2008/09/05

ハンコック

製作年:2008年
製作国:アメリカ
監 督:ピーター・バーグ

自堕落な生活を過ごし、粗暴な言動から嫌われ者となっているジョン・ハンコック(ウィル・スミス)。空を飛ぶことができて、並外れた体力を持っているのだ。国家権力と対抗する道も容易であろう。何しろ、誰にも彼の暴走を止めることはできないのだがら、彼自身が権力となって、周囲の者たちを従わせることも可能な筈だ。しかし、周囲に大迷惑をかけるにしても、スーパー・ヒーローの道から外れることがない。何故か。誰にも愛されていないと思うのは辛いことだ。誰からも関心を持ってもらえないとすれば、心がすさんでいくのも当然といえよう。愛される正義のヒーローとしてイメージ・チェンジを図ろうとしたのは、レイ(ジェイソン・ベイトマン)とメアリー(シャーリーズ・セロン)夫妻に出会ったから。性根の優しさは、どんなに無頼ぶっていても変わることがなかったのだ。そしてもう一段、思わぬ展開が用意されている。これには意表を付かれた。そして、ここからドラマの色調も変わっていく。胸揺さぶられる感動が待っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/08/30

涙そうそう

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:土井裕泰

死に際の母の言葉を守り、血の繋がらない妹カオル(長澤まさみ)の面倒を見る洋太郎(妻夫木聡)。自分の飲食店を持ちたいという夢もかなえるために、必死に働き続ける。だが、余裕の無さからか、詐欺にあったり、病に倒れたりと、不運が襲い続ける。生真面目に真っ直ぐ生きることは、確かに美談になるし、感動するし、人々の共感を呼ぶだろう。だが、それで命を縮めてしまって、本当に良いのだろうか。ここで鮮明に浮かび上がってくるのは、洋太郎たち家族を捨ててジャズ演奏の生活を選んだカオルの実父(中村達也)の存在だ。彼は確かに非難されて仕方ない生き方を選んだが、自分を決して卑下していない。そこにある種の清々しさを感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/29

歩いても 歩いても

製作年:2007年
製作国:日本
監 督:是枝裕和

傑出した脚本である。何気ない会話のやり取りを通して、横山家に何があり、何が起きつつあるか分かる構成である。微妙な間やさりげない眼差しによって、登場人物たちの感情が生々しく伝わってくる。ここが評価の分かれ目かもしれないが、この一日を通して、誰が成長したり、ぎくしゃくしている家族関係が劇的に変化したりする訳でないのである。それが映画として物足りないということになるかもしれないが、私はそうとらない。様々な問題が観る者には明らかとなるが、登場人物たち全員が知っているわけではないのである。それぞれの問題を胸に秘めたまま明日へ進んでいく。それだけに、よりリアルな感情を共有できるのだと思う。ぞっとするような悪意のある言葉を穏やかに語る母親役の樹木希林が素晴らしい。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(2007)の時にも感心したが、このところ重量感のある芝居を見せてくれる。「いつも、ちょっとだけ間に合わない」という台詞も蕭然と心に残る。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/08/28

ぐるりのこと

製作年:2008年
製作国:日本
監 督:橋口亮輔

人が生きているということは、喜びや楽しさと共に辛く悲しい出来事も共存しているのではないか。カナオ(リリー・フランキー)と翔子(木村多江)の夫妻に起こる子どもの死、そして、うつ病の発症がドラマの基本線となっているが、映画に一場面しか登場しない人々にも、それぞれの苦悩が浮かび上がり、重いトーンで統一されている。最もそう感じさせるのは、凶悪事件の被害に合った家族たちである。社会性を欠いた犯人を見つめる裁判所の傍聴席。体の震え、手元、涙。わずかなカットで、その思いが伝わってくる。カナオと翔子は長い苦痛の時間を経て、再生の道へ進む。だが、すべてがそうそううまくいくわけでない。安田(柄本明)や波子(倍賞美津子)のように一人になってしまう人たちもいる。その差は何か。カナオのどこか傍観者のような心のありようではないだろうか。法廷画家という職業が、絶妙に象徴している。どんな凶事が起きても、絵という一つの結論を下し、やり過ごしていく。どこにでもいそうでなかなかいない、ユニークな人物像であったと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/27

百万円と苦虫女

製作年:2008年
製作国:日本
監 督:タナダユキ

誰も自分のことは常識があるように思っているけれど、実際の行動を検分してみれば非常識なことをしていることが多いのではないか。特に、経験の薄い若者たちには、その差が激しいと思う。年齢と共に失敗を積み重ね、なんとか常識と非常識の差を縮めていくのであろう。鈴子(蒼井優)と、その弟拓也(齋藤隆成)は、理不尽な行為に対して、果敢な反撃を試みる。だが、結果はさらに悪い方向に進んでしまう。勇気を持って反攻するという意気は良いのであるが、その行動が非常識であったということだ。もう独り、中島亮平(森山未來)もそうである。鈴子を想う気持ちと、そのために起す行為には、相当の距離がある。そのために誤解が生じるのだ。見知らぬ町に移り住み、生活をリセットしていくという閃きはいいけれど、それを実行するのは簡単でない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/08/23

デイジー

製作年:2006年
製作国:韓国
監 督:アンドリュー・ラウ

殺し屋という非情な世界に生きる男に残されていた人を慈しむ気持ち。その稼業ゆえに正面だってヘヨン(チョン・ジヒョン)に会うことをしないパクウィ(チョン・ウソン)。彼の想いは、影に回って彼女を助け、デイジーの花を贈りつづける。だが、それだけで収まる筈はない。彼はついにヘヨンの前に立つのだ。本作品のマイナスポイントしてあげるのは、その一線を越えることという重大な場面を軽く流してしまうことだ。それはパクウィの人生を一変させる出来事である。その逡巡がきめ細やかに描写されていないので、ドラマに乗ることが出来なかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/21

ククーシュカ ラップランドの妖精

製作年:2002年
製作国:ロシア
監 督:アレクサンドル・ロゴシュキン

登場人物の規模こそ違え、主題的は韓国映画「トンマッコルへようこそ」(2005)に通じているものを感じる。敵同士が思わぬ形で共同生活を送ることになり、敵対心から共感へ少しずつ傾いていく。知ってしまえば、同じ人間なのである。知らないから戦えるのだ。言葉が三人とも通じない中でも、意思疎通は通じていく。一人の未亡人と二人の兵士たちが織り成す微妙な心情描写がユーモラスで心に残る。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/08/20

トゥヤーの結婚

製作年:2006年
製作国:中国
監 督:ワン・チュアンアン

本作品で最も印象に残るのは、吹雪の中、羊の放牧に出たまま家に戻らなかった息子を探しに出たトゥヤー(ユー・ナン)が、首尾よく息子を見つけた場面である。なんと羊を捨ておき、息子だけを抱きかかえて戻ってくるのだ。放牧民にとって、羊は生活の糧として何よりも大切なものである。それでも、トゥヤーは迷うことなく、息子を選んだ。ここに彼女の生き様が集約されていると思う。半身不随になった夫。毎日、何度も往復しなければならない水くみ。過酷な労働に蝕まれていく身体。その厳しい生活環境の中から逃げ出す選択肢は他にあったはずだ。だが、彼女は家族と一緒であることを最優先し、ぶれることがない。そのことである。それでも、現実の厳しさにつぶれそうにもなる。クライマックスの涙は、それを意味しているのではないか。だが、その涙は誰にも見せない。そして、トゥヤーは何度でも立ち上がるのだろう。そこに彼女の強さを感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/19

14歳

製作年:2006年
製作国:日本
監 督:廣末哲万

どうして、ここまで傷付け合うのだろうか。本作品に登場する14歳たちは、内面の苛立ちに対応できず、他者へ精神的、肉体的、または両方へ攻撃を加えようとする。それは、もはやいじめというレベルではない。暗い瞳の輝きに身震いをする思いだった。現実的に同種の事件が多発しているので、これは決して絵空事ではないのだ。彼らを指導する立場にいる大人たち。深津稜(並木愛枝)、 杉野浩一(廣末哲万)、小林真(香川照之)。それぞれ、どこか欺瞞を抱えている。生徒のためという建前を通り越した無関心さが、言葉の端々から浮かび上がってくるのだ。それが、14歳たちの暗部に火を注ぐことになる。だから、彼らが悪者だという結論ではない。彼らは本作品を見ている我々である。自分も同じだという負い目を感じる。答えが見つからない分、切実な問題として胸に迫ってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/18

雪に願うこと

製作年:2005年
製作国:日本
監 督:根岸吉太郎

学(伊勢谷友介)は何を獲得しようとしていたのか。都市生活への憧れ。自分だけは違うというエリート意識。ジリジリと焼けるような焦燥感。兄、威夫(佐藤浩市)には決して理解できないその思いは、例え東京での事業に失敗しても、兄の元には戻りたくなかった筈だ。それでも帰ってきたのは、母から無心できるかもしれないという甘い期待からであるが、それも外れてしまう。そして、兄に元で働くという屈辱的な道を選ぶしかなくなる。だが、その生活というのは、学が敵対視するようなものだったのだろうか。学の誤りは、自分以外の価値観を認めず、否定することにあった。ウンリュウの世話を通して、他の価値観に気付いていくのである。彼が東京で再起できるかどうか分からないが、これまでとは違う事業の進め方をするであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«