製作年:2004年

2008/05/19

ヴァン・ヘルシング

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:スティーヴン・ソマーズ

ドラキュラ伯爵の宿敵として知られたヴァン・ヘルシング教授。フランシス・フォード・コッポラ監督の「ドラキュラ」(1992)などにも登場してくるキャラクターであるが、バチカンの密命を受けたモンスター・ハンターとして新たに造形された一編。ドラキュラだけでなく、フランケンシュタインやウルフマンという伝説のモンスターたちと壮絶な闘いを繰り広げられる面白い試みである。だが、人物の背景描写に深みがなく、どうも見ていて物足りない。例えば、何故、ヴァン・ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)が記憶を無くし、モンスター・ハンターとして生きているのか。それは戦いのドラマの中で、興味を引く設定なのであるが、うまく活かされていない。それが惜しまれる。

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2008/05/05

ジャスミンの花開く

製作年:2004年
製作国:中国
監 督:ホウ・ヨン

間違った選択を重ねる家族。チャン・ツィイーが上海に生きる母子三世代の女性を一人で演じた力作ではあるけれど、不幸を自ら呼び込んでいるような生き方の繰り返しに悄然としてしまう。彼女たちは、それぞれ幸せになろうとして、母の反対を押し切って一歩前に踏み出す。それが、望んだ結果にならなかったとしても、卑下することはないではないか。歪んだ自己嫌悪と失ったものを追い続ける諦観の無さが、更なる悲劇を生み出すのだ。

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2008/04/15

ニキフォル 知られざる天才画家の肖像

製作年:2004年
製作国:ポーランド
監 督:クシシュトフ・クラウゼ

あまり前情報に触れる機会もなく、てっきり、ドキュメンタリー映画かと思って見始めたら、伝記ドラマだったのでビックリした。さらに、小柄な老人画家の主人公ニキフォルを演じたのが、クリスティーナ・フェルドマンという女優さんだと知って、さらに驚いてしまう。偏屈な老人にしか見えない秀逸な演技力だった。

さらに、さらに驚いたは、いくら天才的な絵画に魅了されたとはいえ、身内でもできないような親身な世話を家族を捨ててまで行っていたという男性の存在。このマリアン(ロマン・ガナルチック)こそ、本作品のなかでもっとも興味深い。どうして、ここまで打ち込むことができたのか。私には分からない。ただ、天才画家として、こうして映画まで作られるほどの名前を残すことができたのは、マリアンのような人々の支えがあってのことだろうと思うだけだ。

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2007/09/10

玲玲(リンリン)の電影日記

「玲玲(リンリン)の電影日記」★★★
2004年中国
監督:シャオ・チアン
脚本:シャオ・チアン チェン・チンソン
出演:シア・ユイ チアン・イーホン
   クアン・シャオトン リー・ハイビン

どうしても気になることがある。家を出た玲玲が一体どのように生きてきて、あの若さであんな高層マンションに古い映画の資料を揃えることができたのか。そのことである。それらをきちんと描けば、もう1本映画ができるくらいの時間が必要になることは分かる。

だが、それらを全く省いてしまっては、ドラマのリアリティが成り立たない。ノスタルジィーより、彼女の身勝手さばかり目に付いてしまう。

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2007/05/28

レイヤー・ケーキ

製作年:2004年
製作国:イギリス
監 督:マシュー・ヴォーン

イギリスの裏社会を舞台にしたスタイリッシュな群像犯罪サスペンスといえば、傑作「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(98)を思い出す。あの錯綜したドラマがクライマックスで見事に収斂していく展開は、本当に見事なものであった。

その製作者であったマシュー・ヴォーンの初監督作品である。自然と比較してしまうが、その事により本作品のマイナスポイントが浮かび上がる。まず結末で、様々な伏線が一つの点へ集まっていくような流れになっていないことである。バラバラのまま、これで終わってしまっていいのかという感じだ。

次々に起こってくる難問をいかに主人公が解決していくのか、それもドラマの焦点であるが、こちらも安易であまりに都合が良すぎる。

そもそも主人公は冷静かつ狡猾なというキャラクターであるので、あっと言わせるような頭脳戦を見せてほしかった。時系列をバラバラにして構成は、一瞬、理解ができなかったが、そういう狙いを理解すると面白くなってくる。全体的に消化不良の感じだが、スピーディーな展開はテンポいい。

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2007/03/23

9 Songs ナイン・ソングス

製作年:2004年
製作国:イギリス
監 督:マイケル・ウィンターボトム

性愛とロック・コンサートを交互に描きながら、ひとつのカップルの遍歴を綴っていくアイディアなら、特に驚かない。本作品の特徴は、そこに南極大陸のシーンも加えて、三角形の構図となっていることだ。

ここで気になるのは、何故、南極であるということだ。雪氷に包まれた極限の世界は、愛の追想を感じる場として絶妙な設定であると思う。彼女の匂いや肌のぬくもり。彼女と一緒に過ごした9つの歌。彼女を失った喪失感。それらが荒涼とした風景の中で鮮明に浮かび上がってくる。

スキャンダラスな描写で話題となった作品であるが、こうしたところにマイケル・ウィンターボトム監督の詩情を感じる。辛くて甘い余韻が残る。

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2007/03/11

家の鍵

製作年:2004年
製作国:イタリア/フランス/ドイツ
監 督:ジャンニ・アメリオ

ラストシーンが重く残る。傷害を持つ子供と一緒に暮らしていくということは、一時の情愛や同情からでは続いていかない困難が待ち受けているだろう。15年の時間を経て、主人公ジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)の涙は、その苦難の道を歩んでいこうとする覚悟であった。

それを際立たせるのは、病院で一緒になった同じ障害児を持つ女性ニコール(シャーロット・ランプリング)の存在だ。彼女の述懐は、彼の今後を予兆するものである。

しかし、気になるのは、生まれたばかりの乳児を抱えた妻の存在である。彼は血のつながった息子であるから、ある種の苦悩は仕方なく受け入れなければならないであろう。だが、一度も会ったこともなく、子育てに忙殺される時期に、彼を引き取るということに同意するのであろうか。

そのことも大いに心配のまま、映画は終わっていく。

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2007/02/19

世界

製作年:2004年
製作国:日本/フランス/中国
監 督:ジャ・ジャンクー

冒頭のシーンが印象深い。絆創膏を探して楽屋を渡り歩くヒロインのタオ(チャオ・タオ)。元気の良い言葉と態度から、彼女はこの“世界公園”に君臨する女王のようである。

だが、映画が進む内にそうでないことが分かってくる。世界公園という開放感があるような場所に居ても、彼女はどうにもならない閉塞感にとらわれている。この対比が絶妙に巧い。

彼女はどこかへ行きたいと思っていても、どこにも行けないでいる。だが、彼女と接触する人々は、次々とこの地を離れていく。この対比も秀逸である。

それらは、現代中国の発展と矛盾を象徴しているように感じる。彼女はこの後にどんな人生を歩んでいくのか、とても気になります。

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2007/02/18

チーム★アメリカ ワールドポリス

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:トレイ・パーカー

本作品でもっとも印象深いのは、捜査で中近東の酒場に潜入したゲイリーがアラブ人たちの前で「テロの計画がないのか」と訊ねて、周囲が凍り付いたようになってしまうところ。

彼らにはテロではなく、あくまでジハード(聖戦)なのである。ここでシニカルな笑いを生じさせるが、冷静になってみれば深く考えさせられる。それは、いかに物事を自分側しか見ておらず、相手側から見る視点に欠けているものなのか、痛烈に描写している。

また、タカ派だけでなくハト派も徹底的に皮肉った視点で作られているところもユニークだ。つまり、何かを盲目的に信じて行動することは可笑しいものなのだ。自分の行動が何を引き起こしているか、その結果を見据えて軌道修正することが必要ではないだろうか。

劇中で歌われる「モンタージュ」なども爆笑ものであった。

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2007/01/31

ココシリ

製作年:2004年
製作国:中国/香港
監 督:ルー・チューアン

どうしてここまで闘うことができるのか。鑑賞後に、そんな呟きが残る。密猟団から希少なチベットカモシカを守るため組織された民間パトロールの隊員たち。全くの無給であるボランティア活動に、文字通り命を賭けてのぞんでいく。

それは密猟団との直接的な闘いだけでなく、過酷な大自然の脅威にもさらされる。僅かなミスによって失われていく命。流砂に飲み込まれていく場面には震撼した。そうしたところへ、彼らは乗り込んでいくのだ。

名誉や報酬を得るためでない。使命感の命ずるままに。彼らの犠牲によって状況は改善されたという。我々の常識を超えるその壮大な使命感の前に、ただただひれふすしかない。

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2007/01/24

シュレック2

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:アンドリュー・アダムソン
    ケリー・アズベリー
    コンラッド・ヴァーノン

「私は結婚して大きく変わったのに、あなたは何も変わろうとしない」。フィオナ姫の台詞が胸に突き刺さる。少なくとも現在の日本において、ほとんどの女性は結婚することによって、苗字が変わったりするなど、多大な負担を強いられるのは間違いない。

その痛みを男性側はどこまで理解しているのか、ということである。知識としては分かっていても、感情面では理解していないのが本当のところであろう。唖然としたシュレックの顔が自分と重なる。

そこからのシュレックの行動が本作品の主題だ。本来の自分であることは心地良いことであるが、愛するもののためにはその心地良さを捨てる覚悟が必要なのではないか。全てを変えるのではなく、出来るところから少しずつ歩み寄っていけばいいと思う。

前作はおとぎ話の痛烈なパロディになっており、意外な結末に唸らされた。だが、本作品はどこか予定調和のような感じがして、新味に乏しかった。楽しみにしていたアントニオ・バンデラスの「長ぐつをはいたネコ」も、冷酷非道な暗殺者という設定のわりには、簡単にシュレックになびいてしまって、アレレと思ってしまう。その後もたいした見せ場もなく失望が残る。

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2006/12/20

イノセント・ボイス 12歳の戦場

製作年:2004年
製作国:メキシコ
監 督:ルイス・マンドーキ

どんな戦争にも悲痛な話が生じるものであるが、内戦というのはより悲惨な状態に置かれるものではないか。ついこの前まで、友人や隣人として当たり前のように笑い合っていたのに、ふと気が付くと、銃を向け合っているのだ。そして、いつの間にか見えない境界線が引かれ、親類縁者とも自由に会えなくなってしまう。

本作品では、兵士確保のため強制的に12歳の少年が徴集されてしまう辛苦と、住宅地や学校まで銃弾が飛び交う異常な日常が綿密に描写されている。

このどうにもならないこの状況に、力ないものは情報をかき集め、必死に生き延びようとするが、否応なしに迫ってくる限界。ついにはその地を離れるしか望みが見出せなくなる。

抜け出す者も送り出す者も、生涯消えることのない傷を心に抱えたまま生きていくのだろう。彼らの悲痛な叫びが響いてくる。何故、自分達は戦わなければならないのか?

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2006/12/04

リトル・ランナー

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:マイケル・マッゴーワン

奇跡を起こした聖人。それは不可能とも思える一つの課題に向かって、ひたむきに努力した姿を後生の人々が語り継ぐうちに生まれていったのではないか。

実際に奇跡を起こしたか、起こさなかったのか有無は問題でない。本作品は、そのことをコミカルなエピソードを交えながら描いている。重要なのは、一人の少年の頑張りが、友人や教師に勇気を与え、大事な一線を越えさせる要因となったことである。

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2006/12/03

いつか読書する日

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:緒方明

何故、槐多(岸部一徳)が最後に笑っていたのか。自らの運命の皮肉さに苦笑してしまったのではないか。30年に渡る恋心がどんな結末を迎えるのか、固唾を飲んで見守ってきたが、まさかこんな形になるとは。その意外性が一つ。

お互いを見ないようにしていても、その存在を感じ取れる距離。見えない壁を築いてきたが、様々な事件を経て、その壁が崩れる瞬間。

美奈子(田中裕子)が発する「槐多!」の叫び声が深く胸を貫く。

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2006/11/25

おわらない物語 アビバの場合

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:トッド・ソロンズ

自分の望む未来を、周囲の反対に負けず貫き通すことの困難さ。例え、家族といえども、個々の人間の意志をぶつけ合う関係であることに変わりはない。

アビバには子供をたくさん持ちたいという明確な夢があったのだが、母の説得によって潰えてしまう。その苦さがひとつ。

8人の女性が演じるアビバは様々な挫折や苦難に見舞われるが、新たな出会いを重ねることによって安らぎを取り戻していく。

ここで気になるのは、自殺した従姉の葬儀で挨拶するマーク(マシュー・フェイバー)の姿。そして、不思議な旅の末にたどり着いたママ・サンシャイン(デブラ・モンク)の家で出会う様々な障害や虐待を受けた子供たちの存在。

この二者の対比によって、挫折や困難に直面したとき、孤独では押しつぶされてしまい、仲間がいれば笑顔を取り戻せることを訴える。

アビバに中絶を促す母(エレン・バーキン)の異様な迫力や中絶医師を射殺するアール(スティーヴン・アドリー=ギアギス)の不確かな心情など、人物造形が複雑で奥深い。

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2006/11/18

M:i:3

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:J・J・エイブラムス

非情な敵と戦う特殊工作員に幸福な結婚生活を送ることができるのか。本当の事を話してと迫る婚約者に、自分の事を信じてくれとしか言えない男。この時点で二人の関係は終焉していても、おかしくはない。

無論、そういう彼を信じてついていく女性もいるであろうが、その結果、誘拐されてしまい、命の危険にさらされるのである。彼女はそれでも彼を信じるのか。

真に彼女との生活を選ぶのであれば、かつての教え子とはいえ、当初の奪回作戦には参加することを断らなければならなかったのだ。つまり、今回の危機は自ら招いたことである。

ドラマ進行としてここで断ってしまうことは在り得ないことではあるが、敵を憎むと同時に、自分の判断も悔いるシーンも必要なのではないか。確かに、超人的な活躍を見せるイーサン・ハント(トム・クルーズ)は魅力的なヒーローであるが、彼の心情描写は大いに甘いと言わざるを得ない。

ラスト・シーンの団らんも違うと感じさせる。何かを捨てなければ、大切な何かを守ることはできない。

不満な点もいくつかあるが、アクション場面の迫力はさすがと感じさせる。

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2006/11/16

リバティーン

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ローレンス・ダンモア

プロローグでの「初めに断っておく。諸君は私を好きになるまい」というロチェスター伯爵(ジョニー・デップ)の言葉。逆に言えば、私のことを嫌いにならないで欲しいという真摯な訴えではないか。

この伯爵が何故に放蕩の限りを尽くすのか。ひたすら破滅の道を歩んでいくには、現実社会の深い絶望があることが窺えるが、詳しく描写されていないため、彼に感情移入することはできない作りになっている。

チャールズ二世(ジョン・マルコヴィッチ)の政治的危機を救った演説。本作品の見せ場になっているが、唐突な感じが否めない。それまで国王の期待を裏切り続けていたのはなんだったのか。

彼は人々の驚きの顔を見たいという刺激をどこまでも追い求めていたのか。酷評されていた若い女優バリー(サマンサ・モートン)に、ひとり目をかけて熱心に演技指導することも、恋愛感情よりその性癖からだろう。

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2006/11/10

クライシス・オブ・アメリカ

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ジョナサン・デミ

不利益をもたらす政治家を暗殺という手段で排除してきた歴史。しかも、暗殺の実行犯として報道される人物には数々の疑問が残されている。そこには、陰謀を企てる巨大な闇の勢力を感じさせて、得体の知らない薄気味悪さが残る。

本作品には、そのアメリカ的思考が色濃く反映されたものになっている。洗脳という手段がどこまで実現性のあるものなのか、素人の自分には判断はつかない。

だが、それに実用性があるとすれば、進んでそれを利用しようとする勢力がいることは大いにあり得ることだと感じさせる。

メリル・ストリープの悪役ぶりが圧巻。単に憎々しいというだけでなく、自分の理想の実現に手段を選ばない非情ぶりや、息子を支配化において愛するという異形ぶりが混在する複雑な人物像を造形している。

洗脳の後遺症に苦しむデンゼル・ワシントンやリーヴ・シュレイバーに対することで、より鮮明に存在感を発揮させる。

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2006/11/08

そして、ひと粒のひかり

製作年:2004年
製作国:アメリカ-コロンビア
監 督:ジョシュア・マーストン

恋人との抱擁の中、見上げる空。彼女の家に行こうと誘う彼に対して、建物の屋上に一人登っていくマリア(カタリーナ・サンディノ・モレノ)。この場面が象徴的だ。彼女は現状に甘んじることなく、強い上昇志向を持っている。

だが、マリアの希望を叶える手段など、この村にはない。母や姉との価値観の相違。望まぬ妊娠。バラ農園での上司との軋轢。未来のない村を離れるために、麻薬の運び屋の仕事を選んでしまう。

その克明なディティールの描写が凄まじい。あまりの過酷さに言葉を失う。見ているだけで、心の内面が傷つけられているようだ。

その後のマリアが選択した行動。理性的というよりは直感的に行動を続ける。その行動の末には不幸な出来事が待ち受けているのかもしれない。だが、産婦人科の検査でお腹にいる子供を見たときの輝くばかりの笑顔。それが一つの希望になっていると感じる。

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2006/11/03

深呼吸の必要

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:篠原哲雄

ファースト・シーンが印象深い。小学校の競泳大会。スタート前に大きく深呼吸する少女。遅れるスタート。必死に泳ぐ姿。最後にたどり着くゴール。溢れんばかりの笑顔。この場面が本作品のテーマを凝縮していると感じる。

我々は競争社会の中におり、勝利を目指すことが必然となっている。その競争の中にとは、世間一般の常識、倫理観から逸脱してはならないというもサバイバルゲームも含まれている。

問題は、その競争を義務感のため嫌々ながら行っているのか、自分のために楽しみながら行っているのかということである。キビ刈り隊に参加した5+2名は、それぞれの心の中に暗い影が差し込んでいる。それが何なのか、本作品の中では全て明らかにはされていない。

競争社会に敗れたか、あるいはその競争に疲れ果てているのではないかと窺える。そこから逃れるように渡ってきた沖縄の離島であるが、このキビ刈りの仕事にも納期という目標が設定されており、やはり競争社会からは逃れることはできない。

ここで、特徴的なのは、雇い主のおじぃとおばぁの存在。何かあるごとに「なんくるないさ」という言葉が繰り返される。そうした言葉に触れて、彼らは競争社会を楽しみながら生きていく術を取り戻していく。

そういう彼らの姿を篠原哲雄監督は優しくとらえ、清々しい気分で映画は終わっていく。

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2006/09/20

樹の海

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:瀧本智行

こんなに優れた作品だとは思わなかった。ファースト・シーンから魅了され画面に釘付けとなる。まず、こちらの読みを心地良く裏切っていく展開。オムニバス形式で4つのエピソードが進行していくが、それぞれ語り口が違っている。次はこうなっていくのかという予断をことごとく打ち破り、思いもかけない方向へ物語が進んでいく。

そして、こちらの感情に同調させて、胸を熱くする衝動が待っている。樹海の死という暗黒に対峙して、生を取り戻していく鮮やかさ。

その中でも、心に残るのは津田寛治と塩見三省との会話劇だ。接点のない二人が心を通じていくエピソードの数々が哀感とともに心を打つ。

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2006/08/19

タブロイド

製作年:2004年
製作国:メキシコ/エクアドル
監 督:セバスチャン・コルデロ

ファースト・シーンでのビニシオ(ダミアン・アルカザール)の異様な行動。真犯人なのかどうかを探るミステリー劇なら、ここまで映し出さないだろう。仮にこの1場を設けるにしても、顔を映さなければ済むことである。

ということで、本作品の製作者はミステリー的要素より、マスメディアの功罪を主題としていることが分ってくる。

報道番組の言うことがすべて正しいということは在り得ない。なぜなら、取材編集しているのは、主観を持った人間だからである。何を正しいとするかは人それぞれだ。

それにしても、交通事故を起してから火あぶりのリンチが行われるまでのシークエンスが凄い。唖然としてしまう。確かに子供を失った怒りや哀しみは理解できるにしても、油をかけて火を付けるという行動は我々日本人からはなかなか出てこないものであろう。

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2006/08/04

シークレット ウインドウ

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:デヴィッド・コープ

ファースト・シーンのモート(ジョニー・デップ)の表情が凄まじい。このカットだけで本作品の全てを表していると言ってもいいのではないか。ここをしっかり見ていれば、クライマックスの真相も決して意外なものではない。

気になるのは、なぜモートが喫煙にこだわっていたのかということだ。妻と別れ、湖畔に建つ別荘で一人暮らしを続けているのに、家政婦の目を気にするように煙草を吸う必要はないはずではないか。だが、未成年の少年のような態度を取り続け異様に感じる。罪の意識の表れであるのか。

とすれば、冒頭のモーテル急襲後に何がしかの犯罪行為が在り、本編の出来事はすべて執筆中の小説と考える解釈も成り立つのではないか。

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2006/07/19

春が来れば

製作年:2004年
製作国:韓国
監 督:リュ・ジャンハ

まずポイントなのはコンクールの結果をはっきり映さないことであろう。ここでありがちな感動ドラマと一線を画することになる。そのことで製作者のテーマがより鮮明に浮かび上がってくる。

ヒョヌ(チェ・ミンシク)が生徒たちに語る音楽は結果ではなく楽しめという言葉。それは、彼が悩み続けていた答えでもある。音楽家としての本分は何かということも考えさせられる。

音楽活動で生活できるかどうかが基準ではないであろう。自分の作曲した音楽が、自分の恋人や教え子へ伝わり、そのことで新たな共鳴を呼び起していく。これに勝る喜びはないのではないか。ヒョヌは自分で卑下するような音楽家では決してないのだ。

いい場面は、坑道から出てくる炭鉱労働者たちのために土砂降りの雨の中、子供達が演奏するシーン。あんなに雨で濡れてしまったら全員風邪を引いてしまうとか、楽器も駄目になってしまうだろうとか、現実的にはありえないことかもしれない。

だが、現実を越えた映画表現の妙味が遺憾なく発揮されていると私は感じる。クラブ活動を反対する父と音楽を愛する息子の思いが雨の中で通じ合い、詩情あふれるエピソードとなっている。

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2006/07/15

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ニルス・ミュラー

本作品が興味深いのは失敗していく思考法を見せてくれるからだろう。サム(ショーン・ペン)という男の生涯を見て、ダメ男と言って切り捨てるのは容易い。

だが、うまくいかないのは何故か。そこにはうまくいく筈のない要因ばかり揃っているのだ。出発点も方法も間違いで、この結果は意外でもなんでもなく、ある種必然と言ってもいい。

もう一度、家族と一緒に暮らす。事業を成功させる。その夢は正しいが、それをどうしたら実現させるか、その手段が適切でない。すべては結果しか見ていないのだ。だが、この男にはそれが分っていない。

狭い価値観。嘘を嫌う潔癖性。激しい思い込み。極めて狭い視野で物事を見ている。そして、うまく行かない原因を自分ではなく他者に求めてしまうことの愚かさ。これでは何をやってもうまくいくはずはない。

そんな彼と対比させる形で、別居している妻マリー(ナオミ・ワッツ)、黒人の友人ボニー(ドン・チードル)、事務機具店の上司ジャック(ジャック・トンプソン)らが配置されている。彼らに共通しているのは理想よりもまず生活するために稼ぐことを当然としていることだ。

彼らは常識ある社会人として、サムに色々と話をするが、彼は全く耳を貸さない。素直に話を聞くことができれば、違う道も開けてきただろうに。

この種のドラマで思い浮かべるのは「タクシードライバー」(1976)である。同じ狂気を抱きながらトラヴィスに共鳴できたのは、戦争による心の傷ということがあるからだろう。

そして、結果的に彼の行為が一人の少女を救ったのに対し、サムはただ自滅に終ってしまった。その違いがある。

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2006/07/04

ホテル・ルワンダ

製作年:2004年
製作国:イギリス/イタリア/南アフリカ
監 督:テリー・ジョージ

西欧諸国の無関心さをなじるのは容易い。フツ族の残虐を怒るのは簡単だ。だが、そんなことを続けていても何も状況は変わらない。ポール(ドン・チードル)の姿に感銘を受けたのは、ひたすら生き延びるべく知略をもって行動続けたところにある。

冒頭ではこんな過酷な状況になるとは予断できず、義理の姉夫妻を救うことができなかった。自らの地位を過信しすぎた誤りもあった。だが、そうした失敗を踏まえて、さらに前進させていく。そこに心が揺さぶられる。

もっとも感心したのは、自分たちが関係した西欧人たちに別れの電話を入れるエピソードである。そこで、あからさまに助けを求めるのではなく、別れを告げるというのだ。

さよならを言いながら、相手の心から手を離すなという。そうすることで相手に憐れみの心を呼び起し、自発的に行動することに繋がっていくのだ。こうした心理戦に舌を巻く。

フツ族がツチ族をゴキブリに言い換えているところが怖い。何故、こんな虐殺が行われるのか。それは歴史的背景もあるだろうし、一種の狂騒状態に陥って理性が働くことができなかったこともあるだろう。

それを助長させたのが害虫扱いにしたことではないだろうか。同じ人間ではない、自分達に害をもたらす厄虫だと思い込んでしまえば、殺害行為に良心を痛めることはない。

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2006/06/28

風の前奏曲

製作年:2004年
製作国:タイ
監 督:イッティスーントーン・ウィチャイラック

ファースト・シーンとラスト・シーンに登場する蝶。ソーンに音楽の才能を届ける神の使いであったのだろうか。とても象徴的に使われている。こうしたところに詩的イメージが広がる。

伝統音楽を規制し、近代化を進めようとするウィラ大佐(ポンパット・ワチラバンジョン)。クライマックスでソーン師(アドゥン・ドゥンヤラット)がラナートを弾くのは、反発心からではなく、この大佐のためであろう。

ここで効いてくるのは、息子がピアノを購入したとき、ソーン師は排他的態度をとることなく、見事にラナートとピアノで合奏した場面である。

二者択一的に価値観を決めることの愚かさ。伝統を葬り去ろうとすることは決して近代化には繋がらない。そのことを訴えたかったのである。

その真摯な想いは大佐だけでなく、観る者すべてに伝わっていく。

初めて聴くラナートの雅的な音色に魅了される。こうして未知の世界に触れるとき、映画というメディアの素晴らしさを改めて感じる。

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2006/06/23

クラッシュ

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:ポール・ハギス

自動車事故で始まり、自動車事故で終っていく。この構成が象徴するように徹底して自動車に関わるエピソードが続く。さらに鍵を直す、直さないというような建物に関する挿話も多い。

内と外の世界を隔てる障壁として自動車や建物が巧みに使用されている。本来なら無関係の他者同士が事故や犯罪によって繋がっていく。都市生活の断面が克明に描かれている。

マット・ディロンとライアン・フィリップの警官コンビが、非常に明確な形で本作品のテーマを浮かび上がらせている。人間は簡単に善と悪とへ分けることなどできないのだ。

様々な局面で、勇敢な行為もすれば、卑劣な行動に走るかもしれない。それが一生を決めてしまうような事態にいつ遭遇するか分らないのだ。

正しいかどうかさえ思考する時間もなく、瞬時に判断が迫られる、そこでどういう行為を選択できるのか。その直感が問われている。昨日、今日できたとしても明日できるかどうか誰にも分らない。

そういう不確定な人の行動を人種や見た目で判断してしまうことの愚かさ。

非常に個性あふれる俳優たちのアンサンブルが見事だ。彼らの卓越した演技が、真実の感情を呼び起してくれる。

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2006/06/20

鉄人28号

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:冨樫森

自分を信じて進め。父が息子に残した言葉がそのまま本作品のテーマになるのであろう。中盤で、正太郎(池松壮亮)が鉄人の前で呟く「僕にできるのであろうか」という不安の言葉。突然の大任に戸惑い迷うのは仕方のないところである。

だが、物事はやりつづけることによって、完璧ではないかもしれないが、いつしかできるようになるものなのだ。そのことを信じられるかどうかも自分の実力。

原作に特別の思い入れもなく、元々のファンが抱くようなノスタルジーもない。2005年に公開された新作映画として見た場合、あまりにもドラマ展開が乱暴であると感じる。

幼少の者が巨大ロボットを操作するということ。その必然性がドラマのリアリティを生む筈だ。本作品ではあまりに根拠薄弱だ。

ロボットアニメとして後に続く「機動戦士ガンダム」や「新世紀エヴァンゲリオン」などではその辺がしっかりしているため、余計に弱く感じる。

そして、父を亡くした正太郎と息子を亡くした宅見零児(香川照之)との闘いにも、もう少し意味あるものにできなかったのか。擬似親子として反発し、それが正太郎に成長に繋がるというドラマを予感させたが、全く外れてしまった。

そもそも宅見の犯行の意図が不明瞭。現在の社会を抹殺し、何を築こうとしていたのか全く分らない。

田中麗奈や妻夫木聡が1シーンだけゲスト出演しているのには驚いた。

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2006/06/16

木浦(モッポ)は港だ

製作年:2004年
製作国:韓国
監 督:キム・ジフン

自分の望む生活スタイルと自分本来の能力とがうまく噛み合えば、満足すべき生涯を送ることができる。だが、往々にしてそのバランスがとれていない事の方が多いものだ。本作品ではそのことが極端な形で強調されている。

主人公のスチョル刑事(チョ・ジェヒョン)は秀逸な頭脳を持ちながら、犯罪捜査の現場で犯人逮捕を試みて大失敗してしまう。それでもめげず、潜入捜査を志願していく。

自分の能力を知ることが、妥当な挑戦と無謀な挑戦を分けることになる。

本作品でもっとも不満なところは、危機に陥ったとき、その脱出のディティールを省き、次の場面へ簡単に移行してしまうところだ。そんなことが続くと、物語のリアリティを著しく損なうことになってしまうのだ。

その最たるところは、自身も指名手配となってしまい、窮地に陥った兄貴分をいかにして救うかというクライマックスだ。あれでは基本的な問題解決にはならないと思うが、アクション場面でごまかし、いつの間にか大団円になってしまっている。これでは納得がいかない。

主人公チョ・ジェヒョンって、どこかで見た顔だと思っていたが、なんとキム・ギドク監督の「悪い男」のヤクザだったのか。鑑賞後に様々なレビューを読んで初めて知りました。あまりにも違う役柄に驚嘆しました。

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2006/06/12

サウンド・オブ・サンダー

製作年:2004年
製作国:アメリカ/ドイツ
監 督:ピーター・ハイアムズ

どんなに立派なシステムであろうとも、それを運用する人員の意識が低ければ簡単に破綻してしまう。所詮、完璧なシステムというものは存在しないのだ。それを前提に物事を進めないと取り返しのつかないトラブルに見舞われる。

この「タイム・サファリ社」の恐竜狩りツアーは、あまりにも安全問題を軽視し、リスクマネージメントがなされていなかった。今回の事態は必然であろう。

正直に言って、なかなか辛い出来栄えで、指摘しようと思えばおかしなところがたくさん見つかってくる。製作中の金銭トラブルで満足に映画が仕上げられなかったこともあるだろう。

だが、SF映画として現在に警鐘を鳴らすというテーマ性は一貫している。それだけは認めたい。

ベン・キングズレーがいつもながらの得難い存在感を発揮している。クレームをつける顧客を流れるような弁舌と不思議な論理でごまかしてしまうところはちょっとした見せ場であった。

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2006/06/05

アワーミュージック

製作年:2004年
製作国:フランス
監 督:ジャン=リュック・ゴダール

ゴダールの新作をスクリーンで見るのは何年ぶりであろうか。少なくとも盛岡に来てからは初めてである。まず、そのことが嬉しかった。それがひとつ。

100%理解できるとは最初から思っていないが、やはり難解な作品であった。下手な解釈を書けば失笑されそうで控えるが、一体、この場面は何を意味しているのだろうか、それを考えながら見る楽しみに浸る。

答えが出る前にどんどん映画は進んでいってしまうのだが、それも自分の実力。ここで答えが見つからなくても、時間を置いてふとしたときに、あれって気付くことがあるかもしれない。そう期待したい。

そうしたこととは別にして、色彩、カット割り、音楽など、瞬間、瞬間を感覚で味わうこともできた。ゴダール特有の詩的な映像を大いに堪能する。

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2006/06/02

力道山

製作年:2004年
製作国:韓国/日本
監 督:ソン・ヘソン

なぜ、力道山(ソル・ギョング)は負けることができなかったのか。ここがポイントだ。彼には成功して心から笑いたいという願望があった。

だが、紛れもない日本の英雄となり、これ以上はないという成功を収めても、心休まる時は訪れなかった。彼は自分が笑うということよりも、他人から笑われたくないということの方が強かったのではないだろうか。

その強迫観念が乗り越えられず、恩人も家族も友人も遠ざけてしまうことになる。

もうひとつ、アメリカから帰国して綾(中谷美紀)と住んでいた家に入らなかったエピソードが強く心に焼き付く。この家は力道山の祖国・朝鮮の暗喩ではないだろうか。

終盤にもう一度、この家が登場して、彼は家に入れてもらえなかった。このエピソードに祖国を捨て、捨てられた者の哀しみが溢れている。

力道山と綾の記念写真の使い方も絶妙であった。この撮影したときのエピソードを最後に持ってきた構成も巧い。

それまで劇中にさりなげなく何度も登場してきたが、最後になってその重みが分り実に効果的であった。

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2006/06/01

カナリア

製作年:2004年
製作国:日本
監 督:塩田明彦

捨てられた子供たち。「誰も知らない」(2004)、「疾走」(2005)と、近年、そんな子供たちを主人公とした映画が作られ続けている。映画は現実を反映しているからだろうが、悲痛な思いで一杯となる。

本作品で特徴的なのは、捨てられたのは子供たちだけでなく、伊沢(西島秀俊)や岩瀬道子(甲田益也子)など、親の世代もそうであるということである。迷走する親世代とは違い、捨てられた子供たちは力強く生きていく。

何度も挿入されている光一(石田法嗣)と由希(谷村美月)の疾走。そして、手をつなぎゆっくりと歩いていくラスト・シーン。この対比が絶妙である。

その疾走と合わせて光一のいらついた心の象徴となっているのがドライバーであろう。何度も先を研いでいるシーンが印象深い。そして、クライマックスでのドライバーの使い方にも注目。なかなかうまい。

教団の教義を表面的になぞっていただったのに、この旅を通して光一は宗教的信義を身につけていく。注目なのは中盤で彼らを助けるレズのカップル達。子供を置いて死出の旅に出ようとしている咲樹(りょう)。迷いの生じている彼女の肩に手を置く少年は、彼女に罪の許しを与えているようであった。

ここがクライマックスに繋がる伏線であったと思います。

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2006/05/25

ビフォア・サンセット

製作年:2004年
製作国:アメリカ
監 督:リチャード・リンクレイター

再会した二人は、一体どんな形で映画から消えていくのか。やり直すのか。別れるのか。前作同様、もう一度再会を約束するのか。最初からドラマの焦点はそこに集まるが、なんとあんな形でラスト・シーンを迎えるとは。その意外性に感服しました。

ここで重要となるのは冒頭の本屋でのティーチイン。ジェシー(イーサン・ホーク)の語った言葉がそのまま使用されていることになります。この伏線があるから、このラスト・シーンが唐突に感じません。シナリオにもクレジットされているイーサン・ホークとジュリー・デルピーの自然な会話も秀逸。話があちこちに飛ぶようで、少しずつ核心に迫っていく。

パリの風景も素晴らしく捕えられている。それぞれの街角や通りに趣を感じます。二人と一緒に歩いてみたくなりました。

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2006/05/22

歓びを歌にのせて

製作年:2004年
製作国:スウェーデン
監 督:ケイ・ポラック

一見、歌によって閉塞感に喘ぐ村民に大きな勇気を与え、自分も再生していくというありきたりな物語に見える。その期待で鑑賞すると最初から違和感が残る。

心臓の病気のため音楽と離れた生活を送りたいのかと思えば、割と葛藤もなくコーラスの指導をすぐに引き受け、本格的な訓練を行う。最初の内はダニエル(ミカエル・ニュクビスト)の方が村人よりも熱心なくらいだ。かつていじめを受けた男との絡みも、彼が一方的やられてしまい、トラウマの克服とはいかない。家庭内暴力を受けるガブリエラ(ヘレン・ヒョホルム)のために歌を書くにしても唐突の感は歪めない。

この監督は本作品の中で何を見せようとしているのか。これはダニエルの幼年時代を回復する話ではないだろうか。いじめにあって村を離れなくてはならなくなった。そこで置き去りにしてしまった童心。村を出てから音楽一筋に生きてきたが、心臓の病気があり死と見つめ合った時、なくしてしまった子供時代を取り戻したい、その事をなにより望んだことではないか。

買い取って住む小学校。湖にある飛び込み台。何度も転びながら走れるようになる自転車。子供時代の喪失を一つずつ埋めるように日々を過している。そう考えれば、ラスト・シーンにも合点がゆく。

そして、子供の時、純粋に思い描いたのは、音楽によって人の心を開きたいという夢。ダニエルの存在によって、村の人々は大きな変貌を遂げる。10数年もひそかに思いつづけていた思いを吐露する登場人物が反復される。こうして彼の夢が一つ一つ実現していく。

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2006/05/15

ドア・イン・ザ・フロア

製作年:2004年
製作国:アメリカ 
監 督:トッド・ウィリアムズ

どうしても乗り越えられない喪失の苦しみ。この夫婦はこの4年間、なんとか立ち直ろう、再生しようと必死に努力してきたのだろう。それは、映画の中で詳しくは語られていないが、全体的にそう匂わせている。引っ越しをしてみる。新しい子供を作る。生活環境を変えて、新たな人生をスタートさせるが、亡くなった息子たちの空白を埋めることができない。喪失感と共に家族関係を維持できない哀しさが画面にあふれ出ている。

死んだ兄弟の写真が廊下一面に飾られている。異様な情景であるが、その写真に取り付かれたような幼い娘ルース(エル・ファニング)の存在がポイントであると思う。家族がバラバラになることを直感的に分っており、その中心となった亡き兄たちのドラマを聞いたり語ったりすることによってなんとか家族の絆をつなぎとめようとしているのではないか。

原作は未読でありますが、粗筋などを目にすると成長したルースの大河ドラマのようです。原作の前半に焦点を絞り、再生できない喪失の哀しみをエディの淡い恋愛をからめながらまとめたトッド・ウィリアムズ監督の脚色。なかなか出色でありました。

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2006/05/12

恋は五・七・五

製作年:2004年
製作国:日本 
監 督:荻上直子

文系の甲子園ものと言えば「ロボコン」(2003)を思い浮かべる。同じような話の構図となっているが、本作品はリアリズムというよりも誇張した人物設定となっており、コメディー色が強められている。そこは観客の嗜好によって評価の分れるポイントだと思う。映画製作者は意識的にそんな選択をしているので、現実味がないと批判しても仕方がないであろう。

笑いを狙った台詞や行動はそれだけ取り上げると非常にありふれたものであり、正直笑えないものも多々ある。だが、特徴的なのは、それらが2度、3度と繰り返し登場してくることだ。この反復が微妙な味わいを生んでおり、後半になるとすっかりその世界に取り込まれてしまう。

主人公高山治子(関めぐみ)は武道の達人で物事に動じない性格のように一見感じられる。帰国子女として周囲に馴染めず、超然としているのだが、自分に自信が持てないでいる。強制的に俳句部に入部させられ、嫌々ながらも部活動を続けていたのは、自分の中で確固たるものが存在していなかった。それは彼女だけでなく、他の部員4人も同じ事であった。俳句甲子園を通して、確かな何かを見つけていき、活き活きとした人生を歩み始める。

それに呼応する形で、猫を探し続ける認知症気味の老人(柄本明)が配置されているのではないだろうか。

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