からいかに応援してもらえるか。これである。自分の夢が周囲の夢となったとき、大きな飛躍がのぞめるのだ。その事を本作品では丁寧に描いている。

主人公サンティアゴ(クノ・ベッカー)はプロサッカー選手になる夢に向かって懸命に頑張るが、挫折の危機が何度も訪れる。自分独りだけであったら乗り越えならない壁。

だが、祖母、自分をスカウトしてくれたゲレン(スティーヴン・ディレイン)、スター選手ガバン(アレッサンドロ・ニヴォラ)らが親身になって行動してくれることにより、ギリギリのところで次のステップへ進むことができたのだ。

物語はスポーツ映画の王道をゆくものであるが、本作品に惹かれたポイントはここにある。

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2006/09/30

蝋人形の館

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジャウム・コレット=セラ

キッチュな魅力に満ち溢れていた「TATARI タタリ」(1999)が大好きだったので、同じ「ダーク・キャッスル社」が手掛けているといえば本作品を見ないわけにはいきません。

その期待には充分に応えてくれる出来栄え。独特の味わいは健在でありました。クライマックスでの蝋人形館の崩壊シーンでは、独自の美学が感じられる。

だが、どうしても気になってしまうのは、襲撃者から逃げるのに、退路が限定されてしまう二階や地下室へ向かってしまうことだ。それに突っ込みを入れながら見るということがこの種のドラマの定石と言ってしまえばそれまでである。パニックに陥ったものが正常な判断ができないという事もあるかもしれない。

しかし、そうしたことが続くとある種のフラストレーションがたまり、映画の世界と自分の心に距離ができてしまう。そうした違和感をつぶし現実味を増やしていけば、恐怖感はさらに高まっていくだろう。

そして、兄妹や学生たちの微妙な人間関係がドラマに反映されていないのも惜しまれる。

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2006/09/08

イントゥ・ザ・ブルー

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・ストックウェル

映画にどこまでリアリティーを求めるか。明らかにこんなことは現実世界では起らないだろうと感じてしまったとき、映画の世界から分離されてしまう。それを自分の心の中で調整し、うまく折り合えがつけばいいのだろうが、本作品ではそれが叶わなかった。

一番気になったのは、普通の若者たちがそんな簡単に人を殺すことができるのかということだ。いかに相手が悪人とは言っても、迷いなく殺害を行ってしまうことに違和感を覚える。

そして、偶然に発見した麻薬密売に手を出すかどうかの決断は、主人公ジャレッド(ポール・ウォーカー)が行うべきなのに、トラブルメイカーの二人組に引き摺り込まれる形となり、主題がぼやけてしまった感もある。これでは慎ましい生活でいいとするサム(ジェシカ・アルバ)の価値観が活かさせてこないではないか。

そもそも、借金に追われた弁護士ブライス(スコット・カーン)は麻薬を見つけたとき、もっと早く行動するのが本当ではないか。そこまでのもたつきも減点だ。同じ話でも構成を変えればより面白くなったと感じさせ、大いに惜しまれる。

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2006/08/02

Vフォー・ヴェンデッタ

製作年:2005年
製作国:イギリス/ドイツ

本作品では明らかにされていないが、気になるのはV(ヒューゴ・ウィーヴィング)とゴードン(スティーヴン・フライ)の関係だ。数々の類似性が示されている。

禁止された美術品の収集、トーストの焼き方、芝居がかった台詞。そもそもVとイヴィー(ナタリー・ポートマン)の出会いも偶然とは言いがたいものがある。何故、ゴードンへ会いに行くイヴィーを助けることができたのか。

そして、アダム・サトラー議長(ジョン・ハート)を笑いものにするゴードンのテレビ番組。いかにVの活動により、規制が揺れているとはいえ、あそこまで行なえば、身に危険が及ぶのは明らかな筈だ。それを平然と部屋で待ち受けていたのは何故か。すべてを偶然と片付けることはできない。

同一人物ではないかと最初は考えたが、それを否定するような映画的事実もある(例えば、腕の火傷など)。ここで気になってくるのはゴードンの隠し部屋にあった写真である。

この二人には何か繋がりがあり、同志関係となって計画を練ってきたのではないか。この二人の関係を見極めるためにも、もう一度見直してみたい。

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2006/07/28

セブンソード

製作年:2005年
製作国:香港/中国
監 督:ツイ・ハーク

本作品の最大の魅力はスタイリッシュな映像美にある。一つの美意識に貫かれ、俳優や風景をダイナミックにとらえている。ファースト・シーンの殺戮では、次々と頭や腕、足がスパッと切り離されていく。これを見れば、製作者はリアリズムよりクールな映像に主点を置いていることが分る。

問題は153分という決して短くない上映時間を使っても、登場人物たちの背景や7つの剣の由来などがさっぱり理解できず、ドラマに深みが生じてこないことだ。

ヤン・ユンツォン(レオン・ライ)やチュウ・チャオナン(ドニー・イェン)の過去が語られる場面にしても、あまりに唐突で構成の悪さばかり目立ってしまう。

そして、敵方の異能な剣士たちが簡単に倒されていくのも、物語に弾みがなくなっていく。

いかに黒澤明監督の「七人の侍」(1954)が傑作であるか再認識させてくれることになる。

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2006/07/25

白バラの祈り

製作年:2005年
製作国:ドイツ
監 督:マルク・ローテムント

何度もゾフィー(ユリア・イェンチ)が視線を送る窓から差し込む光。その光は彼女の待ち望むドイツの自由を象徴するものであろうか。それを室内から見るという構図もなかなか絶妙である。彼女にはそれを手にすることはできなかったのだ。

ずっと昔、「白バラは死なず」(1982)を見た時に、ヒトラー政権下で反ナチスを掲げ抵抗運動を行なった学生グループがいることを初めて知り、深い感銘を受けた記憶があります。だが、細部はほとんど忘れてしまっているので、本作品によって詳しく補えることになった。

文字通り命を賭けてまで大切な何かのために戦おうとする姿が深く心に焼き付く。

終始、冷静で気高い雰囲気を崩さないゾフィー。感情を剥き出しにする尋問官や裁判官と対比させて、それが際立つ演出となっている。そんな彼女が死刑と決まったときに一度だけあげる悲痛な叫び。それが観る者の胸を突き刺します。

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2006/07/24

カミュなんて知らない

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:柳町光男

オマージュというにはあまりにも露骨な形で登場する「アデルの恋の物語」と「ベニスに死す」。映画のタイトルだけでなく、登場人物の名前から行動まですっかりなぞらえている。

本作品のプロットを考えれば、ここまで分りやすい形でなくても良かったはずだ。それをこんな形にするからには、製作者の計算があってのことだろう。本作品のテーマとリンクさせ、映画的強調になっている。

もう一つ突出しているのは、クライマックスの映画撮影現場だ。最後まではっとさせられる。どこまでが現実で、どこまでが現実でないのか、その境界線が曖昧になったままラストまで続くのだ。

映画というフィクションの世界はもちろん現実ではないが、全くの作り事と言い切ることはできない。現実であり、現実でない。そのことを終始描いているのが本作品であると感じる。

その中で、「これは映画なんだから」という言葉で思考を止めてしまう松川監督(柏原収史)が途中退場してしまうのは必然の流れと言ってよい。とことん映画と現実を融合させていく真情がなければ、映画の神は微笑んでくれない。

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2006/07/20

綴り字のシーズン

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スコット・マクギー/デヴィッド・シーゲル

例えば、飲酒やギャンブルに溺れるとか、不倫が発覚して喧嘩が絶えないとか、犯罪行為が発覚し世間から糾弾を受けるというような分りやすい原因があるのなら、家庭崩壊もある種必然だと感じさせる。

だが、このナウマン家の場合はどうであろう。イライザ(フローラ・クロス)がスペリング・コンテストに勝ち残っていくのに比例して、家族の間がおかしくなってくる。

それまであまり関心を持っていなかったと推測される父親ソール(リチャード・ギア)がイライザに付きっきりになったとき、母と長男は自己を見失うように極端な行動に走っていき、家族はバラバラになってしまう。これは一体なんなのか。

父親が周囲のことをよく見ていないマイペースな男であるということを原因であるとするのは容易い。だが、それは表面的なことに過ぎないだろう。問題は個々の思いを抑圧し、父親の期待する姿を無意識のうちに演じていたことに気付いてしまったからではないか。

父親の視線がイライザに集中したとき、それが叶わないと自覚してしまった。そして、彼らのアイデンティティが大きく揺らいでしまったのではないだろうか。

最大のポイントはイライザの最後の決断。通俗的な感動ドラマであれば、まず逆になっているはずだ。それが、この物語を難解にしている一因でもある。

だが、この決断によって、家族再生を願う少女の想いが観る者に伝わり、清々しい余韻が残る。

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2006/07/16

旅するジーンズと16歳の夏

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ケン・クワピス

ティビー(アンバー・タンブリン)と白血病の少女との病室での会話が心に残る。「私って、人の見る目がない」、「でも、今は気付いているでしょう」。

いち早く理解することができるかどうかは、その人の能力によって差がつく。それを悔やんでみても仕方ないではないか。時間がかかったとしても大切な何かに気付くことができることの方がはるかに重要だ。

実に巧い構成だ。一人一人のドラマは特別に目新しいものでないが、4人の悩みが平行に描かれていることで深みが増し、情感豊かな作品となっている。カットの切替も走っている場面を繋いでいくなど、丁寧に編集されている。

幼なじみ4人にとって、この夏は互いの心の絆を確認する時間になった。それまでいつも一緒だったのに、初めて一人となって過ごす夏の時間。それぞれが新しい出会いや事実に直面し、心が大きく揺れる。

だが、彼女達は心の拠り所をしっかりと自覚し、不安を踏み越える勇気を発揮させた。辛いときにはいつでも駆けつけてくる友達がいるのだ。これらのことはその後の人生においても何度も繰り返されるだろうが、彼女達は大きく飛躍していくに違いない。そんな明るい希望に満ちている幕切れだ。

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2006/07/10

天空の草原のナンサ

製作年:2005年
製作国:ドイツ
監 督:ビャンバスレン・ダヴァー

本作品に惹かれるのは、モンゴル遊牧民の暮らしぶりを興味深く知ることができるからであろう。ゲル(遊牧民のテント)の解体やチーズを作る過程など初めて学ぶことも多い。

それらはありがちな牧歌的郷愁を誘うものでなく、現在の社会状況と呼応しながら、いかに今の時代を暮らしているのかが克明に描かれているから一層心に強く残る。

犬についての話題も、遊牧民たちの生活が大きく変わってしまっている実情の一端である。単に、犬を飼いたい、飼わせないという問題だけではないのだ。

そして、主人公ナンサ(ナンサル・バットチュルーン)がなんと愛らしく存在していることか。母親から家事の手伝いを言いつけられても、素直に働く姿がとても好ましい。両親の情愛もヒシヒシと伝わってくる。

どこまでも続くモンゴルの大草原をとらえた映像も秀逸だった。

プロローグの輪廻転生の逸話で、天と地の境界線を暗示させる山の描写が胸に強く焼き付く。

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2006/07/07

ナニー・マクフィーの魔法のステッキ

製作年:2005年
製作国:アメリカ/イギリス/フランス
監 督:カーク・ジョーンズ

ナニー・マクフィー(エマ・トンプソン)とは一体何物であったのか。しつけを終えるごとに消えていく身体的ウィークポイントは、魔法によって試練を課されたものなのだろうか。何故、彼女は亡き妻の椅子に向かって頭を下げたのだろうか。本作品中では何も明かされていない。

だが、そのことにより、味わいを深めることになった。彼女がブラウン家にやってくるまでに壮大なドラマがあったと感じさせる。

問題が起きたとき、単に魔法のステッキで解決させるのではなく、子供たちにどうしたらいいのか考えさせるのが秀逸だった。原因と結果を見据えることによって、子供たちは見る見るうちに成長を遂げていく。それは子供たちだけでなく父親セドリック(コリン・ファース)も含まれている。

製作会社がワーキング・タイトル社というのも特徴的だ。ロマンティック・コメディーの秀作を数々世に生み出しているが、そのテイストがここでも生かされている。クライマックスでの雪の結婚式には幻惑的な美しさがあり、温かな余韻が残る。

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2006/07/01

甘い人生

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:キム・ジウン

携帯電話をかけるかどうかの葛藤。この些細な行為によって運命が大きく変わってしまう。それまで自分が築き上げたしまった人生が崩壊し窮地に追い込まれる。

非情を売り物にしてきたはずなのに、ひとりの女性の笑顔によって、違う自分を見つけてしまったのだ。この場面が泣かせる。

しかし、そこからの展開が大いに疑問。かつての部下からの援助。あまりに無策な銃器調達。簡単に接近できてしまう仇。どれも非現実的であまりに都合が良すぎると感じさせる。

このまま終ったら、かなり評価が厳しくなるところでしたが、最後になって覆される。これはソヌ(イ・ビョンホン)の白日夢であったのか。ひとつの破滅願望を描いているものであれば納得できる。

それは、ソヌ(イ・ビョンホン)が窓ガラスに映る自分を見る場面の反復からも感じられる。これが普通の鏡ではないところがポイント。自分の存在の不確定さが切実に伝わってくる。

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2006/06/26

タイフーン

製作年:2005年
製作国:韓国
監 督:クァク・キョンテク

ラスト・シーンに一番幸せだった頃の場面を持ってきている。何かに似ているなぁと考えていたら、「力道山」(2004)がそうだったと思い出す。韓国映画のひとつの作法になっているのだろうか。より深く余韻を残すことになる。

なぜ、セジョン(イ・ジョンジェ)はシン(チャン・ドンゴン)を撃つことができなかったのだろうか。あそこで、仕留めていればすべて片がついたはずである。そのためらいが本作品のポイントだった。

本来であればもっと後半にあってしかるべきである姉妹の再会を中盤にもってきているのは、このためであろう。セジョンの心の動きが観る者の共感となっている。

しかし、沖縄に核兵器が配備されるという冒頭の設定には唖然としてしまう。特に詳しく触れられていない分、韓国ではそれが当たり前として認知されているのでは感じさせる。こうしたところが重要ではないか。

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2006/06/21

逆境ナイン

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:羽住英一郎

不屈(玉山鉄二)がピンチに陥ったときに「逆境だ」と笑顔を浮かべる。この逆想が刺激的だ。苦境に涙を浮かべ愚痴を言うのは容易い。逆に喜べるくらいになると人生に余裕をもたらす。

例えそれが乗り越えらなかったとしても別に構わないではないか。戦おうとする気概が何より大切である。

本作品が面白いのは「仮面ライダー」などの戦闘ヒーロー物のパロディとなっているからである。そういう意味で校長先生役に藤岡弘がキャスティングされているのはあまりにも絶妙な配役であった。独特の台詞回しや人物造形などで大いに笑える。

そもそも、この種の映画にリアリティを期待するのは野暮というものである。それを分っていても、クライマックスの決勝戦の展開はあまり非現実的で白けてしまった。

112対0という絶望的な局面をいかに打破するか、もうひと捻り欲しい。不屈の超人性を見せるにしても、あれでは都合よすぎる。

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2006/06/17

東京ゾンビ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:佐藤佐吉

無責任と無関心。忍耐力の欠如。即物的な欲望。現代の日本社会の精神的背景が色濃く本作品には反映されている。その象徴が“黒富士”であろう。

ゾンビ襲来というのはひとつの状況であり、そこから浮かび上がってくるのは、寒々しい心の暗部ばかりだ。ホラーやコメディーの形を借りて、今の日本を映し出している作品。こうした所は本家ゾンビのジョージ・A・ロメロ監督に通じるものだと感じる。

柔術については的確なアドバイスと動きを見せるミツオ(哀川翔)。これだけ見ればかなりの人格者であると思わせるが、その他の生活面では著しく適応できていない。

本社社員にいじめられても無抵抗のままだし、癌についての見解も強烈な思い込みからであった。この対比がおかしい。

本作品はなんといっても、浅野忠信と哀川翔の圧倒的な存在感がポイントだ。二人の会話の軽妙なやり取りやリアクションがおかしいので、ずっと聞いていたくなる。二人の佇まいは本当に絵となる。

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2006/06/11

ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ

製作年:2005年
製作国:アメリカ/イギリス
監 督:ニック・パーク/スティーヴ・ボックス

野菜を食べるうさぎの本能を変えようとする無謀な試み。野菜でなければ、何を食べさせようとするのか。肉食になればもっと恐ろしい事態も考えられるのに。

このシークエンスを現実的でないと切り捨てるのは簡単ではある。だが、このような偏った発想って意外と多いのではないか。ある一面だけをみた解決策は本質的な問題解決にはならず、一時的なごまかしでしかない。かえって問題が大きくなってしまう。気をつけたいものだ。

これだけ長時間のクレイ・アニメを作り上げた労苦は偲ばれる。そのことを充分に承知しているが、本作品を見たとき、驚きが感じられなかった。

様々に仕掛けられたパロディもクスクス笑わせてくれるのだが、大笑いするまでに至らない。脚本が平板なのであろうか。悪い意味でこちらの読みどおりのドラマ展開で、心からハラハラドキドキしなかったのが大きい。

グルミットは犬というよりも理想の妻を体現している。余計なことは話さず、てきぱきと家事をこなし、ウォレスの失敗をいつの間にかカバーしてくれる。現実にはこんな女性はそうそういないであろう。その夢の姿をグルミットに託して描いているのであろうか。

そんなグルミットが自分で育てている巨大野菜と過ごす場面が印象深い。自分の子供と一緒にいるような慈しみぶりである。ウォレスでは満たされないものをここで補完しているようであった。

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2006/06/07

電車男

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:村上正典

物事を変えるには越えていかなければならない一線がある。越えてしまえば、なんでもないよう感じるかもしれない。

だが、その一線には、安易な侵入を拒む高い障壁が築かれているように見える。その壁を越えるべく挑戦を続ける勇気があるかどうか。物事の本質はここにあると思う。

この電車男(山田孝之)にはエルメス(中谷美紀)に電話をかけるかどうかが一線だった。掲示板仲間の励ましがあったにせよ、実際に電話したのは自分自身。

失敗するかもしれない。笑い者になるかもしれない。そんな恐怖心を乗り越えて、奇跡のドラマは始まっていく。

そういう必死になって頑張っている姿を目の当たりにしていると、見ている者にも不思議なエネルギーを与えてられていく。

掲示板の仲間たちにも影響を与えていくのは、この種のドラマの定石であるが、それでも大いに心揺さぶられていく。

エルメスとの会話の中で、最初はとても早口で「すいません、すいません」と繰り返していたが、最後にしっかりした口調で「ありがとう」という。ここにこの青年の成長を感じる。

自分に自信があるときには、「すいません」よりも「ありがとう」の言葉が自然に出てくるものなのだ。

本作品はリアリティを感じられるかどうかで評価が大きく分かれているようだが、私は思う、フィクションとしては良くできていたと。

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2006/06/06

イーオン・フラックス

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:カリン・クサマ

ドラマの出発点が興味深い。ウィルスの発生というのは、狂牛病や鳥インフルエンザが起っている現代においても切実な問題である。鳥インフルエンザが制御不能になるかもしれないという報道を目にすると、ウィルス撃退ワクチンを握るものが権力者になるというのも決して絵空事でない。

どんなに厳しい取り締まりや監視活動を行い、危険分子を排除していっても、反権力を抑える術はない。たとえ調和のとれた格調高い世界であっても、自分で意志決定のできる自由がなければ決して住みやすいものではないからであろう。

そのような未来設定は面白いものがあるが、イーオン・フラックス(シャーリーズ・セロン)が活躍する闘いの展開がどうもありきたりだ。どこかで見たような既視感でいっぱいになる。

グッドチャイルド家って、ロスチャイルド家を暗示していることなのか。そういう名前にも意味を持たせているのかもしれないが、読み説けなかった。

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2006/06/03

エミリー・ローズ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スコット・デリクソン

エミリー・ローズ(ジェニファー・カーペンター)に起きたことは、悪魔憑きが原因だったのか、病気が原因だったのか。観客にどちらが正しいのか決めさせる余地を残している。

その為、裁判ドラマであるにも関わらず、非常に曖昧で釈然としない気分のまま映画は終わっていく。ここで描かれているのは、何が正しいとするのか決めるのは個々の信念であるということだ。

だが、エリン弁護士(ローラ・リニー)の起った午前3時の怪異現象はどう捉えればいいのであろうか。映画的事実からすれば、エイミー、ムーア神父(トム・ウィルキンソン)、エリンと3人が同じ体験をしている。そこから闇の力は存在していることを暗示している。

しかし、エイミー以外は悪魔に憑かれなかった。この差はなんなのか。この体験を通して、エリンは悪魔憑きの信憑性を確信していくことになるのだが。本作品にはたくさんの疑問が残されている。

この裁判を通して劇的に変化していくのはエリンである。出世のためこの仕事を引き受けたのに、彼女は共同経営のオファーを断り、これまでの生き方から決別する。

彼女は何に気付いてしまったのか。これまで自分が行ってきた仕事への疑問。有罪を恐れず自ら証言台に立つことを望む神父。エミリー・ローズの選んだ道。

一人でも人生を変えてしまったのなら、それだけでもこの裁判は価値があるのではないだろうか。

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2006/05/31

ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:アンドリュー・アダムソン

預言によって普通の人間が救世主として祭り上げられるというと、すぐに「マトリックス」(1999)を思い浮かべる。そこで葛藤されるのは、その預言を自分自身で信じられるかということである。

戦う勇気があるのか。戦う能力があるのか。他者を慈しむ心を持てるのか。終始、主人公たちは自問を繰り返す。

本作品はイエス・キリストの贖罪と復活をモチーフとしたアスランの行動などがあり、明らかにキリスト教の世界観に基づいている。では、教徒ではない私には遠いドラマかというとそんなことはない。

なぜなら、日常生活の中においても、我々は思いもかけない使命に直面することがあるからだ。その戸惑い、苦心、迷いなどを経験しているから、登場人物たちに自分の姿を投影し画面に惹き付けられるのであろう。

弟エドモンド(スキャンダー・ケインズ)の消えることがない父への思慕。そのために起る兄ピーター(ウィリアム・モーズリー)との確執。不満から芽生えていく虚栄心。

そうした細かい感情を丁寧に描写していくアンドリュー・アダムソン監督の演出もなかなかいい。

どうしても「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズと比較してしまい、あの重厚感には勝てないかもしれません。だが、ひとつの作品としては充分に堪能できる手堅い作りになっていると思います。

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2006/05/30

シリアナ(1回目)

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スティーヴン・ギャガン

かつて映画のタイトルにもなったことのある“バタフライ・エフェクト”というカオス理論。この言葉が本作品を観ていて頭をよぎる。様々な思惑がぶつかり合い、当事者には予想もつかない影響を他者に及ぼしていく。

だから、世の中のことに興味を持って見ることが大切だと思う。知ったからといって、自分の身に起ることを避けることはできないかもしれない。しかし、何も分らず他者の思惑に自分の運命を委ねることはしたくない。

分り難い。単調。思わせぶり。本作品のレビューに目を通していくとそんな言葉にぶつかっていく。確かにある面で当たっているかもしれない。

だが、「華氏911」(2004)のマイケル・ムーア監督のようにアメリカの非を声高に追求するのではなく、問題を示唆する程度にとどめていることで表現として深みを増しているとも感じる。

全編を通して緊迫したムードに惹きこまれる。もっとも興味深かったのは、いかにして自爆テロを実行する若者が誕生していくのか、その過程がしっかりと描かれているところです。

そして、邪魔するものは排除するアメリカの論理に肌寒くなる。リンカーン大統領。ケネディ兄弟。キング牧師。アメリカは怖い国だと思う。

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2006/05/26

交渉人 真下正義

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:本広克行

「踊る大捜査線 THE MOVIE」(1998)が快作であったのは、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ」という名台詞を生んだことにある。それは当時の社会を痛烈に批判するもので、観客に大いなる共感を生んだ。

そのスピンオフ作となる本作品は、地下鉄指示室という会議室に舞台を絞って展開される。情報化社会の中心のようなその指示室においても、指示を決断する根拠は勘であるという視点は興味深かった。先に挙げた現場というのは、この勘というキーワードで通じていると思う。

ここで大事なのは、その勘を信じられるかどうかである。無論、なんの根拠もない博打的な勘であっては問題外である。緻密なデータや裏打ちされた経験によって導かれる勘によって、様々な選択肢の中、自分の答えを見つけ出す。裏目にでるかもしれない、失敗するかもしれないという薄氷の思いを抱きながら決断することの勇気を称賛している。

飽きさせないで最後まで見せてくれたという点では合格かもしれないが、どこか拍子抜けと感じも歪めない。全体を通して一通りディティールを描いているのだが、観客の意外性をつく驚きに欠けていることが原因ではないか。

例えば、会議室にいる真下と対比する形で現場を担当する木島(寺島進)の存在。柄の悪さなかにも人の良さを滲ませる人物造形は秀逸なものがあるが、犯罪捜査としていまひとつ冴えを見せていない点がひとつ。

また、交渉人という特殊な仕事のディティールが、あるレベルまで描写されているものの、観客を深く感心させるレベルまでいっていない点がふたつ。

三つ目は、犯人が出す映画や小説のヒントに対して、もう一歩深い関連付けがなされていないことだ。4つのヒントの共通点ななんだという台詞があるにも関わらず、その答えがなされていない。これではミステリーとして大いに不満だ。

エンド・クレジットの記念写真の使い方が面白い。最後の最後になって、ドラマが繋がっていくセンスは鮮やかだった。

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2006/05/24

プルーフ・オブ・マイ・ライフ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョン・マッデン

自分のアイデンティティーを確立できないと、記憶すら曖昧になってしまうものなのか。亡くなった父ロバート(アンソニー・ホプキンス)と対話するキャサリン(グウィネス・パルトロウ)のファースト・シーンで、彼女が妄想と現実の境目がなくなっていることを強く印象付ける。

自分が精神病かもしれないという恐れで、自分の記憶すら自信が持てずにいる。キャサリンが攻撃的な発言を繰り返すのも、自分というものが確立していないからだ。そのことで自分自身も傷つくことになるのだが、止めることができない。そこが実に痛々しい。

証明を書いたノートを父の引き出しに入れ鍵をかけるキャサリンの行為が興味深い。父親の業績にしたいという思いと自分が成し遂げたいと言いたい気持ちが入り混じり、答えを出せずにいる。

その鍵をハル(ジェイク・ギレンホール)に与えたということは、ひとつの決断であった筈なのに、父の業績だと断定されると自分が書いたものだと言わずにはおれない。このノートが彼女のアイデンティティーの象徴となっている。机に隠されたり、ジェイクの手に渡ったり、彼女の元に戻されたりする。この所在の不安定さが彼女そのものであると感じる。

その状態から逃げるように、姉クレア(ホープ・デイヴィス)に連れられてシカゴからニューヨークへ移住することに同意するが、その出発の直前で彼女は気付く。他者に依存して生きることは間違いだと。そして、もう一度、自分自信が決断して生きることを選ぶ。

再び失敗するかもしれないが問題ではない。駄目なら、うまくいくよう計算し直せばいいのだ。

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2006/05/23

ロード・オブ・ドッグタウン

製作年:2005年
製作国:アメリカ/ドイツ
監 督:キャサリン・ハードウィック

こんなに切なさを秘めた映画だとは思わなかった。かつて当たり前のように並んで滑っていた仲間たち。いつの間に別の道に分れて一緒に笑えなくなってしまった。その苦さが、病気の仲間の家に揃い彼らのスケーティングを生んだプールでもう一度滑ることによって消えていく。

仕事ではなく楽しみとして滑ることが甦ってくる。その溢れんばかりの喜びがこちらまで伝わってきて、心が大いに揺さぶられる。

現在、オリンピック競技となるようなメジャースポーツも、その誕生期には若者たちの偶然の発見と創意工夫の遊び心で生まれたものなのであろう。本作品ではスケートボード創生期が克明に描かれていて実に興味深かった。

少年達の兄貴分としてスキップ(ヒース・レジャー)の配置が絶妙であった。一つの時代の光と影を体現していると思う。

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2006/05/10

ウォーク・ザ・ライン 君につづく道

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ジェームズ・マンゴールド

決して多くない不仲の妻ヴィヴィアン(ジニファー・グッドウィン)との会話の場面で、妻が自分の父親の話を持ち出すことに注目したい。父親と深い確執があるジョニー(ホアキン・フェニックス)に対して、妻とその父親は円満な関係を保ち続けている。

父性を拒否するジョニーと父性を求め続けるヴィヴィアン。その事が自分達の家族関係にも多大な影響を与えている。価値観が根底から違っていたのだ。音楽のことやジューン(リース・ウィザースプーン)、薬物中毒など彼らの障害となった問題は幾つもあるが、離婚に至った原因はその価値観の違いがもっとも大きかったのではないか。

ラスト・シーンが感動的だった。ジューンと結婚することができて、父親に空っぽと言われた家に両家族で一杯になる。それまでにも家族が揃う場面もあるが、その時には寒々しく感じられた。それとは対照的に暖かな安らぎに満ちている。父との確執を乗り越え真の家族を手にした喜びがそこにある。

ロックン・ロール創生期の混沌とした状況が興味深かった。エルヴィス・プレスリーやジェリー・リー・ルイスなどヒットヒャートを賑わす大スター達がツアーで回ると言っても自分達で車を運転するなど、ドサ回りに近いものであった。ビック・ビジネスとなった今では考えられないが、その旅の開放的自由さや家族と離れて暮らす虚しさなどをそこに見ました。

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2006/05/05

チキン・リトル

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:マーク・ディンダル

「僕には計画があるんだ」。どんな失敗をしても、常に前向きな姿勢を崩さないチキン・リトルの精神力にまず感心する。諦めない者にはチャンスが訪れることがひとつ。

最初の通学シーンも興味深い。意地悪されてスクールバスに乗り遅れたリトルが、いかにして教室までたどりつけるのか、その趣向が楽しい。リトルの機転が効くところが次々と映し出されているが、それが回りには分っていない。一つの型でなく、いろんな角度からその子の才能を見つけることが大切なのだ。

その最たるものが父親だ。「空が落ちてきた」事件以来、リトルの行動を正しく見ることができなくなってしまった。とにかく、大人しくしていろ、目立つな、という言葉ばかり。失敗を恐れてしまっているのだ。失敗して何が悪いのか、失敗を恐れて何も行動できないことの方が問題だ。

リトルの仲間たちも個性豊かで楽しい。最も気に入ったのはフィッシュ。言葉が話せない分、勝手にどんどん行動していく。その憎めない様子に、マルクス兄弟のハーポを思い出しました。

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2006/05/04

空中庭園

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:豊田利晃

「やりなおし。くりかえし」。母・さと子(大楠道代)が呪文のように何度も繰り返す。この場面が印象深い。本作品のテーマはここにある。例え家族といえども、一緒に生活していれば、何かしら問題は起ってくる。その為にどんなひどいダメージを受けたとして、家族ならやり直すことができる。やり直しして、平静な日々が続けば、また何かが起る。人の営みとはこのサークルの中で延々と続いていくのではないだろうか。

「幼稚園の学芸会みたい」とミーナ(ソニン)が絵里子(小泉今日子)の家族を看破する。家族の間に秘密を持たないという極端な設定を用意したことによって、デフォルメされた中から、家族とは何か観客に考えさせる。

いい家族関係を作るには、本来の自分の姿とは別に、家族を演じることも必要なのであろうか。それは虚構的かもしれない。嘘の人間関係でもあるだろう。だが、その事が本当に悪いのか。

人の心にはダークサイドが潜んでいる。それを見せ合っても、それはそれで疲れるだけだ。それなら、学芸会でもいいから明るい家族を作っていってもいいのではないか。本作品はそのことを肯定的に描いていると思う。

いい台詞が一つ。「思い込みが激しいと、本当の事が見えなくなる」。絵里子の生涯をずばりと表現している。

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2006/05/03

PROMISE プロミス

製作年:2005年
製作国:中国/日本/韓国 
監 督:チェン・カイコー

この映画の中で、何度約束が破られたことであろう。信頼し、裏切られる反復は、まず生き残ることを最優先としていることからきている。それは、何も自分のためではない。誰かを守ろうとし、その為に約束を破る。これも人間の業とも言えるのであろう。そういう意味でプロローグの饅頭の逸話が興味深い。

本作品が、もう一つドラマとしてすっきりしないのは、傾城(セシリア・チャン)が光明(真田広之)と昆崙(チャン・ドンゴン)の三角関係の中、どちらに惹かれ、どちらを諦めるのか、その葛藤が巧く描かれていないからであろう。そして、冒頭の「真実の愛は得られない」という運命が、ドラマに反映しきれていない。そのために、傾城に共感できず冷めた気持ちのまま映画が終わってしまうのだ。

心に残る登場人物は鬼狼(リィウ・イエ)であった。かつて仲間を裏切り自分だけ生き残った悔恨。それが、同郷人である昆崙(チャン・ドンゴン)を助ける要因となる。彼にはもう一度、自分の命か昆崙を助けるかの葛藤が用意されている。その選択が尊く、運命は自分で決められることを感じさせる。

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2006/05/02

ジャーヘッド

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:サム・メンデス

アンソニー・スオフォードは18歳となり憧れの海兵隊へ入隊を果たす。しかし、新兵訓練はただの虐待で、自らの選択を後悔し始める。1989年。カリフォルニア州のペンドルトン基地へ配属となる。そこで、スオフォードはサイクス曹長の目に留まり、厳しい訓練の末にわずか8名の斥候狙撃隊に選ばれるが…。

当事者でなければ分らないことがある。1990年に起きた湾岸戦争はハイテクを駆使しビデオゲームのようであると言われていた。その戦場にいた生身の兵士たちは、何を思い何を感じていたのか。10年以上の時間を経て、我々は知ることになる。

例えば、第二次世界大戦を描いた「プライベート・ライアン」(1998)、ベトナム戦争を描いた「地獄の黙示録」(1979)や「プラトーン」(1986)などの過酷な戦闘シーンを見れば、生き残って帰国したとしても以前の生活に戻れないのは仕方ないと実感できる。

だが、この湾岸戦争の兵士は一度も実戦で戦うこともなく帰国してしまう。それでも、以前の自分には帰ることができず苦しんでいる。戦争というものの新たな一面を見た思いだ。戦場の体験ではなく、洗脳ともいえるような人格を壊し戦士として鍛えていくシステム自体に問題があるのではないかということだ。

失ってしまった無垢なる心を取り戻すことができない男達。帰国して戦勝パレードが行われる。そのバスの中に乗り込んでくる男が印象深い。戦勝を祝うその男はかつての海兵隊と思われる。その自分の居場所が定まらない異常な姿に彼らの未来を予感させる。

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2006/04/28

マラソン

製作年:2005年
製作国:韓国 
監 督:チョン・ユンチョル

20歳のユン・チョウォンは自閉症のため5歳児並みの知能しかない青年である。母キョンスクはそんな彼に人並みの生活を送らせたいと熱心に教育を続けていた。ある時、チョウォンにマラソンの才能があると気づき、それを伸ばそうと元有名ランナーのチョンウクにコーチを依頼するが…。

まず細部が丁寧に作られていることに感心する。ファースト・シーンから積み重ねられているエピソードが絶妙な伏線となって後半の展開に繋がっていく。そのことで物語が奥深くなっている。

チョウォン(チョ・スンウ)彼の手の動きにも注目したい。手のひらの触感で様々なことを認識しているようであった。マラソンの場面でも、練習の時は草木に触れることを楽しんでいたが、本番では歩道で応援する観客の手のひらに合わせていた。この繋がりが巧い。そして、マラソンを引き止めようとする母キョンスク(キム・ミスク)の手を振り解いて出発していくところも印象深い。

基本的なストーリーラインはほぼ予想どおりであるが、ドラマ展開に意外性がある。例えば、元有名マラソン選手であるチョンウク(イ・ギヨン)コーチとの関係。チョウォンとの付き合いの中でコーチの人生を再生させていくのかと予想させていて、途中で彼の存在は消えていく。また、家族の離散を予感させておいて、微妙な一線で踏みとどまる。そういうことが続くので、画面に惹き付けられるのだ。

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2006/04/24

疾走

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:SABU

干拓地である地域を“沖”と呼び、もとから住居している地域は“浜”と称されている町が西日本にあった。“浜”の人々は“沖”を蔑み近寄ろうとはしなかった。“浜”で両親と優秀な兄とで暮らすシュウジは、幼い頃、“沖”のヤクザもの、鬼ケンとその愛人アカネに助けられたことがあったが…。

誰かを守ろうとする行動は、たとえ正しくない選択をしてしまったとしても、観る者に熱い感情を呼び起す。そんな少年の悲愴さは蜷川幸雄監督の「青の炎」(2003)を想起させる。

コメディー色を取り除いているが、状況がどんどん悪化していき、出口を探し求め走り続ける主人公シュウジ(福原秀次)の姿をみると、いかにもSABU監督らしいモチーフであると感じる。救いようのない話ではあるが、最後に希望を抱かせるため静かな余韻を残します。

神父の豊川悦司が語る宿命と運命の違いには感じ入った。人間は必ず死んでいく。これが宿命。死んでいくまで、いかに生きていくか。これが運命。宿命は変えることができないが、運命は変えることができるのだ。

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2006/04/21

ミュンヘン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:スティーヴン・スピルバーグ

1972年9月。ミュンヘン・オリンピック開催中、パレスチナのテロ集団“黒い九月”がイスラエルの選手村を襲撃。選手11名が殺害される。これを受けてイスラエル政府は報復を決意、諜報機関“モサド”よって暗殺チームが秘密裏に組織される。そのチームリーダーにアヴナーは抜擢されたのであるが…。

最も意外に感じたのは、暗殺チームがイスラエルから資金だけ提供され、情報も武器も作戦もすべて自己調達で任せられているということ。しかも、彼らはプロ中のプロという逸材ではなく、急場の寄せ集めのメンバーなのである。

そのため、手際の悪さが異常に目立つ。史実に基づいているということであるが、今まで観てきたスパイ・アクション映画では考えられないことだ。そんな状況下で、よくあれだけ暗殺が成功できたものだ。そのことに、まず感嘆する。

もっとも印象深い場面は、彼らがパレスチナのグループと一夜を共に過ごすところ。アヴナー(エリック・バナ)と向こうのリーダーとの会話で、どちらもお互いの正義と悲願のために戦っていることが分ってくる。そして、ラジオの選局でもめるところもユーモア溢れるものであるが、その決着の仕方が鮮やかである。どんな問題にも第3の道があることを示唆している。

アヴナーの夢の中で、オリンピック選手殺害の顛末が語れる構成になっている。不毛な暗殺の応酬が、彼らの死を悼むという心が見失われていく。彼らがこうした戦いを望んでいたのか改めて考えさせられる。こういう点でヴィム・ヴェンダース監督の「ランド・オブ・プレンティ」(2004)を想起する。

そして、「我々は高潔な民族ではなかったのか」という問い掛けが深く胸を打つ。

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2006/04/19

フライトプラン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ロベルト・シュヴェンケ

直接粗筋には触れておりませんが、ネタバレを気になされる方は飛ばして下さい。

観る前には「フォーガットン」(2004)との相違点が気になっておりましたが、実際鑑賞してみるとアルフレッド・ヒッチコック監督の「バルカン超特急」(1938)を連想させる内容でありました。窓ガラスのいたずら書きがキーポイントになるのも似ています。

自分の娘は誘拐されたのか、それとも既に亡くなっており妄想の中で存在するものなのか。映画の興味はそこに収斂する。ここで効いているのが、ファースト・シーンでの無人の地下鉄に亡き夫と乗り込むシークエンスである。こうした幻想シーンがカイルの不安的な心理を象徴し、彼女の妄想である可能性の高さを示唆する。

それは伏線なのか、それとも観客をミスリードするものなのか。ミステリー的興趣は増してくる。その期待に対して解答が提示されるが、とても納得できるものではない。あまりにも不確定要素が大き過ぎる。ひとつ間違えば簡単に破綻してしまうものばかりだ。物語に無理があるので、釈然としない気分が残り続ける。

客室乗務員役のエリカ・クリステンセンの使い方も勿体ない。後半のドラマに絡んでこないなら、最初からいなくても良かった。

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2006/04/17

ランド・オブ・ザ・デッド

製作年:2005年
製作国:アメリカ/カナダ/フランス
監 督:ジョージ・A・ロメロ

ある時、謎の原因で死者が甦り人間を襲う。わずかに生き残った人間は二つの川に挟まれた土地に要塞都市を築き生活していた。中心にそびえる高層ビルのフィドラーズ・グリーンでは上流階級が優雅な暮らしを続けている。彼らのために傭兵軍が組織され、外の世界から物資を調達してくる任務が遂行されていたが…。

本作品を旧ゾンビ3部作と比較して、苦言を呈している評価をいくつか目にしました。実はロメオ監督の作品を観るのはこれが初めての私には、この終末世界の創造に多大な衝撃を受けました。「ゾンビ」シリーズが何故、カルト的人気を博しているのか、その理由の一端を掴めました。当然ながら、旧シリーズにも鑑賞意欲が沸いてきました。

ゾンビが人間を襲うシーンには残酷性があるのは当たり前ですが、逆に人間がアンデッドを襲う場面にぞっとするような殺戮性を感じさせる。従来のゾンビが加害者、人間が被害者という一律的なイメージを壊し、両者は同等であるという感慨を抱かせる。

花火に目を奪われたり、眩い高層ビルを目指して移動続けるなど、光を求めるゾンビたちに哀愁を感じさせる。そんなゾンビたちと、都会を離れ北へ向かおうとする主人公ライリー(サイモン・ベイカー)の姿がリンクする。ここでも両者の同一性を思わずにいられません。

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2006/04/14

単騎、千里を走る。

製作年:2005年
製作国:中国/日本 
監 督:チャン・イーモウ/降旗康男(日本編)

単身で中国へ渡り息子の代わりに仮面劇を撮影する。本作品がユニークなのは、その行為自体、高田(高倉健)の大いなる勘違いではないかと観客に感じさせるところ。ありきたりな話であれば、その仮面劇が本当に貴重なもの、高田の行動が崇高なものとして終わっていくだろう。

だが、チャン・イーモウはそうしない。高田が中国で行ったことは意味のない行為であったかもしれない。重要なのはその行為が誰かを思いやることから生まれ、誰かを喜ばせたいとか、謝りたいという気持ちそのものを表していることだ。その思いの強さが、様々な障害に諦めず、粘り強く行動していくことに繋がっていく。

そして、そのことから思いもかけないドラマがいくつも生まれていくのだ。その最たるものが、リー・ジャーミン(同名)とヤンヤン(ヤン・ジェンボー)の親子の関係と高田のそれが交差してところ。高田とヤンヤンが道に迷い一夜を共に過ごす場面が印象深い。ヤンヤンを追いかけることは自分の息子を追いかけることでもあったのだ。その夜の時間が高田とヤンヤンの絆を強めていく展開も秀逸なものだった。

もう一つ印象深いのは、高倉健はこれまで演じてきたキャラクターの投影する主人公となっている一方、中国側では「あの子を探して」(1999)のように素人ばかりを使って撮影が進められているところだ。それが水と油のように合わないのではなく、高倉健の世界とチャン・イーモウの世界が違和感なく存在している。それが素晴らしい。不思議と調和した世界になっている。

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2006/04/13

オリバー・ツイスト

製作年:2005年
製作国:イギリス/チェコ/フランス/イタリア
監 督:ロマン・ポランスキー

19世紀のイギリス。孤児のオリバー・ツイストは9歳になり、救貧院へ連れて来られる。そこでは粗末な食事のため誰もが空腹に悩まされていた。くじで負けたオリバーは皆を代表しておかわりを求めるが、委員の怒りを買い追放処分になる。その後、葬儀屋の主人に引き取られるが、ここでも理不尽ないじめにあうのであった…。

オリバーは状況が悪化すると、いつも泣きべそをかいている。自分の力ではどうにもならないことを知っているのか。しかし、何故か周囲の人々から救いの手が差し伸べられる。それが何度も繰り返されるのだ。ここにこの少年の特異性が感じられる。つまり、彼は人々に無垢なる心を呼び起す触媒のような存在であったのではないだろうか。

だが、そんな彼もここぞというときには決然と行動する。葬儀屋で兄弟子から亡き母親の悪口を言われると、猛然と食ってかかる。その激しさには目を見張る。そして、そこを飛び出して、ロンドンに向かっていくのだ。オリバーはただの泣き虫ではなく、運命に対して戦いをのぞむ気骨があることを感じさせる。

オープニング・タイトルがクラシカルな雰囲気をかもし出し、なかなか良かった。版画のような絵から実景にかわっていくファースト・シーンも鮮やかなものだった。

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2006/04/08

博士の愛した数式

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:小泉堯史

家政婦をする杏子が新たに派遣されたのは、交通事故に遭って以来、80分しか記憶が持たない天才数学博士の家だった。博士は記憶を補うために着ている背広にいくつものメモを貼り付けていた。最初は意志の疎通がうまく図れず苦労する杏子。しかし、次第に博士の語る数や数式の美しさに魅了されていくのだが…。

先に原作を読んでおりました。これは絶妙だと感じたのは、原作では母親の視点から物語が綴れていたのに対し、映画では中学の数学教師となったルート(吉岡秀隆)が教室で生徒に博士との過去を話す設定に置き換えられていること。

そのことで、「虚数」や「友愛数」などあまりなじみない数学用語が自然に説明され、100%ではないにしろ観客の理解力が高められた。吉岡秀隆の先生ぶりも自然で良かった。

そして、原作にはなかった能の意趣が博士と義姉の関係を象徴するものとして見事に使われていた。この小泉監督の脚色がなんと言っても素晴らしい。

俳優陣もみな個性豊かに存在感を発揮していた。朴訥とした人柄の温かさと思い込みの強さや頑固なところをユーモラスに見せた博士役の寺尾聰。溌剌と自転車を走らせ前向きな力強さを感じさせる杏子を爽やかに演じた深津絵里。楽しそうな博士と杏子とルートの団らんを母屋からそっとのぞき見る深い哀しみと嫉妬心を凛とした佇まいで見せる義姉役の浅丘ルリ子。それぞれ心に深く焼き付く。

そんな彼らが美しい風景を眺める場面が何度も挿入されています。それぞれ哀しさや苦しみを孤独に耐え忍び、風景を通して静寂な自己の心の世界を見つめていると感じさせます。

彼らは日常を重ねるごとに擬似家族として絆が深まっていき、それぞれの喪失感を乗り越えていく。ラスト・シーンの海辺のキャッチボールが鮮明に映るのは、彼らのあふれ出る喜びがこちらにも伝わってくるからであろう。

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2006/04/02

プライドと偏見

製作年:2005年
製作国:イギリス 
監 督:ジョー・ライト

18世紀末のイギリス。田舎町に暮らすベネット家の子どもは5人姉妹。女性に相続権がなく、父親の財産は遠縁の男子が継いでしまう。母親はなんとか娘たちを資産家と結婚させようと躍起になっていた。ある時、独身の大富豪ピングリーが隣に引っ越してくる。長女ジェーンとビングリーは互いに惹かれ合うが…。

最初とクライマックスで朝日が効果的に使用されている。なかなか辛いエピソードも含まれた物語であるが、全体的に明るい印象をもつのは、この朝日に象徴される輝かしい希望で映画は包まれているからであろう。

冒頭で本を読みながら散策するエリザベス(キーラ・ナイトレイ)が印象深い。この時代の型破りな価値を抱く彼女は、室内でなく屋外で本に触れ、知識ではなく生きた知恵を吸収していたのだろう。憎々しいキャサリン夫人(ジュディ・デンチ)と対峙しても、一歩も引かない強さを見せる。

エリザベスとダーシー(マシュー・マクファディン)が踊っているときに、突然、回りの人々が消え去り、二人だけになる場面がある。この時、二人は恋に落ちていったのだろう。しかし、二人は自分の気持ちを気付く事ができない。ここでタイトルの“プライドと偏見”が効いてくる。その二つが邪魔をして二人とも素直になれないのだ。二人が真の気持ちに気付くまでしばらく時間がかかる。

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2006/03/30

THE 有頂天ホテル

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:三谷幸喜

大晦日を迎えた“ホテルアバンティ”では、ホテルの威信がかかった年越しカウントダウンパーティーの準備で大忙しだった。これを無事終えることが副支配人の新堂に課せられた責務であった。ところが、思いも掛けないトラブルが次々と発生。新堂は機転を利かせて対応するのだが…。

“謹賀新年”の垂れ幕が“謹賀信念”と誤って書かれるエピソードが冒頭に出てくる。この“信念”が揺れている人物たちが本作品の中にたくさん出ている。最も目立つのは歌手の道を諦め故郷に帰ろうとするベルボーイ憲二(香取慎吾)であるが、副支配人新堂(役所広司)、客室係ハナ(松たか子)、国会議員武藤田(佐藤浩市)たちも自分の人生に迷いを生じていた。この誤字が本作品のテーマになっている。

三谷幸喜の作品をすべて見ているわけではないが、概ねその世界の秩序を乱す者と正す者との攻防を笑いの本筋にしていることが多いと思う。本作品で特徴的だと思えるのは、秩序を正す側であると思わせる新堂が、別れた元妻(原田美枝子)と再会したことで秩序を乱す側に突如変転していくところだ。この意外性が可笑しい。

ひとつのシーンでメインとなった登場人物の後ろ側で、別の誰か行動したりしている。それが後々の伏線となっていて、非常に奥深い作品に仕上がっている。2度、3度観ると、初見では気付かない発見がたくさんあることであろう。

個人的には「みんなのいえ」(2001)の八木亜希子と田中直樹のコンビが分らなかったので、2回目を見るときにはこの二人に注目したい。

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2006/03/27

スタンドアップ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ニキ・カーロ

ジョージーは何故戦い続けたのか。家族を養うために仕事を失うことは出来なかった筈なのに。そこで、彼女の過去が重要になっている。のぞまない妊娠。暴力を振るう夫。身持ちの悪い女という評判。彼女の人生は理不尽な行為にいつも侵食されていた。

どん底まで追いつめられた者の反逆心の強さを感じる。裁判と通して彼女の隠された過去が明らかにされていく展開も傑出している。そのことでマイナス面をすべて出し切り、人生がプラス面へと反転していく。隠すことによって生じていたネガティブな感情が一掃されてしまったのだ。

本作品で心が揺さぶられたのは、父親ハンク(リチャード・ジェンキンズ)が娘のためにスピーチした場面であった。それまで娘のことを恥辱だと感じて冷たい態度をとっていたのに、自分の誇りだと話す。この気持ちの変化に気付くきっかけとして、母親アリス(シシー・スペイセク)の行動も効果的であった。

息子サミー(トーマス・カーティス)とカイル(ショーン・ビーン)のエピソードも感銘深い。「母親を憎むのは自由だが、何故、憎むのかそこを考えた方がいい」というアドバイスは非常に的確なものだった。一つの考えを押し付けるのではなく、選択肢を提示する話し方も良かった。彼の言葉が息子の感情を整理させることになった。

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2006/03/23

あらしのよるに

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:杉井ギサブロー

ある嵐の夜、ヤギのメイは壊れた山小屋に避難した。そこへ同じように一匹の“仲間”がやってくる。小屋の中は真っ暗でお互いの姿は見えない。心細かった二匹は言葉を交わし次第に仲良くなっていく。そして、“あらしのよるに”を合い言葉に翌日の再会を約束し、それぞれ小屋を後にするのだが…。

自分と同じ経験をしている。自分と同じ考え方をする。自分と同じ感情を抱く。その事の重みである。そうしたことが大いなる共感となって、種族を超えて二人を結びつけたのだ。

何故、あらしのよるに二人は勘違いしてしまったのか。その詳しいディティールが雷を巧みに使って丁寧に作られているのもいい。ドラマが自然に流れていく。

一つのコミュニティーを守ることは排他的にならざるを得ない。食べる、食べられるの敵対する両種族であるが、メイやガブをスパイに使おうとする思考方法が全く一緒であった。そのことが実に興味深い。

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2006/03/22

輪廻

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:清水崇

昭和45年。群馬県のホテルで11人が惨殺される事件が起こる。35年後の現代。この事件を題材にした映画の製作に映画監督の松村は執念を燃やしていた。「記憶」と名付けられたこの映画のヒロインには新人女優の杉浦渚が大抜擢された。彼女は撮影が近付くと不思議な少女の幻覚に悩まされていくのだが…。

自分が間違った方向に進んでいる時って、体が正直に反応し警告を発する。杉浦渚(優香)もその警告を感じていた。だが、女優としての成功を手に入れるため、彼女はそれを無視することにした。そして、・・・ということになっていく。日頃から理屈では割り切れないこうした感覚をもっと大切にしたいと思う。

何故、彼らは襲われるのか。恐怖の源泉に輪廻転生を選んだところがユニークだ。「ノロイ」、「奇談」に続き一瀬隆重プロデューサーのホラー映画はモチーフの使い方が実に興味深い。そして、一体誰が誰の生まれ変わりなのか。渚と弥生(香里奈)はどこで繋がっていくのか。35年前の事件の真相とは。いくつもの魅惑的な謎が提示され、ミステリー的興趣も尽きない。

ずっと一緒だよ。何度となく繰り返させる少女の言葉。とても効果的でラスト・シーンに重い意味を持たせる。

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2006/03/20

ディック&ジェーン 復讐は最高

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ディーン・パリソット

ディックはIT開発企業グローバダイン社に勤務。愛する妻ジェーンと息子ビルとともに幸せな毎日を送っていた。部長への昇進も決定し、順風満帆な人生だった。ところが、ジャック社長が自社株を売り払い自分だけ大儲けする一方、会社は倒産、社員全員失業という事態に陥ってしまうのだが…。

ブッシュ大統領のニュース映像が2度映る。富めるものは益々富んでいき、貧しきものは益々貧しくなっていくアメリカ資本社会。その象徴がブッシュ大統領であり、映画製作者の批判精神が感じられる。

BMW。ワイド薄型テレビ。芝生やプール。アメリカ消費社会のシンボルがディック(ジム・キャリー)の家に彩られている。これらがひとつずつ彼の家から消えてゆくことで、生活レベルが落ちていくことが視覚的に伝わっていく。それらを取り戻すためにディックが選んだのは強盗という非合法手段。不条理な社会をどこか風刺しているようだ。

子供のスペイン語の使い方など、ちょっとした伏線になっていて、なかなか楽しい脚本であった。

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2006/03/17

男たちの大和 YAMATO

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:佐藤純彌

2005年4月、鹿児島県枕崎の漁港。老漁師の神尾のもとに内田真貴子と名乗る女性が訪ね、60年前に沈んだ戦艦大和が眠る場所まで船を出してほしいと懇願される。一度は断った神尾だが、彼女が大和の乗組員・内田二兵曹の娘と知り、目的の場所へと走らせることになった。神尾もまた大和の乗組員だったのだ…。

大和の沈没地点へ向かう船上に神尾(仲代達矢)と内田真貴子(鈴木京香)の他に少年が加わっていたのがポイントだった。ストーリーを追うだけなら、二人だけでも支障はなかった筈だ。この少年の存在こそ次世代に戦艦大和の物語を伝えたいという映画製作者のメッセージが込められていると思う。

“死ニ方用意”には万感胸迫るものがあった。死んでいくしか選択肢の残されなかった男たちが何を思っていたのか。この言葉に凝縮されている。「日本の新生にさきがけて散る、まさに本望じゃないか」という若者たちの精神的指導者となった臼淵大尉(長嶋一茂)の言葉が重々しく響く。

その死ぬべき運命にあったはずなのに、なんの因果か生き残ってしまった者がいる。記念式典の出席など断り、心の傷として一人じっと耐え忍んできた神尾。仲間とは連絡を一切絶ち、孤児を11人も育て上げる内田。彼らの戦後の生き方が対称的で際立っている。その二人の人生が再度交差する神尾と真貴子の出会いはまさに宿命的だった。

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2006/03/16

キングダム・オブ・ヘブン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:リドリー・スコット

12世紀フランス。妻子を失い悲しみに暮れる鍛冶屋バリアンの前に十字軍の騎士ゴッドフリーが現われる。バリアンが自分の実の息子であると告白する。ゴッドフリーはキリスト教徒とイスラム教徒の聖地が共存しているエルサレムを守るため赴く途上にあり、バリアンに同行を誘う。一度は拒絶するバリアンだったが…。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざを思い出す。クライマックスのエルサレムを巡るイスラムの指導者サラディン(ハッサン・マスード)との攻防戦でのことだ。圧倒的な兵力の差にすくむことなくバリアン(オーランド・ブルーム)は戦いを選ぶ。自暴自棄でもない。狂信的でもない。しっかりとして計算と策略で戦いを進める。そして、歴史的な和議を勝ち取っていくのだ。この感慨がひとつ。

そのバリアンが「エルサレムにどれほどの価値があるのか」とサラディンに尋ねる。「無だ」とサラディンは答える。そして、笑顔になって「だが全てだ」と続ける。このやりとりも興味深い。エルサレムを巡る戦いは今なお終結していない。聖地とは何か改めて考えさせられる。

「王のために行動したという言い訳にするな。自らの信念で行動せよ」というエルサレム王ボードワン4世(エドワード・ノートンが演じていたのですね。鑑賞中は全く気が付かなかった)の言葉が、そのまま本作品のテーマになっている。国家のため、神のためにという盲目的信条で行動を起す愚かさをここでは執拗に描かれている。それらの対極な立場にいるのが、バリアンであり、ボードワン4世であり、サラディンであろう。

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2006/03/13

キング・コング

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ピーター・ジャクソン

1933年ニューヨーク。野心家の映画監督カールはかつてない冒険映画を撮ろうとし、出資者の反対を押し切って危険な航海に乗り出す。そこには脚本家ジャックや美しい女優アンも参加していた。やがて幻の孤島“髑髏島”へ辿り着く。さっそくカールは撮影を開始するが、何者かにアンがさらわれてしまうのだが…。

何故、コングはエンパイア・ステート・ビルに登っていったのか。髑髏島でアン(ナオミ・ワッツ)と一緒に見た夕日がコングには掛け替えの無い記憶になっているのであろう。その体験を再体験したい。その思いがすべてなのであろう。

コングはそこで襲撃を受けた際に、アンを安全なところに置こうとするのだが、アンはそれに構わずコングの後を追いかける。二人の間には言葉に言い表せないような絆が生まれている。彼らは磁力のように惹かれあい、ニューヨークで再会したのであった。

そのエンパイア・ステート・ビルの前でコングとアンが氷上で遊ぶシーンもある。それがおどけたコングが堪らないほど切なく感じるのは、二人の時間が限られたものでいつまでも続かないことがわかっているからであろう。

「野獣は美女によって滅ぼされた」とカール(ジャック・ブラック)はコングについて語るが、それはそのまま彼にも当てはまる。映画の成功という美女に目が眩まされ、周囲の状況もお構いなく突っ走る。そして、その栄光を掴んだと思われた瞬間に、すべてが崩壊していく。コングとカールは照応している存在だ。

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2006/03/05

SAYURI サユリ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ロブ・マーシャル

貧しい漁村に生まれた千代は9歳で花街の置屋に売られる。そこには売れっ子芸者、初桃がいた。下働きの辛さと初桃の執拗ないじめに千代は希望を見失いかけていた。そんなある時、“会長”と呼ばれる立派な紳士が優しく声を掛ける。いつか芸者になって会長さんに再会したいと千代は願うのだが…。

水のような生命力を持つ瞳。例え障害が遭っても別の道を見つけ出し、力強く前進することを止めることができない。千代(チャン・ツィイー)の生涯はまさに水のようである。

興味深いのは、彼女が能動的に行動すると、悉く失敗してしまうのだ。置屋を抜け出し姉のところに向かおうとしたり、延(役所広司)の求愛を断るために一芝居を打ったりしようとすると、手痛い失敗に見舞われてしまう。といって、ずっと不遇の境遇が続くというわけでなく、どこからか救いの手が差し伸べられるのだ。必死に行動すれば必ず上手くいくわけでない。

だが、諦めないで生きていけば別の道が待っているかもしれない。望んだ形とは違うかもしれないが、彼女は幸福を手にしていくのだ。そのためには、喪失や挫折を認めることが必要であろう。会長への想い、それぞれをはっきり断ち切って彼女は前進していく。そのけじめの儀式として終盤での岬の場面が切なく残り続ける。

「ラスト サムライ」(2003)では侍を美化した日本の描写が我慢できなかったが、本作品の芸者を美化させた日本は不思議と許容できた。あれは本来の侍ではないという思いの残る「ラスト サムライ」に対して、こんな芸者が居てもおかしくはないという「SAYURI」。私の認識するリアリティーの違いがここに現れている。確かに日本語と英語が混ざった台詞が飛び交い、日本であって日本でない不思議な異界ではあるが、そこで生活する人物たちの情念は普遍性を帯びていると思う。

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2006/03/02

Mr.&Mrs.スミス

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ダグ・リーマン

南米のホテルで偶然に出会い情熱的な恋に落ちた建築業のジョンとプログラマーのジェーンは友人達の反対を押し切って結婚する。その5~6年後、夫婦に倦怠感が生まれていた。ある時、お互いの「裏の顔」を知ってしまう。二人は敵対する組織のトップクラスの暗殺者だったのだが…。

ファースト・シーンのセラピーの場面が秀逸だ。結婚生活は何年かとの質問に、ジョン(ブラッド・ピット)は5年と答え、ジェーン(アンジェリーナ・ジョリー)は6年と言う。それを受けてジョンは5~6年と言い直す。これが繰り返されるのだが、ここに二人の関係性が凝縮されていて興味深い。その後のシーンでは、ジェーンの負けず嫌いが徹底していて可笑しいし、それをジョンが仕方なく譲ってしまうところがまた微笑ましい。

元々、現実味に乏しい設定とドラマ展開であるが、夫婦感の微妙な感情や日常風景がリアルなので、作品の世界に引き込まれる。新しいカーテンとかテーブルでの食事のシーンなど大いにありえそうだ。

そして、なんといってもキャスティングが絶妙である。当初はニコール・キッドマンが予定されていたというが、これはA・ジョリーで正解。アクション・シーンの野性味と高級レストランなどのゴージャス性を同時に体現しまさに適役だ。なにより画面の中で活き活きと存在している。

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2006/02/27

ホステージ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:フローラン・シリ

LAPDの凄腕交渉人として活躍してきたジェフ・タリーはある事件で交渉に失敗し幼い子供を救うことができかった。心に大きな傷を負ったジェフはその職を辞して、いまは小さな町の警察署長をしていた。凶悪犯罪とは無縁の平穏な日々を送っていたが、ある時、若者三人組による人質事件が発生してしまう…。

何故、マース(B・フォスター)がジェニファー(ミシェル・ホーン)に執着にしたのか。ここがポイントだ。母親を殺害し、その後に父親が自殺するところを目撃したという過酷な過去を彼は持つ。殺人や放火など凶悪犯罪を何のためらいもなく無感動に犯していく。この世の中を呪詛し、自分自身をも滅ぼしてしまいたいという破壊衝動を秘めている男だ。

そんな彼の心の中に母性を感じさせたのがジェニファーだった。彼にしか感じられない救いの心を彼女の中に見出してしまったのだ。こんな極悪非道な男にも救済を求める心が残っていたことが興味深い。このサイドストーリーが異彩を放っている。

本作品には、様々の親子の在り方が描写されている。事件を担当するジェフ(B・ウィリス)。監禁されてしまうスミス一家、彼らの家に押し入る犯人達。それぞれの家族の苦しみや悲しさが画面へ浮き彫りにされていく。現代のアメリカ社会の一端がここに窺える。

そして、スタイリッシュな映像が美しい。暗闇での照明の当て方や、燃え広がった屋敷の炎など、息を飲むような美学に満ちている。これだけでも、大いに見応えがあった。

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2006/02/21

ハリー・ポッターと炎のゴブレット

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:マイク・ニューウェル

1作目の頃のような無邪気さは陰を潜め、思秋期の混沌が彼らを覆っている。特徴的なのは、応募資格のないはずなのにハリーが三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれたと知って、ロンが凄まじい怒りを抱くとことだ。ハリーのことを充分に知っているはずなのに、特別な方法を使って抜け駆けしたと盲信してしまう。不正を許せないのでなく、自分へ秘密にしていたことが許せないのだ。

傍観者から見ればハリーがそんなことはしないのは明らかになのに、当事者同士では見えない壁を勝手に築いてしまう。そこが興味深い。ハリー・ポッターは孤高のヒーローでなく、仲間から助けられて盛り立てられるヒーローだ。危機に瀕したとき、自分独りの力ではなく、誰かから救いの手が差し伸べられる。

そうしたことが続き、どことなく物足りなさも残るわけだが、何故ハリーはそうして仲間達から救われるのか。その答えの一端が本作品の中に描かれている。彼自身が危機の時、身の危険を顧みず仲間を救おうとするからだ。「与えよ、されば与えられん」という言葉が思い出される。

本作品のマイナスポイントは期待の高まる重要なシーンがかなりカットされて、あまり本筋に絡まないエピソードが盛り込まれているところだ。

まず、最初のクィディッチ・ワールドカップ決勝戦の模様が入場シーンだけでカットされてしまっているところ。ここでは魔法競技大会に登場するビクトール・クラムがいかに優秀な選手なのかたっぷりと描いていないと、ホグワーツ魔法学校に彼がやってきた時のロンの驚きが彼だけのものに終り、観客と共感できないのだ。

また、魔法競技大会の第一競技、ドラゴン金卵奪取戦では前3人の描写がない。3人のそれぞれの戦い方やドラゴンの動き方など、一つの定形がないと、ハリーの時の異常さが伝わってこないのだ。その一方で、ハリエットの恋の顛末など省いても支障はなかった筈だ。

そうしたことが他にも多々見られる。ただエピソードの羅列に終始し、ドラマとして大きな流れを産みまでに至っていない。

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2006/02/11

エリザベスタウン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:キャメロン・クロウ

シューズ会社に勤務するデザイナー、ドリューは長年開発に打ち込んできた画期的なシューズが大損害を招き、解雇されてしまう。生きる望みを失い自殺しようとするドリューに、故郷を訪れていた父が亡くなったという報せが届く。父の葬儀のためにケンタッキー州の小さな街エリザベスタウンへと向かうのだが…。

陽気でお節介焼きのフライト・アテンダント、クレア(キルスティン・ダンスト)によってドリュー(オーランド・ブルーム)の傷心が癒されるという話である。だが、ドリューが人恋しさからであったとしても、彼のほうからクレアに電話したのがポイント。運命は変えるのは自分自身である。

後半にもってきた南部の旅が興味深い。ドリューが再生するのはエリザベスタウンであっても良かった筈。それをあえて南部の名所観光のような自動車旅行を用意したのは、アメリカの歴史を辿りながら、そうした流れの中に自分がいることを認識させたかったのだろう。かつて自分の父と旅した思い出と共に。そして、父に別れを告げるために。結果として自分のアイデンティティーを見つめ直すことになるのだ。

クレアが何度もカメラのシャッターを切る真似をしている。これはオーランドの言う“最後の視線”に相対するものだ。二人は脈絡もなく会っているようであるが、別れの時にもう2度と会えないかもしれないという思いを抱いている。常に別離と孤独を心に秘めているからクレアが切なく見える。

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2006/02/07

ブラザーズ・グリム

製作年:2005年
製作国:アメリカ/チェコ 
監 督:テリー・ギリアム

19世紀のドイツ。グリム兄弟は各地の村を旅して村人たちを苦しめている恐ろしい魔物を退治し、賞金を手にしていた。だが、魔物は兄弟とその助手たちが作り出した偽物であった。とうとう、グリム兄弟はドゥラトンブ将軍に逮捕されてしまう。二人はある村で起きている少女連続失踪事件の解決を命じられるのだが…

ファンタジーは厳しい現実の中から生まれてくる。哀しい結末を前にして、幸福な別の世界を夢想する。そのことからたくさんの物語が生まれてくるのだろう。哀しい結末を知っているものが世界中にたくさんいる。だから、今なおファンタジーは支持され創造されつづけている。それがラスト・シーンの鴉と鏡によって表現されているのだろうか。

本作品が見ごたえあるのは、グリム兄弟の葛藤がドラマの中軸となっているからだ。ファースト・シーンで描かれている幼少の頃のエピソードが効いている。現実社会ではファンタジーを信じて行動すると取り返しのつかない結果を迎える。ジェイコブの失敗は二人の関係を決定付けてしまった。兄は弟を一切認めないし、弟は兄を乗り越えて自分の道を進めないでいる。

そのフラストレーションの頂点で今度の事件を向かえることになる。兄弟が新しい関係へ変わっていく姿がこのドラマを力強くしている。

拷問は芸術というイタリア人カヴァルディ(ピーター・ストーメア)がユニークな存在感。イタリア人が芸術関係でフランス社会へ大きな影響を及ぼしている。「王は踊る」(2000)などを思い出す。

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2006/02/06

奇談

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:小松隆志

1972年。民俗学を専攻する大学院生の里美は最近奇妙な夢を見るようになっていた。ある時、資料探しで偶然見つけた渡戸村の教会の写真に驚く。渡戸村は東北の隠れキリシタンの里として知られ、そこに住む親戚の家へ小一の夏休みに預けられていたのだ。彼女はその頃の記憶をすっかりなくしていたのだが…。

本作品のプロデューサーが一瀬隆重であるのがポイント。「リング」(1998)、「仄暗い水の底から」(2001)、「呪怨」(2002)と、現在のジャパニーズ・ホラーを隆盛させた立役者の1人である。その一瀬プロデューサーが「ノロイ」(2005)に続き恐怖の源泉を日本の土着宗教に求めたところが興味深い。

ストーリーを別にしても、その禍々しい雰囲気だけでゾクゾクするような恐怖心を呼ぶ。隠しキリシタンが土着化し既存の宗教を渾然一体となって独自の信仰へと変質していくという設定だけでも伝奇ロマンの興趣が広がる。

生命の木の実を食べた子孫と知恵の木の実を食べた子孫。どちらが幸せかという問い掛けがあるのだが、この比較は無意味であると思う。どんなに願ったとしても違う人種にはなれない以上、混沌とした中で人は生きていかねばならないのだ。

冒頭の里美の夢に出てくる少年の姿は過去の記憶かもしれないが、同時に村の長老のような予知能力であったかもしれない。少年が手を振る様子は様々な解釈を生ませる。

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2006/02/01

イン・ハー・シューズ

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:カーティス・ハンソン

マギーは素晴らしい美貌を持ちながら難読症のため定職に就けず自堕落な生活を続けていた。姉のローズは弁護士として成功し、マギーがトラブルを起すたびに彼女が面倒を見ていた。姉妹の母親は幼少の頃亡くなり、父親は再婚していた。折り合いの悪い義母に追い出された妹をローズは自宅に仕方なく居候させるが…。

互いが互いに依存し合っている存在。それがローズ(トニー・コレット)とマギー(キャメロン・ディアス)の姉妹であったと思う。トラブルばかり起す妹に手を焼きながら、その事によって姉の心はバランスを取ることができていたのだ。二人が距離を置いたときから、自分自身を見つめ直し人生の転機を迎える。この二人だけでない。祖母も父親も彼女たちの影響を受けて変わり行く。このテーマの複合性が深い余韻となって心に残り続ける。

ローズが婚約者のサイモン(マーク・フォイアスタイン)にマギーの事を隠そうとすればするほど、二人は心を通わさなくなっていく。大切なものを守ろうと頑なな態度を取りつづけることが、別の大切なものを失ってしまう皮肉さ。限りなくこだわりを捨てて心をオープンにできれば苦労はないが、そうできないからこの世に様々なドラマが生まれる。

シャーリー・マクレーンの演技に感心した。本作品のエラは彼女がかつて演じてきた「愛と追憶の日々」(1983)のような登場人物の性格を引き継ぐ人物であった。そういう映画的記憶を加味して、彼女のちょっとした仕草や表情が様々なものを観客に伝えてくれる。

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2006/01/30

親切なクムジャさん

製作年:2005年
製作国:韓国 
監 督:パク・チャヌク

クムジャはペク先生と一緒に営利目的の幼児誘拐事件を起す。だが、ペクは幼児を殺害してしまう。彼はクムジャの幼い娘を人質に取り、彼女に殺人の罪を背負わされて投獄させる。刑務所では誰に対しても優しい笑顔を絶やさず人の世話を続け、“親切なクムジャさん”と仲間から慕われていたが…。

もっとシンプルな復讐ドラマかと思っていたが、後半の展開に唖然となった。こういう話を考える発想に驚嘆する。このクムジャの行為は、単に無実の罪を被された恨みを晴らすものではない。犠牲になった少年への贖罪のためであった。獄中でのキリスト教への帰依は、収監時間を短くするための計算もあったであろうが、本当に罪を償おうとする心情もあった筈だ。出獄後も赤いロウソクを絶やさずにいたのはその表れに違いない。

本作品はクムジャの出獄シーンから始まるが、そこから彼女の二面性が現れて一気に引き込まれる。先に出獄している受刑者仲間が彼女の姿にみな驚きを抱く。赤いルージュがそれを強調させている。そして、復讐の行為への協力にそれぞれ一部分しか関わらせないようにしているのが興味深い。彼女たちの生活へさほど負担をかけないようにしている配慮が感じられ、そういうところが“親切なクムジャさん”と言われる所以であろう。

韓国映画と言えば、雨が付き物であるが、本作品では雪が絶妙に使われていた。罪を償って真っ白な心を取り戻したいというクムジャの心情と巧く呼応している。なかなか良い。

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2006/01/26

TAKESHIS'

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:北野武

ある時、芸能界で成功を収めたタレント“ビートたけし”は、売れない役者の中年男“北野”と出会う。北野はオーディションに落ちてばかりで、コンビニの店員をしながらなんとか生計を立てている。北野はビートたけしからサインをもらうが、これをきっかけに夢とも現実とも分からない不思議な世界が広がっていくが…。

かなり難解な映画であるという前評判を聞いていたが、そのつもりで観ればそんなに頭を悩ませる話ではなかった。どう解釈しようと正解であり、正しい答えなどないのであろう。私の解釈は冒頭の日本兵が今際に観た一瞬の幻想というもの。第二次世界大戦の最中と思われるので、彼の生まれ変わりがビートたけしになっており、後生の姿を予知したものではないだろうか。オーディションを繰り返す金髪の北野はビートたけしの幻想で、二重の入れ子状態になっている。北野はビートたけしの世界へと入り込んでいくという解説もあるが、私は逆だと思う。

その幻想を抱く契機となったのはピエロであるところが興味深い。スター俳優になっても落ち着くことができない心情と負い目。ピエロが変身願望の象徴なのかもしれない。叱責を続ける岸本加世子。あざけり続ける寺島進。怒声を浴び続けるラーメン屋の店主。ビートたけしのストレスが様々な姿となって反復されている。

そして、たけしのパフォーマンス好きが色濃く反映されている。タップダンス。少年舞踊。美輪明宏の歌と続いていく。彼らの芸が独立したものとしても大いに楽しめる趣向である。

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2006/01/23

ALWAYS 三丁目の夕日

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:山崎貴

昭和33年。東京の夕日町三丁目。ある時、鈴木則文が営む鈴木オートに集団就職で上京した六子がやってくる。その鈴木オートの向かいにある駄菓子屋の店主・茶川竜之介は売れない小説家であった。彼はひょんなことから、身寄りのない少年・淳之介の世話をすることになるのだが…。

いつか自動車修理工場を立派に発展させたいという夢。いつか作家として成功させたいという夢。鈴木も茶川も常に希望を抱いている。それが時代背景とうまく符合している。冒頭に飛び立った模型飛行機はその象徴であると思う。

そんな彼らの家庭に六子と淳之介が同時期にやってくる。彼らのエピソードが交互に重ねられ、バラバラになりそうな話を巧みにまとめられている。ありがちな人情話であるが、意外な展開を用意しており、どんどん映画の中に惹き込まれていく。例えば、盗作が知ってからの淳之介の反応、茶川がヒロミに結婚を申し込むときの指輪の顛末など、私が次はこうなるだろうと読んでいた展開を鮮やかに裏切ってくれる。そうしたことが続き、大いに唸らせてくれた。六子の母に対する温かなエピソードと対比させるように、淳之介を捨てた母の一場面が痛烈に残る。

捨てられた冷蔵庫を見つめる氷屋のまなざし。狸に化かされて見る宅間医師の家族との団らん。幻の指輪に涙を流して喜ぶヒロミ。厳しい現実を見据えた逸話も散在させ、物語を陰影深くさせている。人生にはいいことも悪いことも起こりえるから、クライマックスの「50年先だって夕日はきれいだよ」という台詞が重く響いてくるのであろう。

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2006/01/19

春の雪

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:行定勲

大正初期。侯爵家の嫡子・松枝清顕は幼少の頃、行儀作法を学ぶため名門華族の綾倉家に預けられ、その令嬢・聡子とともに育った。時が経ち、清顕は久しぶりに聡子に再会するが、聡子への恋心を素直に表せずにいた。やがて聡子に宮家の洞院宮治典王との縁談話が持ち上がるのだが…。

身勝手。へそ曲がり。自業自得。本作品の主人公・松枝清顕(妻夫木聡)へ素直に感情移入できる観客は少ないのではないか。純愛メロドラマの主人公としてはかなり偏った性格を持っている。逆説的に言えばそういうドラマとして観てはいけないということではないか。本作品を面白く観るためには、主人公たちの価値観を尊重し彼らが何故そんな行動を取ったのか注意深く思考することが必要である。

松枝は単に自分の気持ちを素直に伝えられないという朴訥とした男ではない。大正という時代が自由な恋愛を許さないということがあるにしろ、ほんの少しでも努力していれば自然に聡子(竹内結子)との幸福を手にした筈である。彼は障壁を設けないと愛することができない男だったのだと思う。空想の遊郭通いや友人の本多(高岡蒼佑)を聡子と結びつけようと画策するところから始まり、宮家の婚約、聡子の出家、自分の病気など壁の高さがどんどん増していくに比例して、彼の恋心も高まっていく。彼は決して悲恋に生きたのではない。彼にとっての理想的な恋愛を堪能したということだ。

一方、聡子もそれに応えてしまう異端の人であった。注目なのは最初のシークエンスの庭園で犬の死体を発見するところ。そこで、その死体に手を触れるという常識的な若き女性がしないような行為をさらりとして、あれっと思わせる。“瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞおもふ”という百人一首が幼少の頃から好きだという設定も活きている。現世では一緒になれなくとも、来世で添い遂げたいという美意識に彼女は突き動かされているのだ。そういう特殊な価値観を持つ二人が起こす運命のドラマであったのだと思う。

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2006/01/18

青空のゆくえ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:長澤雅彦

東京の三軒茶屋。一学期も残りわずかとなった西原中学。三年生でバスケ部のキャプテンを務める高橋正樹が今学期限りでアメリカへ転校することが告げられる。誰からも好かれ、信頼も厚い正樹の突然の転校という事態にクラスメイトたちは動揺する。こうして皆で過ごす最後の夏休みが始まっていくのだが…。

青空の描写が何度も続く。快晴の空ばかりでなく雲の混じりぐらいが登場人物たちの心情をよく代弁している。この辺は犬童一心監督の「タッチ」(2005)とよく似ている。

人を好きになるという気持ちを自分の心の中でどう認識し、どう決着させるのか。その葛藤の具合が丁寧に描かれている。そんな中学生という多感な時期はすぐに消えていく。その終わりのセレモニーは通常であれば卒業式ということになるであろう。だが、本作品では突然の転校という事態によって、彼らの転機が一気に訪れる。その引っ越しの時期を1ヶ月にした設定が絶妙だ。1週間でもなく、1年でもない。この微妙な期限が彼らのざわついた心を静めさせないのである。

今の時代、引っ越ししたとしても全てを失うことにはならない。インターネットやEメールなどの通信手段の発達によって、容易にコミュニケーションをとることができる。最後に携帯電話で写真を撮るところが印象深い。彼らの交流がこれからも続いていくことを予感させる。

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2006/01/16

ソウ2

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ダーレン・リン・バウズマン

エリック刑事は離婚をして別れた息子ダニエルとの関係がうまくいっていなかった。ある時、女刑事ケリーに呼び出され殺人現場に立ち会う。被害者はエリックの使っていた情報屋マイケルだった。その残忍な手口から猟奇的連続殺人犯ジグソウの犯行と思われる。天井にはエリックを挑発する言葉が書かれていたのだが…。

本作品で感心したのは前作の世界観を踏襲しさらに拡大させているところにある。悪しき続編になっていないところが凄い。前作の謎を解明させる描写もさりげなく置かれている。時間を置かず続けて観られた私は、一つ一つ確認できて一層興味深かった。そういう意味でも前作よりも面白かったという印象です。

唯一気になったのが、今回のゲームのルールとして出てくる「虹にかなた」を8人の間でほとんど話題になっていないこと。その意味するところは後付でいろいろ解釈はできるのだが、少なくても1人くらいは謎の究明にあたって欲しかった。拍子抜けの感じは拭えない。

エリック刑事役のドニー・ウォールバーグって、元ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックでマーク・ウォールバーグのお兄さん。似ていると思ったらやっぱりそうだった。あとで確認してみたら「ドリームキャッチャー」(2003)で成人したダディッツ役を演じていたとか。全く気が付かなかった。

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2006/01/11

ドミノ

製作年:2005年
製作国:アメリカ/フランス
監 督:トニー・スコット

名優ローレンス・ハーヴェイの娘としてロンドンに生まれ、何不自由ない恵まれた生活を過ごしてきたドミノ。しかし、父が幼いときに亡くなり、上流階級の生活に空虚さばかりを感じてしまう。やがて美しく成長しトップ・モデルとしても活躍する。しかし彼女の心が満たされることはなかったが…。

現代の賞金稼ぎを主人公した映画というとスティーヴ・マックィーンの「ハンター」(1980)やロバート・デ・ニーロの「ミッドナイト・ラン」(1988)などがすぐに思い出される。本作品では、モデルの経験もある若くて美しい女性で、しかもハリウッドスターを父に持ち、されに映画公開直前に謎の急死を遂げたという三重の驚きを持った賞金稼ぎであるというところが鮮烈である。これで実在していた人物ということがなければ、設定に凝りすぎたと思わせるくらいである。

不満に感じるのは、ドミノが行われてきていた賞金稼ぎの仕事があまり描かれていないところ。この種の仕事では、若い女性であるということはやはりハンディーキャップになると思う。それをいかに克服していったのか、そのディティールをもっともっと見たかった。本作品は現金輸送車強奪事件に巻き込まれてしまった顛末がメインプロットになっている。これはこれで面白いのだが、それなら別に賞金稼ぎでなくてもいいと感じさせる。

いつもながら凝りに凝ったトニー・スコット監督の映像処理。前作「マイ・ボディガード」(2004)ではうるさく感じられたが、本作品ではなかなか合っていたと感じる。画面に文字の入るところがいいアクセントになっている。

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2006/01/10

ティム・バートンのコープス ブライド

製作年:2005年
製作国:イギリス 
監 督:ティム・バートン マイク・ジョンソン

19世紀のヨーロッパにある小さな村。お金はあるものの家柄が悪く上流社会に憧れるヴァン・ドール家。由緒正しい家柄なものの破産状態にあるエヴァーグロット家。両家の思惑が一致してビクターとビクトリアの婚約が決まった。だが、明日の結婚式のリハーサルでビクターは緊張のあまり失敗ばかりしてしまうのだが…。

最初と最後に出てくる蝶。それは大切な人を誠実に想う愛の象徴であろうか。ビクターが蝶を結婚のリハーサルの前に逃がしてやる場面がポイント。クライマックスの伏線になっている。

一番の見所は死者の世界でのミュージカルシーン。骸骨たちの歌と踊りのなんと魅力的であることか。大いに魅了された。生者の世界が灰色にくすんでいるのに、死者の世界がど派手に明るいというところが逆説的で面白い。この場面だけでも本作品を観た甲斐はある。

だが、ドラマ的には物足りなさが残る。誤ってビクターがエミリーに求婚してしまうくだりまで軽快な語り口であったが、その後が少し急ぎ過ぎたのではないか。何故、ビクターがビクトリアのことを諦めて、エミリーと死者の世界に生きることを選んだのか。それを決めるエピソードが不足しており、唐突に感じてしまう。

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2006/01/09

リンダ リンダ リンダ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:山下敦弘

高校最後の文化祭を目前にして、ギターの萌が指を骨折、その対応を巡ってボーカルの凛子と恵が喧嘩となり、バンドは空中分解してしまった。残った恵、響子、望の3人は部室でブルーハーツを聴き「リンダ リンダ リンダ」を演奏することに決めた。ひょんなことから韓国からの留学生ソンをボーカルに加えるのだが…。

文化祭ビデオを作成している監督。部員を心配する顧問の先生や部長。喧嘩別れしたバンドメンバー。自分の気持ちを伝えきれないもどかしさを抱えている人が本作品の中でたくさん登場してくる。不器用でうまくいかないのだけれど、それでも何とか伝えたいという思いが画面に滲み出ている。まず、その感じが愛しい。

孤独な韓国留学生ソンの精神的成長が話を引っ張っていく。最初に日韓交流企画の教室でぽつんと佇む姿は、彼女の寂しい心を見事に暗喩している。思わぬことから新造バンドのボーカルを担当することになるのだが、その過程で彼女はどんどん輝きを増していく。「ほえる犬は噛まない」(2000)、「がんばれグムスン」(2002)などで彼女の走る姿が絵になることを知っていたが、本作品でも雨の中、最初に飛び出していく走りっぷりが実に爽快だった。最後のライブシーンが期待に違わず素晴らしい。「リンダ~、リンダ~」と続くところから開放感で一杯になる。

だがその一方で、仲たがいをしたままステージに上がれなかった元メンバーのボーカル凛子のことも寂しく残り続ける。ここにドラマの光と影があった。

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2006/01/08

メゾン・ド・ヒミコ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:犬童一心
出演:オダギリジョー 柴咲コウ
    田中泯 歌澤寅右衛門

塗装会社で働く沙織は借金を抱えお金に困っていた。ある日、春彦という男が会社へ訪ねてくる。彼は沙織が幼いときに家を出ていった父の恋人であった。父はゲイバー“卑弥呼”の二代目として成功した後、ゲイのための老人ホーム“メゾン・ド・ヒミコ”を建て運営していた。だが、癌にかかり死期が近付いていたのだが…。

オダギリジョーの声の響き。柴咲コウの強いまなざし。横たわってだけでもひしひしと感じる田中泯の風格。この三人の存在感が傑出している。彼らの姿が鮮烈で画面から目を離せなくなる。

ずっと不機嫌で怒った表情の沙織が溢れるばかりの笑顔で輝くクラブでのダンスシーンが素晴らしい。孤独の中に沈む彼女が、彼らと文字通り手を取り合って擬似家族を形成していくことになる。その直前にゲイをバカにした男を激しく罵るところがポイント。この昂揚が、次のドラマの起点となっていく。

エンド・クレジットで音楽が細野晴臣だったのを知ってビックリ。しかも本作品の音楽といえば、先のクラブシーンでかかる尾崎紀世彦の「また逢う日まで」とか、お盆の時にみんな歌う唱歌など強く焼き付いているのだが、いわゆる映画音楽としては全く印象に残っていない事にも改めて気が付く。こんな事も珍しい。よほど画面と音楽が調和されていたのではないか。

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2006/01/03

誰がために

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:日向寺太郎
出演:浅野忠信 エリカ 池脇千鶴 小池徹平

東京の下町で父から受け継いだ写真館を営む民郎は、幼なじみのマリが連れてきた亜弥子とひと目で惹かれあう。欠落した互いの心を埋めあうように二人は愛しあい結婚する。妊娠を知り幸せに包まれていたが、突然悲劇が襲う。亜弥子は本屋から跡をつけてきた見ず知らずの少年に殺害されてしまったのだ…。

第9回みちのく国際ミステリー映画祭で新人監督奨励賞を受賞。

第9回みちのく国際ミステリー映画祭で鑑賞。

映画祭の中で、しかも監督まで来場されているのであれば、上映後に拍手が起こることは決して珍しいことではない。だが、本作品の拍手は、より長くより力強いものでありました。カンヌやヴェネチアのように観客総立ちで5分間も拍手が鳴り止まなかったという程ではないにしろ、明らかに通常のものとは違っておりました。観る者に強い感銘と深い余韻を残した証であったと思います。

ニケの石像と様々な風に関する描写の積み重ね。このディティールのこだわりが圧巻だった。マリが追い続けた風は、失ってしまった石像の頭部と符合すると感じました。そして、あのラストシーン。まさに固唾を飲みました。日向寺太郎監督は賛否両論あるとおっしゃっていましたが、あれで間違いないと思います。鑑賞後も強く目に焼き付いて離れません。

音楽を担当しているのが矢野顕子というのも特筆もの。静かなピアノの音色がこの映画の世界と合致しており、相乗効果をあげております。久々にサントラ盤を購入いたしました。

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2005/12/28

変身(佐野直樹監督)

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:佐野直樹

湖のある森を彷徨っていると「ジュン」と呼ぶ声が聞こえた。その時、純一は病室で長い昏睡から目覚めた。なぜ病院のベッドにいるのか彼は全く分からなかった。工場で働いていたこと。絵が好きなこと。画材店で働く恵を好きになったこと。勇気を出して恵を誘ったことなど、少しずつ思い出してくるのだが…。

第9回みちのく国際ミステリー映画祭で鑑賞。

最近の流行である記憶を巡る物語だ。だか、来場された佐野直樹監督のお話では、原作が発刊された1991年頃からずっと映画化にしたいと熱望されていたとのこと。それがなかなか果たせなかったが、機会があるごとにこの企画を出し続けて、ようやくその念願が適い初監督作品として完成させることが出来たとのお話でした。この辺は製作までに10数年かかった野村芳太郎監督の「砂の器」(1974)を想起させる裏話でした。

そこまで原作に惚れ込んだのは、記憶を追い掛けるミステリーとしてより、ラブストーリーとしての側面に惹かれたからということでした。映画もそのような作りになっています。これも監督の計算した演出だと言っておられたが、冒頭の純一(玉木宏)と恵(蒼井優)の恋の過程が現代とは思えないくらいシャイで繊細。観ていて気恥ずかしくなるようなものである。それが後半になって効果をあげているのだ。この純朴過ぎる純一がいかに変わっていくのか。激しい感情の推移を玉木宏が巧妙に演じている。

ただ、直接的な感情表現、例えば大泣きしたり、絶叫したり、激怒したりという行為が出てくるものは、仰々しく感じられてあまり好きになれない。舞台ならそれもいいのだろうが、映画の表現としては駄目なのだ。本作品もそれに相当する。

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2005/12/23

ライフ・アクアティック

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ウェス・アンダーソン

海洋冒険家として世界的名声を得てきたスティーヴ・ズィスー。彼が率いる“チーム・ズィスー”の先の航海で、チームの長老・エステバンが幻の怪魚“ジャガーザメ”によって喰い殺されてしまう。その冒険を記録した新作映画は散々な酷評を受け、次回作の契約も打ち切りになってしまうのだが…。

独特の世界観と映像センス。コメディーと呼ぶには爆笑するほどのネタでなく、記録映画の撮影秘話にしたはあまりに現実離れしている。特定のジャンルには収まらない魅力。この辺はウェス・アンダーソン監督の前作「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)と共通するものが多い。

自分の才能は枯れてしまったのか。かつて海洋記録映画の秀作を作り続けていたスティーヴ(ビル・マーレイ)。しかし、この5年ほどスランプが続く。資金は枯渇し、古くからの仲間を亡くし、製作パートナーでもある妻は去っていく。状況はどんどん悪化する一方で、ズィスーの息子と名乗る青年ネッドや妊娠中の女性記者ジェーンらが加わり、航海は進んでいく。血のつながりのない擬似家族が彼を再生させていく。クライマックスで“ジャガーザメ”を探して海中へもぐるシーンが感動的なのは、彼らの絆が強固に感じられからであろう。

エンド・クレジットにかかるデヴィッド・ボウイの「クイーン・ビッチ」がクール。ブラジリアン・ソウルのカリスマと言われるセウ・ジョルジがポルトガル語でカバーしたデヴィッド・ボウイのヒット・ナンバーも魅力あふれるものだった。音楽のセンスも秀逸だった。

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2005/12/22

亡国のイージス

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:阪本順治

東京湾沖で訓練航海中のイージス艦“いそかぜ”が副長の宮津と某国対日工作員ヨンファによって占拠されてしまう。宮津は政府に対し特殊兵器“グソー”の搭載されたミサイルが首都圏に向けて照準を合わせていることを宣告する。艦の構造を熟知している先任伍長の仙石が独り、艦を取り戻しに向かうのだが…。

日本でこうしたポリティカル・サスペンス映画が製作されることは大いに歓迎したい。だが、このような映画はハリウッドから数え切れないほど秀作が生み出されている。日本的なオリジナリティーを求めていたのだが、その期待には適えられなかった。

マイナスポイントは、後半の展開がいささか雑になってしまったところ。特に仙石伍長(真田広之)が単独で特殊工作員と対決するとき、その危機をあまりに無造作で都合良く解決してしまうところが気になった。そのディティールの物足りなさ。見所のひとつであるクライマックスでの彼とヨンファ(中井貴一)が闘う場面もそうだ。仙石が1人でなく如月(勝地涼)と協力してひとりずつ倒していく。そんな展開にすればもっと現実味が増すしもっと面白くなった筈だ。

政府の対策本部の休憩所で岸辺一徳と佐藤浩市が煙草を吸いながらの会話が、本作品の中で最も興味深いものであった。彼らの活躍ももう少し観たかった。

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2005/12/12

姑獲鳥の夏

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:実相寺昭雄

昭和27年。夏の東京。産婦人科久遠寺医院の院長の娘・梗子が20ヶ月も身籠もったままでいるという不気味な噂が広まっていた。しかも、彼女の夫・牧朗は1年半前に失踪し行方不明のままだという。小説家・関口は生活のため雑誌「稀譚月報」の依頼で、この噂を取材することになったのだが…。

原作を既読だったので、ほほ忠実に物語を映画化していることは分かった。しかし、これら予備知識がないとどこまで人間関係や舞台設定などを理解できるのだろうかと思えてしまう作りであった。映画は映画として、それだけを観てストーリー展開を把握できるというのが基本中の基本であろう。まず、ここがマイナスポイント。

冒頭での「不思議なものなどこの世にはない」ということを論証する京極堂(堤真一)の話も、小説で読めば理解できていないものもなんとなく分からされてしまう説得力があるのだが、台詞で聞くと中途半端なまま宙に浮いた感じがする。ここも省いてしまって良かったのではないか。

ここではネタバレになるので書かないが、ミステリーとしては誉められない仕掛けであって、これならどんな風にでも作れてしまうだろう。これは原作のときにも思ったが、映像で見せられるとますますその感じが強くなる。実相寺昭雄監督ならでは幽玄な映像世界は見事なものではあるが。

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2005/12/10

スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:ジョージ・ルーカス

クローン大戦の勃発から3年、依然としてジェダイの騎士団と分離主義者たちとの戦闘は各地で繰り広げられていた。そんな中、パルパティーン最高議長がドゥークー伯爵によって誘拐される事件が発生する。オビ=ワン・ケノービとアナキン・スカイウォーカーの活躍によって無事救出されるが…。

何故、アナキンはダークサイドに落ちていったか。その過程が見事に描かれている。パドメの死を防ぎたいという愛の思いからという表面的な理由も出ているが、その裏側に巨大な力を有したいとする内なる欲望に抗しきれなったという事も感じさせる。どちらか片面だけであれば、アナキンはダークサイドを選ばなかったと思う。両面が渾然一体となったために、アナキンは逃れる術を失ってしまったのだ。この辺はシェイクスピア劇を見ているようだった。

そして、ジェダイたちがアナキンのことをどうして防ぐことができなかったのか。フォースを有するジェダイとはいえ、人の心の内を探ることも変えることもできないということか。その力の限界が物語の世界をより豊かなものにしている。全6作の中で最も見応えのあるドラマに仕上がっていると感じました。

ほんとうにこのシリーズが終ってしまうのだという寂寥感。エンド・クレジットのジョン・ウィリアムスの音楽を聴きながら、自分の28年間を思い出し感慨深かったです。

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2005/12/05

バットマン ビギンズ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:クリストファー・ノーラン

大富豪の家庭に育ったブルース・ウェインは少年時代、井戸で遭遇したコウモリの大群に圧倒的な衝撃を受け、さらに両親が目の前で殺されて大きなショックを抱え込んだまま成長した。ある時、デュガードと出会い、彼の薦めによりヒマラヤの奥地に潜む“影の同盟”という自警団のもとで心身を鍛えるが…。

まずクリスチャン・ベイルの肉体に注目したい。短い期間で「マシニスト」(2003)と本作品を続けてみたので、その肉体の変貌に恐れ慄いた。肋骨が浮いて見えるような痩せ細った体が、筋肉隆々の肉体へ変わっているのだ。これが同じ人間かという驚きがひとつ。

いかにしてバットマンが誕生していったか、その過程を克明に描いている。「正義は復讐ではない」、「転落したのはまた這い上がるためだ」など印象深い台詞が反復して使用され、哲学的な興趣を持つ仕上りになっている。腐敗した都市を再生させたいとする思いはバットマンも秘密結社「影の同盟」も同じなのに、その手法を巡って両者は対立する。単に善と悪を明確に分けらない奥深い物語となっている。

モノレールを乗っ取り、都市を象徴する巨大なビルに突っ込んでいくというプロットは、9・11同時多発テロを連想させ絵空事でない重いリアリティを与えている。

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2005/11/28

ザ・インタープリター

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:シドニー・ポラック

アフリカのマトボ共和国出身のシルヴィアは現地のクー語の通訳として5年前からニューヨークの国連本部で働いていた。ある時、彼女はマトボの独裁的なズワーニ大統領暗殺計画にまつわる会話を偶然聞いてしまう。ズワーニは民主化を目指す多くの活動家を虐殺した罪に問われて国連本部で演説することになっていたが…。

久々にポリティカル・サスペンス映画の醍醐味を味わう。細部が丁寧に作られている。シドニー・ポラック監督の端正な演出が素晴らしい。クー族の復讐に関する逸話が効果的であり、見事にクライマックスへの伏線となっている。気候の表現も絶妙。風は遠い記憶を呼び起こし現在へ運んでくれるものだし、雷雨はシルヴィア(N・キッドマン)を暗殺しようとする凶事を予感されるものとして登場してくる。

アカデミー賞主演賞獲得者であるN・キッドマンとS・ペンの演技力は期待通りのものであった。二人の距離感の取り方がいい。最初は川の対岸にいるように正反対の価値観を持つ二人だったが、対立しながらも互いに共感し合っていく感情の移り変わりを繊細に演じている。特にシルヴィアの自宅と彼女を反対側のビルから監視するケラー(S・ペン)とで行う電話の場面はうっすらとした官能性を漂わせ大いに感心する。

唯一惜しまれるのは、ケラーを支えるトッド捜査官役のキャサリン・キーナーに活躍の場が少なかったことである。せっかくの存在感が惜しまれる。

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2005/11/23

シン・シティ

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ロバート・ロドリゲス/フランク・ミラー

まず斬新な映像表現に感服する。「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」(2004)の時にも感じたが、まるでコミックそのままのような質感を背景に俳優達が存在するミステリアスな映像に魅了された。殺戮シーンなどもふんだんに登場するが、生々しさはなく詩情すら感じられる。

こうした映像もさることながら、エピソードの配置にも唸らされた。特別監督として本作品にも参加しているQ・タランティーノ監督の「パルプフィクション」(1994)を想起させる時制を交錯させて複数のエピソードをつなぐ構成が素晴らしい。そして、プロローグとエピローグには、本筋と絡まないジョシュ・ハートネットを用意しているところも絶妙であった。

豪華な俳優陣もそれぞれ個性にあふれ、映画を盛り上げている。その中でもデヴォン青木演じたミホが異彩を放つ。日本刀を構えたときの形の良さ。無表情な佇まい。鋭い視線。とてもクールであった。

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2005/11/19

コンスタンティン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:フランシス・ローレンス

悪魔を見分ける特殊能力を持ったジョン・コンスタンティンは人間界に侵食しようとする悪魔を退治し地獄へ送り返すため戦い続けていた。ある時、悪魔祓いの最中、地上を成立させている天国と地獄の均衡が崩れかけていることを感知する。同じ頃、妹の自殺に不審を抱く女刑事アンジェラがジョンに協力を依頼するが…。

ジョン(キアヌ・リーヴス)はひっきりなしに煙草を吸い続けている。しかも肺がんを患い余命1年と診断されているにも関わらずである。かつて自殺を試み2分間だけ地獄の世界を垣間見たジョンは、天国への切符を手にするために仕方なく悪魔祓いを続ける。地獄には行きたくないし、この世界にも留まりたくないという屈折した感情が煙草を吸う行為の中から浮かび上がってくる。

その彼がこの戦いの中で真の救済を見出していく。自分だけが救われたいという利己的欲求を捨てて自己犠牲の道を選び取る。そして失っていた信仰心を取り戻す。その過程が感動的に描かれているし、ここでも煙草が巧く使用されている。

すべての世界を繋ぐ媒体として水が効果的に登場している。海や湖や川を見ているとやすらぎと共に神秘性を感じるのは、そういうことが起因しているのかもしれない。

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2005/11/16

フライ,ダディ,フライ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:成島出

人はある境地に達すると今まで知ることもなかった風景が見えるになる。ある能力を極めれば今まで気付くことのなかった存在を認知できるようになる。

勉強、修行、訓練、なんでもそうであるが、誠心誠意打ち込むことで新たな世界が開けることって現実にあるのであろう。そんなことを、ロープを使い樹木の上へ登りきった鈴木一(堤真一)とスンシン(岡田准一)の会話の場面で思いました。

岡田准一が素晴らしい。本作品の成功要因はいくつもあるのだが、その中でも彼の存在感は上位にくるであろう。鷹の舞いの場面など実にしなやかでモダンバレーを見ているようであった。こんなにいい役者だったかと瞠目する。

単なる復讐ドラマに終らず、シリアスとユーモアのバランスも絶妙。哲学的な会話劇が深い余韻を残す。

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2005/11/15

宇宙戦争

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:スティーヴン・スピルバーグ

ニュージャージーの港湾で働くレイは別れた妻との間に息子のロビーと娘レイチェルがいた。子どもたちとの面会の日、その異変は何の前触れもなく始まった。立ちこめる暗雲から稲妻がほとばしり、落雷地点が脈打つように震動した。その地中深くから巨大な三本足の物体が姿を現し人間たちを抹殺し始めたのだが…。

原作は未読でありますが、古典とも言える作品なのでその結末を知っておりました。そういう昔ならいざ知らず今日においても、それがそのまま使われているとあれって思ってしまう。ひっかかるのは宇宙人が100万年前から侵略を準備していたと、冒頭にモーガン・フリーマンがナレーションしていることだ。いきなり攻めてきたというのならまだ分る。宇宙人はいったい何を準備していたのかという思いが残ってしまう。このあっけなさが戦争映画としての興趣を削いでしまっている。

しかし、レイ(トム・クルーズ)の精神的成長ドラマとして見れば、なかなか味わい深い。二児の父親となっても大人になりきれず、離婚しても自分の世界を守りつづけている。彼にとって妻も子供も邪魔者でしかなかったのだ。それが未曾有の事態に遭遇し、自分の真の姿に遭遇する。そして、弱いなりにも自分の娘を必死に守ろうと戦う。あのラストシーンには批判も出ているが、真の家族を取り戻す話と考えれば納得できる終わり方だ。それは近年のスピルバーグ作品の一貫したテーマである。

レイチェル(ダゴタ・ファニング)が喘息でパニックに陥ったとき、自分の腕を組んでスペースを作る場面が最初に出てくる。それは彼女の孤独さを感じさせる。それが後半の地下室の場面になると、父の腕の輪の中に彼女が抱かれているようになる。二人の関係変化を感じさせてなかなか巧い。

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2005/11/14

アイランド

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:マイケル・ベイ

2019年。大気汚染から守られ、管理の行き届いた安全で快適な巨大施設で暮らす人々がいた。彼らの夢は、地上最後の楽園といわれる“アイランド”行きの抽選会に当たることであった。ある時、リンカーンは換気口から入ってきた一匹の蛾を見て疑念を抱き独自に調査を進めるが…。

非常に興味深い設定ではあるが、ドラマの中でうまく消化しきれていないのではないかという思いが残る。無機質な近未来社会というと「未来世紀ブラジル」(1985)や「ガタカ」(1997)を想起させるが、主人公たちの不条理な世界に苦しむ感情描写という点で本作品は物足りない。逃亡者としての逼迫感も不足している。

とはいえ、ハイウェイでのカーアクションは大いに見せる。圧倒的な臨場感を持つ映像を堪能する。本作品でも出てきたが、ハイウェイの対抗車線を逆走するシーンはカーアクションの定番である。観客を現実社会から遊離させ非日常性世界へと誘う格好の入り口なのであろう。

傍役のスティーヴ・ブシェミ、ジャイモン・フンスーなどが絶妙の存在感。それぞれに持ち味を発揮している。

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2005/11/09

四月の雪

製作年:2005年
製作国:韓国 
監 督:ホ・ジノ

コンサート会場の照明チーフディレクターを務めるインスの元に、妻の交通事故の知らせが届く。彼女が搬送された海岸沿いの小さな町サムチョクの病院へ駆けつけると、その廊下に夫が交通事故に遭ったという女性ソヨンが独り打ちひしがれていた。事故に遭った時、インスの妻とソヨンの夫は同じ車に乗っていたのだが…。

ドラマの幕開きは携帯電話の着信音から始まり、エピローグも着信音から始まっていく。こうした構成の巧さにまず感心する。この他にも本作品の中で携帯電話が何度も登場してくる。電話連絡だけでなく、写真を撮ったり、不倫の事実を確認するメールであったりと、ドラマの起点として携帯電話は得難いアイテムとなっている。

互いの配偶者が不倫していることが原因で男女が出逢う映画というと、「ランダム・ハーツ」(1999)や「花様年華」(2000)など近年でも多く取り上げられた設定である。こうして繰り返し取り上げられるのは、最初に敵意を持つ二人が好意を抱くまでの心理変化が劇的であるからではないか。

そのような心情をホ・ジノ監督は繊細に描いてみせる。事故を知った二人の気持ちが驚き、怒り、憎しみ、共感、好意、欲望、逡巡、苦悩へ刻々と変わっていく様を言葉少なに映像で見せていくところに感銘を受ける。

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2005/11/08

Be Cool ビー・クール

製作年:2005年
製作国:アメリカ
監 督:F・ゲイリー・グレイ

映画プロデューサーとして成功を収めたチリ・パーマーは自分の意志が貫けないハリウッドに嫌気が差しはじめていた。ある時、インディーズ・レーベルを経営する友人トミーが、リンダという無名のシンガーを一緒に売り出そうという話を持ちかけられる。ところが、トミーはロシア・マフィアに射殺されてしまうのだが…。

これは思った以上によく出来ていた。「ゲット・ショーティ」(1995)の続編ということで、どこか間延びしたところがあるのではと危惧していたが、嬉しい具合に外れてくれた。基本的なドラマ展開は前作同様で「俺を見ろ」の決め台詞でいつの間に自分のペースに巻き込むチリ・パーマー(J・トラボルタ)も健在である。映画撮影という全体像の把握が難しい前作よりずっと分かりやすくなっている。

ゲスト出演者の豪華さもポイントのひとつ。エアロスミスのスティーブン・タイラーが本人役でコンサートを行い大いに盛り上げるし、意外なところにトム・ハンクスやニコール・キッドマンが出てくるのもおかしい。そして、本作品の見所であるJ・トラボルタとU・サーマンのダンスシーンでピアノを弾いていたのが大御所セルジオ・メンデスであった。こういう人選が楽しくさせる。

そうした中で、歌手として成功を目指すリンダ役のクリスティン・ミリアンがいい。あまり馴染みのない彼女がビッグネームに囲まれ役柄と同化して精一杯演じているところに好感が持てます。

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2005/11/07

イン・ザ・プール

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:三木聡

伊良部総合病院の精神科医・伊良部一郎はいつもヒョウ柄のシャツとブーツに白衣を羽織った怪しげな男。患者の話など聞かず勝手に自分のことばかり話している。そんな男なのに何故かストレスが原因で奇妙な病気に苦しむ患者たちが、次々と診察室に駆け込んでくる。伊良部は珍妙な診療で患者達を振り回してしまうのだが…。

あえてこうした構成にしたのは三木聡監督の意図であったようだが、それがあまり成功していない。これならオムニバス形式にして、一人の患者の顛末を続けて見せてくれた方がずっと明瞭になったことだろう。松尾スズキが演じる伊良部医師のキャラクターはこのままでも良いが、彼が患者の症状回復の場には関わっていて欲しい。

原作を未読なので比較できないが、“継続性勃起症”の田口(オダギリジョー)のように勝手に一人で暴れているうちにという形はどうも収まりが悪い。二人が別れた妻の職場へ訪れる場面がポイントとなるべきであった。

良かったのは、あくまで患者が接するときだけ伊良部医師が出てくるようにしているところ。下手に伊良部医師の私生活を描いたりすると収拾がつかなくなったであろう。

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2005/11/06

ファンタスティック・フォー 超能力ユニット

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ティム・ストーリー

人類の進化と宇宙嵐の関係を研究している若き天才科学者リードは親友ベンと共に、実業家ビクターの会社へ援助を求めていた。そこではリードの元恋人で女性科学者のスーと彼女の弟でパイロットのジョニーが働いていた。彼らとチームを組んで宇宙実験を実施することになったが…。

こうしたスーパーヒーロー物はしっかりとした設定にして欲しい。例えば、あれだけの特殊能力を有した四人が公然で力を発揮したのに、当局の監視を受けず自由な振る舞いをしていることが疑問に感じてしまう。ビクター(ジュリアン・マクマホン)のお抱え医師が伝染性の病気について話題にしている場面もあったので、この辺りをもう少しうまくまとめて欲しかった。細かいかもしれないが、こういうところをしっかりと創ってくれないと、映画の世界に入り込めなくなる。そういう点で「バットマン ビギンズ」(2005)はよく出来ていたと思う。

それでも興味深く見られたのは、四人+一人が思わぬ能力を持つことになり、その力とどう対応していくか、五人各々違って描写されているからであろう。特に体が変質してしまったベン(マイケル・チクリス)が自分の醜さに悩むところなど大いに共感を呼ぶし、盲人の黒人女性との交情が静かに胸を打つ。

それとは対照的に心から特殊能力を楽しむジョニー(クリス・エヴァンス)の姿が微笑みを呼ぶ。彼の能天気な振る舞いは時に腹立たしく感じるが、その陽気さは湿りがちなこのドラマを陽性に戻す。

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2005/10/19

シンデレラマン

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ロン・ハワード

ライトヘビー級のボクサーだったジム。一度は将来を嘱望されていたが右手を骨折したため精彩を欠き、ついにライセンスを剥奪されてしまう。折からの大恐慌のために職もなく生活費も滞るようなどん底の暮らしを続ける。そんなある時、怪我をしたボクサーの代わりに急遽リングへカムバックすることになるが…。

人間、何が幸いするか分からない。骨折した右手をかばい続けて荷役をしているうちに、左手が強化されていた。これが奇跡の復活の一因になっている。人生において苦しい時期があったとしても懸命に生きていれば、次の道が自然と開けてくるかもしれない。

オスカー俳優二人の演技もいいが、マネージャー役のP・ジアマッティが素晴らしかった。コミショナーにジムの復帰を談判している時の微妙な表情が秀逸。そして、彼のアパートにメイ(R・ゼルウィガー)が訪れる場面も印象深い。

そして、ボクシングシーンの編集も見事。彼が怪我をしたときに白色となるところが衝撃を持って観る者に伝わってくる。

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2005/10/16

チャーリーとチョコレート工場

製作年:2005年
製作国:アメリカ 
監 督:ティム・バートン

貧しいながらも幸せに暮らしている少年チャーリー。彼の家のそばには世界一のチョコレートをつくり続ける不思議なチョコレート工場があった。ある時、工場長のウィリー・ウォンカは、全商品のうち五枚だけに入っている“ゴールデン・チケット”を引き当てた者にだけ工場見学に招待すると発表したが…。

ウンパ・ルンパ族のミュージカル場面が圧倒的に楽しい。ディープ・ロイ独りでいろんな役を演じているが、同じ顔で無表情なところが絶妙に可笑しい。音楽もいろいろなパロディになっていて、非常に凝っている。

タイトルバックのチョコレート製造ラインのアニメーションも素晴らしい。ダニー・エルフマンの音楽に合わせて、流麗で優雅な流れとなっている。実際にはチョコレート工場なんて殺風景で面白みのないものですが、本作品の中ではポップな空間の摩訶不思議さが際立つ。

前作の「ビッグ・フィッシュ」(2003)に続き、T・バートン監督が父との和解をテーマにしているのも興味深い。

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2005/10/12

タッチ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:犬童一心

上杉達也と和也は双子の兄弟。浅倉南とは家も隣同士で小さな頃からいつも一緒に遊んでいた。3人は同じ明青学園に通っている。弟の和也はスポーツ万能で成績優秀、子供の頃に南と約束した甲子園出場を叶えるため、野球部のエースとして活躍していた。一方、兄の達也は勉強、スポーツとも真面目な態度を取れずにいたが…。

登場人物たちが見上げる空。何回も繰り返し挿入されている。その空はつねに雲に覆われて快晴ではない。逡巡、挫折、不安など彼らの心象風景となっているのだろう。

原作との比較において、かなり厳しい意見が多いようである。一見すると失望を感じさせるが、後になってよくよく考えてみるとかなり丁寧な作りになっていることに気付く。確かに完成度は高くない。例えば、達也(斉藤祥太)とボクシング部のマネージャー小百合(安藤希)の関係など中途半端なまま後半消えてしまった。こういうところが惜しまれる。また、幕切れの言葉は無粋であると最初感じさせたが、これを言わせたいがためのドラマ展開であったのだ。洗練されていないが、一応納得できる。

最後の上杉達也と新田との三球勝負が最大の見せ場になっている。一球ずつ撮影方法を変えて趣向を凝らしている。ここでスライダーが三球目でなく、二球目だったのがこの作品のポイントだった。達也の真の成長がここで成し遂げられた。

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2005/10/09

サマータイムマシン・ブルース

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:本広克行

夏休みなのに毎日大学に来ては部室で遊んでいるSFの研究など一切しない “SF研究会”の5人の男子学生。ある時、みんなで大騒ぎしていると、大切なクーラーのリモコンを壊してしまう。翌日、いつものようにメンバーが部室に集まると、見慣れぬ金属製の物体が置かれていたが…。

冒頭の10分間の不可解な進行が面白い。あれっと思わせておいて次の場面にどんどん進んでいく。タイムトラベルものと最初から分っているので、これがどう繋がっていくのか考えながら見ているのが楽しい。

かなり緻密な構成の脚本になっているが、ある1点だけ不明瞭な箇所が残り、そこが大いに惜しまれる。それはそもそものタイムマシンの出現の由来がもう一つはっきりしないこと。一体誰が送り込んだのか、ここをうまく押さえてくれるとパーフェクトだった。

五人の男子学生の個性豊かな人物造形と軽妙な会話が大いに笑わせる。とぼけた味わいが全編貫く。大いに笑わせておいて、最後に寂しさを感じさせる締め方も良い。切ない余韻が残る。

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2005/10/08

NANA ナナ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:大谷健太郎

恋人の元へ向かう小松奈々。パンクバンドのヴォーカルとして成功を目指す大崎ナナ。東京に向かう新幹線の中で偶然出会った二人は、20歳同士、そして同じ名前だったことで意気投合する。その後、居住する部屋さがしで偶然に再会し、結局二人は一緒に暮らすことになったが…。

奈々(宮崎あおい)もナナ(中島美嘉)も、コンサート会場で他の観客の盛り上がりとは一線を引き、茫然と立ち尽くすという場面が何度か挿入されている。音楽によって、自分の価値観が一変するような衝撃を受ける。ロックミュージックを聴くのは、そんな体験を常に求めているからであろう。

基本的に奈々(宮崎あおい)のモノローグで話が進んでいくのが良い。どの時点から振り返っているのか定かではないが、劇中の浮かれたようなキャラクターとは雰囲気の違う語り口であり巧みな対称になっている。そのために全編にノスタルジックな雰囲気を漂わせる。「いぬのえいが」(2004)に続き、宮崎あおいの語りはなかなか秀逸だ。

本作品全体では意外性に欠けるドラマ展開であった。こうなるだろうなと思っているとその通りになっていく。そこに予定調和の心地良さもあるのだが、どこか物足りない感じも残る。ただ、そんな感じで引っ張っていく、最後になってサプライズが用意されている。ここが気に入った。

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2005/09/22

四日間の奇蹟

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:佐々部清

敬輔は千織を連れてピアノの慰問コンサートを続けていた。5年前。ピアノ留学中の敬輔は暴漢に襲われた千織親子を助けるが、左手の薬指を負傷してしまいピアニストの夢を断念する。そして孤児になった千織を引き取る。脳に障害のある千織だが、ある時、天才的なピアノの演奏能力を有していることに敬輔は気付くが…。

最後の夜の「月光」を弾く場面に感嘆した。ろうそく、灯台、懐中電灯と光が次々に連鎖していく。その光が神秘的現象を病院中に広めていくようであった。こうした言葉で説明するのではなく、映像で物語を表現する佐々部清監督の演出に酔う。

小道具の使い方も巧い。白い手袋が敬輔(吉岡秀隆)の、うさぎのぬいぐるみが千織(尾高杏奈)の、それまでの人生の未練を象徴しているものであった。それらを捨てたとき、彼らの新しい生涯が始まる。

千織役の尾高杏奈の演技も見事であった。奇蹟が起こる前と後では全く別人に見えるところが凄い。そして、石田ゆり子と重なって見えることも感心しました。

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2005/09/19

ノロイ

製作年:2005年
製作国:日本 
監 督:白石晃士

2004年4月。怪奇実話作家の小林雅文の自宅が全焼し、焼け跡から小林の妻が焼死体で発見される。しかし、小林自身は行方不明のままだった。小林はこの直前に最新ドキュメンタリー「ノロイ」を完成させたばかりだった。その中には女優の松本まりかの周辺で起こる不思議な現象が収録されていたが…。

ジャパニーズホラーというブランドで世界からも一定の評価を受けているが、その恐怖の演出もパターン化してしまうと面白みに欠けてしまう。その危機感から本作品は生まれたのだろう。ホラーならではのショッキングな驚かし方でなく、ビデオテープに写る怪しいものをスローで、または一時停止で見せる方法が新鮮に感じた。ただ、このパターンを使えるのは一回きりだ。続編などできると色褪せてしまう。その怖さの演出がじわじわと伝わり、後半から背筋に冷たいものが走るようだった。そして、しばらくの間、夜道を歩くときにゾォーとするような思いが残る。そういう意味で正しいホラー映画であった。

本作品は例えるなら「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999)に「リング」(1998)のような呪いの謎を追いかけるミステリーの要素を組み合わせたものである。その展開がなかなか鮮やかで、バラバラの事件が結びついていくところには魅了された。

ただ、後になって考えてみるともうひとつ整合性に欠けるような気もするが。

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2005/06/14

ローレライ

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:樋口真嗣

1945年。広島に原子爆弾が落とされ太平洋戦争は終局を迎えようとしていた。海軍軍令部の浅倉大佐は、さらなる原爆投下を阻止すべくドイツ軍から接収した戦利潜水艦・伊507を使って最後の作戦を実行に移す。現場を離れていた絹見少佐を艦長に抜擢し、テニアン島への奇襲攻撃を命じるが…。

いろんなところで本作品の感想を目にするが、かなり賛否両論が激しく駄目な方は徹底的に批判されております。私もその批評にうなずくポイントも多々ありますし、柳葉敏郎の演技などあまりに作為的で不自然に感じるところもありました。

しかし、自分の中では不思議と許容できてしまっている。過酷な状況に怯むことなく戦い続ける者たち。そんな冒険小説的ドラマを本質的に好み、大いなるロマンを感じたからでしょう。

また、朝倉大佐(堤真一)の抱く作戦を否定することは簡単であるが、それが現代の日本に対して鋭い批評となっていることも忘れがたい。

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